裏で国を支えていた令嬢「不純物だ」と追放されるも、強面辺境伯と共に辺境を改革する ~戻ってきてと嘆願されましたが、それに対する答えは……~、

水上

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第8話: ゴミ山再生と、悪臭のワイン

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 領地の北外れには、人々が寄り付かない場所があった。
 かつて廃坑となった鉱山の跡地であり、現在は行き場のないゴミや壊れた道具が不法投棄されるスクラップ置き場――通称、鉄の墓場だ。

 その周辺には粗末な小屋が立ち並び、職を失った者や、社会からあぶれた者たちがスラムを形成していた。

 寒空の下、ルチアはその墓場の前に立っていた。
 鼻をつく錆の匂いと、荒廃した空気。
 しかし、彼女の眼鏡の奥の瞳は、まるで宝の山を見つけたかのように輝いていた。

「……素晴らしい。これほどの埋蔵量があるとは」

「おい、ルチア。本気か? ここはただのゴミ溜めだぞ」

 護衛としてついてきたレオンハルトが、眉をひそめて周囲を警戒している。
 影から、ボロボロの服を着たスラムの住人たちが、敵意と怯えの混じった視線を向けていたからだ。

「いいえ、閣下。ここはある意味鉱山です」

 ルチアは一歩踏み出し、足元に落ちていた錆びた機械の部品を拾い上げた。

「見てください。これは真鍮の歯車。あちらにあるのは錫の合金。そして、あの山は銅線です。採掘の手間なく、純度の高い金属がゴロゴロ転がっています」

「……俺にはガラクタにしか見えんがな」

「分別さえすれば、資源として再利用できます。そして、その分別には……、人の目と手が必要です」

 ルチアはスラムの住人たちに向き直った。
 リーダー格と思われる、髭面の薄汚れた男が睨みつけてくる。

「何しに来た、貴族様よ。俺たちをここから追い出そうってか?」

「いいえ。あなた方に、ビジネスの提案に来ました」

 ルチアは怯むことなく、部品を掲げた。

「この山から、私が指定する金属を選り分けてください。磁石につくもの、赤っぽいもの、重いもの。見分け方は教えます。集めた金属は、領主館が適正価格で買い取ります」

「はあ? ゴミを買い取るだって?」

「ゴミではありません。資源です。そして、あなた方はゴミを漁る人ではなく、資源採掘者として雇用します」

 住人たちがざわめいた。

 自分たちは社会のゴミだと思っていた。
 誰からも必要とされていないと。
 だが、この奇妙な貴族の娘は、自分たちの足元にあるものを宝だと言い、自分たちを戦力だと言った。

 そこへ、レオンハルトが大鍋を乗せた荷車を引いて進み出た。
 蓋を開けると、濃厚な味噌と生姜の香りが漂った。

「腹が減っては仕事もできんだろう。まずは食え」

 彼が振る舞ったのは、もつ煮込みだった。

 本来なら捨ててしまうような内臓肉を、香味野菜と共にじっくりと煮込み、臭みを消して旨味だけを凝縮させた一品だ。

「こ、これは……、肉か!?」

「内臓だ。貴族は見向きもしない部位だがな」

 レオンハルトは器によそいながら、ニヤリと笑った。

「だが、下処理を完璧にやり、時間をかければ、どんな高級肉よりも深い味がでる。……お前らも同じだ。世間から捨てられたかもしれんが、磨けば光る」

 男たちは貪るように煮込みを口にした。
 噛みしめると、脂の甘みと濃厚な汁が溢れ出す。

「うめぇ……! なんだこれ、すげぇうめぇ!」

「あったけぇ……」

 リーダー格の男が、涙を流しながら、空になった器を握りしめた。
 体の中から力が湧いてくる。
 惨めさが消え、やる気が満ちてくる。

「……やってやるよお嬢ちゃん。いや、やらせてください! ルチア様!」

「ふふ、期待していますよ。まずは銅の選別から始めましょうか」

 その日から、鉄の墓場は再生工場へと変わった。
 スラムの住人たちは誇りを持って金属を選別し、ヴォルフラム領の財政と産業を底から支える強力な労働力となったのである。

     *

 一方、華やかな王都の王宮では、真逆の事態が進行していた。
 今宵は、他国の使節団を招いての晩餐会。
 メインディッシュと共に振る舞われるのは、王家自慢の最高級ワイン、ロイヤル・ルージュだ。

 王太子ジュリアスは、グラスを掲げて高らかに宣言した。

「さあ、皆様。我が国の誇る至高のワインをご賞味ください! その香りは芳醇にして、味わいは絹のごとし!」

 隣ではクロエが「殿下が選んだワイン、最高ですぅ」とうっとりしている。
 招待客たちは期待に胸を膨らませ、一斉にグラスを口に運んだ。

 ――その直後だった。

「ぶふっ!!」

「な、なんだこれは!?」

「臭い! 腐った卵の臭いがするぞ!」

 優雅な晩餐会場は、一瞬にして阿鼻叫喚の巷と化した。
 令嬢たちは口を押さえてえずき、使節団の代表は激怒してグラスをテーブルに叩きつけた。

「王太子! これは何の嫌がらせだ! 下水のような悪臭ではないか!」 

「な、何だと!? そんなはずは……」

 ジュリアスは慌てて自分のグラスを煽った。
 瞬間、強烈な硫黄臭が鼻腔を突き抜け、舌を腐敗したような不快な味が襲った。

「うぐっ……!! ま、不味い!!」

 ジュリアスはたまらず吐き出した。
 会場に漂うのは、果実の香りではなく、温泉地のような硫化水素の臭気だった。

「ど、どうなっている! ソムリエ! 醸造責任者を呼べ!」

 呼び出された醸造長は、顔面蒼白で震えていた。

「も、申し訳ございません殿下! 手順通りに作ったはずなのですが……、なぜか、ここ数ヶ月で作ったワインだけが、すべてこのように……」

「言い訳など聞きたくない! 樽が腐っていたのか!」

「いえ、樽は新品です! ただ……、蒸留器の調子が……」

 ――原因は、蒸留器にあった。
 ワインの醸造過程、特に蒸留酒を作る際や、発酵タンクの配管には銅が使われる。

 銅には、発酵中に酵母が生成する不快な硫黄化合物を吸着し、除去する働きがある。
 しかし、銅製の釜や配管は、使い続ければ表面が酸化し、能力が落ちる。

 かつては、ルチアが定期的に訪れ、酸洗いで酸化皮膜を除去したり、摩耗した部品を交換したりして、銅イオンが適切に溶け出すようメンテナンスを行っていた。

 ルチアを追放してから数ヶ月。
 誰もメンテナンスを行わず、ただ使い続けられた蒸留器は、硫黄を吸着する力を完全に失っていたのだ。
 結果、悪臭成分がそのまま酒に溶け込み、国賓をもてなすはずの美酒が、毒ガスのような液体へと変わり果てていた。

「こ、こんなものを飲ませるとは……、我が国を侮辱しているのか!」

「失礼極まりない! 帰らせてもらう!」

 使節団は席を立ち、怒って出て行ってしまった。
 残されたのは、悪臭漂う会場と、呆然と立ち尽くすジュリアスとクロエだけ。

「殿下ぁ……、くさいですぅ……」

「……なぜだ。なぜ何もかもうまくいかないんだ……!」

 ジュリアスは拳を震わせた。
 彼が捨てたのは地味な女一人だったはずだ。
 だが、その女がいなくなっただけで、剣は重くなり、同盟は揺らぎ、そして今、食文化の権威までもが地に落ちた。

 北の辺境ではゴミが宝に変わり、王都の中心では宝がゴミに変わる。
 その皮肉な対比に気づく知性を、ジュリアスは持ち合わせていなかった。
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