後宮恋歌 ―皇帝になる男と、ただ一人の妃―

佳乃こはる

文字の大きさ
41 / 66
第二章 華燭

40 皇后の願い

しおりを挟む
「すまぬのう、長々と昔話なぞ……年寄の証拠じゃ。さて、頼み事はここからが本題じゃが」
 皇后は、睫毛を伏せ、錦糸の裳裾をじっと見つめた。ややあって、決心したように前を向く。
 
「繰り返すが、蒼龍は強く、そして賢い。だが……いかんせん、経験が足りぬ。今のまま凛麗を娶れば、曹は蒼龍を傀儡とし、王政をほしいままにしよう。――蒼龍自身も、それをよく分かっているのじゃ」
「そんな……」
 あの我侭な蒼龍を思い通りに動かす。凛麗の父親には、それほどの力があるのか。

 小蘭の顔色を読んだように、皇后は言葉を継ぎ足した。
「言いたい事はわかる。時があれば蒼龍も力をつけよう。だが――皇帝の老いは待ってくれぬ」

「あ、あの……それで私は」
 何をしたらいいのだろう。そんな政権のごたごたに、自分が関われるとは思えないが……。
 
 皇后は、ひとつ息を吐くと、そっと扇を閉じた。
「率直に言う。小蘭妃シャオランフェイ。お前は蒼龍と凛麗との婚礼を〝正当に〟阻止するのだ」

「正当に? 婚礼を阻止?」

 小蘭は、喉がからからに乾いていくのを感じていた。

(婚礼を阻止……どうやって? まさか儀式の最中に乱入して、場をひっくり返すわけにもいかないし……)

 皇后はふと優しい目を向けた。
「何だ、ここまで言ったらもう分かるじゃろう」
「え……ええっと」

「分からぬのか。つまり、そなたが早く蒼龍の正妃となって、凛麗の席を埋めてしまえということじゃ」
「え……で、でも、私……無理ですよ」
 いくら皇后様という権力を味方につけても、さすがにそれは無理がある。凛麗達の言葉ではないが、北の辺境、胡国の姫が正妃になどなれるはずがない。
 そりゃあ……、もし蒼龍あいつがどうしてもっていうのなら、別に……構わないけれど。

 皇后様の眉が、ぴくりと動いた。
 
「おや、案外鈍いやつじゃの。何のために妾が、出自の話をしたと思うておる?」
「えっ……と、そう言えば」
 思わず地の言葉が出てしまい、慌てて口に手を当てる。
 その姿を見、皇后様はこれまでになくにんまりと笑った。

「政庁には男の戦い方が、そして、後宮には女の戦い方がある。蒼龍は寵姫、小蘭妃シャオランフェイよ。お前が蒼龍の嫡子を産むのじゃよ」
「エ……」
 えええーっ!

「あ、あのっ、そ、それは……む、無理です」
「何故? 蒼龍はお前のもとに足しげく通っているのであろ?」
「いやっ、あのその、そういうのは天の決めることと言いますし……」
「なあに、大丈夫。あの皇帝にすら嫡子ができたのじゃぞ」
「いや、だからつまり」
 
 くそ、蒼龍のヤツが紛らわしいことするから! 皇后様のところにまで、誤解が行き渡ってしまっている。
 ええい、もうっ!

「あの、実はですねっ」
 ぐるぐると目を回した小蘭が、それを白状しようとする段になって、何と、皇后はコロコロと少女のように笑った。
「それも妾には分かっておる。小蘭、まだ未通女おとめなのだろう?」
「え……」
 さっきまでくるくると忙しなく手足を動かした小蘭が、ぴたりと止まった。
 
 見れば、扇で口を覆い隠し、いかにも笑いを堪えている皇后様。
「全くあやつめ、柄にもなく紳士ぶっておって……。あー、面白かった」
「な、な……」
 
(まさか私、皇后様にすら、からかわれた?)
 あぐあぐと口だけを動かしている小蘭をさておいて、皇后はキリッと眉を正し、真剣な顔つきに戻った。
 
「話をもとに戻そうか……。小蘭妃。ここからは、真実のみを答えよ。嘘偽うそいつわりは、首が飛ぶものと思うがよい。お前は、蒼龍を好きか?」
 
 冗談の続きではなさそうだ。その証拠に、瞳にあの射抜くような光が宿っている。
 小蘭は襟元を正し、背筋を伸ばした。
 ここからは、偽りのない本心で対峙しなくてはならない。そう本能が告げている。
 
「は、はい」
「真に、愛しておるか?」
「……はい」
「そうか。ならば話は早い。蒼龍にそれを訴え、情けを請うのじゃ。美を磨いて女を上げよ。ゆめゆめ、学問をサボって春明の庵になど出掛けぬよう」
 
 小蘭は思わず喉を鳴らした。
 まるで見てきたように仰るこの方は、もしや自分に物見スパイでもつけてあるのだろうか。
 
「というのは冗談じゃが。妾の元には日々、何千何万の噂や讒言が集まるのじゃ。……望もうと、望むまいと」

 つまり、何でもお見通し、というわけだ。
 だがそれならば……。

 小蘭は、すっと睫毛を伏せた。隠し続けていたつらい気持ちが、ふと湧き上がる。
「あの……でも、やはり無理です。だって蒼龍は……!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

大正浪漫? 夫婦契約致しました ~暗闇の中、契約夫と密やかにはぐくむ愛~

佳乃こはる
キャラ文芸
老舗製糸屋・両口屋家のひとり娘、陽毬(17)は、父の事業失敗の責任を負う形で、成金の物産商・権藤家へ嫁いだ。 それは恋ではなく、家を救うための契約の婚姻。 しかも、夫となる権藤宿禰(26)は病のため人前に出られず、屋敷の地下で暗闇に閉ざされて暮らしているという。 不安と恐れを胸に、初めて対面した夜。 陽毬が出会ったのは、噂とはまるで違う、知的で誰より暖かい心を持つ夫だった。 契約から始まった夫婦は、言葉を交わし、寄り添い、少しずつ心を育んでいく。 これは、温かな闇の中で選び合う、切なくも、けなげな愛の物語。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる

えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。 一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。 しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。 皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

冷たい王妃の生活

柴田はつみ
恋愛
大国セイラン王国と公爵領ファルネーゼ家の同盟のため、21歳の令嬢リディアは冷徹と噂される若き国王アレクシスと政略結婚する。 三年間、王妃として宮廷に仕えるも、愛されている実感は一度もなかった。 王の傍らには、いつも美貌の女魔導師ミレーネの姿があり、宮廷中では「王の愛妾」と囁かれていた。 孤独と誤解に耐え切れなくなったリディアは、ついに離縁を願い出る。 「わかった」――王は一言だけ告げ、三年の婚姻生活はあっけなく幕を閉じた。 自由の身となったリディアは、旅先で騎士や魔導師と交流し、少しずつ自分の世界を広げていくが、心の奥底で忘れられないのは初恋の相手であるアレクシス。 やがて王都で再会した二人は、宮廷の陰謀と誤解に再び翻弄される。 嫉妬、すれ違い、噂――三年越しの愛は果たして誓いとなるのか。

処理中です...