1 / 11
第1話:その断罪は、ピントがズレています
しおりを挟む
シャンデリアの光が乱反射する王宮の舞踏会場。
その中心で、私の婚約者であるソレイユ第一王子が高らかに声を上げました。
「リル・ウィトリア! 貴様との婚約を、今この時を持って破棄する! 北の辺境に追放だ!」
音楽が止まり、周囲の貴族たちがざわめきます。
私は、自作の銀縁眼鏡の位置を人差し指でクイッと直しました。
……音圧レベル、推定八十デシベル。
相変わらず無駄に声が大きいですね。
そのエネルギーを少しでも脳への血流に回せば、もう少し賢くなれるでしょうに。
「謹んでお受けいたします、殿下。……それで、理由は?」
私が淡々と返すと、ソレイユ殿下は予想外だったのか一瞬怯み、すぐに隣に侍らせていた女性の肩を抱き寄せました。
ピンク色の髪をふわふわとさせた、男爵令嬢のミーナ・マリス様です。
「白々しい! 貴様、嫉妬に狂ってこの愛らしいミーナを階段から突き飛ばしただろう! 先週の火曜日の午後二時、王宮の庭園でのことだ!」
「ひどいですぅ、リル様……。私、怖くて……」
ミーナ様が嘘泣きを始めました。
そこで私は懐から、『実験記録 No.402』と書かれた一冊の手帳を取り出しました。
「先週の火曜、午後二時ですね。……あいにくですが、その証言は物理的に成立しません」
「なに? 言い逃れをする気か!」
「いいえ、事実を述べているだけです」
私は手帳を開き、該当ページを殿下に見せつけました。
「その時刻、私は王都の北塔にて、開発中の望遠レンズの解像度テストを行っていました。対象地点は、まさに庭園の階段付近です」
私の言葉を聞いて、殿下が眉をひそめます。
「ここにあるのは、北塔の衛兵および視察中の騎士団員三名の署名入り記録です。彼らは私の作ったレンズ越しに、庭園の様子を拡大して見ていました」
「だ、だから何だと言うのだ!」
「彼らの証言によれば、『誰もいない空間で、ミーナ嬢が一人で足をもつれさせて転んだ』とのことです。ご自身のドジが招いたものを、私の責任にするのは筋違いなのでは?」
会場が、しんと静まり返りました。
私が突きつけたのは、感情論ではなく観測記録でした。
「そ、そんな遠くから見えるわけがないですぅ! 嘘です!」
ミーナ様が叫びますが、一部の貴族たちは冷ややかな視線を向けています。
旗色が悪いと悟ったのか、ソレイユ殿下は顔を真っ赤にして話題をすり替えました。
「だ、だが性格の悪さは事実だろう! ミーナを見習え! 彼女は素晴らしい領地改革案を提出してくれた。貴様のような冷徹な女には思いつかない、慈愛に満ちた案だ!」
殿下がバサリと広げた羊皮紙の束。
それを見た瞬間、私は思わず失笑してしまいました。
「……あら。その企画書、私が先月、殿下に提出して行方不明になっていた草案にそっくりですね」
「言いがかりはやめてください! これは私が一生懸命考えたんですぅ!」
ミーナ様が喚きます。
私はため息をつき、眼鏡のレンズを曇らせぬよう、静かに告げました。
「……そうですか。それは素晴らしいですね。では、ご自分で考えたのであれば、当然中身も理解されていますよね?」
「と、当然です!」
「では、その案の7ページ目にある、ガラス温室の耐熱構造計算式について説明いただけますか? 特に、太陽光の入射角に対する熱膨張率の補正係数、なぜ0.04に設定したのかお答えください」
私の問いに、ミーナ様は口をパクパクさせました。
「え……、たいねつ……? ほ、補正……?」
「お答えになれない? では私が解説しましょう。それは当領地特産の珪砂を用いたガラスの屈折率に基づいた独自の数値です。一般的な板ガラスの係数0.08を用いると、夏場に内部温度が六十度を超えて植物が枯死するからです。……作成者なら、答えられて当然ですよ?」
スラスラと解説する私に、会場からは「ああ、やはり本物はリル嬢か」「盗用とは嘆かわしい」という囁きが漏れ聞こえ始めました。
ミーナ様は顔面蒼白になり、殿下の背後に隠れようとします。
それでもなお、殿下は現実を受け入れたくないようでした。
「う、うるさい! 細かな数字などどうでもいい! 国を回すのは愛だ! ミーナには私の心を癒やす輝きがある。貴様のような地味な女とは違うのだ!」
愛、ですか。
実務能力の欠如を、随分と耳触りの良い言葉で糊塗するものですね。
私は呆れを通り越し、哀れみすら感じてきました。
「殿下。一つ、真理をお教えしましょう」
「な、なんだ!」
「光を反射するだけの鏡は、自ら光を放つ光源にはなれません」
私はミーナ様を一瞥し、そして殿下を真っ直ぐに見据えました。
「彼女は私の成果という光を盗んで反射し、輝いているように見せているだけ。そして貴方は、その眩しさに目が眩んでいる」
「なっ……」
「私の成果を映して輝いているつもりでしょうが、私が消えれば、彼女はただの暗い板に戻るだけですよ? もちろん、婚約破棄と追放は喜んでお受けいたします。どうぞ、その歪んだレンズを通した世界でお幸せに」
私は優雅にカーテシーを行い、踵を返しました。
背後で殿下が何か喚いていましたが、もう私の耳にはノイズとしてしか認識されません。
さて、これで晴れて自由の身です。
王都の研究所は引き払いましょう。
私の技術を正当に評価しない場所に、これ以上リソースを割く義理はありません。
追放先の北の辺境ですが、以前から「うちに来てほしい」と熱烈な手紙を寄越されていました。
なので、悪いようには扱われないでしょう。
私は曇りのない眼鏡越しに、広い世界への出口を見据えて歩き出しました。
その中心で、私の婚約者であるソレイユ第一王子が高らかに声を上げました。
「リル・ウィトリア! 貴様との婚約を、今この時を持って破棄する! 北の辺境に追放だ!」
音楽が止まり、周囲の貴族たちがざわめきます。
私は、自作の銀縁眼鏡の位置を人差し指でクイッと直しました。
……音圧レベル、推定八十デシベル。
相変わらず無駄に声が大きいですね。
そのエネルギーを少しでも脳への血流に回せば、もう少し賢くなれるでしょうに。
「謹んでお受けいたします、殿下。……それで、理由は?」
私が淡々と返すと、ソレイユ殿下は予想外だったのか一瞬怯み、すぐに隣に侍らせていた女性の肩を抱き寄せました。
ピンク色の髪をふわふわとさせた、男爵令嬢のミーナ・マリス様です。
「白々しい! 貴様、嫉妬に狂ってこの愛らしいミーナを階段から突き飛ばしただろう! 先週の火曜日の午後二時、王宮の庭園でのことだ!」
「ひどいですぅ、リル様……。私、怖くて……」
ミーナ様が嘘泣きを始めました。
そこで私は懐から、『実験記録 No.402』と書かれた一冊の手帳を取り出しました。
「先週の火曜、午後二時ですね。……あいにくですが、その証言は物理的に成立しません」
「なに? 言い逃れをする気か!」
「いいえ、事実を述べているだけです」
私は手帳を開き、該当ページを殿下に見せつけました。
「その時刻、私は王都の北塔にて、開発中の望遠レンズの解像度テストを行っていました。対象地点は、まさに庭園の階段付近です」
私の言葉を聞いて、殿下が眉をひそめます。
「ここにあるのは、北塔の衛兵および視察中の騎士団員三名の署名入り記録です。彼らは私の作ったレンズ越しに、庭園の様子を拡大して見ていました」
「だ、だから何だと言うのだ!」
「彼らの証言によれば、『誰もいない空間で、ミーナ嬢が一人で足をもつれさせて転んだ』とのことです。ご自身のドジが招いたものを、私の責任にするのは筋違いなのでは?」
会場が、しんと静まり返りました。
私が突きつけたのは、感情論ではなく観測記録でした。
「そ、そんな遠くから見えるわけがないですぅ! 嘘です!」
ミーナ様が叫びますが、一部の貴族たちは冷ややかな視線を向けています。
旗色が悪いと悟ったのか、ソレイユ殿下は顔を真っ赤にして話題をすり替えました。
「だ、だが性格の悪さは事実だろう! ミーナを見習え! 彼女は素晴らしい領地改革案を提出してくれた。貴様のような冷徹な女には思いつかない、慈愛に満ちた案だ!」
殿下がバサリと広げた羊皮紙の束。
それを見た瞬間、私は思わず失笑してしまいました。
「……あら。その企画書、私が先月、殿下に提出して行方不明になっていた草案にそっくりですね」
「言いがかりはやめてください! これは私が一生懸命考えたんですぅ!」
ミーナ様が喚きます。
私はため息をつき、眼鏡のレンズを曇らせぬよう、静かに告げました。
「……そうですか。それは素晴らしいですね。では、ご自分で考えたのであれば、当然中身も理解されていますよね?」
「と、当然です!」
「では、その案の7ページ目にある、ガラス温室の耐熱構造計算式について説明いただけますか? 特に、太陽光の入射角に対する熱膨張率の補正係数、なぜ0.04に設定したのかお答えください」
私の問いに、ミーナ様は口をパクパクさせました。
「え……、たいねつ……? ほ、補正……?」
「お答えになれない? では私が解説しましょう。それは当領地特産の珪砂を用いたガラスの屈折率に基づいた独自の数値です。一般的な板ガラスの係数0.08を用いると、夏場に内部温度が六十度を超えて植物が枯死するからです。……作成者なら、答えられて当然ですよ?」
スラスラと解説する私に、会場からは「ああ、やはり本物はリル嬢か」「盗用とは嘆かわしい」という囁きが漏れ聞こえ始めました。
ミーナ様は顔面蒼白になり、殿下の背後に隠れようとします。
それでもなお、殿下は現実を受け入れたくないようでした。
