白い結婚だったはずなのに、少し糖度が高すぎる気がするのですが。~殿下が今更復縁を懇願してきましたが、もう遅いです~

水上

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第29話:疑惑の招待状

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 北の大地に遅い春の気配が近づき始めたある日のこと。
 ベルンシュタイン辺境伯領の平穏は、一通の封書によって破られた。

 王家の紋章――獅子と百合をあしらった豪奢な封蝋が施されたその手紙は、王都からの早馬によってもたらされた。

 差出人は、国王陛下の名代としての王立技術査問委員会。
 宛名は、ヴィオラ・クライスト、およびブルーノ・ベルンシュタイン辺境伯となっていた。

 執務室の重厚な机の上に置かれたその手紙を、ブルーノは苦々しい表情で見下ろしている。

「……技術独占に関する査問会への出頭命令だと?」

 ブルーノの声には、隠しきれない怒りが滲んでいた。
 ヴィオラは冷静に、手元のコーヒーを一口啜ってから、手紙の内容を再確認した。

「要約すると、『ヴィオラの持つ接着技術は国の共有財産であるべきなのに、辺境伯領が不当に独占している疑いがある。直ちに王都へ出向き、技術の全容を開示せよ』ということですね」

「ふざけるな! お前を追放したのはあいつらだぞ。それを今さら国の財産だと? 盗っ人猛々しいにも程がある!」

 ブルーノが拳を机に叩きつける。
 ヴィオラは眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、淡々と分析を開始した。

「論理的に破綻していますね。ですが、政治的には有効な手です。王太子殿下の個人的な復縁要請が失敗したため、今度は国家権力というより大きな圧力を掛けてきたのでしょう。これは、いわば応力腐食割れを狙った攻撃です」

「応力腐食割れ?」

「はい。プレッシャーという引張応力と政治的圧力という腐食環境が同時に作用することで、金属材料がいとも簡単に破壊される現象です。私たちが拒否すれば、国家反逆という腐食因子を流し込み、辺境伯家そのものを社会的に破断させるつもりでしょう」

 王家からの正式な召喚状を無視することは、貴族として許されない。
 拒否すれば、辺境伯領は朝敵とみなされ、最悪の場合は討伐の対象となり得る。

 ジュリアンとミシェル――そして彼らを取り巻く利権欲まみれの貴族たちは、そこまで計算してこの手紙を送ってきたのだ。

「……行くしかない、か」

 ブルーノが低い声で唸る。
 彼はヴィオラを危険な目に遭わせたくないのだ。

 王都は彼女にとって、不当な評価と嘲笑を受けたトラウマの地でもある。

「罠だと分かっていて飛び込むのは癪だが、行かなければ領民に火の粉が降りかかる」

「ええ。それに、これは好機でもあります」

 ヴィオラは立ち上がり、窓の外に広がる領地を見渡した。
 活気に満ちた街並み、補強された水車、安全に行き来する商人の荷車。

 ここにあるのは、彼女とブルーノが築き上げた確かな実績だ。

「曖昧なまま放置されていた契約解除の件、および私の技術知財権について、公の場で白黒つける必要があります。……中途半端な接着面は、剥がして綺麗に洗浄しなければなりません」

 彼女の瞳に、迷いの色はなかった。
 ブルーノはそんな彼女を眩しそうに見つめ、それからニヤリと不敵に笑った。

「分かった。腹は決まったな。……行くぞ、ヴィオラ。王都の連中に、本物の強度ってやつを教えてやる」
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