勇者と冥王のママは今日から魔王様と

蛮野晩

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Episode1・ゼロス誕生

王妃の外遊5

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「ブレイラ、あれしってるぞ! イカだ! でも、うみでみたのとちがう?」
「魚屋さんのイカですからね、干して食べられるようにしてあるんです。モルカナの海で見たのは生きているイカですから色も形も少し違ってるんです」
「ほしたから?」
「そう、干したからです」

 そう答えると、イスラは興味津々に市場の鮮魚を見ています。
 夕暮れの時間。
 私はゼロスを抱っこし、イスラを伴って街の市場を歩いていました。その後ろに召使いに扮したコレットとマアヤが控えてくれています。
 他にも、街の人々に紛れて護衛兵士が商人や農民に変装して付かず離れずの距離にいてくれる。
 予定外の仕事で皆に迷惑をかけてしまいましたが、こうして出歩かせてもらえることに感謝したいです。
 夕暮れの市場は多くの人で賑わい、イスラも見慣れない光景に喜んでいます。その姿に私も嬉しくなる。

「ブレイラ、あれはなんだ?」

 イスラの指さした先を見ると小さな露店が出ています。そこでは嬉しそうに飴を食べている子ども達の姿がありました。

「どうやら飴を売っているようですね」
「あめ。……オレもたべたい」

 美味しそうに飴を舐めている子ども達の様子にイスラも瞳を輝かせます。
 叶えてあげたい可愛らしいおねだりです。

「いいですよ、一つ頂きましょう。ここで見ていてあげますから、あの子ども達のように一人で買いに行ってみますか?」
「ひとりで?!」
「はい。できますか?」

 自分で言っておきながらイスラに一人で買い物をさせるのは初めてなので心配です。
 でも飴売りの露店で並んでいるのは子ども達ばかり。露天商は子ども相手の商売に慣れているようなので、初めての買い物には打ってつけです。
 イスラは私と飴売りの露店を交互に見て、気合いを入れるように小さな拳をぎゅっと握る。

「……やってみるっ」
「いってらっしゃい。頑張ってくださいね」

 頷くと、控えていたコレットがイスラに硬貨を渡してくれます。
 小さな手で硬貨を握りしめ、イスラは緊張しながらも飴売りの露店へ歩き出しました。
 それを見守りながら私も緊張してしまう。

「……イスラは上手く飴を買えるでしょうか」

 大丈夫と分かっていても心配になるものです。
 遠目にハラハラしながら待っていると、少ししてイスラが興奮したような顔で駆けてきました。片手には琥珀色の飴を握っている。また一つ出来ることが増えましたね。

「ブレイラ、できたぞ!」
「おかえりなさい。一人でお買い物ができるなんてお利口ですね」
「オレはおりこうだ!」
「はい、お利口です。ゼロス、イスラが上手に買い物できたんですよ? すごいですね」
「あーあー」

 抱いているゼロスにも伝えると、イスラに向かって小さな手を伸ばす。
 その手と飴を交互に見たイスラはムムッと眉間に皺を寄せました。少し躊躇いながらも、おずおずと飴を差し出してくれます。

「……たべたいのか?」

 そう聞きながらもぐっと唇を噛みしめるイスラ。
 本当は自分で食べたいのに、ゼロスが伸ばした小さな手を無視できないのです。
 私は飴を差し出すイスラの手にそっと触れました。

「ありがとうございます。でもそれはイスラが食べなさい。ゼロスは赤ちゃんですから食べないんです」
「そうなのか?」
「はい。だから、あなたが食べなさい」
「うん!」

 納得したイスラが飴を嬉しそうに食べ始めました。
 その姿に目を細める。嬉しいです、譲ろうとしてくれたイスラの気持ちが。
 夕陽の光を映した琥珀色の飴。蕩けるような甘さにイスラは満足そうでした。

「では行きましょうか」

 こうして私たちはまた大通りを歩きました。
 でも突き当たりを前にして、私の足が止まる。
 そこには細い脇道があり、その通路を通った先にあるのは貧民街。私がこの街で薬を売っていた場所です。

「ブレイラ様、お気持ちは分かりますが、それだけはなりません」

 ふと控えていたコレットが言葉を掛けてきました。
 どうやら私の揺れた気持ちを察したようです。

「分かっています。こうして出歩かせてもらっているだけでも特別な配慮を頂いたものですからね」
「ご理解頂けて感謝いたします」

 コレットが深々と一礼しました。
 私もそれに頷いて、そのまま踵を返そうとしました。
 でもふと、ローブの裾がくいくいと引かれる。イスラです。

「どうしました?」
「ブレイラ、あれ」

 イスラが指差した先には粗末な服を着た女の子がいました。
 貧民街から表通りへ出てきた女の子は不安そうにきょろきょろしています。
 貧民街と表通りでは行き交う人々も建物も別世界のように違っていて圧倒されているのです。それは私にも覚えのあるものでした。山から街へ降りると、いつも身も心も縮こまるような気持ちになっていたのですから。

「いいですよ、行ってきても」
「いいの?」
「気になるんですよね?」
「うん」

 頷いたイスラに笑いかけます。
 イスラも安心したような顔になり、「いってくる!」と女の子のところに駆けて行きました。
 しばらくしてイスラが女の子を連れて歩いてきます。
 見知らぬ女の子が近づいてくることに警戒したコレットとマアヤは私を下がらせようとしましたが、「大丈夫ですよ」と手で制して彼女たちに下がってもらいました。
 彼女たちの役目を思えば申し訳ないことですが、不安げな女の子は今にも泣いてしまいそうな顔をしているのです。

「イスラ、どうしました? その女の子はどうしたのですか?」
「へんなのがきたんだって。へんなのがきて、おかあさんがいなくなったって」
「変なの?」
「うん。おおきくて、へんなの。おばけみたいだって」

 ますます意味が分かりません。でもこの女の子のお母様がいなくなったというなら一大事です。
 私は膝をつき、不安げな女の子の顔を覗き込む。
 でも女の子は怯えたように後ずさりする。女の子は身を縮こまらせ、ちらちらと私を見ながら自分の粗末な衣服をぎゅっと握りしめました。

「すみません、これでは失礼ですよね」

 私は被っていたヴェールを取りました。
 コレットが苦い顔をしましたが、ごめんなさい、お話しするのに顔を隠していては失礼ですよね。
 素顔を見せて微笑すると、女の子は驚いたような顔になりました。
 この女の子が他人に怯えるのは不遇な扱いを受けたことが多くあるからでしょう。貧民街で薬を売っていた私にも覚えのあることです。
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