【完結】指先が触れる距離

山田森湖

文字の大きさ
7 / 50

第7話 飲み会の夜

しおりを挟む
第7話 飲み会の夜

金曜日の夕方、オフィスには週末への開放感が漂っていた。

今日は部署の飲み会がある。美咲の同期たちと一緒に過ごす初めての機会で、私は少し緊張していた。

「佐藤さん、お疲れさまでした」

定時少し前に、美咲が声をかけてきた。今日は金曜日ということもあって、いつもより少し華やかな服装をしている。

「お疲れさまでした。今日はよろしくお願いします」

「こちらこそ。みんな佐藤さんとお話できるのを楽しみにしているんですよ」

六時半、私たちは駅前の居酒屋「和楽」に集合した。美咲の同期である山田さん、鈴木さん、そして営業部の田村さんも参加している。

「佐藤さん、いらっしゃい!」

山田さんが元気よく迎えてくれた。

「今日はありがとうございます。よろしくお願いします」

私たちは個室に案内された。和風の落ち着いた雰囲気で、金曜日の夜には丁度良い空間だった。

「それじゃあ、乾杯!」

田村さんの音頭で、みんなでビールで乾杯した。美咲はビールではなく、梅酒のソーダ割りを頼んでいる。

「美咲ちゃん、お酒弱いもんね」

鈴木さんが笑いながら言った。

「はい、すぐに顔が赤くなってしまうんです」

美咲が少し恥ずかしそうに笑った。そんな彼女の様子を見ていると、なんだか微笑ましい。

「佐藤さんはどうですか?強い方ですか?」

山田さんに聞かれて、私は答えた。

「普通だと思います。でも今日は控えめにしておきます」

料理が運ばれてきて、みんなで食べながら話が弾んだ。仕事の話、趣味の話、学生時代の思い出など、様々な話題が出る。

「そういえば佐藤さん、美咲ちゃんと最近よく一緒にランチしてるって聞いたんですが」

突然、鈴木さんがそんなことを言い出した。美咲の顔が少し赤くなる。

「ええ、たまたま時間が合うことが多くて」

私は慌てて答えた。

「へえ、いいですね。美咲ちゃん、前は一人でお弁当食べてることが多かったから」

山田さんが興味深そうに言った。

「そうなんですか?」

「うん、人見知りだから。でも最近、すごく楽しそうなのよ」

美咲はますます恥ずかしそうになった。私も少し気恥ずかしい。

「佐藤さんって優しいですもんね。美咲ちゃんのこと、いつも助けてくれてるって聞いてます」

田村さんまでそんなことを言い始めた。

「いえ、そんなことは...」

「謙遜しなくても大丈夫ですよ。美咲さんも佐藤さんのこと、とても感謝してるって言ってましたし」

鈴木さんの言葉に、私は美咲の方を見た。彼女は梅酒のせいで頬が少し赤くなっていて、困ったような笑顔を浮かべている。

「みんな、からかい過ぎですよ」

美咲がようやく口を開いた。

「ごめんごめん、でも本当にいいコンビだと思うのよ」

山田さんが笑いながら言った。

話題が他のことに移って、私はほっとした。でも同時に、周りから見ても私たちの関係は特別に映っているのだと分かった。

九時頃、飲み会は終了した。みんなで店を出て、駅に向かう途中、美咲が私の隣に歩いてきた。

「今日はありがとうございました」

「こちらこそ、楽しかったです。皆さん、いい方ですね」

「でも、からかわれてしまって...すみませんでした」

美咲が申し訳なさそうに言った。

「いえいえ、気にしないでください」

「本当に、いつもお世話になって...」

「お世話だなんて。僕も美咲さんといると楽しいです」

その時、美咲が立ち止まった。他のメンバーは少し先を歩いている。

「佐藤さん」

「はい」

「今度の休日の件なんですが...」

「おすすめの場所ですね。楽しみにしています」

「実は、少し遠いところなんです。一日かかってしまうかもしれません」

「大丈夫です。どこでも」

美咲は少し安心したような表情を見せた。

「ありがとうございます。明日、詳細をお話ししても良いですか?」

「明日?」

「お時間があればですが...土曜日に待ち合わせの詳細を決められたらと思って」

私の心臓が少し早く打った。また明日、彼女と会えるのだ。

「もちろん大丈夫です」

「ありがとうございます。それでは明日、連絡いたします」

駅で別れる時、美咲は他のメンバーとは違って、私に特別な挨拶をした。

「今日は本当にありがとうございました。明日、楽しみにしています」

「僕も楽しみにしています。気をつけてお帰りください」

