勇者と冥王のママは二年後も魔王様と

蛮野晩

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Episode1・ゼロス、はじめてのおつかい

あれから二年です。3

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 転移魔法で魔界に帰ると、城の侍従や女官たちに出迎えられました。

「おかえりなさいませ」
「ただいま戻りました」

 皆が深々と礼をし、私もそれに返礼する。
 イスラも私に続けて「ただいま」の挨拶をしましたが、ゼロスは待ちきれないとばかりに私の袖を引っ張ります。

「ブレイラ、クッキー! はやくはやく!」
「分かっていますよ。それより帰ってきたらなんて言うんでした?」

 そう言うと、「あっ!」と声を上げる。
 どうやら気付いてくれたようです。楽しみにしてくれるのは嬉しいですが大事なことを忘れてはいけません。

「ただいま!」
「お利口ですね。忘れてはいけませんよ?」
「はいっ」

 立派なお返事ができて偉いですね。
 いい子いい子と頭を撫でていると、ハウストが姿を見せました。

「ちちうえだ! ちちうえ、ただいまー!」

 ゼロスがパッと顔を輝かせてハウストに駆け寄っていく。
 元気に駆け寄るゼロスにハウストの顔も綻びます。
 魔界生まれ魔界育ちのゼロスは物心ついた頃から私たちに囲まれていたせいか、なんの抵抗もなく魔王ハウストを父上、勇者イスラを兄上と呼びます。今より幼い頃は私のことも「ははうえ」と呼ぼうとしましたが、それは丁寧に阻止しました。私の立場が第三者にもゼロスにもそう思われていることは承知していますが、男の私が母上と呼ばれるのはちょっと……。アベルからは「まだそこ突っ込むのかよ」と呆れられていますが、イスラも「ブレイラ」と呼んでいるのですからゼロスも「ブレイラ」でいいのです。
 ハウストは「おかえり」とゼロスを抱き上げて片腕に抱くと私の方へ歩いてきました。

「ブレイラ、おかえり」
「ただいま戻りました」

 丁寧に一礼すると、側に来たハウストが私の腰をそっと抱き寄せます。
 頬におかえりの口付けをされて、私もお返しの口付けを送りました。

「一緒に行ってやれなくてすまなかった」
「いいえ、政務なんですから」

 そう、いつも冥界へはハウストも同行してくれています。
 でも今日は政務が重なってどうしても予定を空けられませんでした。

「今も政務はいいのですか?」
「休憩に入ったんだ」
「ほんとうに?」
「……休憩にしたんだ」

 ハウストが居心地悪げに目を逸らしました。
 ああ、やっぱり。フェリクトールの呆れた顔が目に浮かびます。
 ハウストは誤魔化すように小さく咳払いすると、少し険しい顔になる。

「お前、岩山から落ちたそうだな。報告は聞いている」

 ハウストがそう言うと、彼に抱っこされていたゼロスの顔が「ぅっ」と強張ります。
 それに苦笑して大丈夫ですよとゼロスの頬をひと撫でし、ハウストを見つめ返しました。

「もう報告がいきましたか」
「ああ、側にいてやれなくてすまなかったな。イスラ」

 ハウストがイスラを振り返りました。
 イスラもハウストを見返します。
 そして、……沈黙。
 なんなんでしょうね、この空気。イスラも子どもの頃はハウストをなんだかんだ慕っていて、時には「父上」と呼ぶこともありました。でも成長するにつれてハウストに対してぶっきら棒というか、以前に増して無愛想というか。特に喧嘩している様子はありませんが少し距離を感じるような……。

「イスラ、おかえり。お前が間に合って良かった」
「当たり前だ。……ただいま」

 会話終了です。
 まあ、ちゃんとご挨拶できているので良しとします。照れているようにも見えるので、これが年頃というものなのでしょう。

「今からお茶にしましょうか。ハウストも時間があるなら一緒にどうですか?」
「ああ、是非」
「それは良かったです」

 私は笑顔で頷くと、ハウスト、イスラ、ゼロスとともに広間へ向かいました。




「どうぞ、温かいうちに飲んでくださいね」

 紅茶を淹れてテーブルに並べました。
 ハウストとイスラはストレート、ゼロスはミルクです。
 他にも紅茶に合う焼き菓子を選んで並べると、「いただきます!」とゼロスが一番に手を伸ばしました。
 大好きなクッキーを頬張るゼロスに目を細めます。

「ゆっくり食べてくださいね」
「うん!」

 ゼロスに笑いかけ、私はハウストの隣に腰を下ろす。
 そして向かいの椅子に座ったイスラに話しかけます。イスラとお話ししたいことがたくさんありました。
 イスラが魔界の城に帰ってきたのは三日振りなのです。

「イスラ、人間界は変わりなかったですか?」
「ああ、特に問題なかった。ブレイラが探していた本も見つけたから、これお土産」
「わあっ、ありがとうございます! まさか本当に見つかるなんてっ」

