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第15話:幻のストーカーと投影同一視
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その日、学園の廊下で甲高い悲鳴が響き渡った。
「きゃあああ! また! また貴女なの!?」
生徒たちの視線が集まる先にいたのは、しばらく療養と称して学園を休んでいたはずのイザベラ・ローズだった。
彼女は廊下の角でリリアと鉢合わせるなり、青ざめた顔で後ずさり、震える指を突きつけた。
「リリア! 貴女、いい加減にして! どうしていつも私の行く先に現れるのよ!」
「えっ……、イザベラ様? 私はただ、次の教室へ移動しているだけで……」
リリアは困惑した。
今日は朝から、図書室、食堂、そしてこの廊下と、行く先々でイザベラと遭遇していたのは事実だ。
だが、それは偶然のはずだった。
「偶然なわけないでしょう! 貴女、私をストーキングしているのね!?」
イザベラが大声で叫ぶと、周囲の生徒たちがざわめいた。
かつてのような敵意はないが、疑惑の目は向けられる。
「私が学園に戻ってきたのがそんなに気に入らないの? 私の行動を監視して、先回りして待ち伏せして……、怖いわ、本当に異常よ!」
イザベラは涙目で自分の体を抱きしめた。
「皆さん聞いて! この女は私に執着しているんです! 私の全てを奪ったくせに、まだ飽き足らずに精神的に追い詰めようとしているんですわ!」
迫真の被害者演技。
リリアは弁解しようとしたが、言葉が出ない。
「やっていない」と言っても、「じゃあなぜこんなに会うの?」と問われれば答えられないからだ。
その時、リリアの背後にスッと影が落ちた。
「――執着しているのは、どちらかな?」
アルヴィスだった。
彼は手にした懐中時計を見ながら、呆れたようにイザベラを見据えた。
「へ、辺境伯……。貴方もグルなんでしょう? 二人して私を監視して……」
「妄言はそこまでにしろ。私の聴覚が汚れる」
アルヴィスはパチンと時計の蓋を閉じた。
「イザベラ。君の主張は動物行動学的に見て、縄張り行動(テリトリー)の誤認だ」
「な、なわばり……?」
「君は『リリアが私の行く先に現れる』と言ったな。だが、怯えている草食動物(獲物)は、捕食者(敵)の匂いや姿を感じたら、遭遇を避けるために行動範囲を変えるのが生存本能だ」
アルヴィスは一歩踏み出し、イザベラとの距離を詰める。
「だが、君はどうだ? 『怖い』と言いながら、リリアの動線上に頻繁に出没している。これは被害者の逃避行動ではない。自分の縄張りに侵入されたくないと威嚇し、自ら敵に近づいていく猛獣の攻撃的マーキング行動だ」
「ち、違うわよ! 偶然会っちゃうだけよ!」
「偶然? ……いいや、必然だ」
アルヴィスは懐から一枚の羊皮紙を取り出した。
そこには学園の見取り図と、複雑な線が引かれている。
「これは今日のリリアの移動ルートだ。彼女は時間割通り、最短距離で移動している。対して、この赤い線が君の動きだ」
彼は図面をイザベラの目の前に突きつけた。
「図書室、食堂、そして今。君は自分の教室へのルートから、わざわざ大きく迂回してリリアの現在地に接近している。計5回だ。統計的に見て、これを偶然と呼ぶ確率は天文学的に低い」
「っ……!」
イザベラの顔色が、演技ではない本物の蒼白に変わる。
アルヴィスは冷徹に告げた。
「つまり、ストーカーはリリアではない。君だ、イザベラ。君がリリアを探し、追いかけ回し、そして『待ち伏せされた』と騒いでいるだけだ」
周囲の生徒たちが、「えっ、自分で近づいてたの?」「自作自演ってこと?」と引き始める。
イザベラは唇を震わせた。
