勇者と冥王のママは二年後も魔王様と

蛮野晩

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Episode1・ゼロス、はじめてのおつかい

お静かに、これは尾行です。5

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「こんにちは」

 穏やかな表情と口調で女性たちに挨拶しました。
 女性たちは見慣れぬ私に驚きつつも愛想よく挨拶を返してくれます。

「あら、こんにちは」
「こんにちは。今日は見慣れない方によく会う日だわ」
「こんにちは。村の外からお出でになったのかしら?」
「はい。所用がありまして、村へ参りました」

 私も愛想よく返事をします。
 明るく賑やかな女性たちにまったく悪意はなく、ゼロスを助けていただいたことに感謝しています。ほんとうにありがとうございます。でも誤解は解いておかなければ。

「お水を頂いてもいいでしょうか」
「どうぞ」
「よかったら水を汲みましょうか?」

 一人の女性が私の身なりを見て気を使ってくれました。
 今の私は名家の奥方にも見える姿なので井戸水を汲んだことがないと思われたのかもしれません。舐められたものです。ずっと山で暮らしていた私にとって井戸水を汲むなど児戯に等しいというのに。

「大丈夫です。自分で出来ますから」

 むんずとロープを掴み、ガラガラガラガラと勢いよく桶を井戸へと下げていく。
 巧みな手つきで桶に水を汲み、くいくいっと軽く引っ張って桶にたっぷり水が入ったことを確かめる。私くらいになると見なくても水の量が分かるのです。
 そして、一気に引っ張り上げる!!
 ガラガラガラガラガラガラ!!!!
 落ちた時と同様、いいえ、それ以上の速さで桶を引っ張り上げてみせます。私くらいになると、むしろ引き上げる時の方が速いのですよ!
 勇ましい勢いで水桶が上がってくる光景に、「まあ、上手!」「すごいわ!」「たくさん水が入ってるのに!」村の女性たちが歓声をあげました。
 どんなものです。私の手に掛かれば井戸水の汲み上げなど造作もない。
 そんな私の姿にイスラとハウストが複雑な顔になる。

「ブレイラが、ブレイラが……」
「……ブレイラは怒ると面倒なんだ」

 愕然とするイスラにハウストが少し引き気味で返しています。
 どういう意味です。ちゃんと聞こえていますからね。
 でも今はハウストとイスラを問い詰めるより誤解を解く方を優先です。
 女性たちが感心したように私を見ました。

「上手ですね。立派な身なりなので、てっきり」
「お気遣いありがとうございます」

 丁寧に礼を言って桶の水を両手で掬って飲みました。
 自分で汲んだお水は美味しいです。
 私は冷たい井戸水で喉を潤し、改めて女性たちを見ました。

「ところで子どもを見ませんでしたか? 三歳くらいの男の子です。薬草を採りに行くんだと言って、急に飛び出していってしまって……」

『急に』という部分を強調し、困った顔を作って聞きました。
 嘘ではありません。急にお使いに行きたいと言い出したので間違っていないです。
 私が訊ねると、「もしかして」と女性たちは顔を見合わせる。

「さっきここに三歳くらいの男の子が来ていましたよ。とても可愛い男の子」
「そうそう、お水をくださいって。可愛かったわ~」
「ママに頼まれて薬草を採りに行くみたいだけど、あら、もしかして」

 三人が驚いた顔で私を見つめる。
 私はニコリと笑みを深めました。
 察してくださったとおりです。私は元気で、ゼロスに無理やり薬草を採りに行かせたわけではないのです。これで分かってくれたでしょう。

「あらあら、元気なお子さんなのね」
「あんなに小さいのに一人でお出掛けしたかったのね」
「そうなんです。ほんとに手のかかる子で」

 誤解は無事に解けたようです。
 女性たちもゼロスが不遇の子でないと知って安心したのか、今度は私へと興味が移る。

「ところで、あちらにいるのは旦那さんと息子さんかしら。素敵だわ~」
「私もさっきからずっと気になってたのよ。素敵な旦那さんに、かっこいい息子さんと、もう一人可愛い息子さん。ほうっ、眩しいくらいの美形一家……」

 女性たちがハウストとイスラを見てうっとりと言いました。
 ふふん、当然です。三人は私の自慢。褒められて気分がいいです。
 ああ、私まで調子に乗ってしまいそうですよ。
 こうして内心調子に乗りそうになりましたが、ふと一人の女性が表情を曇らせます。

「でも大丈夫かしら。駐在の兵士の方から聞いたんだけど、この近辺の山には盗賊が潜んでいるそうよ」
「えっ?!」

 聞き捨てならない言葉。
 浮かれていた心が嫌な予感にざわめきだす。

「そ、その話し、詳しく聞かせてください! 山に盗賊とはどういう事ですか?!」
「私も詳しくは分からないんだけど、以前からこの村は盗賊に狙われていたのよ。一時は姿を見せなくなったんだけど、最近また……」

 私の剣幕に驚きながらも女性が教えてくれました。
 山に盗賊。しかもゼロスが向かった山に潜んでいるなんて。
 私は女性たちに礼を言って別れるとハウストとイスラの元へ戻ります。

「た、大変です! 山に盗賊がいると聞きました! ゼロスが危険です!」
「盗賊だと?」
「盗賊? そんな馬鹿な……」

 動揺しながら知らせるとハウストとイスラも驚きます。
 特にイスラは困惑した顔になりました。

「盗賊なんて、そんな筈はないっ。この村を狙っていた盗賊は俺が追い払ったんだ」
「それならまた別の盗賊が現われたんでしょうか……」
「分からない。でも確かめたい」

 イスラが厳しい面差しで言いました。
 もし自分が見逃した盗賊だったらと動揺しているのでしょう。

「ブレイラ、俺がゼロスを尾行できるのはここまでだ。先に山に行ってくる」
「ま、待ってください! 一人で行くつもりですか?!」

 今にも飛び出していきそうなイスラを慌てて引き止めました。
 今のイスラは焦っていて一人で行かせるのは不安です。

「あなたが行くなら私も行きます!」

 きっぱり言った私にイスラが目を丸めました。

「でもブレイラはゼロスの尾行を……」
「ゼロスの尾行はハウストに任せます。あなたを一人にしたくありませんっ」
「俺が一人でゼロスの尾行をするのか?!」

 ハウストがぎょっとして言いました。
 予想もしていなかった展開に今度はハウストが慌てだす。

「当たり前じゃないですか。イスラもゼロスも一人にできません。ならば、私とあなたがそれぞれに付くのが良いでしょう」
「確かにそうだが……」

 ハウストは眉間に皺を寄せながらも黙り込む。
 でも仕方ないと納得してくれました。

「……分かった。いいだろう、俺がイスラに付けばお前が一人でゼロスの尾行をすることになる。それはそれで不安だからな、イスラと一緒にいてくれた方がいい」
「ありがとうございます!」
「危険なことはしないと約束してくれ。イスラから離れるな」

 ハウストの手が伸びてきて私の頬をひと撫でする。
 その大きな手の平に頬を寄せて頷きました。

「はい。あなたもゼロスをよろしくお願いします」
「ああ」

 ハウストは頷き、次にイスラを見ます。

「ブレイラを頼んだぞ」
「分かってる」

 ハウストの信頼にイスラも真剣な顔で返事をしました。
 こうして私とイスラは山に先回りすることにし、ハウストがゼロスの尾行を続行することになったのでした。






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