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Episode1・ゼロス、はじめてのおつかい
お静かに、これは尾行です。4
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「あっ、追いかけましょう!」
ハウストを引っ張って私たちも脇道に向かいました。
見つからないように物陰からこっそり覗く。
「おみずだ~!」
ゼロスの嬉しそうな声。
ゼロスは井戸を覗き込んでいました。
そうです、お水ですよ。よく見つけましたね。
ほっとひと安心しましたが、いつまで経ってもゼロスは困ったように井戸を見つめるばかりで水を汲もうとしません。それどころか井戸のロープを握ったり引いてみたりするだけで、――――あっ! その姿にはっとする。
「あ、あの子、井戸を使ったことないんでしたっ……!」
「なんだとっ?」
「そうなのか?」
ハウストとイスラがぎょっとしました。
そんな二人に私は顔を引き攣らせながらも頷く。
そう、ゼロスは魔界生まれの魔界育ち。しかも魔王の居城でなに不自由なく暮らしています。今まで井戸を見たことはあっても使う機会が巡ってきたことはないのです。
迂闊でした。井戸水の汲み方など当たり前すぎて教えなければという気持ちすらありませんでした。
「……私の落ち度です。私がもっと気付いていればっ……」
「ブレイラ、お前の所為だけじゃない」
「俺も体術や剣術だけじゃなくて、井戸水の汲み方も教えておけば良かったんだ」
ハウストとイスラが慰めてくれます。
二人の気持ちは嬉しいですがゼロスの教育は根本から見直す必要がありそうです。
そうこうしていると、脇道の奥から年配の女性が三人歩いてきました。村の女性らしき三人は井戸水を汲みに来たのでしょう。
ああ、良かった! ゼロス、分からなければ聞くのです! 助けを求めるのです!
さあ早くとばかりにゼロスを見ましたが。
「ゼロス、あなた……」
もじもじ、していました。
赤ん坊の頃からおしゃべりが上手で、今でも私やハウストやイスラにいろんな事をたくさんお話してくれます。魔界の城では「ブレイラ、おなかすいた!」「ちちうえ、だっこ~!」「あにうえ、あそぼ!」とゼロスの元気な声が響かない日がないくらい。
それなのに。
もじもじもじもじ。水筒を両手でぎゅっと握りしめて、もじもじもじもじ……。
ゼロスは恥ずかしそうに視線を泳がせながら、ちらちらと村の女性たちを見ています。
「あの子に、人見知りがあったなんて……」
意外です。
でも確かにゼロスは物心ついた頃から周りにいる大人は見知った大人ばかりで、知らない大人と接したことはほとんどありませんでした。
どうなるのかとハラハラして見ていましたが、女性たちも幼いゼロスのことを気にしているようで「見慣れない子ね」「可愛らしいわ」「どこの子かしら」と囁きあう。
その中から一人の女性がゼロスに話しかけてくれました。
「どこから来たの?」
優しく声をかけられてゼロスが恥ずかしそうに顔をあげます。
「……あっち」おずおずと転移魔法陣の方角を指差すゼロス。
もちろんそれで分かるはずもありません。
でも女性たちの母性本能を刺激するには十分なものでした。
「あらあらまあまあ、あっち? あら~、可愛いわね~」
「うふふふふふ、あっち、ですって」
「水筒持ってるわね。お水が欲しいの?」
更に優しく聞かれてゼロスの顔が徐々に輝きだす。
ゼロスは恥ずかしそうにもじもじしながらも、おずおずと水筒を差しだします。
「うん。おみず、ほしいの」
「井戸のお水が欲しいのね。いいわ、入れてあげるから貸してごらんなさい?」
「はいっ」
女性はニコニコしながらゼロスの為に井戸の水を水筒に入れてくれます。
水をたっぷり入れてもらった水筒を受け取ったゼロスはパァと満面笑顔になりました。
「ありがとう!」
「お礼が言えるなんて偉いわね~」
「なんて可愛らしいっ」
「えへへ~っ」
ゼロスが照れ臭そうにはにかむ。
今まで心細そうにしていたのに知らない大人に褒められて気分が浮上してきたようです。
調子に乗り始めたゼロスの姿に、「あ、ゼロスがニヤニヤしてる」とイスラが呟く。ニヤニヤではありませんニコニコですよ。
私たちが離れた場所から見守る中、村の女性とゼロスが楽しそうに会話を始めます。
「この村には何しに来たのかしら。ここの村の子じゃないわよね?」
「あのね、おつかいにきたの」
「おつかい?」
「うん! ブレイラにやくそう、あげるの!」
「まあ、薬草を? ブレイラってママのことかしら。それじゃあ今から山に行くのね」
「そうだよ。ぼく、がんばる」
「こんなに小さいのに、お使いなんて凄いわね」
健気なゼロスの様子に女性たちは感動したように目を輝かせだす。
ゼロスは褒められて調子が上がっていきます。
元気が出てきたようで安心しました、が。
「ブレイラがね、おねがいしますって、いったの」
「まあ、頼まれたのね」
「うん。ブレイラが、いってきなさいって」
「あら、それじゃあママに行かされたっていうの? こんなに小さいのに?」
「うん。ブレイラがいってらっしゃいって。ブレイラにやくそう、とってくるの」
…………ちょっと、ちょっと待ってください。
「……ハウスト、イスラ。私、大反対しましたよね?」
私こそが一番反対していましたよね?
