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第28話:下げる頭と考える頭を持ち合わせていない男
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「殿下。……一度硬化してしまったエポキシ樹脂を、元の液体に戻すことはできますか?」
「は? なんだ急に。樹脂の話などしていない!」
「いいえ、同じことです。エポキシ樹脂は、主剤と硬化剤が化学反応を起こし、三次元の網目構造を形成して固まります。これを架橋反応と呼びます」
ヴィオラは指を組み、強固な結合を示した。
「この反応は不可逆変化です。一度固まった樹脂は、熱を加えても溶けません。無理に溶かそうとすれば、分解して有毒ガスが発生し、周囲を汚染するだけです」
「つ、つまりどういう意味だ!」
「私と殿下の関係は、すでに反応終了しているということです。私たちの関係性は冷え切り、硬化し、そして破棄されました。今さら熱を加えても、元には戻りません。……いえ、これ以上関わろうとすれば、有毒な感情が発生するだけですので、お引き取りください」
ヴィオラはきっぱりと告げた。
それは、明確な拒絶の証明だった。
「そ、そんな……。私が頭を下げて(※下げていない)頼んでいるのに! お前、この私が困っていてもいいのか!?」
「はい。王宮の修繕については、正規の手順で我が商会へ依頼書を出してください。技術料は王族価格(通常の十倍)で請求させていただきます」
「き、貴様ぁぁ!」
顔を真っ赤にして地団駄を踏むジュリアン。
そこへ、堪り兼ねたブルーノが割って入った。
「そこまでだ、殿下」
ブルーノの声は、地響きのように重く、低かった。
彼はヴィオラの肩を抱き寄せ、ジュリアンを琥珀色の瞳で射抜いた。
「ヴィオラは俺の妻だ。そして、この領地の宝だ。彼女を都合よく使い捨てようとした貴方には、彼女の隣に立つ資格はない」
「へ、辺境伯……! 王族に逆らう気か!」
「ええ、妻を守るためなら。……それに、貴方は気づいていないようですが」
ブルーノは冷笑を浮かべた。
「ヴィオラがいない王宮は、すでに崩壊の一途を辿っています。貴方がここで喚いている間にも、王都の貴族たちは我が領地へ移住の問い合わせをしてきているのですよ。『安全な建物に住みたい』とね」
「な……ッ!?」
ジュリアンは絶句した。
確かに、最近王都の夜会は人が減っている。
皆、建物の崩壊を恐れて引きこもっているのだ。
「お帰りください。これ以上、我が家の空気を汚さないでいただきたい」
ブルーノが指を鳴らすと、屈強な騎士たちが現れ、ジュリアンを取り囲んだ。
「く、くそっ! 覚えていろ! 後悔するのは貴様らだぞ!」
捨て台詞を吐き、ジュリアンは逃げるように去っていった。
その背中は小さく、かつての威光は見る影もなかった。
嵐が去った後の応接間。
静寂が戻ると、ヴィオラはふぅ、と息を吐いてソファに座り込んだ。
「……疲れました。非論理的な会話は、カロリーを消費しますね」
「よく言った、ヴィオラ」
ブルーノが隣に座り、温かさが戻ってきたホットワインを差し出してくれた。
「不可逆変化、か。……俺たちの関係はどうだ?」
ブルーノが少し不安げに尋ねる。
ヴィオラはワインの湯気越しに、彼を見つめた。
「私たちですか? ……そうですね。こちらは、時間をかけて強固に結合する湿気硬化型でしょうか」
「湿気?」
「はい。空気中の水分……、つまり、日々の生活の中にある些細な出来事や、食事、会話を吸収して、ゆっくりと、しかし確実に強度を増していく結合です」
ヴィオラはブルーノの手を取り、自分の掌を重ねた。
「この結合は、熱にも衝撃にも強いのです。……一度くっついたら、二度と剥がれませんよ、閣下」
「……そうか」
ブルーノは安堵して、ヴィオラの手を強く握り返した。
王太子からの復縁要請という衝撃試験を経て、二人の絆の強度は、測定不能なレベルへと達していた。
「は? なんだ急に。樹脂の話などしていない!」
「いいえ、同じことです。エポキシ樹脂は、主剤と硬化剤が化学反応を起こし、三次元の網目構造を形成して固まります。これを架橋反応と呼びます」
ヴィオラは指を組み、強固な結合を示した。
「この反応は不可逆変化です。一度固まった樹脂は、熱を加えても溶けません。無理に溶かそうとすれば、分解して有毒ガスが発生し、周囲を汚染するだけです」
「つ、つまりどういう意味だ!」
「私と殿下の関係は、すでに反応終了しているということです。私たちの関係性は冷え切り、硬化し、そして破棄されました。今さら熱を加えても、元には戻りません。……いえ、これ以上関わろうとすれば、有毒な感情が発生するだけですので、お引き取りください」
ヴィオラはきっぱりと告げた。
それは、明確な拒絶の証明だった。
「そ、そんな……。私が頭を下げて(※下げていない)頼んでいるのに! お前、この私が困っていてもいいのか!?」
「はい。王宮の修繕については、正規の手順で我が商会へ依頼書を出してください。技術料は王族価格(通常の十倍)で請求させていただきます」
「き、貴様ぁぁ!」
顔を真っ赤にして地団駄を踏むジュリアン。
そこへ、堪り兼ねたブルーノが割って入った。
「そこまでだ、殿下」
ブルーノの声は、地響きのように重く、低かった。
彼はヴィオラの肩を抱き寄せ、ジュリアンを琥珀色の瞳で射抜いた。
「ヴィオラは俺の妻だ。そして、この領地の宝だ。彼女を都合よく使い捨てようとした貴方には、彼女の隣に立つ資格はない」
「へ、辺境伯……! 王族に逆らう気か!」
「ええ、妻を守るためなら。……それに、貴方は気づいていないようですが」
ブルーノは冷笑を浮かべた。
「ヴィオラがいない王宮は、すでに崩壊の一途を辿っています。貴方がここで喚いている間にも、王都の貴族たちは我が領地へ移住の問い合わせをしてきているのですよ。『安全な建物に住みたい』とね」
「な……ッ!?」
ジュリアンは絶句した。
確かに、最近王都の夜会は人が減っている。
皆、建物の崩壊を恐れて引きこもっているのだ。
「お帰りください。これ以上、我が家の空気を汚さないでいただきたい」
ブルーノが指を鳴らすと、屈強な騎士たちが現れ、ジュリアンを取り囲んだ。
「く、くそっ! 覚えていろ! 後悔するのは貴様らだぞ!」
捨て台詞を吐き、ジュリアンは逃げるように去っていった。
その背中は小さく、かつての威光は見る影もなかった。
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静寂が戻ると、ヴィオラはふぅ、と息を吐いてソファに座り込んだ。
「……疲れました。非論理的な会話は、カロリーを消費しますね」
「よく言った、ヴィオラ」
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ブルーノが少し不安げに尋ねる。
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「私たちですか? ……そうですね。こちらは、時間をかけて強固に結合する湿気硬化型でしょうか」
「湿気?」
「はい。空気中の水分……、つまり、日々の生活の中にある些細な出来事や、食事、会話を吸収して、ゆっくりと、しかし確実に強度を増していく結合です」
ヴィオラはブルーノの手を取り、自分の掌を重ねた。
「この結合は、熱にも衝撃にも強いのです。……一度くっついたら、二度と剥がれませんよ、閣下」
「……そうか」
ブルーノは安堵して、ヴィオラの手を強く握り返した。
王太子からの復縁要請という衝撃試験を経て、二人の絆の強度は、測定不能なレベルへと達していた。
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