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Episode1・ゼロス、はじめてのおつかい
あれから二年です。2
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「ブレイラ、怪我はないか? 痛いところは?」
「大丈夫です。ありがとうございました」
笑いかけるとイスラが安堵した顔になりました。
以前はイスラと目を合わせる時は膝を折っていましたが、今では少し目線を下げるだけ。この二年間でイスラの身長はぐんと伸びて私に届きそうなほどになりました。きっとあと数年で追い越されてしまうでしょうね。
しかし身長はまだ追い越されていなくても、私を抱きとめた腕は力強く、幾つもの戦闘経験を積んだ体躯は立派なものです。少年から青年へ成長途中の体は大人の男性に比べると細身ですが、それでも鍛えられた体躯は無駄のない筋肉に覆われて精悍で逞しい。思えば勇者とはいえ幼い頃からイスラは剣術にも体術にも長けて、しかも怪力でした。
「それにしても驚きました。あなたも冥界に来ていたんですね」
「魔界の城に戻ったら、ブレイラとゼロスが二人で冥界の玉座に行ったって聞いたから俺も来たんだ」
「そうでしたか、おかげで助かりましたよ」
「無事で良かった」
そう言ってイスラが表情を綻ばせました。
少し無愛想なところは幼い頃のままですが、目鼻立ちの整った綺麗な顔立ち。綺麗といってもそこに儚さはなく、凛々しさと精悍さ、青々とした若木のような力強さに溢れている。黙って立つ姿は凛としたものです。
「うわあああああん!! ブレイラ~!! あにうえ~!!」
ふと遠くからゼロスの泣き声が聞こえてきます。
ゼロスは泣きながら岩山の階段を駆け下りてきて、こちらに向かって走ってきます。
「うえええぇぇぇぇん!! あうっ!」
あ、転びました。
転んだ体勢のままぷるぷる震えていたゼロスですが、「う~っ、う~っ」と嗚咽を噛み締めながらむくりっと起き上がる。そして私とイスラを見ると大きな瞳が新たな涙でじわじわと潤んでいく。
「ブレイラがおちた~!! ごめんなさい~!! うえええぇぇぇぇぇん!!」
泣きながら走ってきたかと思うと私の足にぎゅ~っとしがみ付いてきました。
私のローブがみるみる涙で濡れて苦笑してしまう。
「ゼロス、泣かないでください。私は大丈夫でしたよ」
「でもっ、でも~~! ええええぇぇぇん!!」
足に顔を埋めて泣き伏してしまう。
ゼロスも私が転落してしまってとても驚いたのでしょうね。
膝をついてゼロスと目線を合わせ、涙で濡れた顔を覗き込む。
ああ、鼻水まで……。
ハンカチを取り出して頬の涙を拭き、ゼロスの小さな鼻に当ててあげました。
「どうぞ、チーンしてください」
「チーンッ!」
「上手ですね」
安心させるように笑いかけると、「うぅ~っ、ブレイラ~!」とぎゅっと抱き着いてきました。
小さな体を抱きしめて宥めるように背中を擦ります。
「あなたをびっくりさせてしまいましたね。怖かったでしょう?」
「こわかった~」
「もう大丈夫です」
抱き締めていたゼロスの顔を覗き込んで、いい子いい子と頭を撫でてあげます。
するとようやくゼロスも落ち着いてきて涙を引っ込めてくれました。
でも。
「――――ゼロス」
「あ、あにうえっ……!」
ゼロスの肩がビクリッと跳ねます。
そして慌てて私の背中に隠れて、おそるおそるイスラを見上げる。
見るからにイスラは怒った顔をしていて、じろりっと見下ろされたゼロスは大きな瞳にじわりと涙を滲ませてしまう。
「……あにうえ、あの、あの、おかえりなさいっ」
「まだ城に帰ったわけじゃない」
淡々としたイスラの口調にゼロスが「うぅっ」とまた涙を浮かべます。
しかしイスラは容赦がありません。
「なんでブレイラが岩山から落ちたんだ」
「それは……」
答えられずにおどおどするゼロス。
そんなゼロスにイスラが厳しく目を据わらせました。
「ブレイラは人間だ。お前だって分かっているだろう。日頃から気を抜くなと言ってるのに、こんな目に遭わせるなんてどういうつもりだ。お前はまだ幼くても王だ。自覚しろ」
「あうぅ~っ、ごめんなさい~っ」
ゼロスは涙目で青褪めて私の肩に顔を伏せてしまいました。
イスラから隠れるゼロスに苦笑してしまう。
「ゼロス、イスラは意地悪で言っている訳ではありませんよ?」
「でも、でもっ……」
顔を伏せたままのゼロスに苦笑し、ゆっくりと立ち上がりました。
イスラに向き直って、……ああ、眉間に皺を刻んで怖い顔です。
「もうその辺にしてあげてください。ゼロスだって分かっています」
「分かっていても実際ブレイラは危険な目に遭ったんだ。もし俺が間に合ってなかったらっ……」
「でも、あなたは間に合ってくれたじゃないですか。頼りにしています。だから、ね?」
ね? と顔を覗き込むとイスラがむっとして顎を引く。
少し困ったように視線を泳がせていましたが、少しして小さなため息をつきました。
「……分かった」
「ありがとうございます。ほら、ゼロスも出てきなさい。いつまでも隠れていてはいけません」
「うん……」
私の後ろからゼロスがおずおずと顔をだす。
イスラと目が合うと「うっ」と唇を引き結びましたが、
「……もう怒っていない」
「あにうえ~!」
イスラの一言に私の後ろから飛び出して、飛びつくようにイスラに抱きつきました。
あにうえ! あにうえ! イスラの周りをぴょんぴょん飛び跳ねてはしゃぐゼロス。
切り替えの早いゼロスにイスラは呆れながらも相手をしてくれています。
仲の良い二人に目を細め、私はゼロスとともに岩山を降りてきたコレットや皆を見回しました。
「皆にも心配をかけました。ありがとうございます」
「肝が冷えましたがご無事でなによりです」
コレットが安堵を浮かべます。
他の女官や侍女や護衛兵も同様で、心配をかけてしまったことに申し訳ない気持ちになりました。
今後は私ももっと気を付けなければいけませんね。
「さあ、魔界に帰りましょう」
私がそう言うとイスラが頷いて魔力を発動します。
隊列ごと転移させる大規模転移魔法です。
こうして私たちは冥界での役目を終え、皆で魔界に帰るのでした。
「大丈夫です。ありがとうございました」
笑いかけるとイスラが安堵した顔になりました。
以前はイスラと目を合わせる時は膝を折っていましたが、今では少し目線を下げるだけ。この二年間でイスラの身長はぐんと伸びて私に届きそうなほどになりました。きっとあと数年で追い越されてしまうでしょうね。
しかし身長はまだ追い越されていなくても、私を抱きとめた腕は力強く、幾つもの戦闘経験を積んだ体躯は立派なものです。少年から青年へ成長途中の体は大人の男性に比べると細身ですが、それでも鍛えられた体躯は無駄のない筋肉に覆われて精悍で逞しい。思えば勇者とはいえ幼い頃からイスラは剣術にも体術にも長けて、しかも怪力でした。
「それにしても驚きました。あなたも冥界に来ていたんですね」
「魔界の城に戻ったら、ブレイラとゼロスが二人で冥界の玉座に行ったって聞いたから俺も来たんだ」
「そうでしたか、おかげで助かりましたよ」
「無事で良かった」
そう言ってイスラが表情を綻ばせました。
少し無愛想なところは幼い頃のままですが、目鼻立ちの整った綺麗な顔立ち。綺麗といってもそこに儚さはなく、凛々しさと精悍さ、青々とした若木のような力強さに溢れている。黙って立つ姿は凛としたものです。
「うわあああああん!! ブレイラ~!! あにうえ~!!」
ふと遠くからゼロスの泣き声が聞こえてきます。
ゼロスは泣きながら岩山の階段を駆け下りてきて、こちらに向かって走ってきます。
「うえええぇぇぇぇん!! あうっ!」
あ、転びました。
転んだ体勢のままぷるぷる震えていたゼロスですが、「う~っ、う~っ」と嗚咽を噛み締めながらむくりっと起き上がる。そして私とイスラを見ると大きな瞳が新たな涙でじわじわと潤んでいく。
「ブレイラがおちた~!! ごめんなさい~!! うえええぇぇぇぇぇん!!」
泣きながら走ってきたかと思うと私の足にぎゅ~っとしがみ付いてきました。
