断罪されていたはずなのですが、成り行きで辺境伯様に連れ去られた結果……。

水上

文字の大きさ
15 / 50

第15話:幻のストーカーと投影同一視

しおりを挟む
 その日、学園の廊下で甲高い悲鳴が響き渡った。

「きゃあああ! また! また貴女なの!?」

 生徒たちの視線が集まる先にいたのは、しばらく療養と称して学園を休んでいたはずのイザベラ・ローズだった。
 彼女は廊下の角でリリアと鉢合わせるなり、青ざめた顔で後ずさり、震える指を突きつけた。

「リリア! 貴女、いい加減にして! どうしていつも私の行く先に現れるのよ!」

「えっ……、イザベラ様? 私はただ、次の教室へ移動しているだけで……」

 リリアは困惑した。
 今日は朝から、図書室、食堂、そしてこの廊下と、行く先々でイザベラと遭遇していたのは事実だ。
 だが、それは偶然のはずだった。

「偶然なわけないでしょう! 貴女、私をストーキングしているのね!?」

 イザベラが大声で叫ぶと、周囲の生徒たちがざわめいた。
 かつてのような敵意はないが、疑惑の目は向けられる。

「私が学園に戻ってきたのがそんなに気に入らないの? 私の行動を監視して、先回りして待ち伏せして……、怖いわ、本当に異常よ!」

 イザベラは涙目で自分の体を抱きしめた。

「皆さん聞いて! この女は私に執着しているんです! 私の全てを奪ったくせに、まだ飽き足らずに精神的に追い詰めようとしているんですわ!」

 迫真の被害者演技。

 リリアは弁解しようとしたが、言葉が出ない。
 「やっていない」と言っても、「じゃあなぜこんなに会うの?」と問われれば答えられないからだ。

 その時、リリアの背後にスッと影が落ちた。

「――執着しているのは、どちらかな?」

 アルヴィスだった。
 彼は手にした懐中時計を見ながら、呆れたようにイザベラを見据えた。

「へ、辺境伯……。貴方もグルなんでしょう? 二人して私を監視して……」

「妄言はそこまでにしろ。私の聴覚が汚れる」

 アルヴィスはパチンと時計の蓋を閉じた。

「イザベラ。君の主張は動物行動学的に見て、縄張り行動(テリトリー)の誤認だ」

「な、なわばり……?」

「君は『リリアが私の行く先に現れる』と言ったな。だが、怯えている草食動物(獲物)は、捕食者(敵)の匂いや姿を感じたら、遭遇を避けるために行動範囲を変えるのが生存本能だ」

 アルヴィスは一歩踏み出し、イザベラとの距離を詰める。

「だが、君はどうだ? 『怖い』と言いながら、リリアの動線上に頻繁に出没している。これは被害者の逃避行動ではない。自分の縄張りに侵入されたくないと威嚇し、自ら敵に近づいていく猛獣の攻撃的マーキング行動だ」

「ち、違うわよ! 偶然会っちゃうだけよ!」

「偶然? ……いいや、必然だ」

 アルヴィスは懐から一枚の羊皮紙を取り出した。
 そこには学園の見取り図と、複雑な線が引かれている。

「これは今日のリリアの移動ルートだ。彼女は時間割通り、最短距離で移動している。対して、この赤い線が君の動きだ」

 彼は図面をイザベラの目の前に突きつけた。

「図書室、食堂、そして今。君は自分の教室へのルートから、わざわざ大きく迂回してリリアの現在地に接近している。計5回だ。統計的に見て、これを偶然と呼ぶ確率は天文学的に低い」

