断罪されていたはずなのですが、成り行きで辺境伯様に連れ去られた結果……。

水上

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第14話:毒舌な女とダニング=クルーガー効果

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 その日の昼休み、学園の食堂は穏やかな空気に包まれていた。
 リリアは、先程勇気を出して声を上げてくれた眼鏡の少女・エマと一緒にランチをとっていた。

「リリア様、このサンドイッチ、美味しいですね」

「ええ。アルヴィス様が考案した脳の活性化ブレッドだそうです。味は……、少し独特ですけど」

 リリアが苦笑すると、エマもクスクスと笑う。

 こうして誰かと笑い合えるなんて、王宮時代には考えられなかったことだ。
 しかし、その平和な時間は長くは続かなかった。

「あらあら、随分と楽しそうですこと」

 ドカッ、と隣の席に乱暴にトレイを置く音がした。
 現れたのは、マリアンヌと並ぶイザベラの取り巻きの一人、ドリス男爵令嬢だった。
 彼女は腕を組み、仁王立ちでリリアを見下ろしている。

「リリアさん。私、こういう性格だからハッキリ言わせてもらうけど」

 ドリスは前置きもなく、大きな声で捲し立て始めた。

「あなた、今の立場わかってる? 辺境伯様のコネで復学できたからって、いい気にならないでほしいのよね。私、お世辞とか言えないサバサバした性格だから正直に言うけど、あなたのその地味な格好、学園の品位を下げてて目障りなのよ」

 食堂がざわつく。
 エマが怯えて身を縮めた。

 リリアは困惑した。

「えっと……、それは、制服のことでしょうか?」

「雰囲気の話よ! ああもう、これだから鈍い子は嫌い。私、裏表のある人間が大っ嫌いなの。あなたみたいに被害者ぶって男に媚びる女を見ると、虫唾が走るのよね!」

 ドリスは言ってやったと言わんばかりに鼻を鳴らした。

 周囲の生徒たちがヒソヒソと話す。

「またドリス様だ」

「あの方、いつも『私は正直だから』って酷いこと言うよな……」。

 彼女は自分の無礼さを、竹を割ったような性格、媚びない私、という長所だと勘違いしているタイプだった。

「黙って聞いてりゃ図に乗って……。私、嘘がつけないから言っちゃうけど、あなたみたいなの、辺境伯様のお荷物なだけよ。早く消えたら?」

 ドリスが暴言を吐き捨てた、その時だ。

「――ほう。それが君の言うサバサバした性格の定義か?」

 リリアの背後から、冷ややかな声が降ってきた。

 アルヴィスだ。
 彼はリリアの食べかけのサンドイッチの残量をチェックしに来たようだったが、今は興味深そうにドリスを観察している。

「へ、辺境伯様……」

 ドリスは一瞬怯んだが、すぐに開き直った。

「何か文句でも? 私、誰が相手でも媚びない主義なんです。思ったことを正直に言っただけですわ」

「正直、か」

 アルヴィスは眼鏡の奥で目を細め、憐れむように首を振った。

「君は大きな勘違いをしている。君のその行動は正直なのではない。単なる前頭葉の抑制機能不全だ」

「は、はい……?」

「人間の脳の前頭葉は、理性を司り、これを言ったら相手がどう思うかをシミュレーションして、不適切な発言にブレーキをかける役割を持っている。大人の社会性の要だ」

 アルヴィスはドリスの額を指差した。

「だが、君にはそのブレーキがない。思ったことがそのまま口から漏れ出している。これは、前頭葉が未発達な幼児や、アルコールで脳が麻痺した酔っ払いと同じ状態だ。君が誇っているサバサバとは、単に脳の配線が未熟で我慢ができない、という自己紹介に過ぎない」

「なっ……! し、失礼な! 私は嘘がつけないだけよ!」

「嘘をつかないことと、無神経に他人を傷つけることはイコールではない。君はそれを美徳だと錯覚しているようだが、生物学的にはただのマウンティングだ」

 アルヴィスは冷徹に続ける。

「猿が相手の背に乗って優位性を示そうとするのと同じだ。君はリリアを言葉で下げることで、相対的に自分を上の立場に置こうと必死になっている。実に原始的で、知性の欠片もない行動だ」

 ドリスの顔が真っ赤になる。

「わ、私は……っ! 間違ったことは言っていないわ! 私が地味だと思ったのは事実だし、私の審美眼は正しいもの!」

「やれやれ。典型的なダニング=クルーガー効果だな」

 アルヴィスは呆れ果てて肩をすくめた。

「能力の低い人間ほど、自分を客観視できず、自らの能力を過大評価してしまう認知バイアスだ。君は毒舌な自分を、鋭い批評家だと思っているようだが、周囲の反応を見てみろ」

 アルヴィスに促され、ドリスが周囲を見渡す。

 生徒たちは彼女を尊敬の目で見ているわけではなかった。

「あーあ、また言われてる」

「恥ずかしい人」

 という、冷ややかで迷惑そうな視線が向けられている。

「君のコミュニケーション能力は著しく低い。だが、君はその無能さに気づいていないため、周りが私の正直さについてこられないだけ、と現実を歪曲して解釈している。……哀れだな。裸の王様ならぬ、裸の毒舌家か」

「う、ううっ……!」

 ドリスはわなわなと震えた。

 媚びない私、正直な私というアイデンティティを、脳のブレーキが壊れた幼児、無能な裸の王様と科学的に全否定されたのだ。

「今後、そのを開くときは、許可を得てからにしたまえ。君の言葉は騒音公害だ」

 トドメの一撃。
 ドリスは涙目になり、「み、皆して私を……!」と捨て台詞を吐いて、食堂から逃げ出した。

 静かになったテーブルで、アルヴィスはリリアに向き直った。

「全く。食事中に不快なサンプルに遭遇したな。コルチゾール値が上がる前に、糖分を摂取しろ」

「ふふ、ありがとうございます、アルヴィス様」

 リリアは微笑んだ。

 言いたいことを言うのが強さではない。
 相手を思いやることこそが、本当の知性なのだと、彼が教えてくれた気がした。

 隣のエマも、目を輝かせてアルヴィスを見ていた。

「先生……、すごいです! あんな風に言い返せるなんて、素敵ですね」

 学園にはびこる理不尽なマウントの嵐も、彼の前ではただの猿の戯れに過ぎなかったのである。
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