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第18話 「オレと一緒に幸せになろう!」
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「あ……」
目を覚ますと、夏樹は見慣れない天井を見上げていた。白い蛍光灯の光、消毒液の匂い、そして微かな機械の音。ここがどこかを考えながら、口を開いた。
「ここは……?」
「夏樹!」
「うわっ!?」
次の瞬間、飛びついて来たのは両親だった。
「目が覚めたかい!?」
「よかった……よかった……!」
母は泣きながら抱きつき、父も安堵の笑みを浮かべている。
「ナツ君、君、半日は寝たままだったんだよ?」
その言葉に、夏樹は自分の状況を理解し始めた。意識を失う直前の記憶が蘇る。
「(そうだ……オレ、川に飛び込んで……でも、泳ぎ切れなくて……)」
夏樹は内心で震えながら、命の危険を感じたあの瞬間を思い出した。自分がここにいるということは、誰かが助けてくれたのだろう。しかし、詳しいことは思い出せない。
「でも、どうしてあんな危険なことをしたんだい?」
「ゴメン……」
両親の心配は尤もだ。千歳のことばかりで、心配してくれる人がいることにまで気が回らなかった。ただ自分の想いだけで突っ走ったことを後悔する。そのことを理解した夏樹は、ただ謝ることしか出来ない。
「実は……」
夏樹が事情を話そうとしたその時、廊下がやけに騒がしくなった。
「こんなとこで見てねぇで入っちまえよ!」
最初に聞こえたのは、竜二の声だった。
「そーそー!せっかく言葉があるんだから、口にしなくちゃ!」
続いて、奏の声が響く。
「大丈夫ですよ、あなたは当事者なんですから」
そして、乙也の落ち着いた声も聞こえる。どうやら、バンドの仲間達が来ている様だ。内容からするに、誰かに話し掛けているのだろうか?
「家族に割り込むほど無粋じゃありません」
夏樹の予想が当たり、4人目の声がした。しかも、その声は千歳の物だった。
「千歳!? いるのか!?」
その声に、夏樹は驚いて顔を上げる。
「ほらほら、お呼びだぜ!」
「矢崎選手、入場でーす!」
「押さないでください……!」
ドアが開き、千歳が強引に部屋へと押し込まれて来た。後ろにはにやけ顔のバンド仲間が見える。
「じゃー、後は若い者同士でー」
奏の笑い声を最後に、ドアが閉められた。
「……こんにちは、矢崎です。お宅の夏樹君とは仲良くさせて貰っています」
居た堪れなくなった千歳が、無難な挨拶をした。父は笑顔で、母も涙を拭きながら応じた。
「いやいや、こちらこそ。君がうちのナツ君を助けてくれたそうじゃないかい」
「ありがとう。救急車まで呼んでくれて……」
その言葉に、夏樹は目を見開く。やはり、気を失う寸前、千歳の声が聞こえたのは気のせいではなかったのだ。
「千歳が助けてくれたのか?ありがとう……また助けられちまったな」
千歳の前では情けない姿を晒してばかりな気がする。もはや、アルファの威厳は微塵もない。夏樹は、何度も何度も礼を言った。
「『ありがとう』、じゃありませんよ!」
そんな夏樹の緊張感のない態度に、千歳は目を吊り上げ、詰め寄って来た。
「何考えてるんですか?もう少しで死ぬとこだったんですよ!」
「命、懸けたんだよ」
千歳の怒声に、夏樹は即答した。
「ごめん……でも、これ以外方法が思いつかなかったんだ。結局、上手く行かなかったけどな」
「……命懸けるって……そう意味じゃ……」
千歳の口から言葉が零れ落ちた。
「……行こうか、母さん」
「うん」
2人の様子に、何かを感じ取った両親が立ち上がった。病室には夏樹と千歳だけが残される。
両親が出て行き、部屋には静寂が訪れる。
「でもさ、ほら! オレ、死ななかったよ!」
夏樹はしばらく黙っていたが、不意に顔を上げると、両手を広げて自分の無事をアピールした。
「……っ」
明るい口調でそう言う夏樹に、千歳は一瞬息を呑んだ。その反応を見て、夏樹はさらに畳み掛けるように言葉を続けた。本当は川を泳ぎ切って言うはずだった言葉だ。それを“今”、“ここ”で言う。最高にカッコ悪いけれど、構うものかと思った。この際、自分の“本気”が、“覚悟”が伝われば、形なんかどうだっていい。