私のローブがみるみる涙で濡れて苦笑してしまう。
「ゼロス、泣かないでください。私は大丈夫でしたよ」
「でもっ、でも~~! ええええぇぇぇん!!」
足に顔を埋めて泣き伏してしまう。
ゼロスも私が転落してしまってとても驚いたのでしょうね。
膝をついてゼロスと目線を合わせ、涙で濡れた顔を覗き込む。
ああ、鼻水まで……。
ハンカチを取り出して頬の涙を拭き、ゼロスの小さな鼻に当ててあげました。
「どうぞ、チーンしてください」
「チーンッ!」
「上手ですね」
安心させるように笑いかけると、「うぅ~っ、ブレイラ~!」とぎゅっと抱き着いてきました。
小さな体を抱きしめて宥めるように背中を擦ります。
「あなたをびっくりさせてしまいましたね。怖かったでしょう?」
「こわかった~」
「もう大丈夫です」
抱き締めていたゼロスの顔を覗き込んで、いい子いい子と頭を撫でてあげます。
するとようやくゼロスも落ち着いてきて涙を引っ込めてくれました。
でも。
「――――ゼロス」
「あ、あにうえっ……!」
ゼロスの肩がビクリッと跳ねます。
そして慌てて私の背中に隠れて、おそるおそるイスラを見上げる。
見るからにイスラは怒った顔をしていて、じろりっと見下ろされたゼロスは大きな瞳にじわりと涙を滲ませてしまう。
「……あにうえ、あの、あの、おかえりなさいっ」
「まだ城に帰ったわけじゃない」
淡々としたイスラの口調にゼロスが「うぅっ」とまた涙を浮かべます。
しかしイスラは容赦がありません。
「なんでブレイラが岩山から落ちたんだ」
「それは……」
答えられずにおどおどするゼロス。
そんなゼロスにイスラが厳しく目を据わらせました。
「ブレイラは人間だ。お前だって分かっているだろう。日頃から気を抜くなと言ってるのに、こんな目に遭わせるなんてどういうつもりだ。お前はまだ幼くても王だ。自覚しろ」
「あうぅ~っ、ごめんなさい~っ」
ゼロスは涙目で青褪めて私の肩に顔を伏せてしまいました。
イスラから隠れるゼロスに苦笑してしまう。
「ゼロス、イスラは意地悪で言っている訳ではありませんよ?」
「でも、でもっ……」
顔を伏せたままのゼロスに苦笑し、ゆっくりと立ち上がりました。
イスラに向き直って、……ああ、眉間に皺を刻んで怖い顔です。
「もうその辺にしてあげてください。ゼロスだって分かっています」
「分かっていても実際ブレイラは危険な目に遭ったんだ。もし俺が間に合ってなかったらっ……」
「でも、あなたは間に合ってくれたじゃないですか。頼りにしています。だから、ね?」
ね? と顔を覗き込むとイスラがむっとして顎を引く。
少し困ったように視線を泳がせていましたが、少しして小さなため息をつきました。
「……分かった」
「ありがとうございます。ほら、ゼロスも出てきなさい。いつまでも隠れていてはいけません」
「うん……」
私の後ろからゼロスがおずおずと顔をだす。
イスラと目が合うと「うっ」と唇を引き結びましたが、
「……もう怒っていない」
「あにうえ~!」
イスラの一言に私の後ろから飛び出して、飛びつくようにイスラに抱きつきました。
あにうえ! あにうえ! イスラの周りをぴょんぴょん飛び跳ねてはしゃぐゼロス。
切り替えの早いゼロスにイスラは呆れながらも相手をしてくれています。
仲の良い二人に目を細め、私はゼロスとともに岩山を降りてきたコレットや皆を見回しました。
「皆にも心配をかけました。ありがとうございます」
「肝が冷えましたがご無事でなによりです」
コレットが安堵を浮かべます。
他の女官や侍女や護衛兵も同様で、心配をかけてしまったことに申し訳ない気持ちになりました。
今後は私ももっと気を付けなければいけませんね。
「さあ、魔界に帰りましょう」
私がそう言うとイスラが頷いて魔力を発動します。
隊列ごと転移させる大規模転移魔法です。
こうして私たちは冥界での役目を終え、皆で魔界に帰るのでした。
応援ありがとうございます!
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