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20 リュダール視点
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ティアラがいなくなってどれくらい経つんだろう。
俺は、休みなく仕事に明け暮れていた。そうでもしないと、あの日の彼女の諦めたような顔が浮かんで何も手につかなくなる。
「ねぇ、リュダール。君ちゃんと寝てる?」
「…寝れるわけないでしょう」
「…だよね」
サイラス殿下はパラパラと何枚かの書類に目を通しながら、俺にわかりきった質問をしてくる。殿下の護衛に就いた時から、お互いに気を許し合うまでに時間は掛からなかった。一緒にいる時間が長いからか話す内容はかなりプライベートな事までに至る。
「準備は出来た。リュダール、見届けてくれ」
「…はい」
殿下は決意したように椅子から立ち上がった。この日を迎えるまで、ひたすら根回しをしてきた。それ以外の事も。
「さぁ、行こうか」
「はい」
約半年前に始まったこの計画を、成功させなければ俺の努力は報われない。幼い頃から色んなしがらみに雁字搦めの三歳下の主人が願うたった一度の我儘を叶えてあげたくなったんだ。
それが、ダメな事だとわかっていても。
「リュダール、これが終わったら…」
「これが終わったら、俺は一ヶ月の休暇申請をしますよ」
「一ヶ月…は長くない?」
「全然。それでも我慢してる方です。割に合わなさすぎてやってられないですね」
「ま、そうだね」
はは、と笑う殿下の不安げな顔はあまり見た事がない。俺だって殿下にこんな言葉遣いが出来るのも、あと何日あるかな。多分、俺は近々護衛の任を解かれる。それでも、この男に協力したいと思ったんだ。
「俺は、君を手離すつもりはないからな」
「いずれあなたは臣籍降下するでしょ」
「それまでは俺のだ」
「俺の所有権は一人だけに捧げてますんで、お断りします」
「つれないな」
そう言って笑った彼にもう憂いはなかった。そんな彼に勇気をもらいつつ、俺も気合を入れる。
ティアラに全てを話し、謝罪をして…俺の知られたくなかった秘密を打ち明ける。
それだけは絶対にしたくなかったけど、それ以上にティアラを傷付けたから。もう嫌だって思われてるだろうし、打ち明ける事で顔も見たくないと思われるかもしれない。
でも、諦めたくない。
ティアラだけは、諦めてやれない。
「リュダール、行ってくるよ」
「はい、吉報だけ待ってますよ」
「プレッシャーかけないでよ」
「希望ですよ」
「ん、ありがと」
重厚な扉の前に立つ彼は、一年前とは全く違う表情を見せる。意思を持った殿下は男の俺でも見惚れそうになる。騎士になって初めて仕えた人があなたで良かった。
「護衛はここで待て」
「はい」
俺は指示された場所に立ち、これからの事を考えていた。ティアラは多分、シャリエ様の所にいる。悩んだり落ち込んだりした時は、シャリエ様に会いに行くんだ。
知ってる、そんな事、知ってるよ。
ティアラの事なら何だって。いつだって君だけを見てきたから。ずっとずっと想って来たから。
「……会いたい……」
口の中で呟いた。誰にも聞こえないように。出来るなら君と二人でどこかに閉じこもってしまいたい。俺が見るのは君だけで、君が見るのも俺だけで。
今回の俺の行動は決して許してもらえると思っていない。だからといって、離したくない。
こんな我儘な奴、捨てられて当然なんだって…わかってるんだ、頭では。
それでも心が受け入れられない。どれだけ罵られても、刺されても良い。刺したことへの罪悪感ですら利用したい。
それでも、ティアラに拒否をされたら。
いっそ俺を殺して欲しい。
「リュダール、終わったよ」
「あ…」
扉から外に出て来た殿下を見て、俺は言葉を失った。ぐっと引き結ばれた唇。寄せられた眉間の皺。
「…部屋に戻ろう」
「…はい」
静かにそう告げる殿下の背後を歩く。この人の肩には、どれだけの物がのし掛かっているのか…なんて、ティアラ一人笑顔に出来ない俺が想像も出来ないけれど。
部屋に着くまで無言な殿下と、今日はやけ酒を二人で飲もうと思った。
「どうぞ」
「うん」
扉を開け、殿下が部屋に入り…扉を閉める。それだけの事なのに、空気が重い。
「殿下…」
「リュダール!!やったよ!!陛下の許可が下りた!!」
「…は?」
「だから、認められたんだよ!!ブランシュとの婚約解消が!!」
「え?え!?」
振り返った殿下は大人びた王子の仮面を脱ぎ捨て、少年のように笑った。その美貌には心の底から幸せだと叫ぶような威力がある。
「これでやっと、堂々と彼女に会いに行ける!!」
「は…良かった…ですね?」
「何で疑問系?」
「だってあんなに難しい顔して…俺はてっきり…」
ダメだったのかと思って、酒の手配をしようと思ったというのに。
「いや、気を抜いたらニヤけちゃうからさ!!流石にダメでしょ!!」
「あぁ、まぁ…良かったですね」
「じゃあ、今から求婚しに行くよ!!」
「先触れ出します…」
「よろしく!」
計画は成功した。それは良かった。
でも、本当の意味での本番はここからですよ、殿下…と密かに思った。