「っ……!」

 イザベラの顔色が、演技ではない本物の蒼白に変わる。
 アルヴィスは冷徹に告げた。

「つまり、ストーカーはリリアではない。君だ、イザベラ。君がリリアを探し、追いかけ回し、そして『待ち伏せされた』と騒いでいるだけだ」

 周囲の生徒たちが、「えっ、自分で近づいてたの?」「自作自演ってこと?」と引き始める。
 イザベラは唇を震わせた。

「う……、嘘よ! 私は本当に、彼女に見られているような気がして……、彼女が私を陥れようとしているように感じて……!」

「なるほど。それが本心なら、君は重症だ」

 アルヴィスは眼鏡のブリッジを押し上げた。

「それは心身医学における投影同一視だ」

「とう……、えい……?」

「人間は自分の中に、相手を陥れたい、攻撃したいという醜い欲望がある時、それを認めることに耐えられず、無意識に相手にその感情をなすりつけることがある」

 彼は哀れむように解説した。

「つまり、私が彼女を憎んでいるという事実を、彼女が私を憎んでいると脳内で変換しているのだ。そうすれば、自分は加害者ではなく可哀想な被害者でいられるからな」

 アルヴィスはイザベラの目を覗き込む。

「君が感じているリリアからの悪意の正体は、鏡に映った君自身の醜い嫉妬心だ。君が語るストーカーの手口も、全てのリストに過ぎない」

「や……、やめて! 違う、私は……!」

 イザベラは両手で耳を塞いだ。
 自分の心の奥底にあるドス黒い感情を、白日の下に晒されたのだ。
 精神的な逃げ場はもうどこにもない。

「君に必要なのはリリアへの接近禁止命令ではない。カウンセリングと、自己受容のトレーニングだ」

 アルヴィスはトドメとばかりに、リリアの肩を抱き寄せた。

「それに、リリアが君を監視するメリットは生物学的にゼロだ。彼女の視線は、常に私(より価値のある個体)に向けられているからな」

 その言葉に、リリアは赤面しながらも小さく頷いた。

 イザベラは奇声を上げ、再び逃げ出そうとしたが、今回は廊下の曲がり角で足がもつれ、派手に転倒した。

「……学習能力のない個体だ」

 アルヴィスはため息をつき、リリアの手を引いた。

「行くぞ。彼女の心の鏡が割れる音を聞くのは趣味じゃない」

 遠ざかる二人の背中を見送りながら、生徒たちはヒソヒソと噂した。

「やっぱりイザベラ様、ちょっとおかしいよ」

「自分で近づいて被害者ぶるなんて……、怖っ」

 イザベラの被害者カードは、科学のメスによって完全に無効化されたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】追放された私、宮廷楽師になったら最強騎士に溺愛されました

er
恋愛
両親を亡くし、叔父に引き取られたクレアは、義妹ペトラに全てを奪われ虐げられていた。 宮廷楽師選考会への出場も拒まれ、老商人との結婚を強要される。 絶望の中、クレアは母から受け継いだ「音花の恵み」——音楽を物質化する力——を使い、家を飛び出す。 近衛騎士団隊長アーロンに助けられ、彼の助けもあり選考会に参加。首席合格を果たし、叔父と義妹を見返す。クレアは王室専属楽師として、アーロンと共に新たな人生を歩み始める。

婚活をがんばる枯葉令嬢は薔薇狼の執着にきづかない~なんで溺愛されてるの!?~

白井
恋愛
「我が伯爵家に貴様は相応しくない! 婚約は解消させてもらう」  枯葉のような地味な容姿が原因で家族から疎まれ、婚約者を姉に奪われたステラ。  土下座を強要され自分が悪いと納得しようとしたその時、謎の美形が跪いて手に口づけをする。  「美しき我が光……。やっと、お会いできましたね」  あなた誰!?  やたら綺麗な怪しい男から逃げようとするが、彼の執着は枯葉令嬢ステラの想像以上だった!  虐げられていた令嬢が男の正体を知り、幸せになる話。

オッドアイの伯爵令嬢、姉の代わりに嫁ぐことになる~私の結婚相手は、青血閣下と言われている恐ろしい公爵様。でも実は、とっても優しいお方でした~

夏芽空
恋愛
両親から虐げられている伯爵令嬢のアリシア。 ある日、父から契約結婚をしろと言い渡される。 嫁ぎ先は、病死してしまった姉が嫁ぐ予定の公爵家だった。 早い話が、姉の代わりに嫁いでこい、とそういうことだ。 結婚相手のルシルは、人格に難があるともっぱらの噂。 他人に対してどこまでも厳しく、これまでに心を壊された人間が大勢いるとか。 赤い血が通っているとは思えない冷酷非道なその所業から、青血閣下、という悪名がついている。 そんな恐ろしい相手と契約結婚することになってしまったアリシア。 でも実際の彼は、聞いていた噂とは全然違う優しい人物だった。

婚約破棄されたので田舎で猫と暮らします

たくわん
恋愛
社交界の華と謳われた伯爵令嬢セレスティアは、王太子から「完璧すぎて息が詰まる」と婚約破棄を告げられる。傷心のまま逃げるように向かったのは、亡き祖母が遺した田舎の小さな屋敷だった。 荒れ果てた屋敷、慣れない一人暮らし、そして庭に住みついた五匹の野良猫たち。途方に暮れるセレスティアの隣には、無愛想で人嫌いな青年医師・ノアが暮らしていた。 「この猫に構うな。人間嫌いだから」 冷たく突き放すノアだが、捨て猫を保護し、傷ついた動物を治療する彼の本当の姿を知るうちに、セレスティアの心は少しずつ惹かれていく。 猫の世話を通じて近づく二人。やがて明かされるノアの過去と、王都から届く縁談の催促。「完璧な令嬢」を脱ぎ捨てた先に待つ、本当の自分と本当の恋——。

