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58話 初めての -3-
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༺ ༒ ༻
聖フロリアンの休暇、二日目。
まだ朝の九時にもならないころ、ノックの音がして扉を開けると、そこに立っていたのはジュールだった。
手には、上質な紙で丁寧に包まれた小包。
「セレス、ラクロワさんから」
柔らかな笑みを浮かべたジュールがそれを差し出す。思わず受け取り、俺は瞬きを繰り返した。
……というのも、状況が最悪だった。
髪は寝起きの熱をわずかに残したまま乱れ、片方の肩がこぼれるように覗くバスローブを無造作に羽織っているだけ。しかも、その下にはパンツすら穿いていない。
アルチュールは朝食を取りに食堂へ向かい、部屋には俺ひとり。
だから、扉を叩く軽いノックの音を耳にした瞬間、俺は当然のようにアルチュールが戻ってきたのだと思い込んでしまっていた。
まさか、このタイミングで“例のブツ”が届くとは――。
「す、すみません、今ちょっと……格好が……」
「大丈夫ですよ。いいもの見れました」
ジュールが、いたずらを企む少年のように笑う。
……ノクターン候補生とはいえ絶対に諜報活動得意だろ、この人。
俺がどこにいるか、完全に把握されてる。まさか、昨日から“ここに泊まる”こともバレていたのか?
ジュールは軽く会釈をして、「もう蚊の季節ですかね? 咬まれてますよ、何カ所も」と言って、何事もなかったように廊下を去っていく。
蚊?
と一瞬思考が止まり、次いで、胸や腹に散らされたキスマークの痕に思い至る。
途端に、全身が熱くなった。血が一気に逆流したよう。恥ずかしさで足の裏までじんじんする。
……いたたまれない。いや、本当にちょっと待って。無理。
ドアを閉めたあと、胸の奥に残る気まずさを吐き出すように、俺は深くため息をついた。
「仕事が早いよ……ロジェ……」
呟きながら包みを抱えてベッドに腰を下ろす。
少しして、アルチュールが食堂から戻って来た。
紙袋に入った二人分のサンドイッチと、温かいスープが乗ったトレイを片手に、息を弾ませている。
基本、休暇中は食堂が閉まっているため、残寮組は事前予約制で食事をテイクアウトする。
とはいえ、予約を忘れたとしても、料理長のヨアヒムと副料理長のマティアス、それに数名の見習いシェフが学院内に居住しているので、ごく簡単なものなら快く作ってもらえる。
寮生たちにとっては、ありがたいばかりの救済措置だ。
「朝食、取ってきた」
「ありがとう。……っていうか、もう届いた」
「え?」
「例のブツ」
俺が指をさすと、アルチュールの眉がぴくりと跳ねた。
殿下は今日、城内で執り行われる聖フロリアンへの祈りの儀式に参列するため、朝から城へ向かっている。昨日その話をしていたので、一泊することも承知していた。
というのも、深夜には幾月にも及ぶ巡礼の遍歴を終えたレ・ルーティエたちが長杖を手に城へ到着し、彼らを迎えて、男たちの低い声でKyrie・des・Gueuxの讃美歌が捧げられる。夜明けまで祝賀が続くのが恒例で、コルベール家からも何人か出席する。
ナタンは残り二日間、カナード寮監のもとで数学魔法の勉強に励むらしい。気を利かせてくれたのか、本気の数学オタクなのか……。判断に迷うところだが、多分、後者だ。ニコラの時間を数秒とはいえ止めることに成功し、あれで完全に向学心に火がついた。それと、「セレスさまの時を止めて、首筋に顔を埋めて匂いを……」なんて呟いていたのを俺は聞き逃していないからな。
そんなわけで、滅多にない二人だけの朝食を簡単に済ませたあと、俺たちはロジェから届いた小包をベッドに座りながら開封する。
中には、細長いガラス瓶が五本。高さは十五センチほどで、透き通った液体はそれぞれ異なる色に輝いていた。
琥珀色、群青、紅、翡翠、乳白――見た目は香水のよう。
それと、一枚の封書。
開くとロジェの端正な筆致でこう書かれていた。
『騎士団で使用されているものと同等品だ。
香りや効能が異なるので、用途に応じて選ぶと良い。
乳白色のものは、事前洗浄用と教えられた。
それと、市販はされていないが娼館で近ごろ使われている、ストンボアの腸を加工して作られた“補助具”も同封してみた。
とても薄くて伸縮性があるので扱いやすく、元来の用途は感染症防止と避妊のためのものだが、あれば便利じゃないかと思う。
使用方法は、以下――』
「伸縮性……、感染防止、避妊」
箱の底には、掌に収まる小さな紙袋がいくつも並んでいた。薄い封に、一つずつ個別に梱包されている。
そっと取り出して、俺は思わず固まった。
これは……コンドーム。
この世界にもあったのか。いや、最近作られたものなのか……。
聖フロリアンの休暇、二日目。
まだ朝の九時にもならないころ、ノックの音がして扉を開けると、そこに立っていたのはジュールだった。
手には、上質な紙で丁寧に包まれた小包。
「セレス、ラクロワさんから」
柔らかな笑みを浮かべたジュールがそれを差し出す。思わず受け取り、俺は瞬きを繰り返した。
……というのも、状況が最悪だった。
髪は寝起きの熱をわずかに残したまま乱れ、片方の肩がこぼれるように覗くバスローブを無造作に羽織っているだけ。しかも、その下にはパンツすら穿いていない。
アルチュールは朝食を取りに食堂へ向かい、部屋には俺ひとり。
だから、扉を叩く軽いノックの音を耳にした瞬間、俺は当然のようにアルチュールが戻ってきたのだと思い込んでしまっていた。
まさか、このタイミングで“例のブツ”が届くとは――。
「す、すみません、今ちょっと……格好が……」
「大丈夫ですよ。いいもの見れました」
ジュールが、いたずらを企む少年のように笑う。
……ノクターン候補生とはいえ絶対に諜報活動得意だろ、この人。
俺がどこにいるか、完全に把握されてる。まさか、昨日から“ここに泊まる”こともバレていたのか?
ジュールは軽く会釈をして、「もう蚊の季節ですかね? 咬まれてますよ、何カ所も」と言って、何事もなかったように廊下を去っていく。
蚊?
と一瞬思考が止まり、次いで、胸や腹に散らされたキスマークの痕に思い至る。
途端に、全身が熱くなった。血が一気に逆流したよう。恥ずかしさで足の裏までじんじんする。
……いたたまれない。いや、本当にちょっと待って。無理。
ドアを閉めたあと、胸の奥に残る気まずさを吐き出すように、俺は深くため息をついた。
「仕事が早いよ……ロジェ……」
呟きながら包みを抱えてベッドに腰を下ろす。
少しして、アルチュールが食堂から戻って来た。
紙袋に入った二人分のサンドイッチと、温かいスープが乗ったトレイを片手に、息を弾ませている。
基本、休暇中は食堂が閉まっているため、残寮組は事前予約制で食事をテイクアウトする。
とはいえ、予約を忘れたとしても、料理長のヨアヒムと副料理長のマティアス、それに数名の見習いシェフが学院内に居住しているので、ごく簡単なものなら快く作ってもらえる。
寮生たちにとっては、ありがたいばかりの救済措置だ。
「朝食、取ってきた」
「ありがとう。……っていうか、もう届いた」
「え?」
「例のブツ」
俺が指をさすと、アルチュールの眉がぴくりと跳ねた。
殿下は今日、城内で執り行われる聖フロリアンへの祈りの儀式に参列するため、朝から城へ向かっている。昨日その話をしていたので、一泊することも承知していた。
というのも、深夜には幾月にも及ぶ巡礼の遍歴を終えたレ・ルーティエたちが長杖を手に城へ到着し、彼らを迎えて、男たちの低い声でKyrie・des・Gueuxの讃美歌が捧げられる。夜明けまで祝賀が続くのが恒例で、コルベール家からも何人か出席する。
ナタンは残り二日間、カナード寮監のもとで数学魔法の勉強に励むらしい。気を利かせてくれたのか、本気の数学オタクなのか……。判断に迷うところだが、多分、後者だ。ニコラの時間を数秒とはいえ止めることに成功し、あれで完全に向学心に火がついた。それと、「セレスさまの時を止めて、首筋に顔を埋めて匂いを……」なんて呟いていたのを俺は聞き逃していないからな。
そんなわけで、滅多にない二人だけの朝食を簡単に済ませたあと、俺たちはロジェから届いた小包をベッドに座りながら開封する。
中には、細長いガラス瓶が五本。高さは十五センチほどで、透き通った液体はそれぞれ異なる色に輝いていた。
琥珀色、群青、紅、翡翠、乳白――見た目は香水のよう。
それと、一枚の封書。
開くとロジェの端正な筆致でこう書かれていた。
『騎士団で使用されているものと同等品だ。
香りや効能が異なるので、用途に応じて選ぶと良い。
乳白色のものは、事前洗浄用と教えられた。
それと、市販はされていないが娼館で近ごろ使われている、ストンボアの腸を加工して作られた“補助具”も同封してみた。
とても薄くて伸縮性があるので扱いやすく、元来の用途は感染症防止と避妊のためのものだが、あれば便利じゃないかと思う。
使用方法は、以下――』
「伸縮性……、感染防止、避妊」
箱の底には、掌に収まる小さな紙袋がいくつも並んでいた。薄い封に、一つずつ個別に梱包されている。
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