断罪されていたはずなのですが、成り行きで辺境伯様に連れ去られた結果……。

水上

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第33話:因果の逆転

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 広場の空気は、アルヴィスによる塩害の指摘で一変していた。
 しかし、イザベラはまだ諦めていなかった。
 彼女は壇上で震えながらも、最後の武器であるタイミングの一致を振りかざした。

「だ、騙されないで! 土がどうとか、そんな難しい話は関係ないわ!」

 彼女は枯れた畑とリリアを交互に指差した。

「事実を見て! この領地がここまで酷い状態になったのは、まさにリリアがこの地に足を踏み入れた直後よ! 彼女が来る前までは、まだ作物は生きていたわ。彼女が来てから、急激に枯れ始めたのよ! これこそが、彼女が災厄を運んできた証拠じゃなくて何だと言うの!」

 領民たちが再びざわめく。

「確かに……、あいつが来る前は、もう少しマシだった」

「タイミングが良すぎる。やっぱり呪いなんじゃ……」

 人間は、二つの出来事が連続して起きると、そこに勝手に関連性を見出してしまう生き物だ。
 イザベラの主張は、単純ゆえに強力な説得力を持っていた。

 リリアが不安げにアルヴィスを見上げる。

「アルヴィス様……、確かに、時期は重なっています。やっぱり私が……」

「リリア。君まで非科学的な思考に汚染されるな」

 アルヴィスは呆れたように首を振り、群衆に向き直った。

「イザベラ。君の今の発言は、統計学における相関関係と因果関係の混同(偽の原因)の典型例だ」

「そうかん……?」

「二つの事象が同時に起きているからといって、片方がもう片方の原因であるとは限らないということだ」

 アルヴィスは指を二本立てた。

「有名なパラドックスを教えてやろう。アイスクリームの売上が増えると、水難事故が増えるというデータがある」

 領民たちが顔を見合わせる。

「アイス? アイスを食うと溺れるのか?」

「腹が冷えるからか?」

 アルヴィスは冷笑した。

「違う。イザベラの理屈で言えば、『アイスクリームには人を溺れさせる呪いがかかっているから、販売を禁止すべきだ』となるな。……だが、真相はシンプルだ」

 彼は空を指差した。

「気温が上がる(夏になる)』という第三の因子(潜伏変数)があるからだ。暑いからアイスが売れる。暑いから海や川で泳ぐ人が増え、結果として溺れる人も増える。アイスと水難事故には相関関係はあるが、因果関係はない」

 彼はイザベラに鋭い視線を向けた。

「今回の件も同じだ。リリアが来たことと作物が枯れたことは、時期が重なっただけの偶然(相関)に過ぎない。リリアが作物を枯らしたのではない。……本当の第三の因子、つまり真犯人は別にいる」

「なっ……! 真犯人ですって!?」

 アルヴィスは懐から一冊の帳簿を取り出し、イザベラの足元に投げつけた。

「これはローズ伯爵家の裏帳簿だ。王都の調査員に押収させた」

「な、なんでそれを……!」

「この記録を見れば一目瞭然だ。ここ数年、イザベラ、君のドレスや宝石、王都での社交費が爆発的に増えている。……それと完全に反比例するように、何が減っていると思う?」

 アルヴィスは冷徹に告げた。

「用水路の改修費と農地管理費だ」

 会場が静まり返る。

「君が王都で贅沢をするために、領地の維持費を削り、用水路の整備を怠った。その結果、排水機能が麻痺し、土壌に塩分が蓄積した。さらに手っ取り早く金を稼ぐために、農民に過剰な肥料の使用を強制し、収穫を急がせた。……トドメを刺したのはそれだ」

 領民たちの顔色が、疑念から確信、そして激しい怒りへと変わっていく。

「俺たちの金で……」

「用水路が壊れたのは、予算がないからだって言ってたのに……!」

「そうだ。リリアが来たから枯れたのではない。君が金を使い果たし、土地が限界を迎えたタイミングに、我々が調査に来ただけだ」

 アルヴィスはイザベラに一歩詰め寄った。

「因果関係は逆だ。リリアが災厄を呼んだのではない。君という災厄が招いた結果を、リリアが止めに来たんだ」

「ひっ……!」

 イザベラは後ずさった。
 自分の浪費が、巡り巡って自分の首を絞めている。
 その論理的な因果の鎖からは、もう逃れられない。

「う、嘘よ……。私は、民のために……」

「民のため? そのドレス一枚で、用水路が何メートル直せたと思っている?」

 アルヴィスの冷たい一言が、決定打となった。
 領民たちの怒りの矛先は、完全にイザベラへと向いた。

「このアマ! よくも俺たちを騙しやがって!」

「魔女はお前の方だ!」

 殺気立った群衆がイザベラに迫る。
 彼女は「きゃあああ!」と悲鳴を上げ、壇上から転がり落ちるようにして逃げ出した。
 屋敷の方へと走っていくその背中は、もはや高貴な令嬢のそれではなかった。

「……解決したな」

 アルヴィスは暴徒化しそうな領民たちを手で制し、落ち着かせた。
 そして、隣のリリアを見た。

「リリア。君はアイスクリームではない。溺れる人々を助ける監視員だ」

「ふふ、また変な例えですね」

 リリアは苦笑したが、その瞳には涙が浮かんでいた。
 無実の罪を、科学と論理で完全に晴らしてもらった。

「アルヴィス様。……私、この土地を治したいです。彼らが再び笑って暮らせるように」

「ああ。土壌改良のプランは既に私の脳内にある。……だがその前に」

 アルヴィスは逃げたイザベラの方角を見据えた。

「まだ終わっていない。彼女が頼る実家の屋敷には、残酷な秘密が隠されている。私は善人ではないから、君の身を危険に晒す者に、容赦はしない」

「え、残酷な、秘密って……?」

 枯れた大地の奥底に眠る、血の因果を暴く時が来ていた。
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