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92話 シルエット家領地へ -13-
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その言葉は、誓いのようでいて、祈りにも聞こえた。
指先に触れた温度が、はっきりと伝わってくる。
俺は一度、息を吐く。胸の奥に溜まっていたものを、ゆっくりと外へ出すように。
「――この森も、この時も」
さっき彼が使った言葉を、そのまま返す。
「この先の人生も。俺は、アルチュールと一緒に歩いていきたい」
自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。
「……ありがとう、セレス」
次の瞬間、引き寄せられる。
額が触れ呼吸が重なり、静かに一度唇が合わさってから離れ、静寂が戻る。
近すぎた距離が、少しずつ現実として意識に浮かび上がり、俺たちは、互いの顔を見たまま動けなくなった。
……あ。
これ、今さらだけど。
すごく、恥ずかしくないか?
先に視線を逸らしたのは、アルチュールだった。
ほんのわずか横を向き、指先で自分の頬に触れる。
「……その……」低く、慎重な声。「今のは……俺としては……」
一度、言葉を探すように間を置いてから、ぽつりと続ける。
「『婚約』だと、思っているんだが……」
断言するものではなく、確認するようでいて、逃げ場を残した言い方。
そのくせ、頬ははっきりと赤い。
可愛いな、この男は。
胸の奥が、じんわりと熱を持つ。俺も、自然と背筋を正していた。
なぜか緊張すると、どうしても言葉が丁寧になる。
「……俺も、です」短く答えてから、きちんと続ける。「軽い気持ちで言ったわけじゃないですし……。アルチュールとは、これから先を一緒に生きるって意味で……」
一度、呼吸を整え、式典の挨拶をする前みたいに「ううんっ」と喉を鳴らす。
それから、
「『婚約』……だと思ってます」
今度は、アルチュールがこちらを見る番だった。
安心したように目を細めて彼は「……そうか」と小さく息を吐いた。
「じゃあ……合意、ということで」
「合意……ですね」
「ずっと、この先……一緒に……」
「末永く、その、よろしくお願いします」
どうしよう。
胸の奥が、じわじわと熱を持っていく。跳ね上がるような高揚ではないけれど、もっと厄介で、それは――静かに満ちていく幸福感。
こういうとき、なんて言ったらいいんだろう。
実年齢、俺のほうが上なんだよ。ちゃんと、なんとかしてあげないと――落ち着いて、包容力のある大人の対応を。
ああ、恋愛経験がほぼない腐男子オタクに今の状況は、ハードルが高すぎる。助けて、ネージュ!
笑えばいい? 抱きしめればいい? 彼が喜ぶことなら、全部したい。
でも、どれを選んでも足りない気がする――結局、何も選べない。
身体が固まったまま動かない。沈黙が少しだけ長くなる。
焦って取り繕おうとして、考えるより先に言葉が零れ落ちた。
「……大切に、します」
それだけで精一杯だった。
アルチュールは一瞬きょとんとした顔をして、すぐに困ったように、でも嬉しそうに笑った。
「それは……俺の台詞だと思っていたんだが……ありがとう、セレス」
軽く冗談めかした声音に、ようやく息ができた気がする。
少し照れて少し不器用で、森の中で二人だけで――その日、俺たちは将来を『約束』した。
༺ ༒ ༻
沈黙が、気まずさではなく、名残惜しさを帯び始めたころ、アルチュールが、俺を愛おしそうに見つめて言った。
「……そろそろ、行こうか」
「うん」
二人並んで再び馬に跨り、森の奥へと進む。
道は次第に細くなり、空気が、肌で分かるほど変わっていった。
夏だというのに、ひやりとした冷気が頬を撫ではじめる。
目的地が、確実に近づいていた。
この辺り一帯は、比較的安全な区域とされている。
猟師や森の恵みを採りに入る領民たちのため、シルエット家が近隣の森へ長年かけて張り巡らせてきたドーム型の魔力防壁が、領地から洞窟へ至る道の要所ごとに配されていて、先ほど立ち寄った川辺も、そのひとつだ。
やがて、森がぽつりと途切れる場所に出た。
芝生だけが静かに広がり、局所的に木々が生えていないその空間は、クレリエール、あるいはグレイドと呼ばれている。空が丸く切り取られたように高く開け、ひどく静かだった。
俺たちはそこで馬を降り、念のため、既存の魔力防壁と重ねるかたちで簡易的な結界を張る。
馬を落ち着かせ、装備を整えると、自然と二人並んで歩き出していた。
洞窟へと続く道は、踏み固められた土の感触から、次第に湿り気を帯びた岩肌へと変わっていく。
やがて木立の向こうに、岩が大きく口を開けるように連なる場所が見えてきた。
――氷室の入口。
その手前で、アルチュールが、ふと足を止めた。
「……妙だな」
「なに?」
彼の視線の先。
樹洞の中に、枯れ枝や苔、小動物の毛のようなものが集められている。
明らかに、自然にできたものではない。
アルチュールは言葉を継がず、片膝をついてその痕跡を確かめた。指先が、慎重に枯れ枝をずらす。
指先に触れた温度が、はっきりと伝わってくる。
俺は一度、息を吐く。胸の奥に溜まっていたものを、ゆっくりと外へ出すように。
「――この森も、この時も」
さっき彼が使った言葉を、そのまま返す。
「この先の人生も。俺は、アルチュールと一緒に歩いていきたい」
自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。
「……ありがとう、セレス」
次の瞬間、引き寄せられる。
額が触れ呼吸が重なり、静かに一度唇が合わさってから離れ、静寂が戻る。
近すぎた距離が、少しずつ現実として意識に浮かび上がり、俺たちは、互いの顔を見たまま動けなくなった。
……あ。
これ、今さらだけど。
すごく、恥ずかしくないか?
