勇者と冥王のママは今日から魔王様と

蛮野晩

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Episode1・ゼロス誕生

王妃の外遊12

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 翌朝。
 木窓から差し込む眩しい朝陽に誘われて重い瞼を開けました。
 側ではイスラとゼロスが気持ちよさそうに眠っています。

「おはようございます」

 二人の額にそっと口付けて、静かにベッドを降りました。
 眠っている二人が起きる前に朝食の準備を始めます。
 朝食の準備といっても、ここに常備している食料はないので食事らしい食事は用意できません。ましてや魔界の城で食べるような豪華な料理など不可能です。
 でも、少しでも何か食べられるものを用意してあげたい。
 私は早朝の山で木の実や薬草を取りました。それを使ってさっそく朝食の準備です。
 土間で朝食を作っていると、ベッドの布団がごそごそ動きだす。

「んん……、おはよう、ブレイラ」
「おはようございます。イスラ」

 振り向いて声を掛けると、イスラは重い瞼を擦りながら私を見ていました。
 朝食の準備を中断してベッドのイスラの元へ。

「寝癖がついてますよ?」
「どこ?」
「ここです」

 外跳ねの髪が更に外に跳ねてしまっている。
 髪を手櫛で整えてやり、ゼロスを起こさないようにイスラを抱っこでベッドから降ろしてあげます。

「井戸で顔を洗ってきなさい。もうすぐ朝食ですよ?」
「わかった」

 イスラは寝起きのぼんやりした顔のまま木戸に歩いていきます。
 でも振り返って甘えた表情で私を見上げてくる。

「ブレイラ、ここ」

 ん、と背伸びして顔を突き出してきました。
 私は思わず笑ってしまいそうになりましたが、そっと額に口付けます。

「おはようございます。良い朝ですね」
「うん」

 イスラは照れ臭そうにはにかんで、「かお、あらってくる」と外に駆け出していきました。
 それを見送っていると、またごそごそとベッドの布団が動きます。

「ああ、ゼロスも目が覚めたんですね。もうすぐ朝食ができますよ」
「あうー」

 ころんっと寝転んだまま両手を差し出され、その小さな体をそっと抱き上げました。

「ゼロスもおはようございます」

 そう言って額に口付けると、くすぐったそうにゼロスが肩を竦めます。
 腕の中の温もりをあやすように抱っこしていると、顔を洗ったイスラが戻ってきました。

「ブレイラ、おなかすいたー!」
「はいはい、それじゃあゼロスを見ててください。すぐに支度しますね」

 私はゼロスをイスラに預け、朝食の準備を急ぎます。
 テーブルに朝食が整ったら、さあさっそく三人で食事の時間です。




 朝食を終えた後、三人で山を散歩しました。
 私とイスラにとっては懐かしい山の風景ですがゼロスにとっては初めてです。
 山の小動物や鳥を目にするたびにイスラが張り切ってゼロスに教えていました。
 散歩を終えて家に帰り、のんびりした時間を過ごしていると。

 ――――コンコン。

 木戸がノックされました。
 来訪者に私はゼロスを抱っこし、イスラを連れて木戸に向かう。
 ゆっくりと木戸を開けます。

「ただいま」
「おかえりなさい、ハウスト」

 そこに立っていたのはハウストでした。
 そしてハウストの背後には、小さな家を囲むようにして魔界のたくさんの士官、兵士、女官、侍従が跪いていました。
 ハウストが迎えに来てくれたのです。

「お待ちしていました」
「ああ、待たせたな」
「いいえ、政務お疲れ様です」

 ハウストは私の腰をやんわり抱き寄せ、額にただいまの口付けをくれる。
 彼が家の中を見回しました。

「入っても?」
「もちろんです。あなたも暮らしていた家でしょう」
「ああ、懐かしいな。俺も来たかった場所だ」
「一緒、ですね」

 照れてしまう私の頬をハウストは指でひと撫でします。
 ハウストは外の士官たちに待つように命じると、私の背に手を添えて一緒に家に入りました。

「お茶を淹れますから座っていてください。といっても、ここに紅茶はないので薬草を煎じたものですが」

 手早くお茶を淹れてハウストの前にカップを置きました。
 ハウストは懐かしそうに目を細めて一口飲む。

「懐かしい味だ」

 私も自分のカップを持って彼の正面の椅子に座りました。
 迎えが来たのなら、本当はすぐに魔界に帰らなくてはならないのでしょう。
 でも、私もハウストも名残り惜しいのです。せめてお茶を一杯飲む時間だけ。
 ハウストと私は家の中で遊ぶイスラとゼロスを眺めながら他愛ない話しをします。

「コレットから報告を受けている。大変だったそうだな」
「はい。でもイスラが頑張ってくれましたし、なによりゼロスが」
「ああ。ゼロスの力は魔界にいても感じられた。やはり王は王だな」
「そうですね。分かっていたことですが」

