49 / 112
49話 吸血鬼 -7-
しおりを挟む
ニコラの視線が戸惑いからわずかに和らぐのを見て、俺はようやく息をついた――しかし、安堵と同時に、膝が折れ、床へ崩れ落ちそうになる。思った以上に、血を吸われていたらしい。完全にナクティス化していなくとも、流石は吸血鬼。と思ったそのとき、温かな腕が正面から俺の身体を支えた。
アルチュールだった。
彼の手が背を支え、もう片方の腕が腰を抱く。すぐそばには、ジュールとモローがいた。
モローはアルチュールに支えられている俺の肩を素早く確認し、裂けた布地の下の傷口を見て、眉を寄せた。
「爪の痕……痛かっただろ、セレス。でも、浅いのが幸いだ。これなら直ぐに治る」そう言うと、モローは小さく息を整え、掌を俺の肩にかざす。「トゥレイト――」
淡い光が彼の指先から滲み、ひりついていた痛みがすっと引いていく。
モローは安堵したように息をつき、次いで俺の顎を指で軽く持ち上げた。
「"あーん"して。舌とか噛まれていないかい?」
言われるままに口を開ける。
モローが覗き込み、わずかに目を細めて頷いた。
「うん、大丈夫そうだね。舌も唇も無事。でも、今回もまた無茶して。もう少し、自分の身体も大事にして欲しいよ。……しかし、よくやったセレス。ほんとに、よくやった……偉い偉い。」
軽口めかして言うその声に、張りつめていた空気がわずかに緩んだ。彼がいるだけで、緊張がほどけていく。
なるほど、真面目一辺倒と言われるカナード寮監が、学生時代から今もモロー隊長と親しくしている理由がよくわかる。
……もしかして、付き合ってる……? まさかな。
俺はこれまで、王道の“正統派カップル”ばかり追ってきたせいか、こういう“チャラ男×真面目美人”の並びにはアンテナが鈍い。
一方、アルチュールは険しい顔でジュールを見つめていた。
「ナクティス化していない者からの感染は?」
ジュールが即座に答えた。
「確率は低い。しかも爪だ。だが、念のためポーションを服用したほうがいい」
ジュールは予備のポーションを一本取り出すと、それをアルチュールに手渡した。
当然、彼はそれを俺に渡すものと思っていた――のだが。
アルチュールは瓶の蓋を折り、ためらいなく自分の口に含んだ。
「……え?」
その瞬間、嫌な予感しかしなかった。
「待てっ、アルチュール! ちょっと待って! 無理っ。俺、自分で飲め――」
言い終えるより早く、彼の唇が俺の口を塞ぎ、舌の奥に液体が流れ込んでくる。
それがポーションだと理解しながら、反射的に飲み込んだ。
周囲が一斉に静まり返った。
唇が離れたとき、アルチュールはわずかに眉を寄せていた。明らかに怒っている?
しんどい……。俺もこんなことされて怒っているんだけどね。
けれど、目の前に自分よりずっと激しい怒りを放っている奴がいると、不思議とこちらの怒りは縮こまっていく。怒る気力すら、奪われる。
いや……、よく見れば、アルチュールの瞳は、怒りと共に嫉妬の熱もはらんでいた。
……やめてくれ。視線の熱量が物理攻撃レベル。
さっきのニコラとのキスは人助け。人工呼吸みたいなもんだろう!
周囲の生ぬるい視線が突き刺さる。
……と、思ったそのとき。
場の端に、見覚えのある二人の姿があった。
ルクレールとボンシャン寮監――。
いつからそこに居た……? さっきまで居なかったじゃないか!
ルクレールは目をすがめ腕を組み、斜に構えて顎をわずかに上げながら、頬の筋肉をぴくりぴくりと震えさせ空気をガチガチに凍らせている。
ボンシャンの表情は読めない。
喜びにむせび泣きながら抱き合う兄弟が一組。
そして、そのすぐそばでは、みんなの面前で抱き合ってキスをした付き合い始めたばかりの学生カップルが一組。
地獄みたいな構図だった。
一見すれば、宗教画の「救済」と「堕落」が一枚に詰め込まれてる感じ。
そういえば、リシャールは……、と思い出して振り返ると、殿下は口をあんぐりと開けて石のように固まっていた。ゴルゴ―ンの目でも見たかのようだ。ナタンは気を失っているようで、良かった。ほんと良かった。日記には書かれないですむ。
すぐ至近距離で、モローは大きな目を輝かせながら、「俺、こーーんな間近で他人のキスシーン見たの、初めてッス」と言って、嬉しそうに笑っている。
ジュールはものすごく冷静に、「……公開キス、二連発ですか。あちらで空気を凍らせている人の顔も実に興味深い。いや、いいもの見れました。カデ・ド・ノクターンのメンバー全員に語って聞かせます」と呟いた。
やめて。ほんと、やめて。
「なあこれ、どう収拾つけるんだよ、アルチュール!?」
ニコラを救えたというのに、状況の恥ずかしさで俺は昇天しそうだった。
アルチュールだった。
彼の手が背を支え、もう片方の腕が腰を抱く。すぐそばには、ジュールとモローがいた。
モローはアルチュールに支えられている俺の肩を素早く確認し、裂けた布地の下の傷口を見て、眉を寄せた。
「爪の痕……痛かっただろ、セレス。でも、浅いのが幸いだ。これなら直ぐに治る」そう言うと、モローは小さく息を整え、掌を俺の肩にかざす。「トゥレイト――」
淡い光が彼の指先から滲み、ひりついていた痛みがすっと引いていく。
モローは安堵したように息をつき、次いで俺の顎を指で軽く持ち上げた。
「"あーん"して。舌とか噛まれていないかい?」
言われるままに口を開ける。
モローが覗き込み、わずかに目を細めて頷いた。
「うん、大丈夫そうだね。舌も唇も無事。でも、今回もまた無茶して。もう少し、自分の身体も大事にして欲しいよ。……しかし、よくやったセレス。ほんとに、よくやった……偉い偉い。」
軽口めかして言うその声に、張りつめていた空気がわずかに緩んだ。彼がいるだけで、緊張がほどけていく。
なるほど、真面目一辺倒と言われるカナード寮監が、学生時代から今もモロー隊長と親しくしている理由がよくわかる。
……もしかして、付き合ってる……? まさかな。
俺はこれまで、王道の“正統派カップル”ばかり追ってきたせいか、こういう“チャラ男×真面目美人”の並びにはアンテナが鈍い。
一方、アルチュールは険しい顔でジュールを見つめていた。
「ナクティス化していない者からの感染は?」
ジュールが即座に答えた。
「確率は低い。しかも爪だ。だが、念のためポーションを服用したほうがいい」
ジュールは予備のポーションを一本取り出すと、それをアルチュールに手渡した。
当然、彼はそれを俺に渡すものと思っていた――のだが。
アルチュールは瓶の蓋を折り、ためらいなく自分の口に含んだ。
「……え?」
その瞬間、嫌な予感しかしなかった。
「待てっ、アルチュール! ちょっと待って! 無理っ。俺、自分で飲め――」
言い終えるより早く、彼の唇が俺の口を塞ぎ、舌の奥に液体が流れ込んでくる。
それがポーションだと理解しながら、反射的に飲み込んだ。
周囲が一斉に静まり返った。
唇が離れたとき、アルチュールはわずかに眉を寄せていた。明らかに怒っている?
しんどい……。俺もこんなことされて怒っているんだけどね。
けれど、目の前に自分よりずっと激しい怒りを放っている奴がいると、不思議とこちらの怒りは縮こまっていく。怒る気力すら、奪われる。
いや……、よく見れば、アルチュールの瞳は、怒りと共に嫉妬の熱もはらんでいた。
……やめてくれ。視線の熱量が物理攻撃レベル。
さっきのニコラとのキスは人助け。人工呼吸みたいなもんだろう!
周囲の生ぬるい視線が突き刺さる。
……と、思ったそのとき。
場の端に、見覚えのある二人の姿があった。
ルクレールとボンシャン寮監――。
いつからそこに居た……? さっきまで居なかったじゃないか!
ルクレールは目をすがめ腕を組み、斜に構えて顎をわずかに上げながら、頬の筋肉をぴくりぴくりと震えさせ空気をガチガチに凍らせている。
ボンシャンの表情は読めない。
喜びにむせび泣きながら抱き合う兄弟が一組。
そして、そのすぐそばでは、みんなの面前で抱き合ってキスをした付き合い始めたばかりの学生カップルが一組。
地獄みたいな構図だった。
一見すれば、宗教画の「救済」と「堕落」が一枚に詰め込まれてる感じ。
そういえば、リシャールは……、と思い出して振り返ると、殿下は口をあんぐりと開けて石のように固まっていた。ゴルゴ―ンの目でも見たかのようだ。ナタンは気を失っているようで、良かった。ほんと良かった。日記には書かれないですむ。
すぐ至近距離で、モローは大きな目を輝かせながら、「俺、こーーんな間近で他人のキスシーン見たの、初めてッス」と言って、嬉しそうに笑っている。
ジュールはものすごく冷静に、「……公開キス、二連発ですか。あちらで空気を凍らせている人の顔も実に興味深い。いや、いいもの見れました。カデ・ド・ノクターンのメンバー全員に語って聞かせます」と呟いた。
やめて。ほんと、やめて。
「なあこれ、どう収拾つけるんだよ、アルチュール!?」
ニコラを救えたというのに、状況の恥ずかしさで俺は昇天しそうだった。
66
あなたにおすすめの小説
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
-----------------------------------------
0時,6時,12時,18時に2話ずつ更新
悪役令嬢の兄に転生!破滅フラグ回避でスローライフを目指すはずが、氷の騎士に溺愛されてます
水凪しおん
BL
三十代半ばの平凡な会社員だった俺は、ある日、乙女ゲーム『君と紡ぐ光の協奏曲』の世界に転生した。
しかも、最推しの悪役令嬢リリアナの兄、アシェルとして。
このままでは妹は断罪され、一家は没落、俺は処刑される運命だ。
そんな未来は絶対に回避しなくてはならない。
俺の夢は、穏やかなスローライフを送ること。ゲームの知識を駆使して妹を心優しい少女に育て上げ、次々と破滅フラグをへし折っていく。
順調に進むスローライフ計画だったが、関わると面倒な攻略対象、「氷の騎士」サイラスになぜか興味を持たれてしまった。
家庭菜園にまで現れる彼に困惑する俺。
だがそれはやがて、国を揺るがす陰謀と、甘く激しい恋の始まりを告げる序曲に過ぎなかった――。
悪役キャラに転生したので破滅ルートを死ぬ気で回避しようと思っていたのに、何故か勇者に攻略されそうです
菫城 珪
BL
サッカーの練習試合中、雷に打たれて目が覚めたら人気ゲームに出て来る破滅確約悪役ノアの子供時代になっていた…!
苦労して生きてきた勇者に散々嫌がらせをし、魔王軍の手先となって家族を手に掛け、最後は醜い怪物に変えられ退治されるという最悪の未来だけは絶対回避したい。
付き纏う不安と闘い、いずれ魔王と対峙する為に研鑽に励みつつも同級生である勇者アーサーとは距離を置いてをなるべく避ける日々……だった筈なのになんかどんどん距離が近くなってきてない!?
そんな感じのいずれ勇者となる少年と悪役になる筈だった少年によるBLです。
のんびり連載していきますのでよろしくお願いします!
※小説家になろう、アルファポリス、カクヨムエブリスタ各サイトに掲載中です。
拗らせ問題児は癒しの君を独占したい
結衣可
BL
前世で限界社畜として心をすり減らした青年は、異世界の貧乏子爵家三男・セナとして転生する。王立貴族学院に奨学生として通う彼は、座学で首席の成績を持ちながらも、目立つことを徹底的に避けて生きていた。期待されることは、壊れる前触れだと知っているからだ。
一方、公爵家次男のアレクシスは、魔法も剣術も学年トップの才能を持ちながら、「何も期待されていない」立場に嫌気がさし、問題児として学院で浮いた存在になっていた。
補習課題のペアとして出会った二人。
セナはアレクシスを特別視せず、恐れも媚びも見せない。その静かな態度と、美しい瞳に、アレクシスは強く惹かれていく。放課後を共に過ごすうち、アレクシスはセナを守りたいと思い始める。
身分差と噂、そしてセナが隠す“癒やしの光魔法”。
期待されることを恐れるセナと、期待されないことに傷つくアレクシスは、すれ違いながらも互いを唯一の居場所として見つけていく。
これは、静かに生きたい少年と、選ばれたかった少年が出会った物語。
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新!
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新!
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
異世界で孵化したので全力で推しを守ります
のぶしげ
BL
ある日、聞いていたシチュエーションCDの世界に転生してしまった主人公。推しの幼少期に出会い、魔王化へのルートを回避して健やかな成長をサポートしよう!と奮闘していく異世界転生BL 執着最強×人外美人BL
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる