4 / 11
第4話:泥水を啜る(浄化後)
しおりを挟む
領地経営の効率化に着手して数日。
私はギルバート様に同行し、領地南部の農村地帯を視察することになりました。
そこはオブシディアン領の中でも特に貧しい地域と聞いていましたが、現地に到着した私は、その原因を一目で理解しました。
「……水が、濁っていますね」
村の中央にある井戸。
そこから汲み上げられた水は、茶色く濁り、鼻をつく異臭を放っていました。
案内役の村長が、申し訳なさそうに頭を下げます。
「上流での土砂崩れ以降、ずっとこの調子でして。井戸を掘り直す金もなく、村の子供たちは腹を下し、熱を出す者が絶えません」
近くでは、顔色の悪い子供たちが、それでも喉の渇きに耐えかねて泥水を啜っています。
ギルバート様が痛ましげに顔を歪めました。
「すまない。俺の力が及ばぬばかりに……。すぐに清潔な水を運ばせる手配をするが、到着には時間がかかる」
村の集会所で行われた緊急会議でも、文官たちは頭を抱えていました。
「新しい水源を確保するための土木工事には、莫大な予算がかかります」
「王都へ支援を要請しても、今の財政状況では……」
「ない袖は振れません。我慢してもらうしか……」
諦めの空気が漂う中、私は静かに挙手しました。
「予算がないから諦める、ですか。ナンセンスですね」
会議室の視線が一斉に私に集まります。
「ないものねだりは子供のすることです。プロは今あるものの屈折率を計算して、光を曲げるのです」
私は窓の外、荒れた河原に広がる砂利と、工房から持参していたガラス管を指差しました。
「手持ちのカードで最高の結果を出すのが、私たちの仕事ですよ。……そこに大量にある砂利と、炭焼き小屋の炭。そして私のガラスがあれば、水などいくらでも作れます」
私は村の広場に即席の作業場を設けました。
用意させたのは、大小さまざまなサイズの砂利、川砂、そして木炭。
まずはこれらを洗浄し、私が持参した太いガラス管の中に層状に詰めていきます。
「いいですか、水の汚れは微粒子です。ならば、物理的に引っ掛けて取り除けばいいだけの話です」
一番下には粗い砂利。
その上に細かい砂利、川砂、そして砕いた木炭。
最後に布を被せます。
単純ですが、自然界の地層が雨水を濾過する仕組みを、ガラス管の中で再現したのです。
「リル様、本当にこんな砂や炭を通した水が飲めるんですか……? 余計に汚れるんじゃ……」
半信半疑の村人たちが見守る中、私は濁った井戸水をガラス管の上から注ぎ込みました。
茶色い水が、黒い炭の層、灰色の砂の層をゆっくりと通過していきます。
そして、ガラス管の下に設置したビーカーに、水滴が落ち始めました。
最初は少し濁っていましたが、数分もすると、落ちてくる水の色が変わりました。
「あ……」
誰かが息を呑みました。
そこに溜まっていたのは、無色透明の、澄み切った液体でした。
「お待たせしました。緩速濾過と吸着濾過のハイブリッド・システムです」
私はビーカーの水をコップに移し、自ら口をつけました。
冷たく、泥臭さは完全に消えています。
「問題ありません。おいしい水です」
私が飲み干すのを見て、子供たちがわっと駆け寄ってきました。
次々に濾過されていく透明な水を見て、少女の一人が目を輝かせます。
「わぁ……! キラキラしてる! 宝石みたい!」
子供たちは我先にとコップを差し出し、透明な水を啜り、その後一気に喉を鳴らして飲み干しました。
その顔に浮かぶのは、久しぶりの安堵の笑顔。
「おいしい! お腹痛くない!」
「すげぇ、魔法だ! お姉ちゃんは魔法使いなの!?」
子供たちに囲まれ、私は少しだけ頬を緩め、眼鏡を直しました。
「いいえ。これは魔法ではなく、科学です」
しかし、子供たちにとっては理屈などどうでもいいのでしょう。
「魔法使いのお姉ちゃん、ありがとう!」と抱きつかれ、私は慣れない感謝の熱量にたじろいでしまいました。
その様子を少し離れた場所で見ていたギルバート様が、静かに近づいてきました。
彼は出来上がった装置と、笑顔の領民たちを交互に見つめ、深く息を吐きました。
「……お前は、国一番の魔術師だ」
「ですから、魔法ではありません」
「いや、泥水を宝石に変え、絶望していた民に笑顔を取り戻した。これを魔法と呼ばずして何と呼ぶ」
彼は不器用な手つきで、私の頭にポンと手を置きました。
「ありがとう、リル。お前が来てくれて本当によかった」
その掌は大きく、温かく。
かつて王宮で地味な眼鏡女と嘲笑されていた私が、ここではたくさんの人から称えられている。
その事実が、胸の奥を少しだけくすぐったくさせました。
「……礼には及びません」
私は照れながら言いました。
そして、次の計画を練り始めました。
次は太陽光蒸留器でも設置しましょうか。
メンテナンスフリーで、より純度の高い水が作れるはずです。
辺境の地で、私の技術は確実に、人々の生活を変え始めていました。
私はギルバート様に同行し、領地南部の農村地帯を視察することになりました。
そこはオブシディアン領の中でも特に貧しい地域と聞いていましたが、現地に到着した私は、その原因を一目で理解しました。
「……水が、濁っていますね」
村の中央にある井戸。
そこから汲み上げられた水は、茶色く濁り、鼻をつく異臭を放っていました。
案内役の村長が、申し訳なさそうに頭を下げます。
「上流での土砂崩れ以降、ずっとこの調子でして。井戸を掘り直す金もなく、村の子供たちは腹を下し、熱を出す者が絶えません」
近くでは、顔色の悪い子供たちが、それでも喉の渇きに耐えかねて泥水を啜っています。
ギルバート様が痛ましげに顔を歪めました。
「すまない。俺の力が及ばぬばかりに……。すぐに清潔な水を運ばせる手配をするが、到着には時間がかかる」
村の集会所で行われた緊急会議でも、文官たちは頭を抱えていました。
「新しい水源を確保するための土木工事には、莫大な予算がかかります」
「王都へ支援を要請しても、今の財政状況では……」
「ない袖は振れません。我慢してもらうしか……」
諦めの空気が漂う中、私は静かに挙手しました。
「予算がないから諦める、ですか。ナンセンスですね」
会議室の視線が一斉に私に集まります。
「ないものねだりは子供のすることです。プロは今あるものの屈折率を計算して、光を曲げるのです」
私は窓の外、荒れた河原に広がる砂利と、工房から持参していたガラス管を指差しました。
「手持ちのカードで最高の結果を出すのが、私たちの仕事ですよ。……そこに大量にある砂利と、炭焼き小屋の炭。そして私のガラスがあれば、水などいくらでも作れます」
私は村の広場に即席の作業場を設けました。
用意させたのは、大小さまざまなサイズの砂利、川砂、そして木炭。
まずはこれらを洗浄し、私が持参した太いガラス管の中に層状に詰めていきます。
「いいですか、水の汚れは微粒子です。ならば、物理的に引っ掛けて取り除けばいいだけの話です」
一番下には粗い砂利。
その上に細かい砂利、川砂、そして砕いた木炭。
最後に布を被せます。
単純ですが、自然界の地層が雨水を濾過する仕組みを、ガラス管の中で再現したのです。
「リル様、本当にこんな砂や炭を通した水が飲めるんですか……? 余計に汚れるんじゃ……」
半信半疑の村人たちが見守る中、私は濁った井戸水をガラス管の上から注ぎ込みました。
茶色い水が、黒い炭の層、灰色の砂の層をゆっくりと通過していきます。
そして、ガラス管の下に設置したビーカーに、水滴が落ち始めました。
最初は少し濁っていましたが、数分もすると、落ちてくる水の色が変わりました。
「あ……」
誰かが息を呑みました。
そこに溜まっていたのは、無色透明の、澄み切った液体でした。
「お待たせしました。緩速濾過と吸着濾過のハイブリッド・システムです」
私はビーカーの水をコップに移し、自ら口をつけました。
冷たく、泥臭さは完全に消えています。
「問題ありません。おいしい水です」
私が飲み干すのを見て、子供たちがわっと駆け寄ってきました。
次々に濾過されていく透明な水を見て、少女の一人が目を輝かせます。
「わぁ……! キラキラしてる! 宝石みたい!」
子供たちは我先にとコップを差し出し、透明な水を啜り、その後一気に喉を鳴らして飲み干しました。
その顔に浮かぶのは、久しぶりの安堵の笑顔。
「おいしい! お腹痛くない!」
「すげぇ、魔法だ! お姉ちゃんは魔法使いなの!?」
子供たちに囲まれ、私は少しだけ頬を緩め、眼鏡を直しました。
「いいえ。これは魔法ではなく、科学です」
しかし、子供たちにとっては理屈などどうでもいいのでしょう。
「魔法使いのお姉ちゃん、ありがとう!」と抱きつかれ、私は慣れない感謝の熱量にたじろいでしまいました。
その様子を少し離れた場所で見ていたギルバート様が、静かに近づいてきました。
彼は出来上がった装置と、笑顔の領民たちを交互に見つめ、深く息を吐きました。
「……お前は、国一番の魔術師だ」
「ですから、魔法ではありません」
「いや、泥水を宝石に変え、絶望していた民に笑顔を取り戻した。これを魔法と呼ばずして何と呼ぶ」
彼は不器用な手つきで、私の頭にポンと手を置きました。
「ありがとう、リル。お前が来てくれて本当によかった」
その掌は大きく、温かく。
かつて王宮で地味な眼鏡女と嘲笑されていた私が、ここではたくさんの人から称えられている。
その事実が、胸の奥を少しだけくすぐったくさせました。
「……礼には及びません」
私は照れながら言いました。
そして、次の計画を練り始めました。
次は太陽光蒸留器でも設置しましょうか。
メンテナンスフリーで、より純度の高い水が作れるはずです。
辺境の地で、私の技術は確実に、人々の生活を変え始めていました。
82
あなたにおすすめの小説
ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…
ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。
一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。
そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。
読んでいただけると嬉しいです。
[完結]不実な婚約者に「あんたなんか大っ嫌いだわ」と叫んだら隣国の公爵令息に溺愛されました
masato
恋愛
アリーチェ・エストリアはエスト王国の筆頭伯爵家の嫡女である。
エストリア家は、建国に携わった五家の一つで、エストの名を冠する名家である。
エストの名を冠する五家は、公爵家、侯爵家、伯爵家、子爵家、男爵家に別れ、それぞれの爵位の家々を束ねる筆頭とされていた。
それ故に、エストの名を冠する五家は、爵位の壁を越える特別な家門とされていた。
エストリア家には姉妹しかおらず、長女であるアリーチェは幼い頃から跡取りとして厳しく教育を受けて来た。
妹のキャサリンは母似の器量良しで可愛がられていたにも関わらず。
そんな折、侯爵家の次男デヴィッドからの婿養子への打診が来る。
父はアリーチェではなくデヴィッドに爵位を継がせると言い出した。
釈然としないながらもデヴィッドに歩み寄ろうとするアリーチェだったが、デヴィッドの態度は最悪。
その内、デヴィッドとキャサリンの恋の噂が立ち始め、何故かアリーチェは2人の仲を邪魔する悪役にされていた。
学園内で嫌がらせを受ける日々の中、隣国からの留学生リディアムと出会った事で、
アリーチェは家と国を捨てて、隣国で新しい人生を送ることを決める。
「誰もお前なんか愛さない」と笑われたけど、隣国の王が即プロポーズしてきました
ゆっこ
恋愛
「アンナ・リヴィエール、貴様との婚約は、今日をもって破棄する!」
王城の大広間に響いた声を、私は冷静に見つめていた。
誰よりも愛していた婚約者、レオンハルト王太子が、冷たい笑みを浮かべて私を断罪する。
「お前は地味で、つまらなくて、礼儀ばかりの女だ。華もない。……誰もお前なんか愛さないさ」
笑い声が響く。
取り巻きの令嬢たちが、まるで待っていたかのように口元を隠して嘲笑した。
胸が痛んだ。
けれど涙は出なかった。もう、心が乾いていたからだ。
【完結】身代わりに病弱だった令嬢が隣国の冷酷王子と政略結婚したら、薬師の知識が役に立ちました。
朝日みらい
恋愛
リリスは内気な性格の貴族令嬢。幼い頃に患った大病の影響で、薬師顔負けの知識を持ち、自ら薬を調合する日々を送っている。家族の愛情を一身に受ける妹セシリアとは対照的に、彼女は控えめで存在感が薄い。
ある日、リリスは両親から突然「妹の代わりに隣国の王子と政略結婚をするように」と命じられる。結婚相手であるエドアルド王子は、かつて幼馴染でありながら、今では冷たく距離を置かれる存在。リリスは幼い頃から密かにエドアルドに憧れていたが、病弱だった過去もあって自分に自信が持てず、彼の真意がわからないまま結婚の日を迎えてしまい――
お飾りの婚約者で結構です! 殿下のことは興味ありませんので、お構いなく!
にのまえ
恋愛
すでに寵愛する人がいる、殿下の婚約候補決めの舞踏会を開くと、王家の勅命がドーリング公爵家に届くも、姉のミミリアは嫌がった。
公爵家から一人娘という言葉に、舞踏会に参加することになった、ドーリング公爵家の次女・ミーシャ。
家族の中で“役立たず”と蔑まれ、姉の身代わりとして差し出された彼女の唯一の望みは――「舞踏会で、美味しい料理を食べること」。
だが、そんな慎ましい願いとは裏腹に、
舞踏会の夜、思いもよらぬ出来事が起こりミーシャは前世、読んでいた小説の世界だと気付く。
地味で役に立たないと言われて捨てられましたが、王弟殿下のお相手としては最適だったようです
有賀冬馬
恋愛
「君は地味で、将来の役に立たない」
そう言われ、幼なじみの婚約者にあっさり捨てられた侯爵令嬢の私。
社交界でも忘れ去られ、同情だけを向けられる日々の中、私は王宮の文官補佐として働き始める。
そこで出会ったのは、権力争いを嫌う変わり者の王弟殿下。
過去も噂も問わず、ただ仕事だけを見て評価してくれる彼の隣で、私は静かに居場所を見つけていく。
そして暴かれる不正。転落していく元婚約者。
「君が隣にいない宮廷は退屈だ」
これは、選ばれなかった私が、必要とされる私になる物語。
母を亡くした公爵令嬢は、虐げられないが、今日も願いが叶わない
春風由実
恋愛
「何故お前が生きた?」
それは怪我をして長く眠っていたエルリカが、目覚めた直後に父親である公爵から掛けられた言葉だった。
「お前こそが、女神の元に行くべきだった!」
父親から強い口調で詰られたエルリカ。
普通の令嬢は、ここで泣くか、その後立ち直れなくなるという。
けれどエルリカは違った。
「あなたこそ、何をのうのうと元気にしているのですか?」
そうしてこの日父娘は、それぞれに絶縁を宣言した。
以来、母方の祖父母に引き取られ、侯爵領で過ごしてきたエルリカ。
ところが公爵は、いつまでもエルリカを除籍する手続きを実行しなかった。
おかげで名ばかりの公爵令嬢のまま、エルリカが王都へと戻る日がやって来てしまう──。
釣り合わないと言われても、婚約者と別れる予定はありません
しろねこ。
恋愛
幼馴染と婚約を結んでいるラズリーは、学園に入学してから他の令嬢達によく絡まれていた。
曰く、婚約者と釣り合っていない、身分不相応だと。
ラズリーの婚約者であるファルク=トワレ伯爵令息は、第二王子の側近で、将来護衛騎士予定の有望株だ。背も高く、見目も良いと言う事で注目を浴びている。
対してラズリー=コランダム子爵令嬢は薬草学を専攻していて、外に出る事も少なく地味な見た目で華々しさもない。
そんな二人を周囲は好奇の目で見ており、時にはラズリーから婚約者を奪おうとするものも出てくる。
おっとり令嬢ラズリーはそんな周囲の圧力に屈することはない。
「釣り合わない? そうですか。でも彼は私が良いって言ってますし」
時に優しく、時に豪胆なラズリー、平穏な日々はいつ来るやら。
ハッピーエンド、両思い、ご都合主義なストーリーです。
ゆっくり更新予定です(*´ω`*)
小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる