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49話 吸血鬼 -7-
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ニコラの視線が戸惑いからわずかに和らぐのを見て、俺はようやく息をついた――しかし、安堵と同時に、膝が折れ、床へ崩れ落ちそうになる。思った以上に、血を吸われていたらしい。完全にナクティス化していなくとも、流石は吸血鬼。と思ったそのとき、温かな腕が正面から俺の身体を支えた。
アルチュールだった。
彼の手が背を支え、もう片方の腕が腰を抱く。すぐそばには、ジュールとモローがいた。
モローはアルチュールに支えられている俺の肩を素早く確認し、裂けた布地の下の傷口を見て、眉を寄せた。
「爪の痕……痛かっただろ、セレス。でも、浅いのが幸いだ。これなら直ぐに治る」そう言うと、モローは小さく息を整え、掌を俺の肩にかざす。「トゥレイト――」
淡い光が彼の指先から滲み、ひりついていた痛みがすっと引いていく。
モローは安堵したように息をつき、次いで俺の顎を指で軽く持ち上げた。
「"あーん"して。舌とか噛まれていないかい?」
言われるままに口を開ける。
モローが覗き込み、わずかに目を細めて頷いた。
「うん、大丈夫そうだね。舌も唇も無事。でも、今回もまた無茶して。もう少し、自分の身体も大事にして欲しいよ。……しかし、よくやったセレス。ほんとに、よくやった……偉い偉い。」
軽口めかして言うその声に、張りつめていた空気がわずかに緩んだ。彼がいるだけで、緊張がほどけていく。
なるほど、真面目一辺倒と言われるカナード寮監が、学生時代から今もモロー隊長と親しくしている理由がよくわかる。
……もしかして、付き合ってる……? まさかな。
俺はこれまで、王道の“正統派カップル”ばかり追ってきたせいか、こういう“チャラ男×真面目美人”の並びにはアンテナが鈍い。
一方、アルチュールは険しい顔でジュールを見つめていた。
「ナクティス化していない者からの感染は?」
ジュールが即座に答えた。
「確率は低い。しかも爪だ。だが、念のためポーションを服用したほうがいい」
ジュールは予備のポーションを一本取り出すと、それをアルチュールに手渡した。
当然、彼はそれを俺に渡すものと思っていた――のだが。
アルチュールは瓶の蓋を折り、ためらいなく自分の口に含んだ。
「……え?」
その瞬間、嫌な予感しかしなかった。
「待てっ、アルチュール! ちょっと待って! 無理っ。俺、自分で飲め――」
言い終えるより早く、彼の唇が俺の口を塞ぎ、舌の奥に液体が流れ込んでくる。
それがポーションだと理解しながら、反射的に飲み込んだ。
周囲が一斉に静まり返った。
唇が離れたとき、アルチュールはわずかに眉を寄せていた。明らかに怒っている?
しんどい……。俺もこんなことされて怒っているんだけどね。
けれど、目の前に自分よりずっと激しい怒りを放っている奴がいると、不思議とこちらの怒りは縮こまっていく。怒る気力すら、奪われる。
いや……、よく見れば、アルチュールの瞳は、怒りと共に嫉妬の熱もはらんでいた。
……やめてくれ。視線の熱量が物理攻撃レベル。
さっきのニコラとのキスは人助け。人工呼吸みたいなもんだろう!
周囲の生ぬるい視線が突き刺さる。
……と、思ったそのとき。
場の端に、見覚えのある二人の姿があった。
ルクレールとボンシャン寮監――。
いつからそこに居た……? さっきまで居なかったじゃないか!