真面目くさった女はいらないと婚約破棄された伯爵令嬢ですが、王太子様に求婚されました。実はかわいい彼の溺愛っぷりに困っています

綾森れん
恋愛
「リラ・プリマヴェーラ、お前と交わした婚約を破棄させてもらう!」 公爵家主催の夜会にて、リラ・プリマヴェーラ伯爵令嬢はグイード・ブライデン公爵令息から言い渡された。 「お前のような真面目くさった女はいらない!」 ギャンブルに財産を賭ける婚約者の姿に公爵家の将来を憂いたリラは、彼をいさめたのだが逆恨みされて婚約破棄されてしまったのだ。 リラとグイードの婚約は政略結婚であり、そこに愛はなかった。リラは今でも7歳のころ茶会で出会ったアルベルト王子の優しさと可愛らしさを覚えていた。しかしアルベルト王子はそのすぐあとに、毒殺されてしまった。 夜会で恥をさらし、居場所を失った彼女を救ったのは、美しい青年歌手アルカンジェロだった。 心優しいアルカンジェロに惹かれていくリラだが、彼は高い声を保つため、少年時代に残酷な手術を受けた「カストラート(去勢歌手)」と呼ばれる存在。教会は、子孫を残せない彼らに結婚を禁じていた。 禁断の恋に悩むリラのもとへ、父親が新たな婚約話をもってくる。相手の男性は親子ほども歳の離れた下級貴族で子だくさん。数年前に妻を亡くし、後妻に入ってくれる女性を探しているという、悪い条件の相手だった。 望まぬ婚姻を強いられ未来に希望を持てなくなったリラは、アルカンジェロと二人、教会の勢力が及ばない国外へ逃げ出す計画を立てる。 仮面舞踏会の夜、二人の愛は通じ合い、結ばれる。だがアルカンジェロが自身の秘密を打ち明けた。彼の正体は歌手などではなく、十年前に毒殺されたはずのアルベルト王子その人だった。 しかし再び、王権転覆を狙う暗殺者が迫りくる。 これは、愛し合うリラとアルベルト王子が二人で幸せをつかむまでの物語である。

聖獣使い唯一の末裔である私は追放されたので、命の恩人の牧場に尽力します。~お願いですから帰ってきてください?はて?~

雪丸
恋愛
【あらすじ】 聖獣使い唯一の末裔としてキルベキア王国に従事していた主人公”アメリア・オルコット”は、聖獣に関する重大な事実を黙っていた裏切り者として国外追放と婚約破棄を言い渡された。 追放されたアメリアは、キルベキア王国と隣の大国ラルヴァクナ王国の間にある森を彷徨い、一度は死を覚悟した。 そんな中、ブランディという牧場経営者一家に拾われ、人の温かさに触れて、彼らのために尽力することを心の底から誓う。 「もう恋愛はいいや。私はブランディ牧場に骨を埋めるって決めたんだ。」 「羊もふもふ!猫吸いうはうは!楽しい!楽しい!」 「え?この国の王子なんて聞いてないです…。」 命の恩人の牧場に尽力すると決めた、アメリアの第二の人生の行く末はいかに? ◇◇◇ 小説家になろう、カクヨムでも連載しています。 カクヨムにて先行公開中(敬称略)

【完結】廃墟送りの悪役令嬢、大陸一の都市を爆誕させる~冷酷伯爵の溺愛も限界突破しています~

遠野エン
恋愛
王太子から理不尽な婚約破棄を突きつけられた伯爵令嬢ルティア。聖女であるライバルの策略で「悪女」の烙印を押され、すべてを奪われた彼女が追放された先は荒れ果てた「廃墟の街」。人生のどん底――かと思いきや、ルティアは不敵に微笑んだ。 「問題が山積み? つまり、改善の余地(チャンス)しかありませんわ!」 彼女には前世で凄腕【経営コンサルタント】だった知識が眠っていた。 瓦礫を資材に変えてインフラ整備、ゴロツキたちを警備隊として雇用、嫌われ者のキノコや雑草(?)を名物料理「キノコスープ」や「うどん」に変えて大ヒット! 彼女の手腕によって、死んだ街は瞬く間に大陸随一の活気あふれる自由交易都市へと変貌を遂げる! その姿に、当初彼女を蔑んでいた冷酷伯爵シオンの心も次第に溶かされていき…。 一方、ルティアを追放した王国は経済が破綻し、崩壊寸前。焦った元婚約者の王太子がやってくるが、幸せな市民と最愛の伯爵に守られた彼女にもう死角なんてない――――。 知恵と才覚で運命を切り拓く、痛快逆転サクセス&シンデレラストーリー、ここに開幕!

編み物好き地味令嬢はお荷物として幼女化されましたが、えっ?これ魔法陣なんですか?

灯息めてら
恋愛
編み物しか芸がないと言われた地味令嬢ニニィアネは、家族から冷遇された挙句、幼女化されて魔族の公爵に売り飛ばされてしまう。 しかし、彼女の編み物が複雑な魔法陣だと発見した公爵によって、ニニィアネの生活は一変する。しかもなんだか……溺愛されてる!?

処理中です...