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第41話:王都での最終裁判と利己的バイアス
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王宮の裁きの広間は、張り詰めた緊張感に包まれていた。
高い天井まで届くステンドグラスから差し込む光が、玉座に座る国王陛下の厳しい表情を照らし出している。
その御前には、この国の貴族のほぼ全員が招集されていた。
今回の事件が、単なる婚約破棄騒動に留まらず、領地の横領や民衆扇動という国家の根幹を揺るがす大罪に発展したからだ。
重い扉が開く。
衛兵に連行されて入ってきたのは、かつてこの国の社交界で我が物顔に振る舞っていた二人だった。
第二王子、ジェラルド。
ローズ伯爵令嬢、イザベラ。
ジェラルドは髪を振り乱し、必死の形相で何かを叫ぼうとしている。
対照的に、イザベラは抜け殻のようにうつむき、足を引きずるようにして歩いていた。
厚化粧も豪華なドレスもなく、囚人用の粗末な服を纏った彼女は、驚くほど小さく見えた。
二人が中央に跪かせられると、宰相が厳かに罪状を読み上げた。
「――被告人イザベラ・ローズ。リリア・アシュベリー嬢への冤罪工作、ローズ領における巨額の横領、有害な偽薬の販売、そして領民を扇動し内乱を企てた罪」
「――被告人ジェラルド。王族としての責務を放棄し、イザベラの悪事に加担、さらには辺境伯への傷害未遂および暴言の罪」
罪状が読み上げられるたびに、貴族たちからどよめきが起こる。
読み終えた宰相が問うた。
「以上、申し開きはあるか?」
瞬間、ジェラルドが弾かれたように顔を上げた。
「あります! 父上……、いえ、陛下! 俺は騙されていたのです!」
彼は隣に跪くイザベラを指差して絶叫した。
「全てはこの女が仕組んだことです! 『リリアがいじめる』というのも嘘、『領地は豊かだ』というのも嘘! 俺はこの稀代の悪女にたぶらかされた被害者なのです! 俺自身は何も悪いことはしていない!」
なりふり構わぬ責任転嫁。
「俺は悪くない」と連呼するその姿に、かつて彼を支持していた貴族たちも、冷ややかな蔑みの視線を向ける。
その時、傍聴席の最前列にいたアルヴィスが、静かに手を挙げた。
「……陛下。参考人として発言を許可願いたい」
「許す。申してみよ、辺境伯」
アルヴィスは一礼すると、冷徹な瞳でジェラルドを見下ろした。
「ジェラルド殿下。貴方のその主張は、心理学における典型的な利己的バイアスだ」
「り、りこてき……?」
「人間は成功した時は、自分の能力のおかげ(内的要因)だと考え、失敗した時は運が悪かった、他人のせいだ(外的要因)』と考える傾向がある。自尊心を守るための防衛機制だ」
アルヴィスは、過去のジェラルドの発言を引用するように指を折った。
「貴方は以前、イザベラと婚約した時は『俺の見る目があるから真実の愛を見つけた』と誇っていたな? だが今、それが破綻すると『彼女が騙したからだ』と全責任を彼女に押し付けている」
彼は切り捨てた。
「成功は俺の手柄、失敗はあいつのせい。……そのような認知の歪みを抱えた人間に、国を背負う資格はない。貴方が騙されたのは、イザベラが巧妙だったからではない。貴方が自分に都合が良い嘘を信じたがったからだ」
「ぐっ……! き、貴様……!」
ジェラルドは顔を真っ赤にして口ごもった。
アルヴィスの論理は、王子の最後のプライドである被害者ヅラさえも剥ぎ取ってしまった。
国王が重々しく口を開いた。
「アルヴィスの申す通りだ。ジェラルドよ、王族に求められるのは責任だ。それを他者に転嫁した時点で、其方は王族失格である」
「ち、父上……!」
ジェラルドが崩れ落ちる。
次に、国王の視線はイザベラに向けられた。
「イザベラ・ローズよ。其方はどうだ。何か申し開きはあるか?」
イザベラはゆっくりと顔を上げた。
その瞳は虚ろで、光がない。
「……ございません」
カサついた声だった。
「私は偽物でした。父だと思っていた人は他人で、高貴だと思っていた血は平民のもので……、私が誇っていた私は、最初からどこにも存在しなかったのです」
彼女は自嘲気味に笑った。
「全てが嘘なら、罪もまた嘘になればいいのに……、でも、現実はそう甘くないのですね」
その姿は、あまりにも痛々しかった。
彼女が悪人であることは間違いない。
だが、その悪意の根源にあったのが、愛されたい、認められたいという歪んだ渇望だったことを、リリアは知っている。
(イザベラ様……)
リリアが胸を痛めていると、アルヴィスがそっと肩に手を置いてきた。
「同情は不要だ、リリア。だが……」
アルヴィスはイザベラを見据えた。
「彼女は今、初めて嘘のない言葉を口にしたようだな。少なくとも、ジェラルドよりは知性の欠片が残っているようだ」
裁判は結審へと向かう。
だが、イザベラの目にはまだ、完全に消えきらない何かが燻っていた。
それは諦めか、それとも最後の悪あがきへの種火か。
国王が判決を下そうとした、その瞬間。
イザベラの肩が、小さく震え始めた。
「……う、うっ……」
静寂な広間に、すすり泣く声が響く。
彼女は両手で顔を覆い、床に突っ伏した。
「申し訳……、ございませんでしたぁ……!」
それは、これまでで最も悲痛で、最も感情のこもった謝罪に見えた。
会場の空気が揺れる。
「反省しているのか?」
「あんなにやつれて……、少し可哀想かもしれない」
という同情ムードが、さざ波のように広がる。
だが、アルヴィスの眼鏡だけが、冷ややかに光った。
「……ほう。まだやるか」
彼はリリアの耳元で囁いた。
「よく見ていろ、リリア。これが最後の講義だ。嘘泣きを科学的に解剖する」
イザベラの涙は本物か、それとも生存のための擬態か。
最終審判の場で、最後の心理戦が幕を開けようとしていた。
高い天井まで届くステンドグラスから差し込む光が、玉座に座る国王陛下の厳しい表情を照らし出している。
その御前には、この国の貴族のほぼ全員が招集されていた。
今回の事件が、単なる婚約破棄騒動に留まらず、領地の横領や民衆扇動という国家の根幹を揺るがす大罪に発展したからだ。
重い扉が開く。
衛兵に連行されて入ってきたのは、かつてこの国の社交界で我が物顔に振る舞っていた二人だった。
第二王子、ジェラルド。
ローズ伯爵令嬢、イザベラ。
ジェラルドは髪を振り乱し、必死の形相で何かを叫ぼうとしている。
対照的に、イザベラは抜け殻のようにうつむき、足を引きずるようにして歩いていた。
厚化粧も豪華なドレスもなく、囚人用の粗末な服を纏った彼女は、驚くほど小さく見えた。
二人が中央に跪かせられると、宰相が厳かに罪状を読み上げた。
「――被告人イザベラ・ローズ。リリア・アシュベリー嬢への冤罪工作、ローズ領における巨額の横領、有害な偽薬の販売、そして領民を扇動し内乱を企てた罪」
「――被告人ジェラルド。王族としての責務を放棄し、イザベラの悪事に加担、さらには辺境伯への傷害未遂および暴言の罪」
罪状が読み上げられるたびに、貴族たちからどよめきが起こる。
読み終えた宰相が問うた。
「以上、申し開きはあるか?」
瞬間、ジェラルドが弾かれたように顔を上げた。
「あります! 父上……、いえ、陛下! 俺は騙されていたのです!」
彼は隣に跪くイザベラを指差して絶叫した。
「全てはこの女が仕組んだことです! 『リリアがいじめる』というのも嘘、『領地は豊かだ』というのも嘘! 俺はこの稀代の悪女にたぶらかされた被害者なのです! 俺自身は何も悪いことはしていない!」
なりふり構わぬ責任転嫁。
「俺は悪くない」と連呼するその姿に、かつて彼を支持していた貴族たちも、冷ややかな蔑みの視線を向ける。
その時、傍聴席の最前列にいたアルヴィスが、静かに手を挙げた。
「……陛下。参考人として発言を許可願いたい」
「許す。申してみよ、辺境伯」
アルヴィスは一礼すると、冷徹な瞳でジェラルドを見下ろした。
「ジェラルド殿下。貴方のその主張は、心理学における典型的な利己的バイアスだ」
「り、りこてき……?」
「人間は成功した時は、自分の能力のおかげ(内的要因)だと考え、失敗した時は運が悪かった、他人のせいだ(外的要因)』と考える傾向がある。自尊心を守るための防衛機制だ」
アルヴィスは、過去のジェラルドの発言を引用するように指を折った。
「貴方は以前、イザベラと婚約した時は『俺の見る目があるから真実の愛を見つけた』と誇っていたな? だが今、それが破綻すると『彼女が騙したからだ』と全責任を彼女に押し付けている」
彼は切り捨てた。
「成功は俺の手柄、失敗はあいつのせい。……そのような認知の歪みを抱えた人間に、国を背負う資格はない。貴方が騙されたのは、イザベラが巧妙だったからではない。貴方が自分に都合が良い嘘を信じたがったからだ」
「ぐっ……! き、貴様……!」
ジェラルドは顔を真っ赤にして口ごもった。
アルヴィスの論理は、王子の最後のプライドである被害者ヅラさえも剥ぎ取ってしまった。
国王が重々しく口を開いた。
「アルヴィスの申す通りだ。ジェラルドよ、王族に求められるのは責任だ。それを他者に転嫁した時点で、其方は王族失格である」
「ち、父上……!」
ジェラルドが崩れ落ちる。
次に、国王の視線はイザベラに向けられた。
「イザベラ・ローズよ。其方はどうだ。何か申し開きはあるか?」
イザベラはゆっくりと顔を上げた。
その瞳は虚ろで、光がない。
「……ございません」
カサついた声だった。
「私は偽物でした。父だと思っていた人は他人で、高貴だと思っていた血は平民のもので……、私が誇っていた私は、最初からどこにも存在しなかったのです」
彼女は自嘲気味に笑った。
「全てが嘘なら、罪もまた嘘になればいいのに……、でも、現実はそう甘くないのですね」
その姿は、あまりにも痛々しかった。
彼女が悪人であることは間違いない。
だが、その悪意の根源にあったのが、愛されたい、認められたいという歪んだ渇望だったことを、リリアは知っている。
(イザベラ様……)
リリアが胸を痛めていると、アルヴィスがそっと肩に手を置いてきた。
「同情は不要だ、リリア。だが……」
アルヴィスはイザベラを見据えた。
「彼女は今、初めて嘘のない言葉を口にしたようだな。少なくとも、ジェラルドよりは知性の欠片が残っているようだ」
裁判は結審へと向かう。
だが、イザベラの目にはまだ、完全に消えきらない何かが燻っていた。
それは諦めか、それとも最後の悪あがきへの種火か。
国王が判決を下そうとした、その瞬間。
イザベラの肩が、小さく震え始めた。
「……う、うっ……」
静寂な広間に、すすり泣く声が響く。
彼女は両手で顔を覆い、床に突っ伏した。
「申し訳……、ございませんでしたぁ……!」
それは、これまでで最も悲痛で、最も感情のこもった謝罪に見えた。
会場の空気が揺れる。
「反省しているのか?」
「あんなにやつれて……、少し可哀想かもしれない」
という同情ムードが、さざ波のように広がる。
だが、アルヴィスの眼鏡だけが、冷ややかに光った。
「……ほう。まだやるか」
彼はリリアの耳元で囁いた。
「よく見ていろ、リリア。これが最後の講義だ。嘘泣きを科学的に解剖する」
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