ティアラの顔がよぎったけど、今は無理矢理頭から追い出した。
俺は、休みなく仕事に明け暮れていた。そうでもしないと、あの日の彼女の諦めたような顔が浮かんで何も手につかなくなる。
「ねぇ、リュダール。君ちゃんと寝てる?」
「…寝れるわけないでしょう」
「…だよね」
サイラス殿下はパラパラと何枚かの書類に目を通しながら、俺にわかりきった質問をしてくる。殿下の護衛に就いた時から、お互いに気を許し合うまでに時間は掛からなかった。一緒にいる時間が長いからか話す内容はかなりプライベートな事までに至る。
「準備は出来た。リュダール、見届けてくれ」
「…はい」
殿下は決意したように椅子から立ち上がった。この日を迎えるまで、ひたすら根回しをしてきた。それ以外の事も。
「さぁ、行こうか」
「はい」
約半年前に始まったこの計画を、成功させなければ俺の努力は報われない。幼い頃から色んなしがらみに雁字搦めの三歳下の主人が願うたった一度の我儘を叶えてあげたくなったんだ。
それが、ダメな事だとわかっていても。
「リュダール、これが終わったら…」
「これが終わったら、俺は一ヶ月の休暇申請をしますよ」
「一ヶ月…は長くない?」
「全然。それでも我慢してる方です。割に合わなさすぎてやってられないですね」
「ま、そうだね」
はは、と笑う殿下の不安げな顔はあまり見た事がない。俺だって殿下にこんな言葉遣いが出来るのも、あと何日あるかな。多分、俺は近々護衛の任を解かれる。それでも、この男に協力したいと思ったんだ。
「俺は、君を手離すつもりはないからな」
「いずれあなたは臣籍降下するでしょ」
「それまでは俺のだ」
「俺の所有権は一人だけに捧げてますんで、お断りします」
「つれないな」
そう言って笑った彼にもう憂いはなかった。そんな彼に勇気をもらいつつ、俺も気合を入れる。
ティアラに全てを話し、謝罪をして…俺の知られたくなかった秘密を打ち明ける。
それだけは絶対にしたくなかったけど、それ以上にティアラを傷付けたから。もう嫌だって思われてるだろうし、打ち明ける事で顔も見たくないと思われるかもしれない。
でも、諦めたくない。
ティアラだけは、諦めてやれない。
「リュダール、行ってくるよ」
「はい、吉報だけ待ってますよ」
「プレッシャーかけないでよ」
「希望ですよ」
「ん、ありがと」
重厚な扉の前に立つ彼は、一年前とは全く違う表情を見せる。意思を持った殿下は男の俺でも見惚れそうになる。騎士になって初めて仕えた人があなたで良かった。
「護衛はここで待て」
「はい」
俺は指示された場所に立ち、これからの事を考えていた。ティアラは多分、シャリエ様の所にいる。悩んだり落ち込んだりした時は、シャリエ様に会いに行くんだ。
知ってる、そんな事、知ってるよ。
ティアラの事なら何だって。いつだって君だけを見てきたから。ずっとずっと想って来たから。
「……会いたい……」
口の中で呟いた。誰にも聞こえないように。出来るなら君と二人でどこかに閉じこもってしまいたい。俺が見るのは君だけで、君が見るのも俺だけで。
今回の俺の行動は決して許してもらえると思っていない。だからといって、離したくない。
こんな我儘な奴、捨てられて当然なんだって…わかってるんだ、頭では。
それでも心が受け入れられない。どれだけ罵られても、刺されても良い。刺したことへの罪悪感ですら利用したい。
それでも、ティアラに拒否をされたら。
いっそ俺を殺して欲しい。
「リュダール、終わったよ」
「あ…」
扉から外に出て来た殿下を見て、俺は言葉を失った。ぐっと引き結ばれた唇。寄せられた眉間の皺。
「…部屋に戻ろう」
「…はい」
静かにそう告げる殿下の背後を歩く。この人の肩には、どれだけの物がのし掛かっているのか…なんて、ティアラ一人笑顔に出来ない俺が想像も出来ないけれど。
部屋に着くまで無言な殿下と、今日はやけ酒を二人で飲もうと思った。
「どうぞ」
「うん」
扉を開け、殿下が部屋に入り…扉を閉める。それだけの事なのに、空気が重い。
「殿下…」
「リュダール!!やったよ!!陛下の許可が下りた!!」
「…は?」
「だから、認められたんだよ!!ブランシュとの婚約解消が!!」
「え?え!?」
振り返った殿下は大人びた王子の仮面を脱ぎ捨て、少年のように笑った。その美貌には心の底から幸せだと叫ぶような威力がある。
「これでやっと、堂々と彼女に会いに行ける!!」
「は…良かった…ですね?」
「何で疑問系?」
「だってあんなに難しい顔して…俺はてっきり…」
ダメだったのかと思って、酒の手配をしようと思ったというのに。
「いや、気を抜いたらニヤけちゃうからさ!!流石にダメでしょ!!」
「あぁ、まぁ…良かったですね」
「じゃあ、今から求婚しに行くよ!!」
「先触れ出します…」
「よろしく!」
計画は成功した。それは良かった。
でも、本当の意味での本番はここからですよ、殿下…と密かに思った。
ティアラの顔がよぎったけど、今は無理矢理頭から追い出した。
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