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第二章 華燭
48 罠に落ちる
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「ねえ小蘭。その……ちょっといい? 話したいことがあるの」
授業の終わった後、尚真は人目を避けるように小蘭のところへ駆け寄って、こっそりと耳打ちした。
真夏の日差しが、ふたりの濃い影を地面に落とす中、落ちつかない様子で尚真は指を繰っている。
「いいよ、何?」
いつもと変わらぬ大きな声で返事をした小蘭に、彼女はぎくりと肩を揺らした。
「あ、ううん、今じゃなくてその……。あの、ちょっと長い話になるから。後で待ち合わせしてもいい?」
「ああ、別にいいけど……碧衣が一緒でもいい? 約束があるんだ」
「だ、だめ! 碧衣には言わないで」
「え」
いつになく強い口調にひやりとした小蘭。その様子を見て。尚真は慌てて取り繕った。
「あ、あの! ふたりじゃなくて……小蘭だけに頼みたいことだから」
「へえ……、うん、分かったわ」
「ありがとう、絶対ね。約束よ?」
どことなく気まずそうに、キョロキョロと辺りを伺いながらも、何度もしつこく約束させた尚真が走り去るのを、小蘭は複雑な気持ちで見送った。
(碧衣はダメ……そういうこと? やっぱり、ちょっと距離を置きたいのかな)
そう思うと、胸のすきまに風が吹いたように寂しい。
あれからひと月。凛麗達の嫌がらせは止まず、反撃するたび、その矛先は尚真たちに向かっていた。
まだ16歳で、小蘭にとっては妹のような存在の彼女が弱々しく笑うたび、ずしんと重石が乗っかったように胸が沈んだ。
強気な碧衣なら跳ね返す。けれど尚真は――そこまで考え、小蘭は力なく首を振った。
*
さて。
昼すぎ、碧衣との約束を断った小蘭は、鬱々とした気分で待ち合せの場所に向かっていた。
(にしても、ここまでして聞かれたくない話って何?)
指定されたのは、東宮の端にある宝物蔵。
後宮をくまなく探検したことのある小蘭でも知らない場所だ。
少し迷ってそれを見つけるも、風雨に削られたボロボロの屋根が、草原の中にひっそりと佇んでいるだけ。
後宮庭師の手も回らないのか、伸び放題の草は小蘭の腰ほどもある。よほど引き返そうかと考えたが、その度に考え直した。
もし、尚真が困っているなら、放ってはおけない。
草の間を掻き分けながら、小蘭は蔵へと向かっていった。
やがて、草の間から透けた薄桃色の裳裾が風になびいているのを見つけると、小蘭はほっと胸を撫で下ろした。
ほどなくして、蔵の前に後ろ向きに立つ尚真の姿が現れる。
それにしたって――。
(変なの)
小さな虫さえ怖がるあの子が、こんなところにーー。
おかしいとは思ったが、小蘭は、それ以上考えないことにした。
「尚真、待った? 早めに出たつもりだったんだけど……随分と早かったんだね」
「……」
小蘭が声をかけても、彼女は後ろを向いて黙ったままだ。
「尚真? ねえ、どうしたの?」
様子がおかしい。
肩を叩いて、ようやくふり返った顔を見た瞬間、小蘭の心臓が跳ねた。
ひらりと裳裾を翻し、振り返ったのはなんと宦官の雲流だ。
「おまえ……雲流!」
雲流は、驚く小蘭に醜くニタァと口を裂いた。
「うわキモッ、何あんた、そんな趣味あったの!?」
咄嗟に憎まれ口を叩いた小蘭だったが――。
ドオンッ。
それは、思考が飛ぶほど強い衝撃だった。背中が木箱に叩きつけられ、肺の空気が一気に押し出される。
「ふ……ぐっ!」
置いてあった木箱にしこたま腰を打ち付けた小蘭は、積もった埃が舞い上がる中、ヨロけながら半身を起こす。
引き戸の隙間から意地悪そうな顔を見せていた雲流が、それを見てニヤッと嗤った。
「痛ったぁ……ちょっと、何するのよ!」
授業の終わった後、尚真は人目を避けるように小蘭のところへ駆け寄って、こっそりと耳打ちした。
真夏の日差しが、ふたりの濃い影を地面に落とす中、落ちつかない様子で尚真は指を繰っている。
「いいよ、何?」
いつもと変わらぬ大きな声で返事をした小蘭に、彼女はぎくりと肩を揺らした。
「あ、ううん、今じゃなくてその……。あの、ちょっと長い話になるから。後で待ち合わせしてもいい?」
「ああ、別にいいけど……碧衣が一緒でもいい? 約束があるんだ」
「だ、だめ! 碧衣には言わないで」
「え」
いつになく強い口調にひやりとした小蘭。その様子を見て。尚真は慌てて取り繕った。
「あ、あの! ふたりじゃなくて……小蘭だけに頼みたいことだから」
「へえ……、うん、分かったわ」
「ありがとう、絶対ね。約束よ?」
どことなく気まずそうに、キョロキョロと辺りを伺いながらも、何度もしつこく約束させた尚真が走り去るのを、小蘭は複雑な気持ちで見送った。
(碧衣はダメ……そういうこと? やっぱり、ちょっと距離を置きたいのかな)
そう思うと、胸のすきまに風が吹いたように寂しい。
あれからひと月。凛麗達の嫌がらせは止まず、反撃するたび、その矛先は尚真たちに向かっていた。
まだ16歳で、小蘭にとっては妹のような存在の彼女が弱々しく笑うたび、ずしんと重石が乗っかったように胸が沈んだ。
強気な碧衣なら跳ね返す。けれど尚真は――そこまで考え、小蘭は力なく首を振った。
*
さて。
昼すぎ、碧衣との約束を断った小蘭は、鬱々とした気分で待ち合せの場所に向かっていた。
(にしても、ここまでして聞かれたくない話って何?)
指定されたのは、東宮の端にある宝物蔵。
後宮をくまなく探検したことのある小蘭でも知らない場所だ。
少し迷ってそれを見つけるも、風雨に削られたボロボロの屋根が、草原の中にひっそりと佇んでいるだけ。
後宮庭師の手も回らないのか、伸び放題の草は小蘭の腰ほどもある。よほど引き返そうかと考えたが、その度に考え直した。
もし、尚真が困っているなら、放ってはおけない。
草の間を掻き分けながら、小蘭は蔵へと向かっていった。
やがて、草の間から透けた薄桃色の裳裾が風になびいているのを見つけると、小蘭はほっと胸を撫で下ろした。
ほどなくして、蔵の前に後ろ向きに立つ尚真の姿が現れる。
それにしたって――。
(変なの)
小さな虫さえ怖がるあの子が、こんなところにーー。
おかしいとは思ったが、小蘭は、それ以上考えないことにした。
「尚真、待った? 早めに出たつもりだったんだけど……随分と早かったんだね」
「……」
小蘭が声をかけても、彼女は後ろを向いて黙ったままだ。
「尚真? ねえ、どうしたの?」
様子がおかしい。
肩を叩いて、ようやくふり返った顔を見た瞬間、小蘭の心臓が跳ねた。
ひらりと裳裾を翻し、振り返ったのはなんと宦官の雲流だ。
「おまえ……雲流!」
雲流は、驚く小蘭に醜くニタァと口を裂いた。
「うわキモッ、何あんた、そんな趣味あったの!?」
咄嗟に憎まれ口を叩いた小蘭だったが――。
ドオンッ。
それは、思考が飛ぶほど強い衝撃だった。背中が木箱に叩きつけられ、肺の空気が一気に押し出される。
「ふ……ぐっ!」
置いてあった木箱にしこたま腰を打ち付けた小蘭は、積もった埃が舞い上がる中、ヨロけながら半身を起こす。
引き戸の隙間から意地悪そうな顔を見せていた雲流が、それを見てニヤッと嗤った。
「痛ったぁ……ちょっと、何するのよ!」
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