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56話 初めての -1-
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༺ ༒ ༻
パーティーは最後まで穏やかで、賑やかで、華やかだった。
音楽と笑い声とグラスの音が夜風に溶けて、少しだけ夢の中にいるような気分のまま、俺たちは会場をあとにした。
帰りの馬車の中は、行きと同様、俺とアルチュール、リシャール殿下、ナタンの四人が座っている。御者席にはジュール。馬車の後方には、護衛として馬に乗ったモロー隊長が静かに追走していた。
二人はパーティー中、一滴も酒を飲まなかった。殿下の護衛と、学院への夜道を守るためだ。
「ジュールも、モロー隊長も飲めなかったですよね。すみません」
馬車に乗る前、申し訳なくて声をかけると、ジュールがにこりと笑った。
「昨日、ラクロワさんからワインが届いてます。当日は飲めないだろうからって」
「俺のところにはシャンパンが届いた。菓子付きで。……俺、甘いものに目がないから」
隣で手綱を軽く引きながら、モロー隊長が言った。
……なんて人だ、ロジェ。
気遣いの神か。
こんな優しい男の恋が実らなかっただなんて――世の中、理不尽だ……。
その後、学院に戻ったのは、夜の十一時を過ぎてから。門限にはまだほんの少し余裕がある時間帯だった。
一旦それぞれの部屋に戻ったあと、俺は少しだけ深呼吸をして、アルチュールの部屋のドアをノックした。俺の部屋に来てもらってもよかったが、隣室が殿下なのは、さすがに気まずい。音声遮断魔法を使ったとしても、やはり居心地が悪過ぎる。
寮の規則は、そこまで厳しくない。
他人の迷惑にならないようにという基本的なことさえ守っていれば、夜に友人同士で部屋を行き来するくらいは目をつぶってくれる。
ルクレールのように外から女性を引き込んだりしない限り、ドアを蹴破られることはない。
デュラン副官も言っていた。
――無節操に関係を結ぶような在り方には眉を顰めるが……、けれど、若いうちにきちんと恋愛をすることは、ある程度は許容されるべきだとも思っている。とにかく、恋愛は拗らせるな。節度を守って付き合うように、と。
つまり、今夜の俺は節度あるほう……、のはずだ。たぶん。だって、おっ始めたとしても相手が合体を知らないんだからな。
ドアが開けられて中に入った瞬間、アルチュールがすぐに俺を抱き締めてきた。
体温が伝わって、息が詰まる。次いで、強く、長く、深いキス。
そのまま、ベッドの縁へと導かれ、柔らかな感触に身体を預けた。衣擦れの音が、夜気に静かに溶けていく。
一年生の伝書使たちは、今夜も時計塔から戻らない。
ネージュのいない部屋で過ごす一人きりの夜は、やはり静かで、寂しい。
だから、アルチュールがそばにいてくれるのは――こうして抱き合っていても、いなくても、ただ話をしているだけでも、十分にありがたかった。
「……ちょ、アルチュール。お前、ほんと最近、遠慮なく人の服を脱がしにくるね」
「普段のセレスもドレス姿のセレスも綺麗だけど、なにも身に着けていないそのままのセレスが一番綺麗だから――でも、言っとくが、外見だけに惚れたんじゃないからな。さっきも、ベルモンさんとモロー隊長に「飲めなくてすみません」なんて言ってただろ。こないだ、菓子を生徒が持ち帰れるようにって提案したのも。さりげなく人のことを考えて動けるところに、惚れた。……ニコラを助けたときみたいに、自分の身を危険に晒すのは、正直、不満だし、怖いけど」
低く落ちた声に、息が詰まる。
熱を孕んだまなざしが近づいてきて、優しく唇が触れた。加速する熱に、重力が緩むような浮遊感を覚える。
真夏のアイスクリームみたいに、俺の思考も形を失っていく。
唇が離れるのは、ほんの一瞬。
「んっ……、アルチュール」
