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第34話:出生の秘密とカッコウの托卵
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暴徒と化した領民たちの追及を逃れ、イザベラはローズ伯爵邸の奥深くへと逃げ込んだ。
アルヴィスとリリアは、衛兵たちを論理的(かつ物理的)に無力化しながら、屋敷の応接間へと踏み込んだ。
そこには、イザベラと、彼女の父親であるローズ伯爵が待ち構えていた。
伯爵は肥満体で、脂ぎった顔に傲慢さを貼り付けたような男だった。
彼は娘を背にかばい、唾を飛ばして怒鳴った。
「無礼者め! 辺境伯といえど、他人の領地に土足で踏み込むとは何事か!」
「領地を腐らせた元凶が何を言う。……イザベラを引き渡してもらおう。彼女には詐欺と横領、そして民衆扇動の罪がある」
アルヴィスが冷ややかに告げると、イザベラは父親の腕にしがみついた。
「お父様、助けて! この男とリリアが、私を虐めるの! 私が高貴なローズ家の娘だからって、嫉妬しているのよ!」
「ああ、可哀想なイザベラ! 心配するな、この私が守ってやる!」
ローズ伯爵はリリアを睨みつけ、侮蔑の笑みを浮かべた。
「ふん、アシュベリー男爵家の娘か。母親はどこの馬の骨とも知れぬ平民だったな? そのような卑しい雑種が、我が純血の娘を断罪しようなどと、身の程を知れ!」
リリアは唇を噛んだ。
まただ。
平民の血。
その言葉は、いつだってリリアを縛り付ける呪いだった。
「……私の母は、心優しい人でした。身分は関係ありません」
「黙れ! 血が汚れていると言っているのだ! 高貴な魂は高貴な血に宿る。貴様のような下賤な生まれの女に、娘を裁く資格はない!」
伯爵の高説に、イザベラも勢いづく。
「そうよ! 私は選ばれた人間なの。貴女とは生物としての格が違うのよ!」
その時、部屋に乾いた笑い声が響いた。
アルヴィスだった。
彼は肩を震わせ、心底おかしそうに笑っていた。
「……くっ、ははは! 生物としての格、か。素晴らしいブラックジョークだ」
「な、何がおかしい!」
アルヴィスは真顔に戻ると、懐から古びた書類の束を取り出した。
「ローズ伯爵。貴方は先ほどから純血だの高貴な血だのと騒いでいるが……、貴方は動物行動学における托卵という習性をご存知かな?」
「た、たくらん……?」
「カッコウという鳥は、自分で子育てをせず、他の鳥の巣に卵を産み落とす。騙された仮親は、自分の子だと信じて必死に餌を運び、巨大なカッコウの雛を育てる。……実に滑稽で、哀れな光景だ」
アルヴィスは書類をテーブルに放り投げた。
それは古い診療記録と、遺伝子検査の結果報告書だった。
「これは王都の病院から押収した、18年前のカルテだ。イザベラが生まれた時のものだな」
伯爵の顔色がさっと変わる。
「貴方の血液型と、亡くなった奥方の型。そしてイザベラの型。……どう組み合わせても、メンデルの遺伝法則に矛盾が生じる。計算が合わないんだよ」
アルヴィスはイザベラを冷徹に見据えた。
「イザベラ。君の生物学的な父親は、ローズ伯爵ではない。当時、奥方が出入りしていた若い庭師の可能性が極めて高い」
時間が止まったような静寂。
リリアは息を呑んだ。
「えっ……、じゃあ、イザベラ様は……」
「う、嘘だ……!」
ローズ伯爵が叫んだ。
顔面は蒼白で、脂汗が滝のように流れている。
「嘘だ嘘だ! イザベラは私の娘だ! こんなに可愛い、私に似て……」
「似ている? それは刷り込みによる認知バイアスだ。自分の娘だと思い込んでいるから似ているように見えるだけだ」
アルヴィスは冷酷に事実を突きつける。
「貴方が高貴な純血と信じて育ててきた娘は、貴方が軽蔑してやまない平民(庭師)の血を引く、カッコウの雛だったというわけだ」
イザベラが悲鳴を上げた。
「い、いやあああ! 嘘よ! 私はローズ家の令嬢よ! 平民の血なんて入ってるわけないわ!」
彼女は錯乱し、自分の腕を爪で引っ掻いた。
「赤い血でしょう!? 高貴な血でしょう!? なんでよ、なんでよ!」
アルヴィスは静かに告げた。
「血がつながっているかどうかが問題ではない。君が今やっている、他者を排除し、親の資源(金と権力)を独占して生き残ろうとする行動。……それこそが、托卵鳥のヒナが義理の兄弟を巣から突き落とす本能と同じ、寄生的な生存戦略だと言っているんだ」
彼はリリアの肩を引き寄せた。
「リリアを見ろ。彼女は自分の力で立ち、学び、他者(領民)を生かそうとしている。血統書などなくとも、彼女の行動は生物として高潔であり、自立している」
アルヴィスは伯爵に向き直った。
「ローズ伯爵。貴方は血にこだわりすぎて、目の前の個体(リリア)の本質を見誤った。そして、血を信じすぎて、自分の巣にいる寄生虫に食い荒らされた。……皮肉な結末だな」
伯爵は膝から崩れ落ちた。
長年信じてきた純血という誇りが、根底から否定されたのだ。
彼が愛し、リリアを虐げる根拠にしてきたものは、最初から幻だった。
「お父様……、嘘よね? 私、貴方の娘よね?」
イザベラが縋り付くが、伯爵は虚ろな目で彼女の手を振り払った。
「……触るな。……汚らわしい」
その一言が、イザベラの心を完全に破壊した。
彼女が最も恐れ、リリアに投げつけ続けてきた「汚らわしい」という言葉が、巨大なブーメランとなって自分に突き刺さったのだ。
「あ……、あは、あははは……」
イザベラは壊れた人形のように笑い出し、その場にうずくまった。
屋敷の外からは、怒れる領民たちの声が近づいてくる。
偽りの親子が築いた砂上の楼閣は、血の真実と共に、音を立てて崩れ去った。
アルヴィスとリリアは、衛兵たちを論理的(かつ物理的)に無力化しながら、屋敷の応接間へと踏み込んだ。
そこには、イザベラと、彼女の父親であるローズ伯爵が待ち構えていた。
伯爵は肥満体で、脂ぎった顔に傲慢さを貼り付けたような男だった。
彼は娘を背にかばい、唾を飛ばして怒鳴った。
「無礼者め! 辺境伯といえど、他人の領地に土足で踏み込むとは何事か!」
「領地を腐らせた元凶が何を言う。……イザベラを引き渡してもらおう。彼女には詐欺と横領、そして民衆扇動の罪がある」
アルヴィスが冷ややかに告げると、イザベラは父親の腕にしがみついた。
「お父様、助けて! この男とリリアが、私を虐めるの! 私が高貴なローズ家の娘だからって、嫉妬しているのよ!」
「ああ、可哀想なイザベラ! 心配するな、この私が守ってやる!」
ローズ伯爵はリリアを睨みつけ、侮蔑の笑みを浮かべた。
「ふん、アシュベリー男爵家の娘か。母親はどこの馬の骨とも知れぬ平民だったな? そのような卑しい雑種が、我が純血の娘を断罪しようなどと、身の程を知れ!」
リリアは唇を噛んだ。
まただ。
平民の血。
その言葉は、いつだってリリアを縛り付ける呪いだった。
「……私の母は、心優しい人でした。身分は関係ありません」
「黙れ! 血が汚れていると言っているのだ! 高貴な魂は高貴な血に宿る。貴様のような下賤な生まれの女に、娘を裁く資格はない!」
伯爵の高説に、イザベラも勢いづく。
「そうよ! 私は選ばれた人間なの。貴女とは生物としての格が違うのよ!」
その時、部屋に乾いた笑い声が響いた。
アルヴィスだった。
