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第二章 華燭
40 皇后の願い
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「すまぬのう、長々と昔話なぞ……年寄の証拠じゃ。さて、頼み事はここからが本題じゃが」
皇后は、睫毛を伏せ、錦糸の裳裾をじっと見つめた。ややあって、決心したように前を向く。
「繰り返すが、蒼龍は強く、そして賢い。だが……いかんせん、経験が足りぬ。今のまま凛麗を娶れば、曹は蒼龍を傀儡とし、王政を恣にしよう。――蒼龍自身も、それをよく分かっているのじゃ」
「そんな……」
あの我侭な蒼龍を思い通りに動かす。凛麗の父親には、それほどの力があるのか。
小蘭の顔色を読んだように、皇后は言葉を継ぎ足した。
「言いたい事はわかる。時があれば蒼龍も力をつけよう。だが――皇帝の老いは待ってくれぬ」
「あ、あの……それで私は」
何をしたらいいのだろう。そんな政権のごたごたに、自分が関われるとは思えないが……。
皇后は、ひとつ息を吐くと、そっと扇を閉じた。
「率直に言う。小蘭妃。お前は蒼龍と凛麗との婚礼を〝正当に〟阻止するのだ」
「正当に? 婚礼を阻止?」
小蘭は、喉がからからに乾いていくのを感じていた。
(婚礼を阻止……どうやって? まさか儀式の最中に乱入して、場をひっくり返すわけにもいかないし……)
皇后はふと優しい目を向けた。
「何だ、ここまで言ったらもう分かるじゃろう」
「え……ええっと」
「分からぬのか。つまり、そなたが早く蒼龍の正妃となって、凛麗の席を埋めてしまえということじゃ」
「え……で、でも、私……無理ですよ」
いくら皇后様という権力を味方につけても、さすがにそれは無理がある。凛麗達の言葉ではないが、北の辺境、胡国の姫が正妃になどなれるはずがない。
そりゃあ……、もし蒼龍がどうしてもっていうのなら、別に……構わないけれど。
皇后様の眉が、ぴくりと動いた。
「おや、案外鈍いやつじゃの。何のために妾が、出自の話をしたと思うておる?」
「えっ……と、そう言えば」
思わず地の言葉が出てしまい、慌てて口に手を当てる。
その姿を見、皇后様はこれまでになくにんまりと笑った。
「政庁には男の戦い方が、そして、後宮には女の戦い方がある。蒼龍は寵姫、小蘭妃よ。お前が蒼龍の嫡子を産むのじゃよ」
「エ……」
えええーっ!
「あ、あのっ、そ、それは……む、無理です」
「何故? 蒼龍はお前のもとに足しげく通っているのであろ?」
「いやっ、あのその、そういうのは天の決めることと言いますし……」
「なあに、大丈夫。あの皇帝にすら嫡子ができたのじゃぞ」
「いや、だからつまり」
くそ、蒼龍のヤツが紛らわしいことするから! 皇后様のところにまで、誤解が行き渡ってしまっている。
ええい、もうっ!
「あの、実はですねっ」
ぐるぐると目を回した小蘭が、それを白状しようとする段になって、何と、皇后はコロコロと少女のように笑った。
「それも妾には分かっておる。小蘭、まだ未通女なのだろう?」
「え……」
さっきまでくるくると忙しなく手足を動かした小蘭が、ぴたりと止まった。
見れば、扇で口を覆い隠し、いかにも笑いを堪えている皇后様。
「全くあやつめ、柄にもなく紳士ぶっておって……。あー、面白かった」
「な、な……」
(まさか私、皇后様にすら、からかわれた?)
あぐあぐと口だけを動かしている小蘭をさておいて、皇后はキリッと眉を正し、真剣な顔つきに戻った。
「話をもとに戻そうか……。小蘭妃。ここからは、真実のみを答えよ。嘘偽りは、首が飛ぶものと思うがよい。お前は、蒼龍を好きか?」
冗談の続きではなさそうだ。その証拠に、瞳にあの射抜くような光が宿っている。
小蘭は襟元を正し、背筋を伸ばした。
ここからは、偽りのない本心で対峙しなくてはならない。そう本能が告げている。
「は、はい」
「真に、愛しておるか?」
「……はい」
「そうか。ならば話は早い。蒼龍にそれを訴え、情けを請うのじゃ。美を磨いて女を上げよ。ゆめゆめ、学問をサボって春明の庵になど出掛けぬよう」
小蘭は思わず喉を鳴らした。
まるで見てきたように仰るこの方は、もしや自分に物見でもつけてあるのだろうか。
「というのは冗談じゃが。妾の元には日々、何千何万の噂や讒言が集まるのじゃ。……望もうと、望むまいと」
つまり、何でもお見通し、というわけだ。
だがそれならば……。
小蘭は、すっと睫毛を伏せた。隠し続けていたつらい気持ちが、ふと湧き上がる。
「あの……でも、やはり無理です。だって蒼龍は……!」
皇后は、睫毛を伏せ、錦糸の裳裾をじっと見つめた。ややあって、決心したように前を向く。
「繰り返すが、蒼龍は強く、そして賢い。だが……いかんせん、経験が足りぬ。今のまま凛麗を娶れば、曹は蒼龍を傀儡とし、王政を恣にしよう。――蒼龍自身も、それをよく分かっているのじゃ」
「そんな……」
あの我侭な蒼龍を思い通りに動かす。凛麗の父親には、それほどの力があるのか。
小蘭の顔色を読んだように、皇后は言葉を継ぎ足した。
「言いたい事はわかる。時があれば蒼龍も力をつけよう。だが――皇帝の老いは待ってくれぬ」
「あ、あの……それで私は」
何をしたらいいのだろう。そんな政権のごたごたに、自分が関われるとは思えないが……。
皇后は、ひとつ息を吐くと、そっと扇を閉じた。
「率直に言う。小蘭妃。お前は蒼龍と凛麗との婚礼を〝正当に〟阻止するのだ」
「正当に? 婚礼を阻止?」
小蘭は、喉がからからに乾いていくのを感じていた。
(婚礼を阻止……どうやって? まさか儀式の最中に乱入して、場をひっくり返すわけにもいかないし……)
皇后はふと優しい目を向けた。
「何だ、ここまで言ったらもう分かるじゃろう」
「え……ええっと」
「分からぬのか。つまり、そなたが早く蒼龍の正妃となって、凛麗の席を埋めてしまえということじゃ」
「え……で、でも、私……無理ですよ」
いくら皇后様という権力を味方につけても、さすがにそれは無理がある。凛麗達の言葉ではないが、北の辺境、胡国の姫が正妃になどなれるはずがない。
そりゃあ……、もし蒼龍がどうしてもっていうのなら、別に……構わないけれど。
皇后様の眉が、ぴくりと動いた。
「おや、案外鈍いやつじゃの。何のために妾が、出自の話をしたと思うておる?」
「えっ……と、そう言えば」
思わず地の言葉が出てしまい、慌てて口に手を当てる。
その姿を見、皇后様はこれまでになくにんまりと笑った。
「政庁には男の戦い方が、そして、後宮には女の戦い方がある。蒼龍は寵姫、小蘭妃よ。お前が蒼龍の嫡子を産むのじゃよ」
「エ……」
えええーっ!
「あ、あのっ、そ、それは……む、無理です」
「何故? 蒼龍はお前のもとに足しげく通っているのであろ?」
「いやっ、あのその、そういうのは天の決めることと言いますし……」
「なあに、大丈夫。あの皇帝にすら嫡子ができたのじゃぞ」
「いや、だからつまり」
くそ、蒼龍のヤツが紛らわしいことするから! 皇后様のところにまで、誤解が行き渡ってしまっている。
ええい、もうっ!
「あの、実はですねっ」
ぐるぐると目を回した小蘭が、それを白状しようとする段になって、何と、皇后はコロコロと少女のように笑った。
「それも妾には分かっておる。小蘭、まだ未通女なのだろう?」
「え……」
さっきまでくるくると忙しなく手足を動かした小蘭が、ぴたりと止まった。
見れば、扇で口を覆い隠し、いかにも笑いを堪えている皇后様。
「全くあやつめ、柄にもなく紳士ぶっておって……。あー、面白かった」
「な、な……」
(まさか私、皇后様にすら、からかわれた?)
あぐあぐと口だけを動かしている小蘭をさておいて、皇后はキリッと眉を正し、真剣な顔つきに戻った。
「話をもとに戻そうか……。小蘭妃。ここからは、真実のみを答えよ。嘘偽りは、首が飛ぶものと思うがよい。お前は、蒼龍を好きか?」
冗談の続きではなさそうだ。その証拠に、瞳にあの射抜くような光が宿っている。
小蘭は襟元を正し、背筋を伸ばした。
ここからは、偽りのない本心で対峙しなくてはならない。そう本能が告げている。
「は、はい」
「真に、愛しておるか?」
「……はい」
「そうか。ならば話は早い。蒼龍にそれを訴え、情けを請うのじゃ。美を磨いて女を上げよ。ゆめゆめ、学問をサボって春明の庵になど出掛けぬよう」
小蘭は思わず喉を鳴らした。
まるで見てきたように仰るこの方は、もしや自分に物見でもつけてあるのだろうか。
「というのは冗談じゃが。妾の元には日々、何千何万の噂や讒言が集まるのじゃ。……望もうと、望むまいと」
つまり、何でもお見通し、というわけだ。
だがそれならば……。
小蘭は、すっと睫毛を伏せた。隠し続けていたつらい気持ちが、ふと湧き上がる。
「あの……でも、やはり無理です。だって蒼龍は……!」
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