頬をなでる手に自分の手を添えて重ね、目を閉じる
「なんだ……?」
「シャワー、浴びたい」
息を切らしながらそう言っても、彼はキスを止めない。
その指が俺の額に触れ、髪に触れ、耳に触れて、そっとイヤーカフをなぞったあとぴたりと動きを止めた。
「どうした?」
「……髪には、殿下から貰った組紐、耳には今日、帰り際にロジェとニコラから貰った耳飾り……。気が散る」
ため息を混じらせながら、アルチュールがぼそりと呟く。
それは、銀細工の透かしに薔薇が浮かぶイヤーカフだった。
室内の淡い灯りを受けるたび、花弁の陰影が静かに揺れ、まるで冷たい月の欠片を耳に宿しているかのよう。
レストランからの帰り際、ようやくニコラと話す機会があった。
ロジェが隣で「先日、二人で街に出たんだ」と言いながら、小さな箱を俺に渡した。
「開けてもいい?」と聞くと、ニコラが小さく頷く。中にあったのが、この耳飾り。
「ニコラが選んだ」
ロジェの言葉に、ニコラはわずかに俯いて、唇の端を上げた。
「……大司教さまにお頼みして、守りの魔法もかけてもらいました」
小さな声でそう告げる彼に、胸がじんと温かくなる。
「ありがとう」とその場でつけると、ニコラは照れたように頬を染めていた。
そのときはただ、綺麗だなと思っただけだったけれど――今、こうしてアルチュールの視線を感じると、妙に意識してしまう。
「じゃあ、シャワールームに行こう。髪紐は外さないと濡れるし、髪が洗えない」
ようやく彼が腕を緩め、俺は息をついた。
気が散ると言いながらも、彼の下のものはとてつもなく硬く、痛そうなくらいに反り立っている。くすくすと笑いつつそこに触れてやると、アルチュールが不意に顔を寄せてきて、かぷりと、意趣返しのように俺の肩を軽く噛んだ。
びくりと身体が跳ね、「んっ」と息がこぼれる。
「……なにが言いたいのか、わかってるからな」
やっぱり、この男はワンコだ。
「はいはい。先に入っててくれ」
俺がそう言うと、アルチュールが服を全部脱ぎ、シャワールームへと消えた。
パーティーは最後まで穏やかで、賑やかで、華やかだった。
音楽と笑い声とグラスの音が夜風に溶けて、少しだけ夢の中にいるような気分のまま、俺たちは会場をあとにした。
帰りの馬車の中は、行きと同様、俺とアルチュール、リシャール殿下、ナタンの四人が座っている。御者席にはジュール。馬車の後方には、護衛として馬に乗ったモロー隊長が静かに追走していた。
二人はパーティー中、一滴も酒を飲まなかった。殿下の護衛と、学院への夜道を守るためだ。
「ジュールも、モロー隊長も飲めなかったですよね。すみません」
馬車に乗る前、申し訳なくて声をかけると、ジュールがにこりと笑った。
「昨日、ラクロワさんからワインが届いてます。当日は飲めないだろうからって」
「俺のところにはシャンパンが届いた。菓子付きで。……俺、甘いものに目がないから」
隣で手綱を軽く引きながら、モロー隊長が言った。
……なんて人だ、ロジェ。
気遣いの神か。
こんな優しい男の恋が実らなかっただなんて――世の中、理不尽だ……。
その後、学院に戻ったのは、夜の十一時を過ぎてから。門限にはまだほんの少し余裕がある時間帯だった。
一旦それぞれの部屋に戻ったあと、俺は少しだけ深呼吸をして、アルチュールの部屋のドアをノックした。俺の部屋に来てもらってもよかったが、隣室が殿下なのは、さすがに気まずい。音声遮断魔法を使ったとしても、やはり居心地が悪過ぎる。
寮の規則は、そこまで厳しくない。
他人の迷惑にならないようにという基本的なことさえ守っていれば、夜に友人同士で部屋を行き来するくらいは目をつぶってくれる。
ルクレールのように外から女性を引き込んだりしない限り、ドアを蹴破られることはない。
デュラン副官も言っていた。