 もう少し普通の赤ん坊でいてほしかったのが本音です。
 ゼロスのお陰で窮地は救われたのに、これは私の我儘ですよね。
 無意識に視線が下がっていきましたが、テーブルに置いていた私の手にハウストの手が重ねられました。
 そっと握られた手に顏を上げるとハウストは甘やかな瞳で私を見ています。

「気にするな。お前はそれでいい」
「ハウスト……」

 重ねられた手がじんわり温かい。
 ありがとうございます。彼はどんな時も私の気持ちを否定せず、許してくれるのです。

「ゼロスの力の事だが、力の解放と同時にとある区域で微小な生命反応を感じた。この星に新しい何かが誕生したんだ。もう少し検証が必要だがゼロスの覚醒と無関係とは思えない」
「そうでしたか。あの子も神格の王ですからね……」

 きっと何かがあるのでしょう。
 卵から生まれた王は大きな宿命を背負っています。冥界は消滅しましたが、ゼロスが冥王なのは違えようのない事実です。
 喉が渇いていくような気がして一口お茶を飲む。
 大丈夫、カップはまだ空ではありません。

「ゼロスといえば、昨夜凄かったのはそれだけではないんです」
「なにかあったのか?」
「はい、聞いてください。あの子、ハイハイしたんです。ぴんっと腕を伸ばしてぐんぐん前へ進んだんです。それはもう見事なハイハイで、初めてとは思えませんでした」
「それは凄いな。ぜひ見てみたい」
「みたいか?!」

 私達の会話を聞いていたイスラがパッと反応しました。
 イスラがゼロスを両手で抱えて立っています。期待を込めた眼差しにハウストは口元だけで笑いました。

「見せてくれるのか?」
「まかせろ!」

 イスラはさっそくとばかりにゼロスを床に降ろし、自分は少し離れた場所に立ちます。

「こいゼロス! こっちだ!」
「あーうー」

 イスラが必死に呼び寄せるも、ゼロスはちょこんとお座りしたまま手をグーパーと閉じたり開いたり。どうやらハイハイの気分ではないようです。

「ゼロス、たんれんのせいかをみせてやれ! しゅうちゅうだ!」

 しかし、集中という言葉にハウストが口元を手で覆う。
「……集中」苦い顔で目を逸らした彼に、いけませんね、私はニヤニヤしてしまいますよ。

「ふふ、どうしました? なにか思い当たることでも?」
「ブレイラ、イスラは……」
「ゼロスを鍛錬してくれているみたいですよ。なかなか厳しい鍛錬のようです。集中とか言って」

 からかう私にハウストは眉間に皺を刻みました。
 ああその表情、イスラが真似するではないですか。
 私はハウストの眉間に手を伸ばし、指でそっともみもみしてあげます。

「イスラはそうやって強くなったのですね。私はここでのあなたとイスラの鍛錬を見たことがなかったので少し興味深かったですよ。今度、あなたとイスラの剣術の稽古を見学させてくださいね」
「好きにしろ」
「はい。ゼロスと一緒に行きますね」

 私とハウストがこうして話している間もイスラとゼロスのやり取りは続いています。

「いいか、ゼロス。おうは、まけることはゆるされない」
「あぶ!」
「おうは、にげちゃだめなんだ」
「あぶ!」
「おうは、つよいんだ」
「あぶぶ!!」

 どうやらイスラの説得はゼロスに届いたようで、今までお座りしていたゼロスがいよいよ体勢を変えます。そして始まる上手なハイハイ。
 しゃかしゃかしゃかしゃかしゃか!

「ばぶぶー!」
「みろ! できたぞ!」

 イスラが自分のことのように喜びました。
 ハイハイでやってきたゼロスを抱っこし、私とハウストのところに連れてきてくれます。

「これは見事なものだな」
「オレがたんれんしたんだ」
「あぶっ」
「二人とも頑張っていましたね」

 そう言って笑いかけると、イスラとゼロスはまたなにやら二人で遊び始めました。そうしていると普通の兄弟のように見えますね。
 こうしてお茶一杯分の時間が過ぎていく。
 ハウストと私のカップが空になりました。

「ブレイラ」
「はい。そろそろ行きましょう」

 頷いて、家の中をゆっくり見回しました。
 ここでいろんな事がありました。
 ずっと一人で暮らしていましたが、そこにハウストとイスラが加わって、今はゼロスもいます。
 今のこの光景は、あの時の私では想像もつかないもの。今日はここにゼロスとの思い出を加わらせることができて幸せです。

「イスラ、ゼロス、帰りましょう」
「うん」
「あぶ」

 私はゼロスを抱き上げました。
 側にはイスラがいて、前にはハウストがいます。
 ハウストが木戸を開けると、そこには魔界の士官たちが跪いて待っていました。
 さあ、魔界へ帰りましょう。
 少しの寂しさを感じてしまうけれど、今、私達が暮らす場所へ。




Episode1・完結

次からEpisode2です。
初めての家族旅行の話し。
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