断罪されていたはずなのですが、成り行きで辺境伯様に連れ去られた結果……。

水上

文字の大きさ
35 / 50

第35話:嫉妬に狂う元婚約者と配偶者防衛

しおりを挟む
 ローズ伯爵邸の応接間は、重苦しい空気に包まれていた。

 出生の秘密を暴かれ、心が壊れてしまったイザベラ。
 そして、平民の血を理由に長年娘だと思っていた存在を拒絶し、呆然と座り込むローズ伯爵。

 その時、屋敷の外から馬のいななきと、荒々しい足音が近づいてきた。
 扉が乱暴に開け放たれる。

「リリア! どこだ、リリア!」

 血走った目で飛び込んできたのは、ジェラルド第二王子だった。
 彼は髪を振り乱し、王族としての威厳などかなぐり捨てた様子で室内を見回した。
 そして、うずくまるイザベラを一瞥すると、鼻で笑った。

「なんだ、その無様な姿は。……ふん、やはり偽物は脆いな。役立たずめ」

 かつて運命の相手と呼んだ女性をゴミのように切り捨て、ジェラルドは一直線にリリアへと歩み寄った。

「おお、リリア! 探したぞ。やはり俺にはお前しかいない!」

 ジェラルドはリリアの手を掴もうとした。

 しかし、その手は空を切った。
 アルヴィスがリリアを背後に隠し、冷徹な壁となって立ちはだかったからだ。

「……私の婚約者に何の用だ、王子殿下」

「退け、辺境伯! 俺はリリアを迎えに来たんだ!」

 ジェラルドは叫んだ。

「聞いたぞ! イザベラが平民の血を引く偽物だったとな! なら話は別だ。リリア、お前の母が平民だろうと関係ない。少なくともお前は伯爵の娘ですらない托卵女よりはマシだ! 俺が許してやる。婚約破棄は撤回だ、俺の元へ戻れ!」

 あまりに身勝手な理屈に、リリアは言葉を失った。

 この人は、リリアを愛しているわけではない。
 イザベラというブランドが傷ついたから、代わりの品としてリリアを回収しに来ただけだ。

「……お断りします」

 リリアはアルヴィスの背中越しに拒絶した。

「私は物ではありません。それに、私はアルヴィス様をお慕いしています」

「なっ……!? 俺よりその男がいいと言うのか!?」

 ジェラルドの顔が嫉妬で歪んだ。
 彼は腰の剣に手をかけ、アルヴィスを睨みつけた。

「貴様か……、貴様がリリアをたぶらかしたんだな! 俺の女だぞ! 他のオスに触れさせるものか! 返せ、俺の物だ!」

 殺気立つ王子。
 しかし、アルヴィスは剣を抜く素振りも見せず、深くため息をついた。

「……見苦しい。理性を失った獣の遠吠えだ」

「なんだと!?」

「貴方のその行動は、動物行動学におけるメイト・ガーディング(配偶者防衛)の暴走だ」

「めいと……、がーでぃんぐ?」

「自分のパートナーが他のオスに奪われないよう、執拗に監視し、他者を威嚇して近づけまいとする行動だ。一見、愛が深いように見えるが、生物学的な意味は真逆だ」

 アルヴィスは一歩踏み出し、王子の目を覗き込んだ。

「これは、相手への信頼がない、あるいは、自分の魅力が相手を引き止めるのに不十分であると認めているオスが取る、弱者の生存戦略だ。本当に魅力的なオスなら、メスは自らそばに留まる。威嚇などする必要がない」

 彼は冷ややかに断じた。

「貴方のその必死な剣幕は、『私にはリリアを繋ぎ止めるだけの実力も魅力もありません』という敗北宣言を、大声で世界に叫んでいるに過ぎない」

「き、貴様ぁ……! 俺は敗北などしていない! リリアは俺を愛していたはずだ!」

「それは過去の話だ。そして貴方が今感じている執着は、愛ではない。損失回避性(プロスペクト理論)による脳のエラーだ」

「そんしつ……、かいひ?」

「人間は、何かを得る喜びよりも、持っていたものを失う痛みを約2倍強く感じるようにできている。貴方はリリアを愛しているのではない。一度は自分の手元にあったおもちゃ(リリア)が、他人の手に渡って輝いているのを見て、所有権を侵害されたような痛みを感じているだけだ」

