「許してやりなさい」と言われ続けた令嬢が、許した回数を数えていた——千二百回
「許してやりなさい」
侯爵令嬢リーリエは、この言葉を千二百回聞いた。
婚約者が夜会で他の令嬢と踊ったとき。義母に「出来損ない」と言われたとき。父が「お前さえ我慢すれば丸く収まる」と目を逸らしたとき。
リーリエは毎晩、帳面に書いた。日付。許した内容。許した理由——その欄はいつも空白だった。
千二百回目の「許してやりなさい」を聞いた日、リーリエは帳面を閉じた。
「お父様。千二百回、許しました。千二百一回目は、ございません」
帳面が社交界に渡ったとき、「許してやりなさい」と言っていた全員の顔から血の気が引いた。我慢の記録は、どの告発よりも雄弁だった。
侯爵令嬢リーリエは、この言葉を千二百回聞いた。
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ここまで踏み込んで言葉にしていただけて、書き手として襟を正す思いです。許しと甘やかしを混同させない、というのは書く前から自分に課したルールでした。被害者にもう一度甘やかしを強制する構造そのものが暴力だ、というご指摘は、何度でも読み返したい言葉です。「過ちは繰り返すな」を心に留めて読んでくださったこと、本当にありがとうございました。
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ヴィクトリアへの非難の薄さ、確かにバランスとして偏っていました。本作はリーリエが「許させてきた側」と決別する焦点に絞ったため、彼女に向ける視線まで尺の中に収められず、結果として軽くしてしまった所です。承知の上で短編にしましたが、そう感じる読み手がいるのは当然のご指摘で、次作で書く時は描き分けの厚みを意識します。
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「八年間の少女の時期を手帳に書き続けることで自分を保っていた」、まさにその苦しさが本作の核でした。「なぜ許さなければならないのですか」を父親や家族に言える関係であれば良かった、という一文に書き手として胸を突かれます。「悪気がなかった」を浅はかな自己弁護として読み解いてくださったところも、心の虐待を乗り越える道のり、というところも、全部書きたかった所に届いていただけて感謝しかありません。
リーリエ良かったね。
よく毒親とクズ婚約者に耐えたよ。
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リーリエが耐えてきた八年間を、たぬたぬ様が「よく耐えたよ」と置いてくださって、書き手として救われる思いでした。その一言があるだけで、彼女の沈黙の重みが報われた気がします。