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第9話:奪われる功績と、夫の加担
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王都の社交シーズンが幕を開けた。
その華やかなスタートを飾る催しの一つとして、クライスト伯爵家主催の新作陶磁器発表会が開催されていた。
会場となったサロンには、色とりどりのドレスを纏った貴婦人や、洗練された燕尾服の紳士たちが集まっている。
彼らの視線の先にあるのは、会場の中央に展示された一連のティーセットだ。
それは、アデライドが一年以上の歳月をかけて開発した自信作だった。
これまでのクライスト家特有の白磁に、深みのある藍色の釉薬をグラデーション状に施したものだ。
焼成温度のわずかな違いで色が濁ってしまう難易度の高い技法を、アデライドは数百回の試行錯誤の末に安定化させたのだ。
名付けて、夜明けの青。
その凛とした美しさは、見る者の心を静寂へと誘う。
「素晴らしい発色だ。これは流行になるぞ」
「ええ、なんて上品なグラデーションなのかしら」
あちこちから聞こえる賞賛の声に、アデライドは安堵の息をついた。
この成功があれば、傾きかけていた実家の経営もしばらくは安泰だ。
職人たちへのボーナスも弾めるだろう。
彼女は主催者側の位置に立ち、完璧な礼儀作法で客人を迎えていた。
「アデライド、よくやったな」
父であるクライスト伯爵が、ワイングラス片手に近づいてきた。
珍しく機嫌が良い。
「ありがとうございます、お父様。職人たちの頑張りのおかげです」
「うむ。これで我が家の名声も保たれるというものだ。……おや、ソフィアも来たようだぞ」
会場の入口がざわめいた。
現れたのは、淡いピンク色のドレスに身を包んだ妹のソフィアと、彼女をエスコートするアデライドの夫、エリアスだった。
ソフィアは愛らしい笑顔を振りまきながら、小鳥のように軽やかに歩いてくる。
その腕は、しっかりとエリアスの腕に絡みついていた。
「お姉様! 開催おめでとうございます!」
ソフィアはアデライドの前に来ると、無邪気な声で言った。
周囲の視線が一斉に、美しい姉妹と、その間に立つ優男に注がれる。
「ありがとう、ソフィア。体調はもう良いの?」
「ええ、おかげさまで。エリアスお義兄様がずっと励ましてくださったから」
ソフィアは甘えるようにエリアスを見上げ、それから展示されている夜明けの青のティーセットに目を留めた。
「わあ、素敵! やっぱりこの色にして正解でしたわね!」
会場が一瞬、静まり返った。
アデライドは眉をひそめた。
正解でしたわね、とはどういう意味か。
「……ソフィア?」
「だって、お姉様が悩んでらした時、私が言ったじゃありませんか。『夜明け前の空みたいな色が素敵じゃない?』って。あの時のアイデアを形にしてくださったのね、嬉しい!」
ソフィアは両手を合わせて瞳を輝かせた。
それは明白な嘘だった。
アデライドが釉薬の研究で悩み、徹夜続きで工房に籠っていた時、ソフィアは一度たりとも顔を出さなかった。
それどころか、「土臭いから工房には行きたくない」と公言していたはずだ。
しかし、ソフィアの記憶の中では、自分の何気ない一言が姉を救ったという都合の良いストーリーに書き換わっているらしい。
あるいは、単に注目を浴びたいだけか。
周囲の貴族たちがざわめき始める。
「おや、この美しい色は妹御のアイデアだったのか」
「姉君の技術もさることながら、妹君の感性も素晴らしいな」
「まさに美人姉妹の合作というわけか」
誤解が広まっていく。
アデライドは反射的に否定しようと口を開いた。
技術的な根拠、開発日誌の記録、職人たちの証言――反論材料はいくらでもある。
「ソフィア、それは違――」
「そうなんだよ、皆さん」