「オレは死なない!絶対、お前より先に死なない!千歳を”千歳の母さん”みたいなことにしないよ!足が吹っ飛ぼうが、手がもげようが、腹が裂けようが、絶対お前より長生きしてやる!」
それは“千歳の命を背負って生きてやる”と言う宣言だ。どんな理由であれ、『番』を喪って割を食うのは『オメガ』だけだ。ならば、『番』にする以上、“アルファは一秒でもオメガより長く生きる義務がある。そして、それを自分は全うする”と言う夏樹なりの答えだった。
……尤も、端から見れば、その言い分は滅茶苦茶。理論も何もあったものではない。だが、その言葉には“千歳のトラウマ”にも寄り添おうとする真摯な気持ちがあった。気圧された千歳は何も言い返せなくなってしまう。
「オレには何もないよ!」
夏樹は、更に言葉を重ねる。
「オレは何もない!金も地位も家柄も! 顔も頭も肉体も! 性別が『アルファ』ってだけだ!千歳に勝てるとこなんて1つもないし、”守る”なんて冗談でも言えない! でも……オレはお前といたいんだよ!」
言葉と共に、夏樹は千歳の両肩をしっかりと掴んだ。2人の視線がぶつかり合う。
「何が”千歳の幸せ”なのか、全くわからない!でも、それで終わりになんかしたくない!わからないなら、それを一緒に探したい!千歳がオレの隣で幸せになってくれたら、オレは嬉しい!必ず、幸せに……いや、これはお前には合わないよな?オレと一緒に幸せになろう!」
それは今の夏樹に出来る、精一杯の告白だった。
「……」
夏樹の告白を受けた千歳の脳裏に、先日の母の言葉が浮んだ。”少しずつでいい。信じてみて。受け入れてみて”。
「……君には負けました」
千歳はしばらく沈黙していたが、程なく溜息と共に、ぽつりと言った。
千歳の胸に広がったのはある種の”敗北感”だった。だが、これまで感じたことのない温かさがあった。
「本当!?」
夏樹の顔がぱっと明るくなる。
「じゃあ……!」
「ただし!」
早速『番契約』を口にしようとした夏樹だったが、それは他ならぬ千歳本人から止められてしまった。
「『番契約』は待って欲しいんです」
千歳は不安そうに視線を泳がせながら、しかし毅然とした口調で続ける。
「オレは、今はまだ泳いでいたいんです。競泳選手でいたい。銀メダルじゃ足りないんです。今度は金メダルを取りたいんです」
千歳は心苦しそうに言った。”自分のキャリアを優先したい”。そう言うことなのだろう。
「それに……まだ『番契約』に踏み切るのは、俺の気持ちの整理が付かないと言うか……」
有り体に言えば”不安”なのだ。競泳の舞台で戦う千歳は”クールで負けん気の強いアスリート”だが、その仮面の下の素顔は、あの頃の……”ラッシュガードが脱げない中学生”のままだった。拳を振り上げる相手を迎え撃つ勇気はあっても、広げられた腕に飛び込む勇気はまだない。
だが、この目の前で文字通り“自分に全てを懸けて見せたアルファ”に応えたい気持ちもある。ほんの少し、“自分も賭けてみよう”と思ったのだ。
「だから……その……俺が選手としてのキャリアを終えた時……その時、夏樹の気持ちが変わっていなかったら、俺の方から改めて申し込ませてください。だから、それまでは”恋人”……と言う形で……それではダメですか?」
千歳は、恐る恐る言った。彼なりの妥協点だったが、普段の強気な態度とのギャップに、夏樹は図らずも『可愛い』と思ってしまった。
「もちろん! オレ、待つよ! 何年でも! ずっとずっと応援するよ! 千歳だったら、絶対金メダル取れるって信じてるぜ!」
夏樹は抑えきれずに千歳に抱きついた。
「これからは『恋人』としてよろしく!」
「……」
千歳は戸惑いながらも夏樹を受け止め、その手をそっと夏樹の背に回した。
「こちらこそ……」
2人の関係が、次の段階へと進んだ瞬間だった。
そんな2人をドアの隙間から除く人影があった。
「ナツ君……よかったなあ!」
「お父さん、聞こえるよ?」
今度は父が泣いており、母が笑顔でその涙を拭いている。
「ったく、ハラハラさせやがって」
竜二が、苦笑と共に言った。
「納まるところに納まったようですね」
乙也が、溜息を吐いた。眼鏡の奥の目が潤んでいるのは気のせいではないだろう。
「なっちゃん、おめでとー!」
奏は小さな声で、しかし惜しみない祝福の言葉をかけた
「いい話ですね……!」
「事実は小説よりも奇なりっ」
