【完結】指先が触れる距離

山田森湖

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第6話 月曜日の朝

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第6話 月曜日の朝

月曜日の朝、私はいつもより少し早くオフィスに到着した。

土曜日のことを思い出しながら、コーヒーを淹れる。昨日の日曜日は、ずっと美咲とのコーヒーショップでの時間を反芻していた。彼女の笑顔、話に夢中になった時の表情、別れ際の「また機会があれば」という言葉。

すべてが特別に感じられて、月曜日の朝を迎えるのが楽しみだった。

八時四十分。いつもより少し早い時間に、美咲がやってきた。

「おはようございます」

いつもの挨拶だったが、今日は何となく違って聞こえる。彼女も私と同じように、土曜日のことを思い出しているのだろうか。

「おはようございます。今日も良い天気ですね」

私は用意していたコーヒーカップを彼女のデスクに置いた。

「ありがとうございます」

美咲がカップを受け取る時、少しだけ手が触れた。今度は明らかに偶然ではない。お互いに意識していることが分かった。

「土曜日は本当にありがとうございました」

美咲が小声で言った。

「僕も楽しかったです。今度は美咲さんのおすすめの場所、楽しみにしています」

「実は、もう考えているんです」

彼女の目が少しいたずらっぽく光った。

「どんなところですか?」

「秘密です。でも、きっと気に入ってもらえると思います」

その会話を交わしているだけで、胸の奥が温かくなる。土曜日を境に、私たちの関係は明らかに変わった。

午前中は忙しく、二人とも集中して仕事に取り組んだ。でも時々、目が合うことがある。その度に、お互いに少し恥ずかしそうに笑って、また仕事に戻る。

十一時頃、営業部の田村さんがやってきた。

「田中さん、例のプレゼンの件ですが」

美咲は田村さんと打ち合わせを始めた。私は自分の仕事をしながら、時々彼女の様子を見ていた。

「このグラフ、とても分かりやすいですね」

田村さんが美咲の資料を褒めた。それは先週、私が手伝って作ったグラフだった。

「ありがとうございます」

美咲は嬉しそうに答えたが、ちらりと私の方を見た。その視線に、「あの時手伝ってもらったおかげです」という感謝の気持ちが込められているのが分かった。

昼休み、私たちは自然に一緒にランチに向かった。もうそれが当たり前のことになっている。

「今日はどこにしましょうか?」

「新しいお店ができているみたいです。試してみませんか?」

私たちは一階の新しいイタリアンレストランに入った。落ち着いた雰囲気で、平日のランチタイムには丁度良い静けさだった。

「パスタが美味しそうですね」

美咲がメニューを見ながら言った。

「僕もパスタにします。何にしますか?」

「カルボナーラにしようかな」

「僕はペペロンチーノで」

注文を終えて、私たちは土曜日の話をした。

「あの本、結局買って帰りました」

「そうなんですか。面白かったですか?」

「まだ途中ですが、とても面白いです。やっぱりあの作家さんの描く恋愛は繊細で...」

美咲が本の内容について話してくれる。その時の表情が生き生きしていて、見ているだけで楽しくなる。

「どんな恋愛が描かれているんですか?」

「同じ職場の二人の話なんです」

その時、美咲の頬が少し赤くなった。私も何となく意識してしまう。

「職場恋愛ですか」

「はい。でも、なかなか気持ちを伝えられなくて...もどかしいんです」

美咲の言葉に、私の心臓が少し早く打った。小説の話をしているのに、なぜか自分たちのことを言われているような気がする。

「そういう関係って、難しそうですね」

「そうですね。毎日顔を合わせるから、失敗できないし...」

パスタが運ばれてきて、話題が自然に変わった。でも、さっきの会話の余韻が残っている。

午後、私は企画会議の準備で忙しかった。来週のプレゼンテーションの資料を最終チェックしている時、美咲が声をかけてきた。

「佐藤さん、これ」

振り返ると、彼女が小さな包みを差し出していた。

「何ですか?」

「土曜日のお礼です。大したものじゃないんですが...」

包みを開けると、小さなブックマークが入っていた。革製で、とても上品なデザインだった。

「ありがとうございます。でも、お礼なんて...」

「素敵なお店を教えてもらったので。使ってもらえると嬉しいです」

彼女からの贈り物。それが些細なものでも、とても嬉しかった。

「大切に使わせてもらいます」

夕方、美咲の同期の山田さんがまたやってきた。

「美咲ちゃん、金曜日の飲み会の件だけど」

「はい」

「佐藤さんも来てくれるって聞いて、みんな楽しみにしてるよ」

私は少し照れながら会釈した。

「どんなお店なんですか?」

「駅前の居酒屋なの。カジュアルな感じだから、リラックスして来てね」

山田さんが詳細を説明してくれた。美咲も楽しそうに聞いている。

「美咲ちゃん、最近なんだか嬉しそうね」

山田さんが突然そんなことを言った。美咲の頬が少し赤くなる。

「そ、そうですか?」

「うん、なんかキラキラしてる。何かいいことあった?」

美咲は困ったような笑顔を浮かべて、私の方をちらりと見た。その瞬間、私たちの間に秘密を共有している感覚があった。

「特に何も...」

美咲は曖昧に答えたが、山田さんは意味深な笑顔を見せた。

定時になり、美咲は片付けを始めた。今日はブックマークのお礼を改めて言いたかった。

「お疲れさまでした」

「お疲れさまでした。今日は素敵な贈り物をありがとうございました」

「喜んでもらえて良かったです」

「今度のお店、本当に楽しみにしています」

「私も楽しみです。金曜日の飲み会も」

「そうですね。同期の皆さんとお話できるのも楽しみです」

美咲はそう言って、いつものように小さく頭を下げてから、エレベーターホールに向かった。

一人になったオフィスで、私は彼女からもらったブックマークを見た。細かい装飾が施されていて、選ぶのに時間をかけてくれたことが分かる。

土曜日から今日まで、私たちの関係は着実に変化している。小さな変化だけれど、確実に特別な方向に向かっている。

指先が触れる距離は変わらない。でも、心の距離は確実に近づいている。

金曜日の飲み会では、また違った美咲の一面を見ることができるかもしれない。そして、彼女が秘密にしている「おすすめの場所」も気になる。

窓の外では、夕日が穏やかに沈んでいく。今週もまた、楽しい一週間になりそうだった。
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