腐男子♥異世界転生

よしの と こひな

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48話 吸血鬼 -6-

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 先ずは、「フォルティス身体強化魔法」――筋肉に魔力が満ちる感覚を確かめ、目を閉じて一度、深く息を吸い込む。

「ナタン、頼む!」
フィニスバリエ障壁解除
 邪魔な壁が消え、ニコラの瞳が収縮しギラついた。光を求める本能――その焦点は、ただ俺一人。
 影が、跳ねた。

「時よ、息を潜めよ。クロノス・スタシス時の静止!」
 薄暗い廊下にナタンの魔法陣が浮かび上がり、ニコラの動きを縫いとめる。
 見事だ。ほんの数秒でも、時間に干渉できる者など滅多にいない。
 俺はその隙を逃さず、地を蹴り、音もなく少年の目の前へと滑り込む。

「……ニコラ」
 ポーションの蓋を折り、彼の口へと注ぎ込む。
 視界の隅で、魔力が切れたナタンが崩れ落ち、すぐさまリシャール殿下が身を翻して彼の身体を支えた。
 俺とニコラとの距離はゼロ。ナイフのように細い瞳孔が、俺の顔を映している。

 飲んでくれ……頼む。

 その瞬間、時間停止の魔法が解けた。ニコラの瞼がわずかに動き、口が閉じる。

 ――成功か?

 だが直後、口の端からポーションが洩れた。
 牙を剥き、彼が襲いかかって来る。
 俺は咄嗟に首を掴み、もう片手で肩を押し返し噛みつかれることだけはどうにか防いだ。
 しかし、ニコラの指先が俺の肩布を裂き爪が皮膚を穿った。

「セレスっ、障壁を展開するぞ!」
 アルチュールの声が響く。
「待て!」
 俺は叫んだ。
「アルチュール、ポーションをもう一本、投げてくれ!」

 返事の代わりに、空を裂いて小瓶が飛ぶ。だが、枝のように細い腕が邪魔をした。
 ニコラの手の甲が瓶を弾き、ガラス容器が壁に当たって砕け散る。液体が床に散り、かすかな甘い香りが広がった。

 まずい、と息を呑んだ瞬間――もう一本、小瓶が飛んで来た。
 アルチュールは最初から読んでいたようだ。最悪を想定してジュールに目で合図し、受け取った二本目を短い間隔で投げてくれていた。

 出来る攻めはやはり違う。いい男だよ、本当にお前は。

 左手でニコラを押さえつけながら、俺は右手を伸ばした。光を掠め近付いて来る小瓶を瞬時に空中で捕らえる。

 ありがとう、綾ちゃん。君のおかげで、兄ちゃんは飛んでくる小さなものなら大体、何でも掴める。

 可愛い妹の顔を思い浮かべると、微かに笑みが零れた。肩の力が抜ける。
 ロジェにとってもニコラは同じ――なら、俺にできることがあるのなら、迷う理由はない。

 瓶をキャッチし片手で蓋を折り、そしてためらうことなく自分の唇を噛んだ。
 血が滲み、鉄の味が広がる。ポーションを口に含み、息を吸った。

 飲め……、ニコラ。戻って来い!

 血の匂いに反応するように、ニコラの喉がかすかに震える。コンシアンス集合コレクティヴ意識のリンクから外れ、衝動に押し流されているようだ。俺の首筋を狙っていた視線が、今度は唇の方へと向きを変えた。
 彼の瞳が揺らめき、ニコラと俺の唇が触れた。その瞬間、俺は息を詰めたまま、祈るように目を閉じた。
 ――口移しで、俺の血ごと彼の喉へポーションを流し込む。

 ニコラの喉がわずかに動いた。俺の指先に伝わるのは、確かに“飲み込む”動作――。

 冷たく硬かった身体に、次第に熱が戻って来る。ゆっくりと、彼の胸が上下し始めた。小さかった鼓動が、次第に力強く脈を刻んでいく。
 俺は、ただその変化を信じて待った。

 祈りのような時間だった。

 そのとき、遠くから幾人もの足音がこちらに向かってくるのが聞こえた。複数の金属音、布擦れ、そして鋭い気配。
「セレス!」
 この声は、モロー隊長だ。
 あの人、こんな切迫した声も出るんだな……なんて思っていたら、続いて、ロジェと医師団、そして警備隊たちの姿が、微かに開けた視界の端に見えた。

 しばらくして、彼の頬にそっと右手を添えつつ唇をわずかに離し、その名を呼んだ。

「……ニコラ」

 金色だった瞳が、青へと変わっていた。深い湖のような、ロジェと同じ色。
 気づけば、その右目の下に小さなほくろがあった。本当に、この兄弟はよく似ている。
 きっと、これから先、ニコラも兄のように、誠実で、優しくて、強い男になるのだろう。
 長い眠りとナクティスの侵蝕が成長を遅らせてきたけれど、ようやく彼は、時を取り戻すための最初の一歩を踏み出したのだと思えた。

「いい子だニコラ。ロジェが待ってるぞ」

 少年の喉から、掠れた声が漏れる。
「……あなた、は……だ、れ……?」

「――ニコラ!」
 呆然と俺たちを見守っていたロジェの叫びが、石壁に反響した。
 次の瞬間、彼は迷うことなく駆け寄り、弟を強く抱き締める。
「分かるか、ニコラ? 俺だ。ロジェ兄ちゃんだ……」
「兄……ちゃん?」
 ニコラはゆっくりと瞬きをし、抱き寄せる腕の中から顔を上げた。目の前のロジェを、不思議そうに見上げている。

 無理もない。十四年――長い眠りのあとに目を覚ませば、幼かった兄がすっかり大人になっていたんだから、混乱するのも当たり前か。
 けれど、ロジェのことだ。ゆっくりと言葉を選び、焦らず弟を安心させるだろう。
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