「う、うるさい! 細かな数字などどうでもいい! 国を回すのは愛だ! ミーナには私の心を癒やす輝きがある。貴様のような地味な女とは違うのだ!」
愛、ですか。
実務能力の欠如を、随分と耳触りの良い言葉で糊塗するものですね。
私は呆れを通り越し、哀れみすら感じてきました。
「殿下。一つ、真理をお教えしましょう」
「な、なんだ!」
「光を反射するだけの鏡は、自ら光を放つ光源にはなれません」
私はミーナ様を一瞥し、そして殿下を真っ直ぐに見据えました。
「彼女は私の成果という光を盗んで反射し、輝いているように見せているだけ。そして貴方は、その眩しさに目が眩んでいる」
「なっ……」
「私の成果を映して輝いているつもりでしょうが、私が消えれば、彼女はただの暗い板に戻るだけですよ? もちろん、婚約破棄と追放は喜んでお受けいたします。どうぞ、その歪んだレンズを通した世界でお幸せに」
私は優雅にカーテシーを行い、踵を返しました。
背後で殿下が何か喚いていましたが、もう私の耳にはノイズとしてしか認識されません。
さて、これで晴れて自由の身です。
王都の研究所は引き払いましょう。
私の技術を正当に評価しない場所に、これ以上リソースを割く義理はありません。
追放先の北の辺境ですが、以前から「うちに来てほしい」と熱烈な手紙を寄越されていました。
なので、悪いようには扱われないでしょう。
私は曇りのない眼鏡越しに、広い世界への出口を見据えて歩き出しました。
98
あなたにおすすめの小説
ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…
ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。
一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。
そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。
読んでいただけると嬉しいです。
[完結]不実な婚約者に「あんたなんか大っ嫌いだわ」と叫んだら隣国の公爵令息に溺愛されました
masato
恋愛
アリーチェ・エストリアはエスト王国の筆頭伯爵家の嫡女である。
エストリア家は、建国に携わった五家の一つで、エストの名を冠する名家である。
エストの名を冠する五家は、公爵家、侯爵家、伯爵家、子爵家、男爵家に別れ、それぞれの爵位の家々を束ねる筆頭とされていた。
それ故に、エストの名を冠する五家は、爵位の壁を越える特別な家門とされていた。
エストリア家には姉妹しかおらず、長女であるアリーチェは幼い頃から跡取りとして厳しく教育を受けて来た。
妹のキャサリンは母似の器量良しで可愛がられていたにも関わらず。
そんな折、侯爵家の次男デヴィッドからの婿養子への打診が来る。
父はアリーチェではなくデヴィッドに爵位を継がせると言い出した。
釈然としないながらもデヴィッドに歩み寄ろうとするアリーチェだったが、デヴィッドの態度は最悪。
その内、デヴィッドとキャサリンの恋の噂が立ち始め、何故かアリーチェは2人の仲を邪魔する悪役にされていた。
学園内で嫌がらせを受ける日々の中、隣国からの留学生リディアムと出会った事で、
アリーチェは家と国を捨てて、隣国で新しい人生を送ることを決める。
「誰もお前なんか愛さない」と笑われたけど、隣国の王が即プロポーズしてきました
ゆっこ
恋愛
「アンナ・リヴィエール、貴様との婚約は、今日をもって破棄する!」
王城の大広間に響いた声を、私は冷静に見つめていた。
誰よりも愛していた婚約者、レオンハルト王太子が、冷たい笑みを浮かべて私を断罪する。
「お前は地味で、つまらなくて、礼儀ばかりの女だ。華もない。……誰もお前なんか愛さないさ」
笑い声が響く。
取り巻きの令嬢たちが、まるで待っていたかのように口元を隠して嘲笑した。
胸が痛んだ。
けれど涙は出なかった。もう、心が乾いていたからだ。
【完結】身代わりに病弱だった令嬢が隣国の冷酷王子と政略結婚したら、薬師の知識が役に立ちました。
朝日みらい
恋愛
リリスは内気な性格の貴族令嬢。幼い頃に患った大病の影響で、薬師顔負けの知識を持ち、自ら薬を調合する日々を送っている。家族の愛情を一身に受ける妹セシリアとは対照的に、彼女は控えめで存在感が薄い。
ある日、リリスは両親から突然「妹の代わりに隣国の王子と政略結婚をするように」と命じられる。結婚相手であるエドアルド王子は、かつて幼馴染でありながら、今では冷たく距離を置かれる存在。リリスは幼い頃から密かにエドアルドに憧れていたが、病弱だった過去もあって自分に自信が持てず、彼の真意がわからないまま結婚の日を迎えてしまい――
お飾りの婚約者で結構です! 殿下のことは興味ありませんので、お構いなく!