彼は肩を震わせ、心底おかしそうに笑っていた。
「……くっ、ははは! 生物としての格、か。素晴らしいブラックジョークだ」
「な、何がおかしい!」
アルヴィスは真顔に戻ると、懐から古びた書類の束を取り出した。
「ローズ伯爵。貴方は先ほどから純血だの高貴な血だのと騒いでいるが……、貴方は動物行動学における托卵という習性をご存知かな?」
「た、たくらん……?」
「カッコウという鳥は、自分で子育てをせず、他の鳥の巣に卵を産み落とす。騙された仮親は、自分の子だと信じて必死に餌を運び、巨大なカッコウの雛を育てる。……実に滑稽で、哀れな光景だ」
アルヴィスは書類をテーブルに放り投げた。
それは古い診療記録と、遺伝子検査の結果報告書だった。
「これは王都の病院から押収した、18年前のカルテだ。イザベラが生まれた時のものだな」
伯爵の顔色がさっと変わる。
「貴方の血液型と、亡くなった奥方の型。そしてイザベラの型。……どう組み合わせても、メンデルの遺伝法則に矛盾が生じる。計算が合わないんだよ」
アルヴィスはイザベラを冷徹に見据えた。
「イザベラ。君の生物学的な父親は、ローズ伯爵ではない。当時、奥方が出入りしていた若い庭師の可能性が極めて高い」
時間が止まったような静寂。
リリアは息を呑んだ。
「えっ……、じゃあ、イザベラ様は……」
「う、嘘だ……!」
ローズ伯爵が叫んだ。
顔面は蒼白で、脂汗が滝のように流れている。
「嘘だ嘘だ! イザベラは私の娘だ! こんなに可愛い、私に似て……」
「似ている? それは刷り込みによる認知バイアスだ。自分の娘だと思い込んでいるから似ているように見えるだけだ」
アルヴィスは冷酷に事実を突きつける。
「貴方が高貴な純血と信じて育ててきた娘は、貴方が軽蔑してやまない平民(庭師)の血を引く、カッコウの雛だったというわけだ」
イザベラが悲鳴を上げた。
「い、いやあああ! 嘘よ! 私はローズ家の令嬢よ! 平民の血なんて入ってるわけないわ!」
彼女は錯乱し、自分の腕を爪で引っ掻いた。
「赤い血でしょう!? 高貴な血でしょう!? なんでよ、なんでよ!」
アルヴィスは静かに告げた。
「血がつながっているかどうかが問題ではない。君が今やっている、他者を排除し、親の資源(金と権力)を独占して生き残ろうとする行動。……それこそが、托卵鳥のヒナが義理の兄弟を巣から突き落とす本能と同じ、寄生的な生存戦略だと言っているんだ」
彼はリリアの肩を引き寄せた。
「リリアを見ろ。彼女は自分の力で立ち、学び、他者(領民)を生かそうとしている。血統書などなくとも、彼女の行動は生物として高潔であり、自立している」
アルヴィスは伯爵に向き直った。
「ローズ伯爵。貴方は血にこだわりすぎて、目の前の個体(リリア)の本質を見誤った。そして、血を信じすぎて、自分の巣にいる寄生虫に食い荒らされた。……皮肉な結末だな」
伯爵は膝から崩れ落ちた。
長年信じてきた純血という誇りが、根底から否定されたのだ。
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イザベラが縋り付くが、伯爵は虚ろな目で彼女の手を振り払った。
「……触るな。……汚らわしい」
その一言が、イザベラの心を完全に破壊した。
彼女が最も恐れ、リリアに投げつけ続けてきた「汚らわしい」という言葉が、巨大なブーメランとなって自分に突き刺さったのだ。
「あ……、あは、あははは……」
イザベラは壊れた人形のように笑い出し、その場にうずくまった。
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