「う……、嘘よ! 私は本当に、彼女に見られているような気がして……、彼女が私を陥れようとしているように感じて……!」
「なるほど。それが本心なら、君は重症だ」
アルヴィスは眼鏡のブリッジを押し上げた。
「それは心身医学における投影同一視だ」
「とう……、えい……?」
「人間は自分の中に、相手を陥れたい、攻撃したいという醜い欲望がある時、それを認めることに耐えられず、無意識に相手にその感情をなすりつけることがある」
彼は哀れむように解説した。
「つまり、私が彼女を憎んでいるという事実を、彼女が私を憎んでいると脳内で変換しているのだ。そうすれば、自分は加害者ではなく可哀想な被害者でいられるからな」
アルヴィスはイザベラの目を覗き込む。
「君が感じているリリアからの悪意の正体は、鏡に映った君自身の醜い嫉妬心だ。君が語るストーカーの手口も、全て君自身がやりたいことのリストに過ぎない」
「や……、やめて! 違う、私は……!」
イザベラは両手で耳を塞いだ。
自分の心の奥底にあるドス黒い感情を、白日の下に晒されたのだ。
精神的な逃げ場はもうどこにもない。
「君に必要なのはリリアへの接近禁止命令ではない。カウンセリングと、自己受容のトレーニングだ」
アルヴィスはトドメとばかりに、リリアの肩を抱き寄せた。
「それに、リリアが君を監視するメリットは生物学的にゼロだ。彼女の視線は、常に私(より価値のある個体)に向けられているからな」
その言葉に、リリアは赤面しながらも小さく頷いた。
イザベラは奇声を上げ、再び逃げ出そうとしたが、今回は廊下の曲がり角で足がもつれ、派手に転倒した。
「……学習能力のない個体だ」
アルヴィスはため息をつき、リリアの手を引いた。
「行くぞ。彼女の心の鏡が割れる音を聞くのは趣味じゃない」
遠ざかる二人の背中を見送りながら、生徒たちはヒソヒソと噂した。
「やっぱりイザベラ様、ちょっとおかしいよ」
「自分で近づいて被害者ぶるなんて……、怖っ」
イザベラの被害者カードは、科学のメスによって完全に無効化されたのだった。
「きゃあああ! また! また貴女なの!?」
生徒たちの視線が集まる先にいたのは、しばらく療養と称して学園を休んでいたはずのイザベラ・ローズだった。
彼女は廊下の角でリリアと鉢合わせるなり、青ざめた顔で後ずさり、震える指を突きつけた。
「リリア! 貴女、いい加減にして! どうしていつも私の行く先に現れるのよ!」
「えっ……、イザベラ様? 私はただ、次の教室へ移動しているだけで……」
リリアは困惑した。
今日は朝から、図書室、食堂、そしてこの廊下と、行く先々でイザベラと遭遇していたのは事実だ。
だが、それは偶然のはずだった。
「偶然なわけないでしょう! 貴女、私をストーキングしているのね!?」
イザベラが大声で叫ぶと、周囲の生徒たちがざわめいた。
かつてのような敵意はないが、疑惑の目は向けられる。
「私が学園に戻ってきたのがそんなに気に入らないの? 私の行動を監視して、先回りして待ち伏せして……、怖いわ、本当に異常よ!」
イザベラは涙目で自分の体を抱きしめた。
「皆さん聞いて! この女は私に執着しているんです! 私の全てを奪ったくせに、まだ飽き足らずに精神的に追い詰めようとしているんですわ!」
迫真の被害者演技。
リリアは弁解しようとしたが、言葉が出ない。
「やっていない」と言っても、「じゃあなぜこんなに会うの?」と問われれば答えられないからだ。
その時、リリアの背後にスッと影が落ちた。
「――執着しているのは、どちらかな?」
アルヴィスだった。
彼は手にした懐中時計を見ながら、呆れたようにイザベラを見据えた。
「へ、辺境伯……。貴方もグルなんでしょう? 二人して私を監視して……」
「妄言はそこまでにしろ。私の聴覚が汚れる」