アデライドの言葉を遮ったのは、隣にいた夫エリアスだった。
彼は優しげな笑みを浮かべ、ソフィアの肩に手を置いた。
その華やかなスタートを飾る催しの一つとして、クライスト伯爵家主催の新作陶磁器発表会が開催されていた。
会場となったサロンには、色とりどりのドレスを纏った貴婦人や、洗練された燕尾服の紳士たちが集まっている。
彼らの視線の先にあるのは、会場の中央に展示された一連のティーセットだ。
それは、アデライドが一年以上の歳月をかけて開発した自信作だった。
これまでのクライスト家特有の白磁に、深みのある藍色の釉薬をグラデーション状に施したものだ。
焼成温度のわずかな違いで色が濁ってしまう難易度の高い技法を、アデライドは数百回の試行錯誤の末に安定化させたのだ。
名付けて、夜明けの青。
その凛とした美しさは、見る者の心を静寂へと誘う。
「素晴らしい発色だ。これは流行になるぞ」
「ええ、なんて上品なグラデーションなのかしら」
あちこちから聞こえる賞賛の声に、アデライドは安堵の息をついた。
この成功があれば、傾きかけていた実家の経営もしばらくは安泰だ。
職人たちへのボーナスも弾めるだろう。
彼女は主催者側の位置に立ち、完璧な礼儀作法で客人を迎えていた。
「アデライド、よくやったな」
父であるクライスト伯爵が、ワイングラス片手に近づいてきた。
珍しく機嫌が良い。
「ありがとうございます、お父様。職人たちの頑張りのおかげです」
「うむ。これで我が家の名声も保たれるというものだ。……おや、ソフィアも来たようだぞ」
会場の入口がざわめいた。
現れたのは、淡いピンク色のドレスに身を包んだ妹のソフィアと、彼女をエスコートするアデライドの夫、エリアスだった。
ソフィアは愛らしい笑顔を振りまきながら、小鳥のように軽やかに歩いてくる。
その腕は、しっかりとエリアスの腕に絡みついていた。
「お姉様! 開催おめでとうございます!」
ソフィアはアデライドの前に来ると、無邪気な声で言った。
周囲の視線が一斉に、美しい姉妹と、その間に立つ優男に注がれる。
「ありがとう、ソフィア。体調はもう良いの?」
「ええ、おかげさまで。エリアスお義兄様がずっと励ましてくださったから」
ソフィアは甘えるようにエリアスを見上げ、それから展示されている夜明けの青のティーセットに目を留めた。
「わあ、素敵! やっぱりこの色にして正解でしたわね!」
会場が一瞬、静まり返った。
アデライドは眉をひそめた。
正解でしたわね、とはどういう意味か。
「……ソフィア?」
「だって、お姉様が悩んでらした時、私が言ったじゃありませんか。『夜明け前の空みたいな色が素敵じゃない?』って。あの時のアイデアを形にしてくださったのね、嬉しい!」
ソフィアは両手を合わせて瞳を輝かせた。
それは明白な嘘だった。
アデライドが釉薬の研究で悩み、徹夜続きで工房に籠っていた時、ソフィアは一度たりとも顔を出さなかった。
それどころか、「土臭いから工房には行きたくない」と公言していたはずだ。
しかし、ソフィアの記憶の中では、自分の何気ない一言が姉を救ったという都合の良いストーリーに書き換わっているらしい。
あるいは、単に注目を浴びたいだけか。
周囲の貴族たちがざわめき始める。
「おや、この美しい色は妹御のアイデアだったのか」
「姉君の技術もさることながら、妹君の感性も素晴らしいな」
「まさに美人姉妹の合作というわけか」
誤解が広まっていく。
アデライドは反射的に否定しようと口を開いた。
技術的な根拠、開発日誌の記録、職人たちの証言――反論材料はいくらでもある。
「ソフィア、それは違――」
「そうなんだよ、皆さん」
アデライドの言葉を遮ったのは、隣にいた夫エリアスだった。
彼は優しげな笑みを浮かべ、ソフィアの肩に手を置いた。
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