断罪されていたはずなのですが、成り行きで辺境伯様に連れ去られた結果……。

水上

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第21話:運命の恋人とバーナム効果

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 王都の社交シーズンが到来した。

 夜会、舞踏会、茶会。
 煌びやかなシャンデリアの下で、貴族たちは新たな娯楽と噂話に飢えていた。

 そんな中、王宮で開催された大規模な夜会に、アルヴィスとリリアの姿があった。

「……空気が悪いな。香水の分子密度が高すぎて、嗅覚受容体が麻痺しそうだ」

「ふふ、我慢してくださいアルヴィス様。今日は国王陛下へのご挨拶も兼ねているのですから」

 リリアは苦笑しながら、アルヴィスの腕に手を添えた。
 学園での一件を経て、彼女は少しだけ背筋を伸ばして歩けるようになっていた。
 周囲からの視線は相変わらず好奇に満ちているが、隣にアルヴィスがいるだけで、恐れることはないと思えた。

 しかし、その平穏は、会場のざわめきと共に破られた。

「見ろ、ジェラルド殿下とイザベラ嬢だ」

「あの方、隣にいるのは……、噂の?」

 人垣が割れ、ジェラルド王子とイザベラが現れた。

 学園での敗走から数週間。
 イザベラは憔悴しているかと思いきや、以前にも増して自信満々な笑みを浮かべていた。
 そして二人の背後には、黒いベールを被った怪しげな老女が控えていた。

「ごきげんよう、リリアさん。それに辺境伯様」

 イザベラは優雅に扇子を開き、二人を見下ろした。

「学園では少し取り乱してしまいましたが……、わたくし、真実に気づきましたの。論理だの科学だの、そんなちっぽけな理屈では説明できないが、この世にはあると」

「……大いなる力?」

 アルヴィスが眉をひそめる。

「ええ。ご紹介しますわ。こちらは稀代の予言者、マダム・ステラです。彼女の占星術は百発百中。彼女が告げたのです。私とジェラルド様こそが、星々に祝福された運命の恋人であると!」

 イザベラが宣言すると、マダム・ステラと呼ばれた老女が厳かに進み出た。

「……星が見えます。お二人の星は、太古より結ばれる運命にあったのです。しかし、そこに邪悪な闇の星が割り込んでいる……」

 老婆の枯れ木のような指が、リリアを指した。

「そこの娘。お前だ。お前が運命を阻む異分子だ。お前がいる限り、この国に災いが降りかかるであろう」

 会場がどよめいた。「災いだって?」「やっぱりあの娘は疫病神なのか」と、不安げな囁きが広がる。
 ジェラルド王子がリリアを睨みつけた。

「聞いたか、リリア! 俺がイザベラに惹かれたのは浮気心などではない。星が定めた不可抗力だったのだ! 運命には逆らえない。お前との婚約破棄も、宇宙の摂理だったということだ!」

 なるほど、とリリアは思った。
 自分たちの不貞や身勝手を正当化するために、運命という免罪符を手に入れたのだ。

 リリアが反論しようとした時、隣で「くっ、くくく……」という押し殺した笑い声が聞こえた。

 もちろん、それはアルヴィスだった。
 彼は肩を震わせ、眼鏡を外して涙を拭っている。

「宇宙の摂理……? 傑作だ。非論理的すぎて、腹筋が崩壊するかと思った」

「なっ、何がおかしい!」

 アルヴィスは眼鏡をかけ直し、冷徹な瞳で王子たちを見据えた。

「殿下。あなたが運命と呼んで喜んでいるその現象だが、動物行動学的にはただの鳩の迷信行動に過ぎない」

「は、鳩……?」

「とある心理学者の実験だ。箱に入れた鳩に、何の関係もなくランダムに餌を与え続けると、鳩はどうなると思う? 『首を振ったら餌が出た』『回ったら出た』と勝手に勘違いし、餌を出すために無意味な儀式(ダンス)を繰り返すようになる」