アルヴィスはパチンと時計の蓋を閉じた。
「イザベラ。君の主張は動物行動学的に見て、縄張り行動(テリトリー)の誤認だ」
「な、なわばり……?」
「君は『リリアが私の行く先に現れる』と言ったな。だが、怯えている草食動物(獲物)は、捕食者(敵)の匂いや姿を感じたら、遭遇を避けるために行動範囲を変えるのが生存本能だ」
アルヴィスは一歩踏み出し、イザベラとの距離を詰める。
「だが、君はどうだ? 『怖い』と言いながら、リリアの動線上に頻繁に出没している。これは被害者の逃避行動ではない。自分の縄張りに侵入されたくないと威嚇し、自ら敵に近づいていく猛獣の攻撃的マーキング行動だ」
「ち、違うわよ! 偶然会っちゃうだけよ!」
「偶然? ……いいや、必然だ」
アルヴィスは懐から一枚の羊皮紙を取り出した。
そこには学園の見取り図と、複雑な線が引かれている。
「これは今日のリリアの移動ルートだ。彼女は時間割通り、最短距離で移動している。対して、この赤い線が君の動きだ」
彼は図面をイザベラの目の前に突きつけた。
「図書室、食堂、そして今。君は自分の教室へのルートから、わざわざ大きく迂回してリリアの現在地に接近している。計5回だ。統計的に見て、これを偶然と呼ぶ確率は天文学的に低い」
「っ……!」
イザベラの顔色が、演技ではない本物の蒼白に変わる。
アルヴィスは冷徹に告げた。
「つまり、ストーカーはリリアではない。君だ、イザベラ。君がリリアを探し、追いかけ回し、そして『待ち伏せされた』と騒いでいるだけだ」
周囲の生徒たちが、「えっ、自分で近づいてたの?」「自作自演ってこと?」と引き始める。
イザベラは唇を震わせた。
「う……、嘘よ! 私は本当に、彼女に見られているような気がして……、彼女が私を陥れようとしているように感じて……!」
「なるほど。それが本心なら、君は重症だ」
アルヴィスは眼鏡のブリッジを押し上げた。
「それは心身医学における投影同一視だ」
「とう……、えい……?」
「人間は自分の中に、相手を陥れたい、攻撃したいという醜い欲望がある時、それを認めることに耐えられず、無意識に相手にその感情をなすりつけることがある」
彼は哀れむように解説した。
「つまり、私が彼女を憎んでいるという事実を、彼女が私を憎んでいると脳内で変換しているのだ。そうすれば、自分は加害者ではなく可哀想な被害者でいられるからな」
アルヴィスはイザベラの目を覗き込む。
「君が感じているリリアからの悪意の正体は、鏡に映った君自身の醜い嫉妬心だ。君が語るストーカーの手口も、全て君自身がやりたいことのリストに過ぎない」
「や……、やめて! 違う、私は……!」
イザベラは両手で耳を塞いだ。
自分の心の奥底にあるドス黒い感情を、白日の下に晒されたのだ。
精神的な逃げ場はもうどこにもない。
「君に必要なのはリリアへの接近禁止命令ではない。カウンセリングと、自己受容のトレーニングだ」
アルヴィスはトドメとばかりに、リリアの肩を抱き寄せた。
「それに、リリアが君を監視するメリットは生物学的にゼロだ。彼女の視線は、常に私(より価値のある個体)に向けられているからな」
その言葉に、リリアは赤面しながらも小さく頷いた。
イザベラは奇声を上げ、再び逃げ出そうとしたが、今回は廊下の曲がり角で足がもつれ、派手に転倒した。
「……学習能力のない個体だ」
アルヴィスはため息をつき、リリアの手を引いた。
「行くぞ。彼女の心の鏡が割れる音を聞くのは趣味じゃない」
遠ざかる二人の背中を見送りながら、生徒たちはヒソヒソと噂した。
「やっぱりイザベラ様、ちょっとおかしいよ」
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