【完結】嬉しいと花を咲かせちゃう俺は、モブになりたい

古井重箱

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07.

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 金曜はあいにくの曇りだった。鈍色の雲が空を覆い隠している。
 登校しようとする俺に、父が険しい顔で言った。

「今日は何やら嫌な予感がする……」
「もしかしたら悪しき怪異が出現するのかも!? 俺が倒さないと!」
「伊織にできるのは、<花>を喚ぶことだけだろう。囮ぐらいにはなれるかもしれないが、戦闘は蛇使いやいぬ使いのマレビトに任せるのがいい」
「……でも父さん、俺は」
「無理はするなよ」

 心配そうな表情の父に送り出されて、俺は学校へと向かった。
 教室へとたどり着いた俺は、クラスの雰囲気がいつもと違うことに気づいた。

「綺羅斗、今日不機嫌じゃない?」

 宝田さんが話しかけても綺羅斗は反応が薄かった。
 俺は教室のすみっこから、綺羅斗の様子を伺っていた。ちらりと見えた横顔には苛立ちのようなものが浮かんでいる。おおらかな綺羅斗らしくない。

「こいつ、もうすぐ対外試合があるから気が立ってるんだろ」
「えーっ? 公式戦じゃないんでしょ」
「そうだよ、綺羅斗。一年生のレギュラーだからって気負うことはないぜ?」

 サッカー部員が取りなしても綺羅斗は疎ましそうに視線をそらすだけだった。こんな綺羅斗は見たことがない。

「……綺羅斗、綺羅斗ってうるせーよ」

 喉の奥から絞り出したような声でつぶやくと、綺羅斗は教室を出ていった。
 嫌な予感がする。
 ホームルームの開始時間が迫っていたが、俺は廊下に出て綺羅斗を追いかけた。綺羅斗の足は俺たちのランチタイムの定番だった、屋上へと続く階段の踊り場に向かっていく。
 ひと気のない踊り場に到着して、ようやく俺は綺羅斗の肩に触れることができた。

「綺羅斗! どうしたんだ?」
「……ククク。よく来たな。花使いのマレビトよ」
「おまえ……綺羅斗じゃないな」

 綺羅斗の姿をしていたものがぐにゃりと輪郭を変える。コールタールを煮詰めたようなドス黒いモノが円柱を形作っている。俺は間合いを取ろうとしたが、ドス黒いモノに手首を掴まれてしまった。ひやりとした感触が俺の心身を侵食していく。
 恐怖を感じている場合じゃない。
 俺はドス黒いモノに罵声を浴びせた。

「ふざけんじゃねぇっ! 綺羅斗をどこにやった?」
「<器>なら校庭にいる」
「ウツワ? 何だ、それ」
「われら悪しき怪異の親玉を降ろす<器>ということだよ」
「綺羅斗が……!?」
「あれほどの適合者はいないというのに、一緒にいて気づかなかったとはな。愚かなマレビトだ」

 そんな……!
 だって綺羅斗はみんなの人気者で、俺のことを気にかけてくれた優しい奴で、悪意なんて少しも持ち合わせてはいない。そんな綺羅斗が悪しき怪異の親玉の憑代になるだって? 信じられるかよ!

「強き光は濃い影を落とす。鈴木綺羅斗は人望が厚く、純粋だ。魂の輝きが他の人間とは違う」
「綺羅斗に何かしたら許さない!」
「おまえごときに何ができる」
「この手を離せっ!」

 俺はドス黒いモノに体当たりを喰らわせた。相手が一瞬怯んだところで自由を奪い返し、俺は階段を駆け下りた。そのまま廊下を突っ切って校庭に出る。
 綺羅斗はグラウンドの中央に立っていた。いつもはいきいきと輝いている双眸が沈んでいる。綺羅斗のすらりとした体を覆っているのは黒い霧だ。禍々しいオーラを放っている。

「綺羅斗! しっかりしろ」

 俺の呼びかけに対して、綺羅斗ではなくしゃがれた声が応じた。この霧が喋っているのか?

