腐男子♥異世界転生

よしの と こひな

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50話 王太子の慈しみ(前編)

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  ༺ ༒ ༻


 その後のことは、少しだけ駆け足で過ぎていった。

 ナタンは、予想通り急性魔力虚脱で意識が戻らず、そのまま病院棟に一泊することになった。医師団の見立てでは「明日にはけろっとしているだろう」とのことで、命に別状はないらしい。ホッと胸をなでおろす。無理に時空数学魔法なんて使わせたから、ずっと心配していた。ついでに俺も診てもらったが、吸血鬼化の心配はないとのことだった。
 ニコラは回復状態を確認するため、精密検査。ロジェとルクレールが付き添い、ボンシャン寮監は医師として同行する。

 ようやく現場に落ち着いた空気が戻り始めたころ、俺たち生徒には、ボンシャンが短く命を下した。
「ワンジェ君、コルベール君、シルエット君、あなた方は学院に戻りなさい。……ベルモン君、モロー隊長。彼らを寮まで無事に送り届けてください。お願いします」しかし、去り際、振り返って彼は一言付け加えるのを忘れない。「また、詳しい話を聞かせてもらいます」

 はい、と答えた俺の声が、思っていたよりも掠れていた。

 帰りの馬車の中は――始めのうちは地獄だった。
 乗っているのは三人だけ。
 ナタンが居ない。彼がいるだけで、より場が丸く収まっていたのだと今さら思い知る。ヘンタイだけど。さすが侍従だけあって、あの気配りがこの三人の均衡を保っていたのかもしれない。
 俺とアルチュールは隣り合わせ、互いの肩がわずかに触れ合っている。向かいの席にはリシャール殿下。
 車輪が石畳を叩く音だけが、沈黙のあいだを満たしていた。御者台にはジュールがいるが、その気配さえ遠く感じられる。

 リシャールは、座ったままうつむき、両手の指を祈るように組んでいた。俺は、なんとなく視線を落としたまま、膝の上でそっと拳を握る。
 さっきまでのあれこれは、全部ちゃんと見られている。
 ニコラを助けるためとはいえ、キス二連発。ニコラの分は仕方がない。あれは救命処置だ。
 問題は、アルチュールとの予想外なキス……。

 俺とアルチュールが付き合っていることをまだ話していなかったのは、レオ先輩以外、全員に対してだが――いや、もっとも、ルクレールとロジェ、それにナタンは、俺たちの様子から見てとうに気づいていただろう。
 古代遺跡で、気をまわして俺たちを二人きりにしてくれたのはロジェだし、フェスティバルのあとにはルクレールから「少し見ない間に色気増しやがって。あいつとどこまでやった?」なんて面と向かってずばりと言われた。なにが見えているんだ、あの魔眼持ちには。
 ナタンにいたっては、言わずもがな。元々、俺とアルチュールが隣に座る距離の変化だけで、すべて察していたような男だ。

 ……まあ、その、一番最初に知らせるべき相手を後回しにしてしまった自覚はある。

 弁解になるが、なにせ俺は一度、殿下の告白を断っている。言い出しにくいことこの上なかったんだ。
 気まずさで胃がキリキリする。デュラン副官の丸薬が欲しい。
 アルチュールは隣で黙っているけれど、やはり気まずそうだ。

 ゴトン、と車輪が石畳の段差を越える音だけが、妙に大きく響いた。

 直後、長い沈黙を破ったのはリシャール殿下だった。
「……いつからだ」
 低い声。顔は伏せたまま、彼は言った。
 俺の心臓が、どくんと跳ねた。
「いつから――」
 ゆっくりと顔を上げ、殿下はまっすぐにこちらを見る。
 さっきまで呆然としていた瞳に、今ははっきりとした色が宿っていた。
「いつから、君たちは付き合っている?」

 逃げ場のないリシャール殿下の静かな問いに、空気が一瞬で凍りついた。馬車の揺れが止まったかのように感じる。

 隣のアルチュールが、短く息を吸い込む音がした。
「……遺跡、ファリア・レマルドの環で一泊した……翌朝です」その声は驚くほど落ち着いていた。「火属性の班が、午前中の遺跡見学の順番が一番初めで、早く終えたので救護テントに行くとセレスが散歩に出ていて、そのとき……」
 視線をまっすぐ殿下に向け、アルチュールは真摯に続ける。
「俺が、セレスに告白しました」
 その一言で、馬車の中の空気がふっと変わる。
 リシャール殿下の長い睫毛が微かに揺れ、薄い唇がわずかに動いた。
「言い出せなくて、すみませんでした」
 俺が小さく頭を下げると、殿下は静かに首を横に振った。
「いや……別に、いちいち私に報告することでもない」
 そう言って、わずかに笑みを作る。
 その顔が痛いほど穏やかで、逆に胸が締めつけられた。
「そうか。……セレス、君はアルチュールに惹かれていると言っていたな……」
「えっ」と声を漏らし、アルチュールが目を見開いた。思わず、俺と視線がぶつかる。
 殿下はそんな俺たちを見て、ほんの少しだけ口元をゆるめた。
「互いの気持ちが通じ合って良かったじゃないか」
 淡々とした声。
 けれど、その奥にかすかな痛みが混じっているのが分かった。それでも、彼は王族として、友人として、凛とした態度を崩さない。
「かなりショックではあるが……心の準備は、出来ていた」
「ごめんなさい」
 俺の謝罪に、リシャールは窓の外に視線を向けながら、苦く笑った。
「謝るな、セレス。“あの夜”に、踏ん切りはついている」
「あの……夜?」
 アルチュールが眉をひそめ、俺の方を見る。
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