58 / 112
58話 初めての -3-
しおりを挟む
༺ ༒ ༻
聖フロリアンの休暇、二日目。
まだ朝の九時にもならないころ、ノックの音がして扉を開けると、そこに立っていたのはジュールだった。
手には、上質な紙で丁寧に包まれた小包。
「セレス、ラクロワさんから」
柔らかな笑みを浮かべたジュールがそれを差し出す。思わず受け取り、俺は瞬きを繰り返した。
……というのも、状況が最悪だった。
髪は寝起きの熱をわずかに残したまま乱れ、片方の肩がこぼれるように覗くバスローブを無造作に羽織っているだけ。しかも、その下にはパンツすら穿いていない。
アルチュールは朝食を取りに食堂へ向かい、部屋には俺ひとり。
だから、扉を叩く軽いノックの音を耳にした瞬間、俺は当然のようにアルチュールが戻ってきたのだと思い込んでしまっていた。
まさか、このタイミングで“例のブツ”が届くとは――。
「す、すみません、今ちょっと……格好が……」
「大丈夫ですよ。いいもの見れました」
ジュールが、いたずらを企む少年のように笑う。
……ノクターン候補生とはいえ絶対に諜報活動得意だろ、この人。
俺がどこにいるか、完全に把握されてる。まさか、昨日から“ここに泊まる”こともバレていたのか?
ジュールは軽く会釈をして、「もう蚊の季節ですかね? 咬まれてますよ、何カ所も」と言って、何事もなかったように廊下を去っていく。
蚊?
と一瞬思考が止まり、次いで、胸や腹に散らされたキスマークの痕に思い至る。
途端に、全身が熱くなった。血が一気に逆流したよう。恥ずかしさで足の裏までじんじんする。
……いたたまれない。いや、本当にちょっと待って。無理。
ドアを閉めたあと、胸の奥に残る気まずさを吐き出すように、俺は深くため息をついた。
「仕事が早いよ……ロジェ……」
呟きながら包みを抱えてベッドに腰を下ろす。
少しして、アルチュールが食堂から戻って来た。
紙袋に入った二人分のサンドイッチと、温かいスープが乗ったトレイを片手に、息を弾ませている。
基本、休暇中は食堂が閉まっているため、残寮組は事前予約制で食事をテイクアウトする。
とはいえ、予約を忘れたとしても、料理長のヨアヒムと副料理長のマティアス、それに数名の見習いシェフが学院内に居住しているので、ごく簡単なものなら快く作ってもらえる。
寮生たちにとっては、ありがたいばかりの救済措置だ。
「朝食、取ってきた」
「ありがとう。……っていうか、もう届いた」
「え?」
「例のブツ」
俺が指をさすと、アルチュールの眉がぴくりと跳ねた。
殿下は今日、城内で執り行われる聖フロリアンへの祈りの儀式に参列するため、朝から城へ向かっている。昨日その話をしていたので、一泊することも承知していた。
というのも、深夜には幾月にも及ぶ巡礼の遍歴を終えたレ・ルーティエたちが長杖を手に城へ到着し、彼らを迎えて、男たちの低い声でKyrie・des・Gueuxの讃美歌が捧げられる。夜明けまで祝賀が続くのが恒例で、コルベール家からも何人か出席する。
ナタンは残り二日間、カナード寮監のもとで数学魔法の勉強に励むらしい。気を利かせてくれたのか、本気の数学オタクなのか……。判断に迷うところだが、多分、後者だ。ニコラの時間を数秒とはいえ止めることに成功し、あれで完全に向学心に火がついた。それと、「セレスさまの時を止めて、首筋に顔を埋めて匂いを……」なんて呟いていたのを俺は聞き逃していないからな。
そんなわけで、滅多にない二人だけの朝食を簡単に済ませたあと、俺たちはロジェから届いた小包をベッドに座りながら開封する。
中には、細長いガラス瓶が五本。高さは十五センチほどで、透き通った液体はそれぞれ異なる色に輝いていた。
琥珀色、群青、紅、翡翠、乳白――見た目は香水のよう。
それと、一枚の封書。
開くとロジェの端正な筆致でこう書かれていた。
『騎士団で使用されているものと同等品だ。
香りや効能が異なるので、用途に応じて選ぶと良い。
乳白色のものは、事前洗浄用と教えられた。
それと、市販はされていないが娼館で近ごろ使われている、ストンボアの腸を加工して作られた“補助具”も同封してみた。
とても薄くて伸縮性があるので扱いやすく、元来の用途は感染症防止と避妊のためのものだが、あれば便利じゃないかと思う。
使用方法は、以下――』
「伸縮性……、感染防止、避妊」
箱の底には、掌に収まる小さな紙袋がいくつも並んでいた。薄い封に、一つずつ個別に梱包されている。
そっと取り出して、俺は思わず固まった。
これは……コンドーム。
この世界にもあったのか。いや、最近作られたものなのか……。
聖フロリアンの休暇、二日目。
まだ朝の九時にもならないころ、ノックの音がして扉を開けると、そこに立っていたのはジュールだった。
手には、上質な紙で丁寧に包まれた小包。
「セレス、ラクロワさんから」
柔らかな笑みを浮かべたジュールがそれを差し出す。思わず受け取り、俺は瞬きを繰り返した。
……というのも、状況が最悪だった。
髪は寝起きの熱をわずかに残したまま乱れ、片方の肩がこぼれるように覗くバスローブを無造作に羽織っているだけ。しかも、その下にはパンツすら穿いていない。
アルチュールは朝食を取りに食堂へ向かい、部屋には俺ひとり。
だから、扉を叩く軽いノックの音を耳にした瞬間、俺は当然のようにアルチュールが戻ってきたのだと思い込んでしまっていた。
まさか、このタイミングで“例のブツ”が届くとは――。
「す、すみません、今ちょっと……格好が……」
「大丈夫ですよ。いいもの見れました」
ジュールが、いたずらを企む少年のように笑う。
……ノクターン候補生とはいえ絶対に諜報活動得意だろ、この人。
俺がどこにいるか、完全に把握されてる。まさか、昨日から“ここに泊まる”こともバレていたのか?
ジュールは軽く会釈をして、「もう蚊の季節ですかね? 咬まれてますよ、何カ所も」と言って、何事もなかったように廊下を去っていく。
蚊?
と一瞬思考が止まり、次いで、胸や腹に散らされたキスマークの痕に思い至る。
途端に、全身が熱くなった。血が一気に逆流したよう。恥ずかしさで足の裏までじんじんする。
……いたたまれない。いや、本当にちょっと待って。無理。
ドアを閉めたあと、胸の奥に残る気まずさを吐き出すように、俺は深くため息をついた。
「仕事が早いよ……ロジェ……」
呟きながら包みを抱えてベッドに腰を下ろす。
少しして、アルチュールが食堂から戻って来た。
紙袋に入った二人分のサンドイッチと、温かいスープが乗ったトレイを片手に、息を弾ませている。
基本、休暇中は食堂が閉まっているため、残寮組は事前予約制で食事をテイクアウトする。
とはいえ、予約を忘れたとしても、料理長のヨアヒムと副料理長のマティアス、それに数名の見習いシェフが学院内に居住しているので、ごく簡単なものなら快く作ってもらえる。
寮生たちにとっては、ありがたいばかりの救済措置だ。
「朝食、取ってきた」
「ありがとう。……っていうか、もう届いた」
「え?」
「例のブツ」
俺が指をさすと、アルチュールの眉がぴくりと跳ねた。
殿下は今日、城内で執り行われる聖フロリアンへの祈りの儀式に参列するため、朝から城へ向かっている。昨日その話をしていたので、一泊することも承知していた。
というのも、深夜には幾月にも及ぶ巡礼の遍歴を終えたレ・ルーティエたちが長杖を手に城へ到着し、彼らを迎えて、男たちの低い声でKyrie・des・Gueuxの讃美歌が捧げられる。夜明けまで祝賀が続くのが恒例で、コルベール家からも何人か出席する。
ナタンは残り二日間、カナード寮監のもとで数学魔法の勉強に励むらしい。気を利かせてくれたのか、本気の数学オタクなのか……。判断に迷うところだが、多分、後者だ。ニコラの時間を数秒とはいえ止めることに成功し、あれで完全に向学心に火がついた。それと、「セレスさまの時を止めて、首筋に顔を埋めて匂いを……」なんて呟いていたのを俺は聞き逃していないからな。
そんなわけで、滅多にない二人だけの朝食を簡単に済ませたあと、俺たちはロジェから届いた小包をベッドに座りながら開封する。
中には、細長いガラス瓶が五本。高さは十五センチほどで、透き通った液体はそれぞれ異なる色に輝いていた。
琥珀色、群青、紅、翡翠、乳白――見た目は香水のよう。
それと、一枚の封書。
開くとロジェの端正な筆致でこう書かれていた。
『騎士団で使用されているものと同等品だ。
香りや効能が異なるので、用途に応じて選ぶと良い。
乳白色のものは、事前洗浄用と教えられた。
それと、市販はされていないが娼館で近ごろ使われている、ストンボアの腸を加工して作られた“補助具”も同封してみた。
とても薄くて伸縮性があるので扱いやすく、元来の用途は感染症防止と避妊のためのものだが、あれば便利じゃないかと思う。
使用方法は、以下――』
「伸縮性……、感染防止、避妊」
箱の底には、掌に収まる小さな紙袋がいくつも並んでいた。薄い封に、一つずつ個別に梱包されている。
そっと取り出して、俺は思わず固まった。
これは……コンドーム。
この世界にもあったのか。いや、最近作られたものなのか……。
33
あなたにおすすめの小説
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
-----------------------------------------
0時,6時,12時,18時に2話ずつ更新
悪役令嬢の兄に転生!破滅フラグ回避でスローライフを目指すはずが、氷の騎士に溺愛されてます
水凪しおん
BL
三十代半ばの平凡な会社員だった俺は、ある日、乙女ゲーム『君と紡ぐ光の協奏曲』の世界に転生した。
しかも、最推しの悪役令嬢リリアナの兄、アシェルとして。
このままでは妹は断罪され、一家は没落、俺は処刑される運命だ。
そんな未来は絶対に回避しなくてはならない。
俺の夢は、穏やかなスローライフを送ること。ゲームの知識を駆使して妹を心優しい少女に育て上げ、次々と破滅フラグをへし折っていく。
順調に進むスローライフ計画だったが、関わると面倒な攻略対象、「氷の騎士」サイラスになぜか興味を持たれてしまった。
家庭菜園にまで現れる彼に困惑する俺。
だがそれはやがて、国を揺るがす陰謀と、甘く激しい恋の始まりを告げる序曲に過ぎなかった――。
悪役キャラに転生したので破滅ルートを死ぬ気で回避しようと思っていたのに、何故か勇者に攻略されそうです
菫城 珪
BL
サッカーの練習試合中、雷に打たれて目が覚めたら人気ゲームに出て来る破滅確約悪役ノアの子供時代になっていた…!
苦労して生きてきた勇者に散々嫌がらせをし、魔王軍の手先となって家族を手に掛け、最後は醜い怪物に変えられ退治されるという最悪の未来だけは絶対回避したい。
付き纏う不安と闘い、いずれ魔王と対峙する為に研鑽に励みつつも同級生である勇者アーサーとは距離を置いてをなるべく避ける日々……だった筈なのになんかどんどん距離が近くなってきてない!?
そんな感じのいずれ勇者となる少年と悪役になる筈だった少年によるBLです。
のんびり連載していきますのでよろしくお願いします!
※小説家になろう、アルファポリス、カクヨムエブリスタ各サイトに掲載中です。
拗らせ問題児は癒しの君を独占したい
結衣可
BL
前世で限界社畜として心をすり減らした青年は、異世界の貧乏子爵家三男・セナとして転生する。王立貴族学院に奨学生として通う彼は、座学で首席の成績を持ちながらも、目立つことを徹底的に避けて生きていた。期待されることは、壊れる前触れだと知っているからだ。
一方、公爵家次男のアレクシスは、魔法も剣術も学年トップの才能を持ちながら、「何も期待されていない」立場に嫌気がさし、問題児として学院で浮いた存在になっていた。
補習課題のペアとして出会った二人。
セナはアレクシスを特別視せず、恐れも媚びも見せない。その静かな態度と、美しい瞳に、アレクシスは強く惹かれていく。放課後を共に過ごすうち、アレクシスはセナを守りたいと思い始める。
身分差と噂、そしてセナが隠す“癒やしの光魔法”。
期待されることを恐れるセナと、期待されないことに傷つくアレクシスは、すれ違いながらも互いを唯一の居場所として見つけていく。
これは、静かに生きたい少年と、選ばれたかった少年が出会った物語。
今日もBL営業カフェで働いています!?
卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ
※ 不定期更新です。
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新!
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新!
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
異世界で孵化したので全力で推しを守ります
のぶしげ
BL
ある日、聞いていたシチュエーションCDの世界に転生してしまった主人公。推しの幼少期に出会い、魔王化へのルートを回避して健やかな成長をサポートしよう!と奮闘していく異世界転生BL 執着最強×人外美人BL
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる