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第5話 初めての休日
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第5話 初めての休日
土曜日の午後、私は駅の改札前で美咲を待っていた。
約束の時間より十五分早く到着してしまい、人の流れを眺めながら彼女を探している。平日とは違う服装の美咲がどんな感じなのか、想像するだけで胸が高鳴った。
「佐藤さん」
振り返ると、白いブラウスに紺色のスカートを着た美咲が立っていた。職場で見慣れた服装とは少し違って、より柔らかい印象を受ける。髪も普段とは少し違うスタイルにしている。
「お疲れさまでした。お待たせしてしまって」
「いえ、僕も今来たところです」
嘘だった。でも、早く着き過ぎて待っていたなんて言えない。
「それでは行きましょうか」
コーヒーショップまでは駅から歩いて十分ほどの距離だった。土曜日の午後の街は、平日とは全く違う雰囲気に包まれている。
「この辺りは初めてです」
美咲が周りを見回しながら言った。
「僕も最近知ったんです。偶然通りかかって、雰囲気が良さそうだったので」
「どんなお店なんですか?」
「小さなお店なんですが、本当にコーヒーが美味しくて。本もたくさん置いてあるんです」
歩きながらそんな会話を交わしていると、あっという間に目的地に着いた。
「ここです」
小さな看板に「BOOK & COFFEE」と書かれた、こじんまりとしたお店。入り口には本が並んでいて、中からは心地よいジャズが聞こえてくる。
「素敵なお店ですね」
美咲の目が輝いた。
店内は木の温もりを感じる落ち着いた空間だった。本棚が壁一面に並んでいて、所々にテーブルが配置されている。お客さんは数組いるが、静かで居心地の良い雰囲気だ。
「窓際の席はどうでしょう?」
「いいですね」
私たちは窓際の小さなテーブルに座った。外の景色を眺めながら、メニューを見る。
「コーヒーの種類が豊富ですね」
「マスターがこだわっているんです。どれも美味しいですよ」
「佐藤さんのおすすめはありますか?」
「ブレンドコーヒーが一番人気ですね。僕はいつもそれを頼んでいます」
「それでは私も同じものを」
注文を終えて、私たちは本棚を見に行った。小説、エッセイ、写真集、様々なジャンルの本が丁寧に並んでいる。
「うわあ、本当にたくさんありますね」
美咲は嬉しそうに本の背表紙を眺めている。その姿を見ていると、なんだか微笑ましくて、つい見惚れてしまう。
「あ、この本」
美咲が一冊の小説を手に取った。恋愛小説だった。
「面白そうですね」
「この作家さん、好きなんです。新刊が出ていたなんて知りませんでした」
彼女の嬉しそうな表情を見て、私も嬉しくなった。
「よろしければ、どうぞ。僕もこの辺りを見てみます」
私は別の棚を見て回った。美咲が読書に夢中になっている間、私は彼女の横顔をちらちらと盗み見した。本を読んでいる時の彼女は、とても集中していて美しい。
「お待たせしました」
マスターがコーヒーを運んできた。香り高いコーヒーの匂いが店内に広がる。
「いい香りですね」
美咲が本を閉じて、テーブルに戻ってきた。
「どうでしたか?その本」
「とても面白そうです。今度買って帰ろうかな」
私たちはコーヒーを飲みながら、本の話をした。彼女の読書体験、好きな作家、印象に残った作品。話が弾んで、時間を忘れるほどだった。
「佐藤さんは普段、どんな本を読まれるんですか?」
「恥ずかしながら、ビジネス書が多いんです。でも、たまに小説も読みます」
「どんな小説が好きですか?」
「そうですね...日常を丁寧に描いた作品が好きです。派手な展開よりも、登場人物の心情の変化を追っていく方が」
美咲は興味深そうに聞いてくれる。こんなに深く本の話をしたのは久しぶりだった。
「私も同じです。人の気持ちの微妙な変化を描いた作品が好きなんです」
「共通点がありますね」
「そうですね」
美咲が微笑んだ。その笑顔が、いつもより近くに感じられた。
コーヒーを飲み終わる頃、外はすっかり夕方の色に染まっていた。
「もうこんな時間なんですね」
「時間が経つのが早かったです」
美咲も同じことを感じていたようだった。
