「地味な眼鏡女」と婚約破棄されましたが、この国は私の技術で保たれていたようです

水上

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第1話:その断罪は、ピントがズレています

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 シャンデリアの光が乱反射する王宮の舞踏会場。
 その中心で、私の婚約者であるソレイユ第一王子が高らかに声を上げました。

「リル・ウィトリア! 貴様との婚約を、今この時を持って破棄する! 北の辺境に追放だ!」

 音楽が止まり、周囲の貴族たちがざわめきます。

 私は、自作の銀縁眼鏡の位置を人差し指でクイッと直しました。

 ……音圧レベル、推定八十デシベル。
 相変わらず無駄に声が大きいですね。

 そのエネルギーを少しでも脳への血流に回せば、もう少し賢くなれるでしょうに。

「謹んでお受けいたします、殿下。……それで、理由は?」

 私が淡々と返すと、ソレイユ殿下は予想外だったのか一瞬怯み、すぐに隣に侍らせていた女性の肩を抱き寄せました。

 ピンク色の髪をふわふわとさせた、男爵令嬢のミーナ・マリス様です。

「白々しい! 貴様、嫉妬に狂ってこの愛らしいミーナを階段から突き飛ばしただろう! 先週の火曜日の午後二時、王宮の庭園でのことだ!」

「ひどいですぅ、リル様……。私、怖くて……」

 ミーナ様が嘘泣きを始めました。
 
 そこで私は懐から、『実験記録 No.402』と書かれた一冊の手帳を取り出しました。

「先週の火曜、午後二時ですね。……あいにくですが、その証言は物理的に成立しません」

「なに? 言い逃れをする気か!」

「いいえ、事実を述べているだけです」

 私は手帳を開き、該当ページを殿下に見せつけました。

「その時刻、私は王都の北塔にて、開発中の望遠レンズの解像度テストを行っていました。対象地点は、まさに庭園の階段付近です」

 私の言葉を聞いて、殿下が眉をひそめます。

「ここにあるのは、北塔の衛兵および視察中の騎士団員三名の署名入り記録です。彼らは私の作ったレンズ越しに、庭園の様子を拡大して見ていました」

「だ、だから何だと言うのだ!」

「彼らの証言によれば、『誰もいない空間で、ミーナ嬢が一人で足をもつれさせて転んだ』とのことです。ご自身のドジが招いたものを、私の責任にするのは筋違いなのでは?」

 会場が、しんと静まり返りました。

 私が突きつけたのは、感情論ではなく観測記録でした。

「そ、そんな遠くから見えるわけがないですぅ! 嘘です!」

 ミーナ様が叫びますが、一部の貴族たちは冷ややかな視線を向けています。

 旗色が悪いと悟ったのか、ソレイユ殿下は顔を真っ赤にして話題をすり替えました。

「だ、だが性格の悪さは事実だろう! ミーナを見習え! 彼女は素晴らしい領地改革案を提出してくれた。貴様のような冷徹な女には思いつかない、慈愛に満ちた案だ!」

 殿下がバサリと広げた羊皮紙の束。
 それを見た瞬間、私は思わず失笑してしまいました。

「……あら。その企画書、私が先月、殿下に提出してになっていた草案にそっくりですね」

「言いがかりはやめてください! これは私が一生懸命考えたんですぅ!」

 ミーナ様が喚きます。
 私はため息をつき、眼鏡のレンズを曇らせぬよう、静かに告げました。

「……そうですか。それは素晴らしいですね。では、ご自分で考えたのであれば、当然中身も理解されていますよね?」

「と、当然です!」

「では、その案の7ページ目にある、ガラス温室の耐熱構造計算式について説明いただけますか? 特に、太陽光の入射角に対する熱膨張率の補正係数、なぜ0.04に設定したのかお答えください」

 私の問いに、ミーナ様は口をパクパクさせました。

「え……、たいねつ……? ほ、補正……?」

「お答えになれない? では私が解説しましょう。それは当領地特産の珪砂を用いたガラスの屈折率に基づいた独自の数値です。一般的な板ガラスの係数0.08を用いると、夏場に内部温度が六十度を超えて植物が枯死するからです。……作成者なら、答えられて当然ですよ?」

 スラスラと解説する私に、会場からは「ああ、やはり本物はリル嬢か」「盗用とは嘆かわしい」という囁きが漏れ聞こえ始めました。

 ミーナ様は顔面蒼白になり、殿下の背後に隠れようとします。

 それでもなお、殿下は現実を受け入れたくないようでした。

「う、うるさい! 細かな数字などどうでもいい! 国を回すのは愛だ! ミーナには私の心を癒やす輝きがある。貴様のような地味な女とは違うのだ!」

 愛、ですか。

 実務能力の欠如を、随分と耳触りの良い言葉で糊塗するものですね。
 私は呆れを通り越し、哀れみすら感じてきました。

「殿下。一つ、真理をお教えしましょう」

「な、なんだ!」

「光を反射するだけの鏡は、自ら光を放つ光源にはなれません」

 私はミーナ様を一瞥し、そして殿下を真っ直ぐに見据えました。

「彼女は私の成果という光を盗んで反射し、輝いているように見せているだけ。そして貴方は、その眩しさに目が眩んでいる」

「なっ……」

「私の成果を映して輝いているつもりでしょうが、私が消えれば、彼女はただの暗い板に戻るだけですよ? もちろん、婚約破棄と追放は喜んでお受けいたします。どうぞ、その歪んだレンズを通した世界でお幸せに」
 
 私は優雅にカーテシーを行い、踵を返しました。
 背後で殿下が何か喚いていましたが、もう私の耳にはノイズとしてしか認識されません。
 
 さて、これで晴れて自由の身です。

 王都の研究所は引き払いましょう。
 私の技術を正当に評価しない場所に、これ以上リソースを割く義理はありません。

 追放先の北の辺境ですが、以前から「うちに来てほしい」と熱烈な手紙を寄越されていました。
 なので、悪いようには扱われないでしょう。

 私は曇りのない眼鏡越しに、広い世界への出口を見据えて歩き出しました。
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