 アルヴィスはイザベラたちを指差した。

「君たちにたまたま良いことが起きたのを、その占い師が『私が祈ったからだ』と後付けで結びつけただけだ。君たちがやっている運命の信奉は、餌欲しさに首を振る鳩のダンスと何ら変わらない。知性の欠如した動物的学習のエラーだ」

「うう……! 無礼な! マダムの力は本物よ!」

 イザベラが叫ぶと、マダム・ステラが不気味に笑った。

「ふふふ……、若造が。私の力、試してみるかね? そこの娘、リリアと言ったか。私にはお前の心が見えるよ」

 老婆はリリアの顔を覗き込み、低い声で語りかけた。

「お前は外見は穏やかだが、内心では誰にも言えない不安や寂しさを抱えているね?」

「えっ……」

「人から好かれたいと願っているが、同時に人間関係に疲れを感じることもある。……そうだね?」

「は、はい。そうです……」

 リリアはドキリとした。
 当たっている。
 確かに最近、強がってはいるけれど、不安がないわけではない。

 老婆は勝ち誇ったように言った。

「そしてお前には、まだ発揮されていない眠れる才能がある。……どうだ、図星だろう!」

 周囲の貴族たちが「おおっ」「当たっているようだぞ」「やはり本物か」とざわめく。
 リリアも動揺した。

 どうしてわかるの……?

 だが、アルヴィスは涼しい顔で拍手をした。

「素晴らしい。教科書通りのバーナム効果(フォアラー効果)の実演だ」

「ばーなむ……?」

「誰にでも当てはまる曖昧な事柄を、自分だけに当てはまる特別なものだと錯覚してしまう心理現象だ」

 アルヴィスは会場の貴族たちに向かって声を張り上げた。

「諸君、手を挙げてくれ。自分は内心、不安や寂しさを抱えていると思う者は?」

 ざっ、と会場のほぼ全員が手を挙げた。

「では、人から好かれたいと思う者は? 自分にはまだ発揮していない才能があると信じている者は?」

 再び、全員の手が挙がる。

「見ろ。これが答えだ」

 アルヴィスはリリアの肩を抱き、老婆を見下ろした。

「誰にも言えない不安、眠れる才能……、そんなものは人間なら誰でも持っている普遍的な悩みだ。君はこの老婆の言葉が自分だけの真実だと感じたかもしれないが、それはこの会場にいる全員に当てはまるテンプレートに過ぎない」

 アルヴィスは老婆に詰め寄った。

「お前の占いは予言ではない。誰にでも合うサイズの服を、あなただけのために仕立てたと偽って売りつける詐欺の手口だ」

「な、なにいっ……!」

 老婆が狼狽える。

「リリア。君の心が読まれたのではない。君の脳が、曖昧な情報を自分都合で補完(解釈)しただけだ。……自分の心を、そんな安っぽい言葉で定義させるな」

「……っ、はい!」

 リリアはハッとした。
 言われてみればそうだ。
 誰にでも当てはまることを言われて、勝手に自分のことだと思い込んでいただけだった。

「お、おのれ……! ならば予言しよう! 近いうちに必ず、お前たちに不幸が訪れる!」

 老婆が捨て台詞を吐くが、アルヴィスは鼻で笑った。

「『近いうちに不幸が訪れる』? それもバーナム効果だ。人生に不幸など日常茶飯事だ。明日私がコーヒーをこぼしても、お前は『予言が当たった』と言うつもりだろう?」

 論理の刃で切り刻まれた運命と予言。
 イザベラとジェラルドは、運命の恋人という看板に泥を塗られ、顔を真っ赤にして立ち尽くすしかなかった。

 しかし、老婆の目はまだ死んでいなかった。

「……フン。次はこうはいかないよ。星は絶対なのだからね」

 不穏な言葉を残し、老婆は闇に消えた。

 アルヴィスは目を細めた。

「……非論理的な敵ほど、駆除に手間取るな」

 社交界に蔓延るオカルトとの戦いは、まだ始まったばかりだった。
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