 イスラから古い書物を受け取りました。
 ずっしり重いそれは人間界に生息する薬草図鑑。私が子どもの頃、孤児院の修道院で読んでいた書物です。でも初版はすぐに絶版になって、重版をかけられてから市場では手に入らなくなったものでした。重版の図鑑もとても良いものでしたが私のお気に入りは初版だったのです。随分前にイスラに話したことがあったので覚えていてくれたのですね。

「どんな本だ?」

 ハウストが私の手元を覗き込む。
 読んでみますか? とぱらぱらページを捲ると、覚えのある薬草の絵図に懐かしい気持ちになります。

「これとこの薬草は私が初めて煎じたものなんです。痛み止めになるんですよ」
「お前は薬師だったからな。だが本を探していたなら俺に言えば良かっただろ」
「あなたに言うと、探すように命令してしまうじゃないですか」

 少し呆れた口調になってしまう。
 きっとハウストに言えばすぐに士官らに命令して本を捜索してくれます。そうすればあっという間に発見できるのは分かっていましたが、これは私の個人的なお願いだったのでなんだか申し訳なくて……。でも。

「なにか問題でもあるのか?」

 ハウストが不思議そうに言いました。
 ほんと、あなた、そういう所ありますよね……。

「問題というか……。でも探していたといっても、どうしてもすぐに欲しい訳ではありませんでしたから。見つかれば嬉しいなと、懐かしい気持ちで思っていただけなので」

 苦笑して答えると、イスラに向き直ります。

「イスラ、ありがとうございました。覚えていてくれて嬉しかったですよ。どこで見つけたんですか?」
「廃墟の神殿だ。地下の書庫で見つけた」
「そうでしたか、大変だったでしょう。今回は人間界のどの辺りを旅してきたのですか?」

 イスラは半年ほど前から一人で人間界を旅するようになりました。
 イスラは勇者で人間の王。勇者イスラの旅は自分の世界の見回りのような意味合いでしょうか。日帰りで帰ってくることもあれば一週間ほど帰ってこないこともあります。
 初めて旅に出た時はもう心配で心配で帰ってくるまで落ち着きませんでしたが、それからも経験を重ねて、今では私も『勇者が人間界を出歩くのは当然のこと』と自分を納得させました。ハウストに『勇者とはそういうものだ』と説得されたのです。でも一度だけ半月も帰ってこないことがあってその時はさすがに手紙を書きました。手紙を出した翌朝にすぐ戻ってきてくれましたが、イスラが危険な目に遭っているのではと思うと、元気な姿を見るまで気が気でなかったのを覚えています。

「内陸の小国に行ってきた。穏やかで良い所だったぞ。でも盗賊が村を狙ってたから討伐することになったんだ」
「ええっ、そんな事に巻き込まれていたんですか?!」
「ああ。小さな村だったから常駐の兵士も少なくて、討伐に協力してほしいって頼まれたから」
「始末したのか?」

 ふと今まで黙って聞いていたハウストが訊ねました。
 極端ともいえる質問にイスラは目を瞬くも、首を横に振ります。

「してない。初犯だっていうし、もうしないっていうから見逃した。奴らが盗賊になったのも貧しさに追い詰められたからだ」
「優しいですね」

 イスラの答えに顏が綻びました。
 この二年でイスラの成長と変化は著しくても、そういう優しいところは変わらないのですね。
 でも。

「甘いな」

 ハウストが呆れた顔で言いました。
 その言葉にイスラが目を据わらせます。

「……甘いって、どういう意味だ」
「そのままの意味だ。そんな理由で盗賊になった連中が、守備の弱い村を狙うとは偶然にしては計画的だな。しかも初犯? 疑わしいと思わないのか」
「っ、思わない。もうしないって言ったんだっ」

 イスラが少し強い口調で言い返しますがハウストに動じた様子はありません。ハウストに悪気はないのです。

「信じたのか?」
「ああ」

 イスラが不機嫌になっていく。
 居心地のいい雰囲気ではありません。

「こ、こらっ、ハウスト。イスラが大丈夫だと判断したんですから」
「だが」
「この話は終わりっ。終わりです! 村は無事だったんですよね。イスラ、よく頑張りましたね」

 無理やり終わらせました。
 過ぎたことを話していても平行線を辿るばかりで無益なものです。
 無理やり遮った私にハウストとイスラは面白くなさそうな顔になります。
 ……こういう時ばかり似た顔をするのですね。でもそんなのは知りません。せっかく三日振りに四人揃ったのに、そんな面白くない話しをしている方が悪いのですよ。
 私は話題の方向を変えることにします。

「その村では他にも何かなかったんですか?」
「そうだな……、丘から眺める景色がすごく綺麗だった。ブレイラにも見せたいくらいだ」
「ありがとうございます。では人間界へ行った時に案内してください。楽しみにしています」
「ああ」

 イスラとの約束に嬉しくなりました。
 イスラが人間界を行き来するようになってから以前のように毎日一緒というわけではなくなったのです。イスラの成長は嬉しいけれど、少しだけ寂しくもある。
 でもふと、視線を感じます。
 見るとゼロスがじぃっと私とイスラを見ています。
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