「先に、次の病室回りましょうか」
ついでに回診の先生と看護師の皆さんもいたと言う。
目を覚ますと、夏樹は見慣れない天井を見上げていた。白い蛍光灯の光、消毒液の匂い、そして微かな機械の音。ここがどこかを考えながら、口を開いた。
「ここは……?」
「夏樹!」
「うわっ!?」
次の瞬間、飛びついて来たのは両親だった。
「目が覚めたかい!?」
「よかった……よかった……!」
母は泣きながら抱きつき、父も安堵の笑みを浮かべている。
「ナツ君、君、半日は寝たままだったんだよ?」
その言葉に、夏樹は自分の状況を理解し始めた。意識を失う直前の記憶が蘇る。
「(そうだ……オレ、川に飛び込んで……でも、泳ぎ切れなくて……)」
夏樹は内心で震えながら、命の危険を感じたあの瞬間を思い出した。自分がここにいるということは、誰かが助けてくれたのだろう。しかし、詳しいことは思い出せない。
「でも、どうしてあんな危険なことをしたんだい?」
「ゴメン……」
両親の心配は尤もだ。千歳のことばかりで、心配してくれる人がいることにまで気が回らなかった。ただ自分の想いだけで突っ走ったことを後悔する。そのことを理解した夏樹は、ただ謝ることしか出来ない。
「実は……」
夏樹が事情を話そうとしたその時、廊下がやけに騒がしくなった。
「こんなとこで見てねぇで入っちまえよ!」
最初に聞こえたのは、竜二の声だった。
「そーそー!せっかく言葉があるんだから、口にしなくちゃ!」
続いて、奏の声が響く。
「大丈夫ですよ、あなたは当事者なんですから」
そして、乙也の落ち着いた声も聞こえる。どうやら、バンドの仲間達が来ている様だ。内容からするに、誰かに話し掛けているのだろうか?
「家族に割り込むほど無粋じゃありません」
夏樹の予想が当たり、4人目の声がした。しかも、その声は千歳の物だった。
「千歳!? いるのか!?」
その声に、夏樹は驚いて顔を上げる。
「ほらほら、お呼びだぜ!」
「矢崎選手、入場でーす!」
「押さないでください……!」
ドアが開き、千歳が強引に部屋へと押し込まれて来た。後ろにはにやけ顔のバンド仲間が見える。
「じゃー、後は若い者同士でー」
奏の笑い声を最後に、ドアが閉められた。
「……こんにちは、矢崎です。お宅の夏樹君とは仲良くさせて貰っています」
居た堪れなくなった千歳が、無難な挨拶をした。父は笑顔で、母も涙を拭きながら応じた。
「いやいや、こちらこそ。君がうちのナツ君を助けてくれたそうじゃないかい」
「ありがとう。救急車まで呼んでくれて……」
その言葉に、夏樹は目を見開く。やはり、気を失う寸前、千歳の声が聞こえたのは気のせいではなかったのだ。
「千歳が助けてくれたのか?ありがとう……また助けられちまったな」
千歳の前では情けない姿を晒してばかりな気がする。もはや、アルファの威厳は微塵もない。夏樹は、何度も何度も礼を言った。
「『ありがとう』、じゃありませんよ!」
そんな夏樹の緊張感のない態度に、千歳は目を吊り上げ、詰め寄って来た。
「何考えてるんですか?もう少しで死ぬとこだったんですよ!」
「命、懸けたんだよ」
千歳の怒声に、夏樹は即答した。
「ごめん……でも、これ以外方法が思いつかなかったんだ。結局、上手く行かなかったけどな」
「……命懸けるって……そう意味じゃ……」
千歳の口から言葉が零れ落ちた。
「……行こうか、母さん」
「うん」
2人の様子に、何かを感じ取った両親が立ち上がった。病室には夏樹と千歳だけが残される。
両親が出て行き、部屋には静寂が訪れる。
「でもさ、ほら! オレ、死ななかったよ!」
夏樹はしばらく黙っていたが、不意に顔を上げると、両手を広げて自分の無事をアピールした。
「……っ」
明るい口調でそう言う夏樹に、千歳は一瞬息を呑んだ。その反応を見て、夏樹はさらに畳み掛けるように言葉を続けた。本当は川を泳ぎ切って言うはずだった言葉だ。それを“今”、“ここ”で言う。最高にカッコ悪いけれど、構うものかと思った。この際、自分の“本気”が、“覚悟”が伝われば、形なんかどうだっていい。
「オレは死なない!絶対、お前より先に死なない!千歳を”千歳の母さん”みたいなことにしないよ!足が吹っ飛ぼうが、手がもげようが、腹が裂けようが、絶対お前より長生きしてやる!」
