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第13話:錆びた王国の終わり
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王城の謁見の間は、重苦しい沈黙に支配されていた。
かつてルチアが婚約破棄を告げられた、あの煌びやかな場所だ。
だが、今の空気は当時とはまるで違う。
シャンデリアの光さえ、どこか冷たく澱んでいるように感じられた。
玉座には、憔悴しきった国王が座っている。
その足元には、縄で縛られ、見る影もなくやつれたジュリアスとクロエが跪かされていた。
「……罪状を読み上げる」
宰相の声が、石造りの広間に響く。
「元王太子ジュリアス。および男爵令嬢クロエ。其の方らは、国益を著しく損ない、王家の権威を失墜させた」
読み上げられる罪状は、ルチアがこの数ヶ月で目撃し、あるいは王都からの噂で聞いた失敗の総決算だった。
「一、軍事予算の横領および、粗悪な鉄をミスリルと偽って兵士に支給した詐欺罪」
「二、王家御用達ワインの品質管理怠慢による、外交関係の悪化」
「三、無知による純金王冠の制作と、それに伴う戴冠式の破壊」
「四、祝砲の材質変更による暴発事故および、多数の貴族への傷害」
「五、愛の記念碑倒壊による、公共広場の損壊」
一つ読み上げられるたびに、ジュリアスはビクついた。
それは全て、彼らが「地味で不要だ」と切り捨てたルチアの知識や技術が失われたことによる必然の結果だった。
「これらは単なる過失ではない。専門家の忠告を無視し、私利私欲と見栄を優先した結果である。……よって、ジュリアスを王籍剥奪の上、北の孤島への幽閉刑とする。クロエは爵位剥奪および、修道院への送致とする」
「そ、そんな……、父上! 私は騙されたのです! ルチアがいなくなったせいだ!」
「いやぁぁ! 修道院なんて地味な場所、死んでも嫌ぁ!」
泣き叫ぶ二人だったが、衛兵たちによって無慈悲に引きずり出されていった。
扉が閉まり、広間に再び静寂が戻る。
国王が、重い腰を上げた。
彼は玉座から降り、ルチアとレオンハルトの前に歩み寄ると――深々と頭を下げた。
「……すまなかった。ルチア嬢」
周囲の臣下たちが息を飲む。
国王の謝罪など、前代未聞だ。
「余の目が曇っていた。息子の愚かさを放置し、国を支える真の才能を追放してしまった。……その結果が、この惨状だ」
国王は顔を上げ、すがるような目でルチアを見た。
「ルチア嬢。どうか、王宮に戻ってきてくれないか。君の爵位を戻し、新たに筆頭技術長官の地位を用意しよう。給金も、かつての三倍……、いや、望むだけ出そう。ボロボロになったこの国を立て直すには、君の鑑定眼と冶金の知識や技術が必要なのだ」
それは、かつてのルチアなら泣いて喜んだかもしれない提案だった。
名誉の回復。
破格の待遇。
自分を認めてくれる言葉。
最も欲しかったはずの評価が目の前に差し出されている。
ルチアは眼鏡の位置を直し、一度だけレオンハルトを見上げた。
彼は腕を組んだまま、無言で頷いた。
「お前の好きにしろ」という、絶対的な信頼の眼差しだった。
ルチアは国王に向き直り、はっきりと言った。
「……お断りいたします、陛下」
「な、なぜだ? 待遇が不満か?」
「いいえ。条件は破格です。ですが……、私はもう、この王宮の部品には戻れません」
ルチアは自分の胸に手を当てた。
「私は以前、自分を不純物だと思っていました。華やかな王宮に混ざり込んだ、異質な石ころだと。だから、必死に皆様に合わせて、自分を削って役に立とうとしました。でも、ここでは私はただの便利な道具でしかなかった」
彼女の脳裏に、ヴォルフラム領での日々が浮かぶ。
泥だらけで感謝してくれた農夫の手。
温かい缶詰を抱きしめた子供たちの笑顔。
ゴミ山から誇りを取り戻した男たちの背中。
そして――風邪を引いた夜、スープを作ってくれた、強面の男。
「私は辺境で学びました。鉄は、適切な相手と混ざり合えば、錆びない合金になれるのだと。私は今、ヴォルフラム領という合金の一部です。そこには、私を機能としてではなく、ルチアという人間として必要としてくれる人々がいます」
ルチアの声には、一点の迷いもなかった。
それは、焼入れを終えた鋼のように強靭で、澄んだ響きを持っていた。
「私の居場所は、北の辺境にあります。あそこの冷たい風と、温かいスープが、私の肌には合っているのです」
国王はしばらく呆然としていたが、やがて力なく肩を落とした。
「……そうか。一度捨てた宝石は、二度と戻らないということか」
国王は寂しげに笑い、レオンハルトを見た。
「辺境伯。……良い拾い物をしたな」
レオンハルトが、ルチアの肩を抱き寄せた。
「彼女は我が領の至宝。国がいくら積もうと、お返しするつもりはありません」
その言葉に、ルチアの胸が熱くなった。
レオンハルトは国王に一礼すると、ルチアの手を取って背を向けた。
「行くぞ、ルチア。腹が減った」
「はい、閣下」
二人は、かつてルチアを拒絶した謁見の間を、堂々と後にした。
背後で錆びついていく王国の気配を感じながらも、ルチアの足取りは軽かった。
過去の栄光や、遅すぎた評価になど興味はない。
自分の価値を本当に理解し、共に歩んでくれるパートナーが隣にいる。
それだけで、世界は十分に輝いて見えた。
王城を出ると、王都の空は夕焼けに染まっていた。