先に視線を逸らしたのは、アルチュールだった。
ほんのわずか横を向き、指先で自分の頬に触れる。
「……その……」低く、慎重な声。「今のは……俺としては……」
一度、言葉を探すように間を置いてから、ぽつりと続ける。
「『婚約』だと、思っているんだが……」
断言するものではなく、確認するようでいて、逃げ場を残した言い方。
そのくせ、頬ははっきりと赤い。
可愛いな、この男は。
胸の奥が、じんわりと熱を持つ。俺も、自然と背筋を正していた。
なぜか緊張すると、どうしても言葉が丁寧になる。
「……俺も、です」短く答えてから、きちんと続ける。「軽い気持ちで言ったわけじゃないですし……。アルチュールとは、これから先を一緒に生きるって意味で……」
一度、呼吸を整え、式典の挨拶をする前みたいに「ううんっ」と喉を鳴らす。
それから、
「『婚約』……だと思ってます」
今度は、アルチュールがこちらを見る番だった。
安心したように目を細めて彼は「……そうか」と小さく息を吐いた。
「じゃあ……合意、ということで」
「合意……ですね」
「ずっと、この先……一緒に……」
「末永く、その、よろしくお願いします」
どうしよう。
胸の奥が、じわじわと熱を持っていく。跳ね上がるような高揚ではないけれど、もっと厄介で、それは――静かに満ちていく幸福感。
こういうとき、なんて言ったらいいんだろう。
実年齢、俺のほうが上なんだよ。ちゃんと、なんとかしてあげないと――落ち着いて、包容力のある大人の対応を。
ああ、恋愛経験がほぼない腐男子オタクに今の状況は、ハードルが高すぎる。助けて、ネージュ!
笑えばいい? 抱きしめればいい? 彼が喜ぶことなら、全部したい。
でも、どれを選んでも足りない気がする――結局、何も選べない。
身体が固まったまま動かない。沈黙が少しだけ長くなる。
焦って取り繕おうとして、考えるより先に言葉が零れ落ちた。
「……大切に、します」
それだけで精一杯だった。
アルチュールは一瞬きょとんとした顔をして、すぐに困ったように、でも嬉しそうに笑った。
「それは……俺の台詞だと思っていたんだが……ありがとう、セレス」
軽く冗談めかした声音に、ようやく息ができた気がする。
少し照れて少し不器用で、森の中で二人だけで――その日、俺たちは将来を『約束』した。
༺ ༒ ༻
沈黙が、気まずさではなく、名残惜しさを帯び始めたころ、アルチュールが、俺を愛おしそうに見つめて言った。
「……そろそろ、行こうか」
「うん」
二人並んで再び馬に跨り、森の奥へと進む。
道は次第に細くなり、空気が、肌で分かるほど変わっていった。
夏だというのに、ひやりとした冷気が頬を撫ではじめる。
目的地が、確実に近づいていた。
この辺り一帯は、比較的安全な区域とされている。
猟師や森の恵みを採りに入る領民たちのため、シルエット家が近隣の森へ長年かけて張り巡らせてきたドーム型の魔力防壁が、領地から洞窟へ至る道の要所ごとに配されていて、先ほど立ち寄った川辺も、そのひとつだ。
やがて、森がぽつりと途切れる場所に出た。
芝生だけが静かに広がり、局所的に木々が生えていないその空間は、クレリエール、あるいはグレイドと呼ばれている。空が丸く切り取られたように高く開け、ひどく静かだった。
俺たちはそこで馬を降り、念のため、既存の魔力防壁と重ねるかたちで簡易的な結界を張る。
馬を落ち着かせ、装備を整えると、自然と二人並んで歩き出していた。
洞窟へと続く道は、踏み固められた土の感触から、次第に湿り気を帯びた岩肌へと変わっていく。
やがて木立の向こうに、岩が大きく口を開けるように連なる場所が見えてきた。
――氷室の入口。
その手前で、アルチュールが、ふと足を止めた。
「……妙だな」
「なに?」
彼の視線の先。
樹洞の中に、枯れ枝や苔、小動物の毛のようなものが集められている。
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