ルクレールは目をすがめ腕を組み、斜に構えて顎をわずかに上げながら、頬の筋肉をぴくりぴくりと震えさせ空気をガチガチに凍らせている。
ボンシャンの表情は読めない。
喜びにむせび泣きながら抱き合う兄弟が一組。
そして、そのすぐそばでは、みんなの面前で抱き合ってキスをした付き合い始めたばかりの学生カップルが一組。
地獄みたいな構図だった。
一見すれば、宗教画の「救済」と「堕落」が一枚に詰め込まれてる感じ。
そういえば、リシャールは……、と思い出して振り返ると、殿下は口をあんぐりと開けて石のように固まっていた。ゴルゴ―ンの目でも見たかのようだ。ナタンは気を失っているようで、良かった。ほんと良かった。日記には書かれないですむ。
すぐ至近距離で、モローは大きな目を輝かせながら、「俺、こーーんな間近で他人のキスシーン見たの、初めてッス」と言って、嬉しそうに笑っている。
ジュールはものすごく冷静に、「……公開キス、二連発ですか。あちらで空気を凍らせている人の顔も実に興味深い。いや、いいもの見れました。カデ・ド・ノクターンのメンバー全員に語って聞かせます」と呟いた。
やめて。ほんと、やめて。
「なあこれ、どう収拾つけるんだよ、アルチュール!?」
ニコラを救えたというのに、状況の恥ずかしさで俺は昇天しそうだった。
アルチュールだった。
彼の手が背を支え、もう片方の腕が腰を抱く。すぐそばには、ジュールとモローがいた。
モローはアルチュールに支えられている俺の肩を素早く確認し、裂けた布地の下の傷口を見て、眉を寄せた。
「爪の痕……痛かっただろ、セレス。でも、浅いのが幸いだ。これなら直ぐに治る」そう言うと、モローは小さく息を整え、掌を俺の肩にかざす。「トゥレイト――」
淡い光が彼の指先から滲み、ひりついていた痛みがすっと引いていく。
モローは安堵したように息をつき、次いで俺の顎を指で軽く持ち上げた。
「"あーん"して。舌とか噛まれていないかい?」
言われるままに口を開ける。
モローが覗き込み、わずかに目を細めて頷いた。
「うん、大丈夫そうだね。舌も唇も無事。でも、今回もまた無茶して。もう少し、自分の身体も大事にして欲しいよ。……しかし、よくやったセレス。ほんとに、よくやった……偉い偉い。」
軽口めかして言うその声に、張りつめていた空気がわずかに緩んだ。彼がいるだけで、緊張がほどけていく。
なるほど、真面目一辺倒と言われるカナード寮監が、学生時代から今もモロー隊長と親しくしている理由がよくわかる。
……もしかして、付き合ってる……? まさかな。
俺はこれまで、王道の“正統派カップル”ばかり追ってきたせいか、こういう“チャラ男×真面目美人”の並びにはアンテナが鈍い。
一方、アルチュールは険しい顔でジュールを見つめていた。
「ナクティス化していない者からの感染は?」
ジュールが即座に答えた。
「確率は低い。しかも爪だ。だが、念のためポーションを服用したほうがいい」
ジュールは予備のポーションを一本取り出すと、それをアルチュールに手渡した。
当然、彼はそれを俺に渡すものと思っていた――のだが。
アルチュールは瓶の蓋を折り、ためらいなく自分の口に含んだ。
「……え?」
その瞬間、嫌な予感しかしなかった。
「待てっ、アルチュール! ちょっと待って! 無理っ。俺、自分で飲め――」
言い終えるより早く、彼の唇が俺の口を塞ぎ、舌の奥に液体が流れ込んでくる。
それがポーションだと理解しながら、反射的に飲み込んだ。
周囲が一斉に静まり返った。
唇が離れたとき、アルチュールはわずかに眉を寄せていた。明らかに怒っている?
しんどい……。俺もこんなことされて怒っているんだけどね。
けれど、目の前に自分よりずっと激しい怒りを放っている奴がいると、不思議とこちらの怒りは縮こまっていく。怒る気力すら、奪われる。
いや……、よく見れば、アルチュールの瞳は、怒りと共に嫉妬の熱もはらんでいた。
……やめてくれ。視線の熱量が物理攻撃レベル。
さっきのニコラとのキスは人助け。人工呼吸みたいなもんだろう!
周囲の生ぬるい視線が突き刺さる。
……と、思ったそのとき。
場の端に、見覚えのある二人の姿があった。
ルクレールとボンシャン寮監――。
いつからそこに居た……? さっきまで居なかったじゃないか!
ルクレールは目をすがめ腕を組み、斜に構えて顎をわずかに上げながら、頬の筋肉をぴくりぴくりと震えさせ空気をガチガチに凍らせている。
ボンシャンの表情は読めない。
喜びにむせび泣きながら抱き合う兄弟が一組。
そして、そのすぐそばでは、みんなの面前で抱き合ってキスをした付き合い始めたばかりの学生カップルが一組。
地獄みたいな構図だった。
一見すれば、宗教画の「救済」と「堕落」が一枚に詰め込まれてる感じ。
そういえば、リシャールは……、と思い出して振り返ると、殿下は口をあんぐりと開けて石のように固まっていた。ゴルゴ―ンの目でも見たかのようだ。ナタンは気を失っているようで、良かった。ほんと良かった。日記には書かれないですむ。
すぐ至近距離で、モローは大きな目を輝かせながら、「俺、こーーんな間近で他人のキスシーン見たの、初めてッス」と言って、嬉しそうに笑っている。
ジュールはものすごく冷静に、「……公開キス、二連発ですか。あちらで空気を凍らせている人の顔も実に興味深い。いや、いいもの見れました。カデ・ド・ノクターンのメンバー全員に語って聞かせます」と呟いた。
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