それは、一つの時代の終わりを告げる色であり、同時に、二人の新しい生活の始まりを祝う色でもあった。
かつてルチアが婚約破棄を告げられた、あの煌びやかな場所だ。
だが、今の空気は当時とはまるで違う。
シャンデリアの光さえ、どこか冷たく澱んでいるように感じられた。
玉座には、憔悴しきった国王が座っている。
その足元には、縄で縛られ、見る影もなくやつれたジュリアスとクロエが跪かされていた。
「……罪状を読み上げる」
宰相の声が、石造りの広間に響く。
「元王太子ジュリアス。および男爵令嬢クロエ。其の方らは、国益を著しく損ない、王家の権威を失墜させた」
読み上げられる罪状は、ルチアがこの数ヶ月で目撃し、あるいは王都からの噂で聞いた失敗の総決算だった。
「一、軍事予算の横領および、粗悪な鉄をミスリルと偽って兵士に支給した詐欺罪」
「二、王家御用達ワインの品質管理怠慢による、外交関係の悪化」
「三、無知による純金王冠の制作と、それに伴う戴冠式の破壊」
「四、祝砲の材質変更による暴発事故および、多数の貴族への傷害」
「五、愛の記念碑倒壊による、公共広場の損壊」
一つ読み上げられるたびに、ジュリアスはビクついた。
それは全て、彼らが「地味で不要だ」と切り捨てたルチアの知識や技術が失われたことによる必然の結果だった。
「これらは単なる過失ではない。専門家の忠告を無視し、私利私欲と見栄を優先した結果である。……よって、ジュリアスを王籍剥奪の上、北の孤島への幽閉刑とする。クロエは爵位剥奪および、修道院への送致とする」
「そ、そんな……、父上! 私は騙されたのです! ルチアがいなくなったせいだ!」
「いやぁぁ! 修道院なんて地味な場所、死んでも嫌ぁ!」
泣き叫ぶ二人だったが、衛兵たちによって無慈悲に引きずり出されていった。
扉が閉まり、広間に再び静寂が戻る。
国王が、重い腰を上げた。
彼は玉座から降り、ルチアとレオンハルトの前に歩み寄ると――深々と頭を下げた。
「……すまなかった。ルチア嬢」
周囲の臣下たちが息を飲む。
国王の謝罪など、前代未聞だ。
「余の目が曇っていた。息子の愚かさを放置し、国を支える真の才能を追放してしまった。……その結果が、この惨状だ」
国王は顔を上げ、すがるような目でルチアを見た。
「ルチア嬢。どうか、王宮に戻ってきてくれないか。君の爵位を戻し、新たに筆頭技術長官の地位を用意しよう。給金も、かつての三倍……、いや、望むだけ出そう。ボロボロになったこの国を立て直すには、君の鑑定眼と冶金の知識や技術が必要なのだ」
それは、かつてのルチアなら泣いて喜んだかもしれない提案だった。
名誉の回復。
破格の待遇。
自分を認めてくれる言葉。
最も欲しかったはずの評価が目の前に差し出されている。
ルチアは眼鏡の位置を直し、一度だけレオンハルトを見上げた。
彼は腕を組んだまま、無言で頷いた。
「お前の好きにしろ」という、絶対的な信頼の眼差しだった。
ルチアは国王に向き直り、はっきりと言った。
「……お断りいたします、陛下」
「な、なぜだ? 待遇が不満か?」
「いいえ。条件は破格です。ですが……、私はもう、この王宮の部品には戻れません」
ルチアは自分の胸に手を当てた。
「私は以前、自分を不純物だと思っていました。華やかな王宮に混ざり込んだ、異質な石ころだと。だから、必死に皆様に合わせて、自分を削って役に立とうとしました。でも、ここでは私はただの便利な道具でしかなかった」
彼女の脳裏に、ヴォルフラム領での日々が浮かぶ。
泥だらけで感謝してくれた農夫の手。
温かい缶詰を抱きしめた子供たちの笑顔。
ゴミ山から誇りを取り戻した男たちの背中。
そして――風邪を引いた夜、スープを作ってくれた、強面の男。
「私は辺境で学びました。鉄は、適切な相手と混ざり合えば、錆びない合金になれるのだと。私は今、ヴォルフラム領という合金の一部です。そこには、私を機能としてではなく、ルチアという人間として必要としてくれる人々がいます」
ルチアの声には、一点の迷いもなかった。
それは、焼入れを終えた鋼のように強靭で、澄んだ響きを持っていた。
「私の居場所は、北の辺境にあります。あそこの冷たい風と、温かいスープが、私の肌には合っているのです」
国王はしばらく呆然としていたが、やがて力なく肩を落とした。
「……そうか。一度捨てた宝石は、二度と戻らないということか」
国王は寂しげに笑い、レオンハルトを見た。
「辺境伯。……良い拾い物をしたな」
レオンハルトが、ルチアの肩を抱き寄せた。
「彼女は我が領の至宝。国がいくら積もうと、お返しするつもりはありません」
その言葉に、ルチアの胸が熱くなった。
レオンハルトは国王に一礼すると、ルチアの手を取って背を向けた。
「行くぞ、ルチア。腹が減った」
「はい、閣下」
二人は、かつてルチアを拒絶した謁見の間を、堂々と後にした。
背後で錆びついていく王国の気配を感じながらも、ルチアの足取りは軽かった。
過去の栄光や、遅すぎた評価になど興味はない。
自分の価値を本当に理解し、共に歩んでくれるパートナーが隣にいる。
それだけで、世界は十分に輝いて見えた。
王城を出ると、王都の空は夕焼けに染まっていた。
それは、一つの時代の終わりを告げる色であり、同時に、二人の新しい生活の始まりを祝う色でもあった。
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