――無節操に関係を結ぶような在り方には眉を顰めるが……、けれど、若いうちにきちんと恋愛をすることは、ある程度は許容されるべきだとも思っている。とにかく、恋愛は拗らせるな。節度を守って付き合うように、と。
つまり、今夜の俺は節度あるほう……、のはずだ。たぶん。だって、おっ始めたとしても相手が合体を知らないんだからな。
ドアが開けられて中に入った瞬間、アルチュールがすぐに俺を抱き締めてきた。
体温が伝わって、息が詰まる。次いで、強く、長く、深いキス。
そのまま、ベッドの縁へと導かれ、柔らかな感触に身体を預けた。衣擦れの音が、夜気に静かに溶けていく。
一年生の伝書使たちは、今夜も時計塔から戻らない。
ネージュのいない部屋で過ごす一人きりの夜は、やはり静かで、寂しい。
だから、アルチュールがそばにいてくれるのは――こうして抱き合っていても、いなくても、ただ話をしているだけでも、十分にありがたかった。
「……ちょ、アルチュール。お前、ほんと最近、遠慮なく人の服を脱がしにくるね」
「普段のセレスもドレス姿のセレスも綺麗だけど、なにも身に着けていないそのままのセレスが一番綺麗だから――でも、言っとくが、外見だけに惚れたんじゃないからな。さっきも、ベルモンさんとモロー隊長に「飲めなくてすみません」なんて言ってただろ。こないだ、菓子を生徒が持ち帰れるようにって提案したのも。さりげなく人のことを考えて動けるところに、惚れた。……ニコラを助けたときみたいに、自分の身を危険に晒すのは、正直、不満だし、怖いけど」
低く落ちた声に、息が詰まる。
熱を孕んだまなざしが近づいてきて、優しく唇が触れた。加速する熱に、重力が緩むような浮遊感を覚える。
真夏のアイスクリームみたいに、俺の思考も形を失っていく。
唇が離れるのは、ほんの一瞬。
「んっ……、アルチュール」
頬をなでる手に自分の手を添えて重ね、目を閉じる
「なんだ……?」
「シャワー、浴びたい」
息を切らしながらそう言っても、彼はキスを止めない。
その指が俺の額に触れ、髪に触れ、耳に触れて、そっとイヤーカフをなぞったあとぴたりと動きを止めた。
「どうした?」
「……髪には、殿下から貰った組紐、耳には今日、帰り際にロジェとニコラから貰った耳飾り……。気が散る」
ため息を混じらせながら、アルチュールがぼそりと呟く。
それは、銀細工の透かしに薔薇が浮かぶイヤーカフだった。
室内の淡い灯りを受けるたび、花弁の陰影が静かに揺れ、まるで冷たい月の欠片を耳に宿しているかのよう。
レストランからの帰り際、ようやくニコラと話す機会があった。
ロジェが隣で「先日、二人で街に出たんだ」と言いながら、小さな箱を俺に渡した。
「開けてもいい?」と聞くと、ニコラが小さく頷く。中にあったのが、この耳飾り。
「ニコラが選んだ」
ロジェの言葉に、ニコラはわずかに俯いて、唇の端を上げた。
「……大司教さまにお頼みして、守りの魔法もかけてもらいました」
小さな声でそう告げる彼に、胸がじんと温かくなる。
「ありがとう」とその場でつけると、ニコラは照れたように頬を染めていた。
そのときはただ、綺麗だなと思っただけだったけれど――今、こうしてアルチュールの視線を感じると、妙に意識してしまう。
「じゃあ、シャワールームに行こう。髪紐は外さないと濡れるし、髪が洗えない」
ようやく彼が腕を緩め、俺は息をついた。
気が散ると言いながらも、彼の下のものはとてつもなく硬く、痛そうなくらいに反り立っている。くすくすと笑いつつそこに触れてやると、アルチュールが不意に顔を寄せてきて、かぷりと、意趣返しのように俺の肩を軽く噛んだ。
びくりと身体が跳ね、「んっ」と息がこぼれる。
「……なにが言いたいのか、わかってるからな」
やっぱり、この男はワンコだ。
「はいはい。先に入っててくれ」
俺がそう言うと、アルチュールが服を全部脱ぎ、シャワールームへと消えた。
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