電車に乗りながら、私は今日の出来事を振り返った。同期の皆さんからのからかい、美咲の恥ずかしそうな表情、そして明日の約束。

周りから見ても、私たちは特別な関係に見えるらしい。でも、それは決して嫌な気分ではない。むしろ、認められているような気がして嬉しかった。

明日、美咲が提案する「遠いところ」とはどこだろう。一日かかるということは、きっと特別な場所なのだろう。彼女が私のために考えてくれた場所。

指先が触れる距離。職場ではいつもその距離にいるけれど、明日はまた違った距離感を体験できるかもしれない。

家に着いて、私は明日の準備を始めた。どんな場所でも、美咲と過ごす時間なら、きっと素晴らしいものになるはずだ。

窓の外では、夜の街が静かに眠りについている。明日への期待を胸に、私も眠りについた。

美咲からの連絡を待ちながら。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夜の帝王の一途な愛

ラヴ KAZU
恋愛
彼氏ナシ・子供ナシ・仕事ナシ……、ないない尽くしで人生に焦りを感じているアラフォー女性の前に、ある日突然、白馬の王子様が現れた! ピュアな主人公が待ちに待った〝白馬の王子様"の正体は、若くしてホストクラブを経営するカリスマNO.1ホスト。「俺と一緒に暮らさないか」突然のプロポーズと思いきや、契約結婚の申し出だった。 ところが、イケメンホスト麻生凌はたっぷりの愛情を濯ぐ。 翻弄される結城あゆみ。 そんな凌には誰にも言えない秘密があった。 あゆみの運命は……

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜

ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。 そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、 理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。 しかも理樹には婚約者がいたのである。 全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。 二人は結婚出来るのであろうか。

わたしの愉快な旦那さん

川上桃園
恋愛
 あまりの辛さにブラックすぎるバイトをやめた。最後塩まかれたけど気にしない。  あ、そういえばこの店入ったことなかったな、入ってみよう。 「何かお探しですか」  その店はなんでも取り扱うという。噂によると彼氏も紹介してくれるらしい。でもそんなのいらない。彼氏だったらすぐに離れてしまうかもしれないのだから。  店員のお兄さんを前にてんぱった私は。 「旦那さんが欲しいです……」  と、斜め上の回答をしてしまった。でもお兄さんは優しい。 「どんな旦那さんをお望みですか」 「え、えっと……愉快な、旦那さん?」  そしてお兄さんは自分を指差した。 「僕が、お客様のお探しの『愉快な旦那さん』ですよ」  そこから始まる恋のお話です。大学生女子と社会人男子(御曹司)。ほのぼのとした日常恋愛もの

課長のケーキは甘い包囲網

花里 美佐
恋愛
田崎すみれ 二十二歳 料亭の娘だが、自分は料理が全くできない負い目がある。            えくぼの見える笑顔が可愛い、ケーキが大好きな女子。 × 沢島 誠司 三十三歳 洋菓子メーカー人事総務課長。笑わない鬼課長だった。             実は四年前まで商品開発担当パティシエだった。 大好きな洋菓子メーカーに就職したすみれ。 面接官だった彼が上司となった。 しかも、彼は面接に来る前からすみれを知っていた。 彼女のいつも買うケーキは、彼にとって重要な意味を持っていたからだ。 心に傷を持つヒーローとコンプレックス持ちのヒロインの恋(。・ω・。)ノ♡

男に間違えられる私は女嫌いの冷徹若社長に溺愛される

山口三
恋愛
「俺と結婚してほしい」  出会ってまだ何時間も経っていない相手から沙耶(さや)は告白された・・・のでは無く契約結婚の提案だった。旅先で危ない所を助けられた沙耶は契約結婚を申し出られたのだ。相手は五瀬馨(いつせかおる)彼は国内でも有数の巨大企業、五瀬グループの若き社長だった。沙耶は自分の夢を追いかける資金を得る為、養女として窮屈な暮らしを強いられている今の家から脱出する為にもこの提案を受ける事にする。  冷酷で女嫌いの社長とお人好しの沙耶。二人の契約結婚の行方は?  

もつれた心、ほどいてあげる~カリスマ美容師御曹司の甘美な溺愛レッスン~

泉南佳那
恋愛
 イケメンカリスマ美容師と内気で地味な書店員との、甘々溺愛ストーリーです!  どうぞお楽しみいただけますように。 〈あらすじ〉  加藤優紀は、現在、25歳の書店員。  東京の中心部ながら、昭和味たっぷりの裏町に位置する「高木書店」という名の本屋を、祖母とふたりで切り盛りしている。  彼女が高木書店で働きはじめたのは、3年ほど前から。  短大卒業後、不動産会社で営業事務をしていたが、同期の、親会社の重役令嬢からいじめに近い嫌がらせを受け、逃げるように会社を辞めた過去があった。  そのことは優紀の心に小さいながらも深い傷をつけた。  人付き合いを恐れるようになった優紀は、それ以来、つぶれかけの本屋で人の目につかない質素な生活に安んじていた。  一方、高木書店の目と鼻の先に、優紀の兄の幼なじみで、大企業の社長令息にしてカリスマ美容師の香坂玲伊が〈リインカネーション〉という総合ビューティーサロンを経営していた。  玲伊は優紀より4歳年上の29歳。  優紀も、兄とともに玲伊と一緒に遊んだ幼なじみであった。  店が近いこともあり、玲伊はしょっちゅう、優紀の本屋に顔を出していた。    子供のころから、かっこよくて優しかった玲伊は、優紀の初恋の人。  その気持ちは今もまったく変わっていなかったが、しがない書店員の自分が、カリスマ美容師にして御曹司の彼に釣り合うはずがないと、その恋心に蓋をしていた。  そんなある日、優紀は玲伊に「自分の店に来て」言われる。  優紀が〈リインカネーション〉を訪れると、人気のファッション誌『KALEN』の編集者が待っていた。  そして「シンデレラ・プロジェクト」のモデルをしてほしいと依頼される。 「シンデレラ・プロジェクト」とは、玲伊の店の1周年記念の企画で、〈リインカネーション〉のすべての施設を使い、2~3カ月でモデルの女性を美しく変身させ、それを雑誌の連載記事として掲載するというもの。  優紀は固辞したが、玲伊の熱心な誘いに負け、最終的に引き受けることとなる。  はじめての経験に戸惑いながらも、超一流の施術に心が満たされていく優紀。  そして、玲伊への恋心はいっそう募ってゆく。  玲伊はとても優しいが、それは親友の妹だから。  そんな切ない気持ちを抱えていた。  プロジェクトがはじまり、ひと月が過ぎた。  書店の仕事と〈リインカネーション〉の施術という二重生活に慣れてきた矢先、大問題が発生する。  突然、編集部に上層部から横やりが入り、優紀は「シンデレラ・プロジェクト」のモデルを下ろされることになった。  残念に思いながらも、やはり夢でしかなかったのだとあきらめる優紀だったが、そんなとき、玲伊から呼び出しを受けて……

貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈

玖羽 望月
恋愛
朝木 与織子(あさぎ よりこ) 22歳 大学を卒業し、やっと憧れの都会での生活が始まった!と思いきや、突然降って湧いたお見合い話。 でも、これはただのお見合いではないらしい。 初出はエブリスタ様にて。 また番外編を追加する予定です。 シリーズ作品「恋をするのに理由はいらない」公開中です。 表紙は、「かんたん表紙メーカー」様https://sscard.monokakitools.net/covermaker.htmlで作成しました。

夢見るシンデレラ~溺愛の時間は突然に~

美和優希
恋愛
社長秘書を勤めながら、中瀬琴子は密かに社長に想いを寄せていた。 叶わないだろうと思いながらもあきらめきれずにいた琴子だったが、ある日、社長から告白される。 日頃は紳士的だけど、二人のときは少し意地悪で溺甘な社長にドキドキさせられて──!? 初回公開日*2017.09.13(他サイト) アルファポリスでの公開日*2020.03.10 *表紙イラストは、イラストAC(もちまる様)のイラスト素材を使わせていただいてます。

処理中です...