腐男子♥異世界転生

よしの と こひな

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57話 初めての -2-

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 わずかに身体に残っていた下着を脱ぎながら、俺はイヤーカフと髪紐をそっと外し、机の上に並べる。
 それから奇石のペンダントだけを胸に残し、アルチュールの待つシャワールームへと向かった。

 あたたかい湯気が立ちこめ、柔らかな水音が響いている。湯の粒が肌を滑るたびに体の緊張がほどけていく。
 狭いシャワールームで互いに触れ合いながら、言葉よりも確かな温度で相手の存在を感じ取る。合間に唇が触れるたび、小さな吐息が重なった。

 それから何度か熱を吐き出したあと、俺たちはしばらく何も言わずに抱き合っていた。こっちはもうフラフラだ。立っているだけでしんどい。肩に額を預け呼吸を整えていると、つむじにキスが落ちて来た。

 ……ここ最近、アルチュールの背が伸びている気がする。いや、確実に伸びている。目線の位置が、ほんの少し高い。

 おかしい。原作では、入学時も卒業時も、身長は俺と同じだったはずなのに――。

 これは、元々は攻めポジションだった俺が彼を選んだことによる変化なのだろう。
 運命の線が、少しずつ書き換えられている――そんな感覚が胸を掠めた。

 それで思い出したが、改変に関して気になることは、他にもある。
 ナクティスによるヴィル=シュヴァル村への襲撃。
 原作本編にも登場した、一晩で滅びた村――。

 本来なら、アルチュールが近衛騎士となったあとの出来事だった。
 もし、それすらも早まっているなら……、世界の歯車は、静かに別の音を立てて回り始めているのかもしれない。

 時系列が、崩れ始めている。
 原作より早くスタンピードが来る……、だとしたら、俺はどう動くべきだ?

 こういうとき……、本当は頼るのは嫌だが、相談するとしたら彼しかいないだろう。

 思案に沈んだまま、俺はアルチュールの髪を温風環――渦巻く魔法陣から柔らかな風と熱を生み出す小型乾髪具――で乾かしていた。
 魔法陣が淡く光を帯び、風が指の間をくすぐる。漆黒の髪が風に揺れ、湯気とともに洗髪剤の香りがふわりと立ちのぼった。

「……なにを考えてる?」
 上の空の俺に、アルチュールが小さく尋ねた。
 鏡越しに視線が絡むと、その瞳の奥が真っ直ぐで嘘がつけなくなる。
「お前のこと」
 そう答えると、彼はわずかに眉をひそめた。嘘は言っていない。
 俺は、スタンピードで怪我をするお前を、なにがなんでも守りたいんだ。

 アルチュールは、自分が先に俺を好きになったと思っている。自分の想いのほうが強くて、俺の気持ちよりも深いと信じている。
 俺が流されただけだと。
 彼から見れば、俺には何かしらの『フィルター』がかかっているのか、優しい聖人にでも見えているらしく、恋ではなく慈しみの延長で自分と付き合ってくれているとでも思っている節がある。

 その『フィルター』の原因は、学院初日――孤立しかけた彼を、あのとき俺が庇ったから。
 きっとあれが、アルチュールにとっての「始まり」になっている。

 だが、それは違う。

 好きになったのは、俺のほうが先だ。転生する前から、眠っても覚めても、ずっとお前のことを考えていた。小説の挿絵の中で笑うお前の姿を見て、何度も胸を締めつけられてきた。
 この想いは、お前に負けない。俺がどれほどお前を愛しているか――お前は知らない。

 アルチュールは、それ以上は詮索せず、ただ、そっと俺の手の上に自分の手を重ねて来た。
「代わる」
 そう言って、彼は温風環を受け取り、俺の髪を乾かし始めた。指先が髪の間をやさしくすくい、温かな風が頬を撫でていく。
 無言のままの時間が、なぜだか心地よかった。風の音とともに、胸の奥のざわめきまで少しずつ溶けていくようで――。
 やがて風音が止まり、部屋の灯りもゆっくりと落とされた。

 バスローブのまま、暗がりのベッドへ。
 今日は、この部屋に泊まる。

 アルチュールが布団をめくり、俺の手を取りながらベッドに入った。その瞬間、躊躇なく俺を抱き枕みたいに引き寄せる。背中を包み込むような温もりが重なり、胸の鼓動がぴたりと響き合う。
「……セレスが、俺の腕の中にいる」
 耳許に落ちた声は、驚くほど幼い安堵を帯びていた。
「こんな夜が来るなんて考えもしなかった。触れたいと思っていた相手が、こんなふうにここにいるなんて」

 俺は苦笑する。
 想定していた学院生活とは全く違う。本来なら、腐男子としてアルチュールとリシャール殿下の関係がどう進展していくのか、壁になり、木になり、路傍の石になって見守りながら、尊い萌えを糧にしつつ、そして、やがて訪れるスタンピートの悲劇からアルチュールを救うために、自分にできることをこの学院で静かに積み上げていくつもりでいたのだが――、
 気づけば、物語の外から見ていたはずの俺が、その中心に立っていた。

 でも、悪くない。

 こめかみに、熱の名残を残すキス。
 継いで、「さっき、ロジェとなにを話していたんだ? 例の眼帯の騎士のことか?」と囁きながら、アルチュールの腕の力が少し強くなる。
 俺は思わずくすりと笑う。
「違う。お前と俺のこと」
 俺は、ゆっくりと言葉を選ぶ。

「なあ、アルチュール」
「なんだ、セレス?」
「もし――男同士でも、一つになれるって言ったら、お前はどうする?」

 暗がりに、碧みを帯びた黒瞳がわずかに揺れるのが分かる。

「俺と、繋がりたいと思う?」
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