後宮恋歌 ―皇帝になる男と、ただ一人の妃―

佳乃こはる

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第二章 華燭

52 蒼龍の護り

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 ごくんと生唾を飲んだ小蘭に、碧衣はニィッと笑った。

「現れたのよ、あんたの皇子様が」
 碧衣は、これまでで一番性格の悪そうな笑みを向けてくる。

「あんたって、ホント強運よね。鎮火の指揮をしていたのが蒼龍皇子だったんだから」

 そこから先は、碧衣の即興劇場だった。

 彼女ときたら、身振り手振り、口真似まで使って、臨場感たっぷりに語り出すから、小蘭は思わず笑ってしまった。

 *

「どうした、何があった」
 
 皇子の声に、真っ先に尚真が縋り付いたわ。
 
「お、お願いします……小蘭姐姐がっ……!」
 
「やめんかこらっ、蒼太子は任務中であるぞっ」
 
 宦官達がこぞって引き剥がそうとするのも構わずにね。
 でも、蒼龍皇子は冷静だった。

「待て。……君は確か、小蘭とよく一緒にいる子だな。どうした」

 膝を落とし、目線を合わせて話すのよ。そりゃあ尚真だって少しは正気に戻るわよね。
 そこからは、横から私が話したわ。だってあの子、男相手になんてきっとまともに説明できないもの。
 
 *

「そ、それでどうなったの?」

「ふふーん、聞きたい?」
 
 食い気味に尋ねる小蘭に、碧衣はうっとりとうなずくと、続きを話し出した。

 *

「……分かった」
 蒼龍皇子の顔は、どんどん険しくなっていったわ。
 で、次の瞬間。燃え盛る周りの草を踏み分けて、扉に向かって歩き出したの。

「皇子、いけません、お怪我をされます!」
 兵士たちが止めるのも全く聞かない。
 
 門の閂(かんぬき)――太い木杭は、もう真っ赤に焼けていて、近づくだけでも相当熱かったはずよ。
 蒼龍皇子は、そこで何かを確かめた。今になって思えば、彼は硬さと脆さを確かめていたのよね。

 そうしてひとつうなずくと、腰の佩剣を抜き、深く呼吸を整えた。

 そして――。

 ドサッ。
 
 *

「どさっ?」
「そう、真っ二つ」

 碧衣は、立ち上がって剣を振り下ろす真似をした。

「扉の隙間が開いて、中は煙で真っ白になっていた。なのに、皇子は迷いなく言ったわ」
 
 *
 
「中に人がいる。救助するぞ」
「はっ」
 彼は、真っ先に中に入っていこうとしたの。
 当然、止めるわよね、兵士は。
「いけません皇子。わ、私めが」
 
 口ではいいながらも、尻込みしているのは間違いなかった。
 火の粉と煙で、息をするのも辛い場所だもの。

 なのにさ――。
 
「よい、俺がいく」

 そうして、はっきりと言ったのよ!
 
「中にいるのは、俺の大事なひとだ」

 *

「だってさ!」
 碧衣は、両腕を開いて小蘭にアピールして見せた。

「ね? 聞いてよかったでしょ」
 
「わ、分かったから! それからどうなったの」
「ちぇっ、何よ。もっと照れるかと思ったのに」

 *

 しばらくしたら炎の中から、蒼龍皇子が出てきたわ。腕の中には、すすだらけのあんたがぐったりと抱えられてた。

 倉の中は煙がもくもくと充満していたけど、幸い火は回ってなかったみたい。
 それに、あんたも、ちゃんとうつぶせになって口を覆っていたんだって?
 春明先生も仰っていたわ。あと少し遅かったら、危なかったって。

 ほんと、あんたって持ってるわ。

 *

「そっか……」
 小蘭はほっと息を吐いた。
 つまり自分は、蒼龍がたまたま〝そこ〟にいたから助かったってわけだ。
 にしたって。
 ――
 ――
 どうしても、頬が緩むのを止められない。
 それを見て、碧衣は急に真面目な顔つきをした。
 
「もう、小蘭ったら、分かりやすい顔しないの! 喜ぶのはまだ早いわ。この話、まだ続きがあるの」

 林檎の芯を窓から放り投げると、碧衣は、声を落とした。

 *

 その場には、凜麗たちもいたわ。
 真っ青な顔をして、震えながら立っていた。
 蒼龍皇子は、あんたに息があるのを確かめると、真っ直ぐに彼女のところに歩いていって。

 ――パンッ。

 *
 
「ひっ」
 破裂音と同時に、彼女は両手を合わせて打った。

「『人の命を、何だと思っている!』って。蒼龍皇子は、彼女の頬を打ったのよ」

 ――あ。
 その言葉に、小蘭の心はざわめいた。
 
 覚えている。
 朦朧とする意識の中、最後に残っていた記憶。あれは、蒼龍の声だったんだ。

「あの凜麗が、その場で崩れ落ちたわ。泣きながら、皇子に『申し訳ございません』って何度も謝って。それでも皇子様は一切表情を変えなかったわ」
 
 碧衣は、ぎゅっと眉間に皺を寄せ、蒼龍の顔真似をした。
 
「しばらくすると、あんたをこう、胸に抱き抱えたまま、去っていったのよ。ホント、ざまあ見ろって感じ」

 小蘭は、感慨深く睫毛を伏せた。

 蒼龍には、はじめから分かっていたんだ。
 あれが凛麗の仕業だってこと。
 胸の奥が締め付けられる。
 
(……でも、分かる気がする)
 
 突如現れた恋敵を、燃やしてしまいたいと思うほどの——一途な恋。
 
 それは、皇帝が黎貴妃様を欲し、蒼龍から強引に奪った気持ちとも、どこか似ている。
 周りの誰を排除してでも、手に入れたいと思うほどの。
 
姐姐ねえさん
「ん?」
 
「人を好きになる気持ちって……時々、怖いね」
 
 碧衣は天井を見上げ、少し考えてから答えた。

「そうよねえ、そういう面も確かにあるかも。……でもね、本当に想いが深ければ、ちゃんと相手の事を思いやって行動するはずよ」
 
 碧衣は、小蘭に寄り添い、囁いた。
 
「私なら。好きな人に、困った顔なんて絶対にさせないわ」

 碧衣はゆっくりと立ち上がった。

「さてと、あんたが目覚めたってこと、春明先生にお伝えしてくる。尚真にも、後でちゃんと頭を下げさせるからね」
「ん、ありがとう、碧衣姐姐ビィイージェジェ
 
 ぴょんと飛ぶように立ち上がると、碧衣は病室を出ていった。

 静かになった室内。
 小蘭は胸に手を当て、ゆっくりと息を吐く。

 ――大事なひと、か。

 碧衣の言葉が、いつまでも胸の奥に温かく残っていた。
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