それは“千歳の命を背負って生きてやる”と言う宣言だ。どんな理由であれ、『番』を喪って割を食うのは『オメガ』だけだ。ならば、『番』にする以上、“アルファは一秒でもオメガより長く生きる義務がある。そして、それを自分は全うする”と言う夏樹なりの答えだった。
……尤も、端から見れば、その言い分は滅茶苦茶。理論も何もあったものではない。だが、その言葉には“千歳のトラウマ”にも寄り添おうとする真摯な気持ちがあった。気圧された千歳は何も言い返せなくなってしまう。
「オレには何もないよ!」
夏樹は、更に言葉を重ねる。
「オレは何もない!金も地位も家柄も! 顔も頭も肉体も! 性別が『アルファ』ってだけだ!千歳に勝てるとこなんて1つもないし、”守る”なんて冗談でも言えない! でも……オレはお前といたいんだよ!」
言葉と共に、夏樹は千歳の両肩をしっかりと掴んだ。2人の視線がぶつかり合う。
「何が”千歳の幸せ”なのか、全くわからない!でも、それで終わりになんかしたくない!わからないなら、それを一緒に探したい!千歳がオレの隣で幸せになってくれたら、オレは嬉しい!必ず、幸せに……いや、これはお前には合わないよな?オレと一緒に幸せになろう!」
それは今の夏樹に出来る、精一杯の告白だった。
「……」
夏樹の告白を受けた千歳の脳裏に、先日の母の言葉が浮んだ。”少しずつでいい。信じてみて。受け入れてみて”。
「……君には負けました」
千歳はしばらく沈黙していたが、程なく溜息と共に、ぽつりと言った。
千歳の胸に広がったのはある種の”敗北感”だった。だが、これまで感じたことのない温かさがあった。
「本当!?」
夏樹の顔がぱっと明るくなる。
「じゃあ……!」
「ただし!」
早速『番契約』を口にしようとした夏樹だったが、それは他ならぬ千歳本人から止められてしまった。
「『番契約』は待って欲しいんです」
千歳は不安そうに視線を泳がせながら、しかし毅然とした口調で続ける。
「オレは、今はまだ泳いでいたいんです。競泳選手でいたい。銀メダルじゃ足りないんです。今度は金メダルを取りたいんです」
千歳は心苦しそうに言った。”自分のキャリアを優先したい”。そう言うことなのだろう。
「それに……まだ『番契約』に踏み切るのは、俺の気持ちの整理が付かないと言うか……」
有り体に言えば”不安”なのだ。競泳の舞台で戦う千歳は”クールで負けん気の強いアスリート”だが、その仮面の下の素顔は、あの頃の……”ラッシュガードが脱げない中学生”のままだった。拳を振り上げる相手を迎え撃つ勇気はあっても、広げられた腕に飛び込む勇気はまだない。
だが、この目の前で文字通り“自分に全てを懸けて見せたアルファ”に応えたい気持ちもある。ほんの少し、“自分も賭けてみよう”と思ったのだ。
「だから……その……俺が選手としてのキャリアを終えた時……その時、夏樹の気持ちが変わっていなかったら、俺の方から改めて申し込ませてください。だから、それまでは”恋人”……と言う形で……それではダメですか?」
千歳は、恐る恐る言った。彼なりの妥協点だったが、普段の強気な態度とのギャップに、夏樹は図らずも『可愛い』と思ってしまった。
「もちろん! オレ、待つよ! 何年でも! ずっとずっと応援するよ! 千歳だったら、絶対金メダル取れるって信じてるぜ!」
夏樹は抑えきれずに千歳に抱きついた。
「これからは『恋人』としてよろしく!」
「……」
千歳は戸惑いながらも夏樹を受け止め、その手をそっと夏樹の背に回した。
「こちらこそ……」
2人の関係が、次の段階へと進んだ瞬間だった。
そんな2人をドアの隙間から除く人影があった。
「ナツ君……よかったなあ!」
「お父さん、聞こえるよ?」
今度は父が泣いており、母が笑顔でその涙を拭いている。
「ったく、ハラハラさせやがって」
竜二が、苦笑と共に言った。
「納まるところに納まったようですね」
乙也が、溜息を吐いた。眼鏡の奥の目が潤んでいるのは気のせいではないだろう。
「なっちゃん、おめでとー!」
奏は小さな声で、しかし惜しみない祝福の言葉をかけた
「いい話ですね……!」
「事実は小説よりも奇なりっ」
「先に、次の病室回りましょうか」
ついでに回診の先生と看護師の皆さんもいたと言う。
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