確認すると、二人は私から僅かに目を逸らす。
「……ブレイラ、我慢だ。子どものすることだ」
「ブレイラ、俺はちゃんと知っているぞ」
ハウストとイスラが声をかけてくれたけれど、ゼロスはますます調子に乗る。
「ママに薬草を採ってくるように言われたのね」
「うん!」
「こんな小さな子なのに……」
「がんばるから、だいじょうぶ!」
「もしかしたらママは病気で、その為にこの子が薬草を?」
「なんて健気な良い子なのかしら!」
「えへへ~。ぼく、えらい!」
完全に調子に乗ったゼロスの姿に、「あ、ゼロスがニヤニヤしてる」とイスラがまた呟く。そうですね、あれはニヤニヤです。調子に乗ったニヤニヤです。ニヤニヤで充分です。
村の女性たちにたっぷり褒められたゼロスはすっかり元気になりました。
「いってきます! バイバイ!」
ゼロスが女性たちに手を振って出発します。
女性たちの声援に見送られ、張り切って歩きだしました。
すっかり元気になりましたね、安心しましたよ。でも。
「……これじゃあまるで、まるで私がゼロスに無理やり行かせたみたいじゃないですか」
ゼロス……、あなたという子は、もうほんとに、ほんとにっ。
肩を震わせる私をハウストとイスラが必死に宥めてくれます。
「落ち着けブレイラ。ゼロスはいつもの調子に戻ったぞ?」
そうですねハウスト、ゼロスはすっかりいつもの調子ですね。
「ブレイラ、恐い顔するな。似合わないぞ」
ありがとうございます、イスラ。そうですね、怒ってはいけませんよね。
分かっています。分かっていますが、このままなんて納得できません。
「……大丈夫、私は充分落ち着いています。怒っていません。怒っていませんが」
私は井戸へと足を向けました。
ハウストとイスラが困惑して見守る中、顔には笑顔を浮かべて井戸端会議を続けている女性たちに近づいていく。
ハウストを引っ張って私たちも脇道に向かいました。
見つからないように物陰からこっそり覗く。
「おみずだ~!」
ゼロスの嬉しそうな声。
ゼロスは井戸を覗き込んでいました。
そうです、お水ですよ。よく見つけましたね。
ほっとひと安心しましたが、いつまで経ってもゼロスは困ったように井戸を見つめるばかりで水を汲もうとしません。それどころか井戸のロープを握ったり引いてみたりするだけで、――――あっ! その姿にはっとする。
「あ、あの子、井戸を使ったことないんでしたっ……!」
「なんだとっ?」
「そうなのか?」
ハウストとイスラがぎょっとしました。
そんな二人に私は顔を引き攣らせながらも頷く。
そう、ゼロスは魔界生まれの魔界育ち。しかも魔王の居城でなに不自由なく暮らしています。今まで井戸を見たことはあっても使う機会が巡ってきたことはないのです。
迂闊でした。井戸水の汲み方など当たり前すぎて教えなければという気持ちすらありませんでした。
「……私の落ち度です。私がもっと気付いていればっ……」
「ブレイラ、お前の所為だけじゃない」
「俺も体術や剣術だけじゃなくて、井戸水の汲み方も教えておけば良かったんだ」
ハウストとイスラが慰めてくれます。
二人の気持ちは嬉しいですがゼロスの教育は根本から見直す必要がありそうです。
そうこうしていると、脇道の奥から年配の女性が三人歩いてきました。村の女性らしき三人は井戸水を汲みに来たのでしょう。
ああ、良かった! ゼロス、分からなければ聞くのです! 助けを求めるのです!
さあ早くとばかりにゼロスを見ましたが。
「ゼロス、あなた……」
もじもじ、していました。
赤ん坊の頃からおしゃべりが上手で、今でも私やハウストやイスラにいろんな事をたくさんお話してくれます。魔界の城では「ブレイラ、おなかすいた!」「ちちうえ、だっこ~!」「あにうえ、あそぼ!」とゼロスの元気な声が響かない日がないくらい。
それなのに。
もじもじもじもじ。水筒を両手でぎゅっと握りしめて、もじもじもじもじ……。
ゼロスは恥ずかしそうに視線を泳がせながら、ちらちらと村の女性たちを見ています。
「あの子に、人見知りがあったなんて……」
意外です。
でも確かにゼロスは物心ついた頃から周りにいる大人は見知った大人ばかりで、知らない大人と接したことはほとんどありませんでした。
どうなるのかとハラハラして見ていましたが、女性たちも幼いゼロスのことを気にしているようで「見慣れない子ね」「可愛らしいわ」「どこの子かしら」と囁きあう。
その中から一人の女性がゼロスに話しかけてくれました。
「どこから来たの?」
優しく声をかけられてゼロスが恥ずかしそうに顔をあげます。
「……あっち」おずおずと転移魔法陣の方角を指差すゼロス。
もちろんそれで分かるはずもありません。
でも女性たちの母性本能を刺激するには十分なものでした。
「あらあらまあまあ、あっち? あら~、可愛いわね~」
「うふふふふふ、あっち、ですって」
「水筒持ってるわね。お水が欲しいの?」
更に優しく聞かれてゼロスの顔が徐々に輝きだす。
ゼロスは恥ずかしそうにもじもじしながらも、おずおずと水筒を差しだします。
「うん。おみず、ほしいの」
「井戸のお水が欲しいのね。いいわ、入れてあげるから貸してごらんなさい?」
「はいっ」
女性はニコニコしながらゼロスの為に井戸の水を水筒に入れてくれます。
水をたっぷり入れてもらった水筒を受け取ったゼロスはパァと満面笑顔になりました。
「ありがとう!」
「お礼が言えるなんて偉いわね~」
「なんて可愛らしいっ」
「えへへ~っ」
ゼロスが照れ臭そうにはにかむ。
今まで心細そうにしていたのに知らない大人に褒められて気分が浮上してきたようです。
調子に乗り始めたゼロスの姿に、「あ、ゼロスがニヤニヤしてる」とイスラが呟く。ニヤニヤではありませんニコニコですよ。
私たちが離れた場所から見守る中、村の女性とゼロスが楽しそうに会話を始めます。
「この村には何しに来たのかしら。ここの村の子じゃないわよね?」
「あのね、おつかいにきたの」
「おつかい?」
「うん! ブレイラにやくそう、あげるの!」
「まあ、薬草を? ブレイラってママのことかしら。それじゃあ今から山に行くのね」
「そうだよ。ぼく、がんばる」
「こんなに小さいのに、お使いなんて凄いわね」
健気なゼロスの様子に女性たちは感動したように目を輝かせだす。
ゼロスは褒められて調子が上がっていきます。
元気が出てきたようで安心しました、が。
「ブレイラがね、おねがいしますって、いったの」
「まあ、頼まれたのね」
「うん。ブレイラが、いってきなさいって」
「あら、それじゃあママに行かされたっていうの? こんなに小さいのに?」
「うん。ブレイラがいってらっしゃいって。ブレイラにやくそう、とってくるの」
…………ちょっと、ちょっと待ってください。
「……ハウスト、イスラ。私、大反対しましたよね?」
私こそが一番反対していましたよね?
確認すると、二人は私から僅かに目を逸らす。
「……ブレイラ、我慢だ。子どものすることだ」
「ブレイラ、俺はちゃんと知っているぞ」
ハウストとイスラが声をかけてくれたけれど、ゼロスはますます調子に乗る。
「ママに薬草を採ってくるように言われたのね」
「うん!」
「こんな小さな子なのに……」
「がんばるから、だいじょうぶ!」
「もしかしたらママは病気で、その為にこの子が薬草を?」
「なんて健気な良い子なのかしら!」
「えへへ~。ぼく、えらい!」
完全に調子に乗ったゼロスの姿に、「あ、ゼロスがニヤニヤしてる」とイスラがまた呟く。そうですね、あれはニヤニヤです。調子に乗ったニヤニヤです。ニヤニヤで充分です。
村の女性たちにたっぷり褒められたゼロスはすっかり元気になりました。
「いってきます! バイバイ!」
ゼロスが女性たちに手を振って出発します。
女性たちの声援に見送られ、張り切って歩きだしました。
すっかり元気になりましたね、安心しましたよ。でも。
「……これじゃあまるで、まるで私がゼロスに無理やり行かせたみたいじゃないですか」
ゼロス……、あなたという子は、もうほんとに、ほんとにっ。
肩を震わせる私をハウストとイスラが必死に宥めてくれます。
「落ち着けブレイラ。ゼロスはいつもの調子に戻ったぞ?」
そうですねハウスト、ゼロスはすっかりいつもの調子ですね。
「ブレイラ、恐い顔するな。似合わないぞ」
ありがとうございます、イスラ。そうですね、怒ってはいけませんよね。
分かっています。分かっていますが、このままなんて納得できません。
「……大丈夫、私は充分落ち着いています。怒っていません。怒っていませんが」
私は井戸へと足を向けました。
ハウストとイスラが困惑して見守る中、顔には笑顔を浮かべて井戸端会議を続けている女性たちに近づいていく。
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