 アルヴィスは、リリアの肩を抱き寄せた。

「貴方は愛しい女性を取り戻したいのではない。損をしたくないというケチな勘定で動いている。それを愛と呼ぶのは、詩人に対する冒涜だ」

「う、うるさい、うるさい! 理屈なんてどうでもいい! 俺は王族だ! 全ては俺の物だ!」

 ジェラルドは剣を抜き放ち、アルヴィスに斬りかかろうとした。
 だが、その刃が届くことはなかった。

 屋敷の外から踏み込んできた王家の近衛騎士たちが、ジェラルドを取り押さえ、地面にねじ伏せたのだ。

「は、離せ! 俺は王子だぞ!」

「ジェラルド殿下。国王陛下より、直ちに拘束し、王都へ連行せよとの勅命です」

 騎士団長が冷徹に告げた。
 国王は、領民を扇動したイザベラだけでなく、その騒動に加担し、王家の品位を地に落とした息子の暴走をもはや許さなかったのだ。

「リリア! 待ってくれ、俺は……!」

 引きずられていくジェラルドが、最後にリリアに縋るような目を向けた。
 リリアは静かに首を横に振った。

「さようなら、ジェラルド様。……貴方が愛していたのは、イザベラ様でも私でもなく、結局はだけだったのですね」

 その言葉は、どんな罵倒よりも深くジェラルドの胸に刺さったようだった。
 彼は力を失い、項垂れたまま連行されていった。

 静寂が戻った部屋で、アルヴィスはふぅ、と息を吐いた。

「……所有権などという概念がそもそも間違いだ。人間は物ではない」

 彼はリリアに向き直り、真剣な表情で言った。

「リリア。私は君を所有しない。君が私のそばにいることを選択し続けるよう、日々努力し、魅力を提示し続けることを誓おう。それが生物学的に正しい求愛だ」

「ふふ……、はい。今のところ、アルヴィス様の魅力は必要十分ですよ」

 リリアが微笑むと、アルヴィスは安堵したように目尻を下げた。
 嫉妬と独占欲にまみれた元婚約者は去り、互いを尊重する二人の絆だけが残った。

 だが、まだ終わっていない。
 イザベラは壊れ、伯爵は呆然とし、領地は荒れ果てたままだ。
 この混沌を片付け、真の解決を導くためには、まだ必要なことがある。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】追放された私、宮廷楽師になったら最強騎士に溺愛されました

er
恋愛
両親を亡くし、叔父に引き取られたクレアは、義妹ペトラに全てを奪われ虐げられていた。 宮廷楽師選考会への出場も拒まれ、老商人との結婚を強要される。 絶望の中、クレアは母から受け継いだ「音花の恵み」——音楽を物質化する力——を使い、家を飛び出す。 近衛騎士団隊長アーロンに助けられ、彼の助けもあり選考会に参加。首席合格を果たし、叔父と義妹を見返す。クレアは王室専属楽師として、アーロンと共に新たな人生を歩み始める。

婚活をがんばる枯葉令嬢は薔薇狼の執着にきづかない~なんで溺愛されてるの!?~

白井
恋愛
「我が伯爵家に貴様は相応しくない! 婚約は解消させてもらう」  枯葉のような地味な容姿が原因で家族から疎まれ、婚約者を姉に奪われたステラ。  土下座を強要され自分が悪いと納得しようとしたその時、謎の美形が跪いて手に口づけをする。  「美しき我が光……。やっと、お会いできましたね」  あなた誰!?  やたら綺麗な怪しい男から逃げようとするが、彼の執着は枯葉令嬢ステラの想像以上だった!  虐げられていた令嬢が男の正体を知り、幸せになる話。

オッドアイの伯爵令嬢、姉の代わりに嫁ぐことになる~私の結婚相手は、青血閣下と言われている恐ろしい公爵様。でも実は、とっても優しいお方でした~

夏芽空
恋愛
両親から虐げられている伯爵令嬢のアリシア。 ある日、父から契約結婚をしろと言い渡される。 嫁ぎ先は、病死してしまった姉が嫁ぐ予定の公爵家だった。 早い話が、姉の代わりに嫁いでこい、とそういうことだ。 結婚相手のルシルは、人格に難があるともっぱらの噂。 他人に対してどこまでも厳しく、これまでに心を壊された人間が大勢いるとか。 赤い血が通っているとは思えない冷酷非道なその所業から、青血閣下、という悪名がついている。 そんな恐ろしい相手と契約結婚することになってしまったアリシア。 でも実際の彼は、聞いていた噂とは全然違う優しい人物だった。

婚約破棄されたので田舎で猫と暮らします

たくわん
恋愛
社交界の華と謳われた伯爵令嬢セレスティアは、王太子から「完璧すぎて息が詰まる」と婚約破棄を告げられる。傷心のまま逃げるように向かったのは、亡き祖母が遺した田舎の小さな屋敷だった。 荒れ果てた屋敷、慣れない一人暮らし、そして庭に住みついた五匹の野良猫たち。途方に暮れるセレスティアの隣には、無愛想で人嫌いな青年医師・ノアが暮らしていた。 「この猫に構うな。人間嫌いだから」 冷たく突き放すノアだが、捨て猫を保護し、傷ついた動物を治療する彼の本当の姿を知るうちに、セレスティアの心は少しずつ惹かれていく。 猫の世話を通じて近づく二人。やがて明かされるノアの過去と、王都から届く縁談の催促。「完璧な令嬢」を脱ぎ捨てた先に待つ、本当の自分と本当の恋——。

聖獣使い唯一の末裔である私は追放されたので、命の恩人の牧場に尽力します。~お願いですから帰ってきてください?はて?~

雪丸
恋愛
【あらすじ】 聖獣使い唯一の末裔としてキルベキア王国に従事していた主人公”アメリア・オルコット”は、聖獣に関する重大な事実を黙っていた裏切り者として国外追放と婚約破棄を言い渡された。 追放されたアメリアは、キルベキア王国と隣の大国ラルヴァクナ王国の間にある森を彷徨い、一度は死を覚悟した。 そんな中、ブランディという牧場経営者一家に拾われ、人の温かさに触れて、彼らのために尽力することを心の底から誓う。 「もう恋愛はいいや。私はブランディ牧場に骨を埋めるって決めたんだ。」 「羊もふもふ!猫吸いうはうは!楽しい!楽しい!」 「え?この国の王子なんて聞いてないです…。」 命の恩人の牧場に尽力すると決めた、アメリアの第二の人生の行く末はいかに? ◇◇◇ 小説家になろう、カクヨムでも連載しています。 カクヨムにて先行公開中(敬称略)

【完結】廃墟送りの悪役令嬢、大陸一の都市を爆誕させる~冷酷伯爵の溺愛も限界突破しています~

遠野エン
恋愛
王太子から理不尽な婚約破棄を突きつけられた伯爵令嬢ルティア。聖女であるライバルの策略で「悪女」の烙印を押され、すべてを奪われた彼女が追放された先は荒れ果てた「廃墟の街」。人生のどん底――かと思いきや、ルティアは不敵に微笑んだ。 「問題が山積み? つまり、改善の余地(チャンス)しかありませんわ!」 彼女には前世で凄腕【経営コンサルタント】だった知識が眠っていた。 瓦礫を資材に変えてインフラ整備、ゴロツキたちを警備隊として雇用、嫌われ者のキノコや雑草(?)を名物料理「キノコスープ」や「うどん」に変えて大ヒット! 彼女の手腕によって、死んだ街は瞬く間に大陸随一の活気あふれる自由交易都市へと変貌を遂げる! その姿に、当初彼女を蔑んでいた冷酷伯爵シオンの心も次第に溶かされていき…。 一方、ルティアを追放した王国は経済が破綻し、崩壊寸前。焦った元婚約者の王太子がやってくるが、幸せな市民と最愛の伯爵に守られた彼女にもう死角なんてない――――。 知恵と才覚で運命を切り拓く、痛快逆転サクセス&シンデレラストーリー、ここに開幕!

真面目くさった女はいらないと婚約破棄された伯爵令嬢ですが、王太子様に求婚されました。実はかわいい彼の溺愛っぷりに困っています

綾森れん
恋愛
「リラ・プリマヴェーラ、お前と交わした婚約を破棄させてもらう!」 公爵家主催の夜会にて、リラ・プリマヴェーラ伯爵令嬢はグイード・ブライデン公爵令息から言い渡された。 「お前のような真面目くさった女はいらない!」 ギャンブルに財産を賭ける婚約者の姿に公爵家の将来を憂いたリラは、彼をいさめたのだが逆恨みされて婚約破棄されてしまったのだ。 リラとグイードの婚約は政略結婚であり、そこに愛はなかった。リラは今でも7歳のころ茶会で出会ったアルベルト王子の優しさと可愛らしさを覚えていた。しかしアルベルト王子はそのすぐあとに、毒殺されてしまった。 夜会で恥をさらし、居場所を失った彼女を救ったのは、美しい青年歌手アルカンジェロだった。 心優しいアルカンジェロに惹かれていくリラだが、彼は高い声を保つため、少年時代に残酷な手術を受けた「カストラート(去勢歌手)」と呼ばれる存在。教会は、子孫を残せない彼らに結婚を禁じていた。 禁断の恋に悩むリラのもとへ、父親が新たな婚約話をもってくる。相手の男性は親子ほども歳の離れた下級貴族で子だくさん。数年前に妻を亡くし、後妻に入ってくれる女性を探しているという、悪い条件の相手だった。 望まぬ婚姻を強いられ未来に希望を持てなくなったリラは、アルカンジェロと二人、教会の勢力が及ばない国外へ逃げ出す計画を立てる。 仮面舞踏会の夜、二人の愛は通じ合い、結ばれる。だがアルカンジェロが自身の秘密を打ち明けた。彼の正体は歌手などではなく、十年前に毒殺されたはずのアルベルト王子その人だった。 しかし再び、王権転覆を狙う暗殺者が迫りくる。 これは、愛し合うリラとアルベルト王子が二人で幸せをつかむまでの物語である。

【完】嫁き遅れの伯爵令嬢は逃げられ公爵に熱愛される

えとう蜜夏
恋愛
 リリエラは母を亡くし弟の養育や領地の執務の手伝いをしていて貴族令嬢としての適齢期をやや逃してしまっていた。ところが弟の成人と婚約を機に家を追い出されることになり、住み込みの働き口を探していたところ教会のシスターから公爵との契約婚を勧められた。  お相手は公爵家当主となったばかりで、さらに彼は婚約者に立て続けに逃げられるといういわくつきの物件だったのだ。  少し辛辣なところがあるもののお人好しでお節介なリリエラに公爵も心惹かれていて……。  22.4.7女性向けホットランキングに入っておりました。ありがとうございます 22.4.9.9位,4.10.5位,4.11.3位,4.12.2位  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

処理中です...