後宮恋歌――人質妃ですが、守られるだけでは終わりません

佳乃こはる

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第二章 華燭

39 蒼龍の母

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 蒼龍の本当のお母さん。
 女戦士といえば、婆やみたいな感じだろうか。婆やと、蒼龍の容姿を合わせてみるが……。
(うっ、ちょっと……無理があるわ)
 
 今ひとつうまくいかない。
 下らない小蘭の妄想を掻き消すように、皇后の話は重みを増していく。

「明らかに変わり種の彼女を、皇帝あのひとはことのほか愛し、側に置いて寵愛した。……そしてあの子は戦地で蒼龍を身ごもったのだよ」
「戦場で!」
 皇后は、ひとつ息をついた。
 
皇帝あのかたは、お若い時に戦で受けた傷が原因で、子種がないと言われていた。それだけに、五十路を超えてできた蒼龍あのこを、大層お喜びになったの」
 皇后は、ゆるりと首を傾けた。
 無意識に握った拳が、かすかに震える。
「それなのに。あの娘は、蒼龍を産み落とすと、すぐにまた戦地に戻ってしまった。妾に蒼龍あのこを託して」

「生まれたばかりの子を置いて? それほど……皇帝を好きだったということですか」
 
(あんな、鬼のような男を?)
 小蘭は、喉まで出かけた言葉を言いかけて慌てて口をつぐんだ。皇后が穏やかに微笑んだ。

「ふふっ、言いたい事はわかるぞ。でもね、昔のあの人は輝くばかりの美青年だったのよ。そして、戦いとなれば、抜群のカリスマ性を発揮した」

「へえ、カリスマ……ねえ」
 自分にとって皇帝あのジジイは、檻に入れ、蛇の穴に落とそうとした残酷な権力者でしかない。
 うたぐるように呟いた小蘭に、皇后様は苦笑した。
 
「まあ……、女好きは昔っからじゃがな。そんな彼の寵を得ようと、妃達はみな躍起になっていた。この妾も――。でも、人生の大半を戦場に置いていた皇帝かれと共にいたのはやはりあの子。平気なふりこそすれ、本音でははすごく妬けていたぞ」

 ほんの一瞬。皇后様が、戦場の男を恋い慕う少女のようにはにかんだ。
 あの、「氷のよう」とまで言われた方が。

 目を丸くした小蘭を見、皇后様はふと目を伏せた。

「でも。とある戦で、彼女は命を落としてしまった。皇帝かれはな、信頼していた家臣に裏切られたのじゃ」
 
 小蘭に届く皇后の声が、わなわなと震えている。
「暗殺の刃が皇帝を狙ったその瞬間、彼女は迷わず身を投げ出した。皇帝あのかたの盾となって――」
「そんな!」
 
 皇后は、口惜しそうに唇を噛んだ。
 
「……。他にも、積み重なったものがあったのじゃろう。戦続きの政策には、反対の声も大きかったからね。年を重ねるうちに彼は、すっかり変貌を遂げてしまった」

 皇后かのじょの目尻に、いっそう濃い翳が差した。
皇帝あのかたは、半身を失ったのよ。あの子と共に戦場で生きた年月は、はるかに深く、戦友のような絆があった」
 
「でも……それなら、何だって皇帝は、蒼龍にあんな仕打ちをするの? そんなに好きなひとの子どもに」

 皇后はゆるやかに首を横に振った。

「……分からない。ただ、多少は親心もあるのかもな。自分のような裏切りに合わぬようにと。あの二人は、強さも弱さも、女の好みさえよく似ている。蒼龍の母に黎貴妃、愛した女を失ったことを、決して認められないところも――」
 
「蒼龍と皇帝が似ているなんて……そんなの、嫌です」

 あんな酷い男と、蒼龍を一緒にしないでほしい。
 ムスッとして唇を尖らせた小蘭に、皇后はくっと笑った。

「おや、正直だこと。……まあ、いずれお前にも分かる時が来よう。ただ――」

 何かを言いかけた皇后だったが、静かに首を振っただけで、口をつぐんだ。
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