「無駄だ。<器>は我に精気を吸われ、衰弱している」
「……俺の友達になんてことを!」

 怒りが爆発した。頭頂部からつま先まで熱くなる。
 俺の感情に連動して<花>が出現した。
 怒りを源とする<花>は血のように赤い花びらを持つ薔薇だった。俺が念じると、赤い薔薇は綺羅斗を拘束している黒い霧に向かって飛んでいった。
 黒い霧が綺羅斗の体から離れる。

「花使いか、忌々しい。まずは貴様から処分しよう」

 ずぞぞぞっという、おぞましい音を立てて黒い霧が俺に接近する。俺は再び<花>を喚ぼうとした。すると墨に浸したように花弁が真っ黒な薔薇が現れた。むせ返るほど香りが濃い。
 黒い霧が、漆黒の薔薇を吸収して濃度を増していく。

「ふははははっ。恐怖の味はやはりいいものだな」
「俺は……おまえを恐れてなどいない!」
「強がりはよせ。他のマレビトは誤情報に釣られて、別の場所に散っている。援軍は到着しないのさ、花使いよ」
「くそっ!」

 花しか喚べない俺にこいつが倒せるだろうか?
 弱気になればなるほど、漆黒の薔薇を生み出してしまう。真っ黒なカーテンのような形状になったバケモノが、俺の全身に絡みついて自由を奪った。

「勝負あったな」
「俺は……負けたくない! 綺羅斗を助けるんだ」

 その時のことだった。
 誰かが俺の体に張りついたバケモノを剥がそうとした。
 
「三塚くんに乱暴をしたら、許さない!」
「綺羅斗!」

 精気を吸われてフラフラだろうに、綺羅斗は敢然とバケモノに立ち向かった。綺羅斗は俺のために身を投げ出してくれたのか? 俺は彼の熱い気持ちに感動した。
 綺羅斗は俺の友達だ。
 こいつは、俺に自分を認めることを教えてくれた。
 綺羅斗。
 俺はおまえと会えてよかった。

「な、なんだと……!? 花使いにまだ余力が残っていたのか?」

 全身がカッと熱くなり、視界が白む。俺は数えきれないほどたくさんのピンクの薔薇を喚び出した。甘い匂いが鼻先をくすぐる。
 恐怖と違って、喜びから生まれた<花>はバケモノの糧にはならないようだ。
 黒かったバケモノの体色が薄くなっていく。あとひと押しだ。
 綺羅斗が俺を抱きしめる。

「三塚くんと海に行きたい。それから、クレープを食べたり、お互いの部屋で勉強をしたり。ともかく一緒にいたい」
「俺もだよ、綺羅斗」

 楽しい想像をしているうちに俺の能力にアクセルがかかって、ピンクの薔薇が虚空を埋め尽くした。バケモノはもはや、淡いグレーのモヤに成り果てていた。俺はバケモノを掴むと、ころんとした感触を確かめた。これはバケモノの核だ。こいつを壊せば、こいつは再起不能になる。

「や、やめてくれーっ!」
「俺の友達を苦しめた罰だ。消えろっ!」

 手に力を入れる。
 バケモノは断末魔すら上げずに、この世から去った。
 俺と綺羅斗は膝立ちになった。わずかに残っていた体力を振り絞り、綺羅斗の体にしがみつく。

「おまえがバケモノに狙われてたこと、気付かなくてごめんな」
「謝らないでよ。俺、無事なんだからさ」
「綺羅斗。好きだ」
「俺もだよ」

 唇が迫ってきたので、俺は狼狽した。

「えっ!? 好きってそういう意味?」
「三塚くんは違うの?」
「俺にとって綺羅斗は初めての友達だから……」
「そっか。まあ、まだ時間はあるからね。じっくり俺の気持ちを受け入れてもらえればそれでいい」

 綺羅斗に髪を撫でられる。
 友達の距離感ではないけれども、優しい手つきで触れられるのは悪い気がしなかった。
 時が満ちれば、俺は綺羅斗と恋人になるかもしれない。
 今はとりあえず、友達として仲良くしていたかった。
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