にのまえ
恋愛
すでに寵愛する人がいる、殿下の婚約候補決めの舞踏会を開くと、王家の勅命がドーリング公爵家に届くも、姉のミミリアは嫌がった。
公爵家から一人娘という言葉に、舞踏会に参加することになった、ドーリング公爵家の次女・ミーシャ。
家族の中で“役立たず”と蔑まれ、姉の身代わりとして差し出された彼女の唯一の望みは――「舞踏会で、美味しい料理を食べること」。
だが、そんな慎ましい願いとは裏腹に、
舞踏会の夜、思いもよらぬ出来事が起こりミーシャは前世、読んでいた小説の世界だと気付く。
地味で役に立たないと言われて捨てられましたが、王弟殿下のお相手としては最適だったようです
有賀冬馬
恋愛
「君は地味で、将来の役に立たない」
そう言われ、幼なじみの婚約者にあっさり捨てられた侯爵令嬢の私。
社交界でも忘れ去られ、同情だけを向けられる日々の中、私は王宮の文官補佐として働き始める。
そこで出会ったのは、権力争いを嫌う変わり者の王弟殿下。
過去も噂も問わず、ただ仕事だけを見て評価してくれる彼の隣で、私は静かに居場所を見つけていく。
そして暴かれる不正。転落していく元婚約者。
「君が隣にいない宮廷は退屈だ」
これは、選ばれなかった私が、必要とされる私になる物語。
母を亡くした公爵令嬢は、虐げられないが、今日も願いが叶わない
春風由実
恋愛
「何故お前が生きた?」
それは怪我をして長く眠っていたエルリカが、目覚めた直後に父親である公爵から掛けられた言葉だった。
「お前こそが、女神の元に行くべきだった!」
父親から強い口調で詰られたエルリカ。
普通の令嬢は、ここで泣くか、その後立ち直れなくなるという。
けれどエルリカは違った。
「あなたこそ、何をのうのうと元気にしているのですか?」
そうしてこの日父娘は、それぞれに絶縁を宣言した。
以来、母方の祖父母に引き取られ、侯爵領で過ごしてきたエルリカ。
ところが公爵は、いつまでもエルリカを除籍する手続きを実行しなかった。
おかげで名ばかりの公爵令嬢のまま、エルリカが王都へと戻る日がやって来てしまう──。
釣り合わないと言われても、婚約者と別れる予定はありません
しろねこ。
恋愛
幼馴染と婚約を結んでいるラズリーは、学園に入学してから他の令嬢達によく絡まれていた。
曰く、婚約者と釣り合っていない、身分不相応だと。
ラズリーの婚約者であるファルク=トワレ伯爵令息は、第二王子の側近で、将来護衛騎士予定の有望株だ。背も高く、見目も良いと言う事で注目を浴びている。
対してラズリー=コランダム子爵令嬢は薬草学を専攻していて、外に出る事も少なく地味な見た目で華々しさもない。
そんな二人を周囲は好奇の目で見ており、時にはラズリーから婚約者を奪おうとするものも出てくる。
おっとり令嬢ラズリーはそんな周囲の圧力に屈することはない。
「釣り合わない? そうですか。でも彼は私が良いって言ってますし」
時に優しく、時に豪胆なラズリー、平穏な日々はいつ来るやら。
ハッピーエンド、両思い、ご都合主義なストーリーです。
ゆっくり更新予定です(*´ω`*)
小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる