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Episode1・ゼロス、はじめてのおつかい
あれから二年です。1
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「ななじゅうさーん、ななじゅうよーん、ななじゅうごー、ななじゅうろーく」
神殿に響く子どもの声。
その名はゼロス。冥界の玉座にちょこんと座り、小さな指を立てて数をかぞえていました。
楽しそうに数えていたけれど、「あれ? あれ?」と途中で分からなくなってしまったようです。
「七十七、ですよ」
「ななじゅうなな!」
「そう、七十七です。どうぞ続けてください」
そう言って笑いかけると、ゼロスはニコリと笑ってまた数をかぞえだす。
私は冥王の玉座の前で膝をついて座り、数をかぞえるゼロスを見つめます。
ゼロスが初めて冥界の玉座に座ったのは二年前。
二年前、創世した冥界でゼロスが戴冠して正式に冥王になりました。冥王戴冠では多くの困難に見舞われましたが、それを乗り越え、魔界、人間界、精霊界、冥界という四界時代を迎えたのです。
現在、ゼロスは三歳の子どもになりました。
二年前は本当に赤ちゃんで、ちゅちゅちゅと指を吸っては「あぶぅ」としか喋れず、ハイハイで動き回っていたのです。それが今ではつたないながらも言葉を話し、元気に駆け回っています。
それは同じ四界の王である勇者イスラの成長に比べるととてものんびりした成長ですが、それは冥界に成長を急がされていないということ。ゼロスの冥界は創世期ながらとても安定しているということでしょう。
安定した創世期を持続させる為に、今もこうして一ヶ月一度の五分だけ定期的に冥王の玉座に座りに来ているのです。
「きゅうじゅうはーち、きゅうじゅうきゅう、ひゃーく! ブレイラ、ひゃくまでかぞえたよ!」
「よく出来ました。上手に百まで数えられるようになりましたね」
「ぼくね、ちゃんと、おべんきょうしてるの」
「お利口です。ご褒美に魔界へ帰ったらゼロスの好きなお菓子を焼いてあげますよ」
「やった! クッキーもつくって?」
「いいですよ。たくさん焼いてあげますね」
「ありがとう! ブレイラのだいすき!」
玉座でゼロスが両手をあげてはしゃぎます。
待ちきれないといわんばかりの様子。とても素直なゼロスに目を細めました。
「ねぇ、ここからおりていい?」
「さっきの百で丁度五分経ちましたね。いいですよ」
「うん!」
ぴょんっと玉座から飛び降りて広い神殿を駆け回ります。
たった五分。されど五分。まだ幼いゼロスにとって五分間座っているだけというのは退屈のようです。
でも、これでもだいぶ我慢ができるようになったのです。
玉座に座り始めた赤ん坊の頃はじっとしていられずに、絵本やおもちゃやお菓子を持ち込んだりして、あの手この手で五分間を過ごしていました。それが今では数をかぞえたり私としりとりをして過ごすようになって、とてもお利口ですよ。
「ゼロス、そろそろ行きますよ。外で皆を待たせています」
「わかった!」
ゼロスが駆け寄ってきて私と手を繋ぐ。
二人で玉座の間を出ると、コレットをはじめとした女官や侍女、護衛兵たちが一礼して出迎えてくれました。
「おかえりなさいませ」
「お待たせしました。では行きましょう」
私はゼロスと手を繋いで神殿の回廊を歩きます。
この神殿は戴冠のお祝いに魔王と精霊王に建造してもらったのです。玉座を吹きさらしの状態には出来ないということで、玉座がある岩山の頂上に小さな神殿が造られました。後々、ここは冥王の城が建造されるでしょうが、でもそれはまだ先のこと。ゼロスが大人になって必要となった時に、ゼロス自身が冥王として建造するのです。
神殿を出ると雲一つない青空が広がっていました。
二年前の曇天が嘘のように冥界の気候は落ち着き、創世期ながらも穏やかな空です。
「どうぞ」
侍女に大判の日傘を差し掛けられました。
私とゼロスを中心に女官や侍女が列を成し、その周囲を護衛兵が隊列を組んで進みます。
無事に冥界での役目を終えたのであとは魔界に帰るだけでした。
岩山をぐるりと巡る階段をゆっくりと降りていく。冥王戴冠の際に階段は崩れて瓦礫となった箇所もありましたが、そこはハウストの命令で修繕工事が行なわれました。一ヶ月に一度通うことになるのだからと直してくれたのです。工事の際に「手摺りをつけてやろうか」と言われましたが、それは丁重にお断りしましたよ。私の転落防止のつもりでしょうが、いくら高所とはいえ階段くらい普通に降りることができます。私のこと舐めてますよね。
「ゼロス、私の手を離してはいけませんよ」
「うん!」
ゼロスはぎゅっぎゅっと私の手を握って楽しそう。
遊んでいるわけではないのですが、子どもというのは何をしていても遊びのように感じるのでしょうね。
でもこちらは真剣。地上は遥か下で、時折吹き上げる風に気を付けなければなりません。
しかし岩山の中腹まで下りた頃。
「あっ、みて! おはながさいてる!」
ゼロスの顔がパッと輝いて、私の手をパッと振り解いてしまう。
足元の絶壁に小さな花が咲いていて階段の端で突然しゃがみこんでしまいました。
「こら、ゼロス。手を離してはいけませんっ」
「ごめんなさい~っ。でもこっち、こっちだよ! ブレイラもみて!」
ゼロスが階段の端から身を乗り出して絶壁の花を指差します。
あああっ、子どもとは恐ろしい。
「ゼ、ゼロス、花は分かりましたから、そんな所にいたら危ないですよっ」
私は慌ててゼロスを追いましたが、その時。
――――ビュウッ!!
突然、地上から強い突風が吹き上げました。
強風に体が煽られて。ぐらりっ。
「えっ?」
体がよろめいて、咄嗟に何かに掴まろうとしたけれど――――スカッ!
「わあああああああっ!!」
「ブ、ブレイラーーー!!!!」
「ブレイラ様ッ!!」
手が空振って、空に投げ出された体が真っ逆さまに落下していく。
視界に映ったゼロスの驚いた顔と声が急速に遠ざかっていく。
まさか、まさか岩山から転落するなんてっ! こんな事ならハウストに手摺りの設置をお願いしておくべきでした。遠ざかる意識の中で後悔しても遅い。
走馬灯のように今までの思い出が頭を巡り、地面に激突するのを覚悟しましたが。
「――――ブレイラ!」
よく知った声がしたかと思うと、落下する体がガシリッと危うげなく抱き止められます。
力強い両腕と見慣れた姿。
落下中に颯爽と現われたその姿に驚きました。
「イスラ!!」
「舌噛むから、今は黙ってろ」
「は、はいっ」
優しく言われて唇を引き結ぶ。
イスラは私を横抱きにしたまま勢いに乗った機敏な動きで絶壁の岩壁を蹴り、高所から地上へ見事に着地を決めました。
イスラはゆっくりと私を降ろすと、心配そうに顔を覗き込んでくれます。
神殿に響く子どもの声。
その名はゼロス。冥界の玉座にちょこんと座り、小さな指を立てて数をかぞえていました。
楽しそうに数えていたけれど、「あれ? あれ?」と途中で分からなくなってしまったようです。
「七十七、ですよ」
「ななじゅうなな!」
「そう、七十七です。どうぞ続けてください」
そう言って笑いかけると、ゼロスはニコリと笑ってまた数をかぞえだす。
私は冥王の玉座の前で膝をついて座り、数をかぞえるゼロスを見つめます。
ゼロスが初めて冥界の玉座に座ったのは二年前。
二年前、創世した冥界でゼロスが戴冠して正式に冥王になりました。冥王戴冠では多くの困難に見舞われましたが、それを乗り越え、魔界、人間界、精霊界、冥界という四界時代を迎えたのです。
現在、ゼロスは三歳の子どもになりました。
二年前は本当に赤ちゃんで、ちゅちゅちゅと指を吸っては「あぶぅ」としか喋れず、ハイハイで動き回っていたのです。それが今ではつたないながらも言葉を話し、元気に駆け回っています。
それは同じ四界の王である勇者イスラの成長に比べるととてものんびりした成長ですが、それは冥界に成長を急がされていないということ。ゼロスの冥界は創世期ながらとても安定しているということでしょう。
安定した創世期を持続させる為に、今もこうして一ヶ月一度の五分だけ定期的に冥王の玉座に座りに来ているのです。
「きゅうじゅうはーち、きゅうじゅうきゅう、ひゃーく! ブレイラ、ひゃくまでかぞえたよ!」
「よく出来ました。上手に百まで数えられるようになりましたね」
「ぼくね、ちゃんと、おべんきょうしてるの」
「お利口です。ご褒美に魔界へ帰ったらゼロスの好きなお菓子を焼いてあげますよ」
「やった! クッキーもつくって?」
「いいですよ。たくさん焼いてあげますね」
「ありがとう! ブレイラのだいすき!」
玉座でゼロスが両手をあげてはしゃぎます。
待ちきれないといわんばかりの様子。とても素直なゼロスに目を細めました。
「ねぇ、ここからおりていい?」
「さっきの百で丁度五分経ちましたね。いいですよ」
「うん!」
ぴょんっと玉座から飛び降りて広い神殿を駆け回ります。
たった五分。されど五分。まだ幼いゼロスにとって五分間座っているだけというのは退屈のようです。
でも、これでもだいぶ我慢ができるようになったのです。
玉座に座り始めた赤ん坊の頃はじっとしていられずに、絵本やおもちゃやお菓子を持ち込んだりして、あの手この手で五分間を過ごしていました。それが今では数をかぞえたり私としりとりをして過ごすようになって、とてもお利口ですよ。
「ゼロス、そろそろ行きますよ。外で皆を待たせています」
「わかった!」
ゼロスが駆け寄ってきて私と手を繋ぐ。
二人で玉座の間を出ると、コレットをはじめとした女官や侍女、護衛兵たちが一礼して出迎えてくれました。
「おかえりなさいませ」
「お待たせしました。では行きましょう」
私はゼロスと手を繋いで神殿の回廊を歩きます。
この神殿は戴冠のお祝いに魔王と精霊王に建造してもらったのです。玉座を吹きさらしの状態には出来ないということで、玉座がある岩山の頂上に小さな神殿が造られました。後々、ここは冥王の城が建造されるでしょうが、でもそれはまだ先のこと。ゼロスが大人になって必要となった時に、ゼロス自身が冥王として建造するのです。
神殿を出ると雲一つない青空が広がっていました。
二年前の曇天が嘘のように冥界の気候は落ち着き、創世期ながらも穏やかな空です。
「どうぞ」
侍女に大判の日傘を差し掛けられました。
私とゼロスを中心に女官や侍女が列を成し、その周囲を護衛兵が隊列を組んで進みます。
無事に冥界での役目を終えたのであとは魔界に帰るだけでした。
岩山をぐるりと巡る階段をゆっくりと降りていく。冥王戴冠の際に階段は崩れて瓦礫となった箇所もありましたが、そこはハウストの命令で修繕工事が行なわれました。一ヶ月に一度通うことになるのだからと直してくれたのです。工事の際に「手摺りをつけてやろうか」と言われましたが、それは丁重にお断りしましたよ。私の転落防止のつもりでしょうが、いくら高所とはいえ階段くらい普通に降りることができます。私のこと舐めてますよね。
「ゼロス、私の手を離してはいけませんよ」
「うん!」
ゼロスはぎゅっぎゅっと私の手を握って楽しそう。
遊んでいるわけではないのですが、子どもというのは何をしていても遊びのように感じるのでしょうね。
でもこちらは真剣。地上は遥か下で、時折吹き上げる風に気を付けなければなりません。
しかし岩山の中腹まで下りた頃。
「あっ、みて! おはながさいてる!」
ゼロスの顔がパッと輝いて、私の手をパッと振り解いてしまう。
足元の絶壁に小さな花が咲いていて階段の端で突然しゃがみこんでしまいました。
「こら、ゼロス。手を離してはいけませんっ」
「ごめんなさい~っ。でもこっち、こっちだよ! ブレイラもみて!」
ゼロスが階段の端から身を乗り出して絶壁の花を指差します。
あああっ、子どもとは恐ろしい。
「ゼ、ゼロス、花は分かりましたから、そんな所にいたら危ないですよっ」
私は慌ててゼロスを追いましたが、その時。
――――ビュウッ!!
突然、地上から強い突風が吹き上げました。
強風に体が煽られて。ぐらりっ。
「えっ?」
体がよろめいて、咄嗟に何かに掴まろうとしたけれど――――スカッ!
「わあああああああっ!!」
「ブ、ブレイラーーー!!!!」
「ブレイラ様ッ!!」
手が空振って、空に投げ出された体が真っ逆さまに落下していく。
視界に映ったゼロスの驚いた顔と声が急速に遠ざかっていく。
まさか、まさか岩山から転落するなんてっ! こんな事ならハウストに手摺りの設置をお願いしておくべきでした。遠ざかる意識の中で後悔しても遅い。
走馬灯のように今までの思い出が頭を巡り、地面に激突するのを覚悟しましたが。
「――――ブレイラ!」
よく知った声がしたかと思うと、落下する体がガシリッと危うげなく抱き止められます。
力強い両腕と見慣れた姿。
落下中に颯爽と現われたその姿に驚きました。
「イスラ!!」
「舌噛むから、今は黙ってろ」
「は、はいっ」
優しく言われて唇を引き結ぶ。
イスラは私を横抱きにしたまま勢いに乗った機敏な動きで絶壁の岩壁を蹴り、高所から地上へ見事に着地を決めました。
イスラはゆっくりと私を降ろすと、心配そうに顔を覗き込んでくれます。
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