「今日は本当にありがとうございました」
帰り道、美咲が言った。
「こちらこそ、楽しい時間でした」
「また、機会があれば...」
「ぜひ。今度は美咲さんのおすすめの場所に連れて行ってください」
「本当ですか?」
「もちろんです」
駅の改札で別れる時、美咲が振り返った。
「今日は本当に楽しかったです。月曜日、またよろしくお願いします」
「こちらこそ。気をつけてお帰りください」
「はい。佐藤さんも」
美咲の姿が改札の向こうに消えてから、私はしばらくその場に立っていた。今日一日を振り返って、胸の奥が温かくなっていた。
職場を離れた美咲は、想像以上に魅力的だった。本を選ぶ時の真剣な表情、コーヒーを飲む時の穏やかな笑顔、話に夢中になった時の輝く瞳。
指先が触れる距離。今日は物理的にはもっと遠くにいたのに、心の距離はずっと近くなったような気がする。
家に帰る電車の中で、私は来週のことを考えた。月曜日にまた彼女に会える。きっと今日のことを思い出して、少し恥ずかしくなったりするかもしれない。でも、それも悪くない。
今度は彼女がおすすめの場所に連れて行ってくれるという。それがどこであれ、美咲と過ごす時間なら、きっと特別なものになるだろう。
窓に映る自分の顔が、いつもより穏やかに笑っているのに気づいた。こんな気持ちになったのは、本当に久しぶりのことだった。
明日は日曜日。そして月曜日には、また新しい一週間が始まる。美咲との関係が、どんな風に変化していくのだろう。
そんなことを考えながら、私は家路に着いた。心地よい疲労感と、温かい満足感を胸に抱いて。
土曜日の午後、私は駅の改札前で美咲を待っていた。
約束の時間より十五分早く到着してしまい、人の流れを眺めながら彼女を探している。平日とは違う服装の美咲がどんな感じなのか、想像するだけで胸が高鳴った。
「佐藤さん」
振り返ると、白いブラウスに紺色のスカートを着た美咲が立っていた。職場で見慣れた服装とは少し違って、より柔らかい印象を受ける。髪も普段とは少し違うスタイルにしている。
「お疲れさまでした。お待たせしてしまって」
「いえ、僕も今来たところです」
嘘だった。でも、早く着き過ぎて待っていたなんて言えない。
「それでは行きましょうか」
コーヒーショップまでは駅から歩いて十分ほどの距離だった。土曜日の午後の街は、平日とは全く違う雰囲気に包まれている。
「この辺りは初めてです」
美咲が周りを見回しながら言った。
「僕も最近知ったんです。偶然通りかかって、雰囲気が良さそうだったので」
「どんなお店なんですか?」
「小さなお店なんですが、本当にコーヒーが美味しくて。本もたくさん置いてあるんです」
歩きながらそんな会話を交わしていると、あっという間に目的地に着いた。
「ここです」
小さな看板に「BOOK & COFFEE」と書かれた、こじんまりとしたお店。入り口には本が並んでいて、中からは心地よいジャズが聞こえてくる。
「素敵なお店ですね」
美咲の目が輝いた。
店内は木の温もりを感じる落ち着いた空間だった。本棚が壁一面に並んでいて、所々にテーブルが配置されている。お客さんは数組いるが、静かで居心地の良い雰囲気だ。
「窓際の席はどうでしょう?」
「いいですね」
私たちは窓際の小さなテーブルに座った。外の景色を眺めながら、メニューを見る。
「コーヒーの種類が豊富ですね」
「マスターがこだわっているんです。どれも美味しいですよ」
「佐藤さんのおすすめはありますか?」
「ブレンドコーヒーが一番人気ですね。僕はいつもそれを頼んでいます」
「それでは私も同じものを」
注文を終えて、私たちは本棚を見に行った。小説、エッセイ、写真集、様々なジャンルの本が丁寧に並んでいる。
「うわあ、本当にたくさんありますね」
美咲は嬉しそうに本の背表紙を眺めている。その姿を見ていると、なんだか微笑ましくて、つい見惚れてしまう。
「あ、この本」
美咲が一冊の小説を手に取った。恋愛小説だった。
「面白そうですね」
「この作家さん、好きなんです。新刊が出ていたなんて知りませんでした」
彼女の嬉しそうな表情を見て、私も嬉しくなった。
「よろしければ、どうぞ。僕もこの辺りを見てみます」
私は別の棚を見て回った。美咲が読書に夢中になっている間、私は彼女の横顔をちらちらと盗み見した。本を読んでいる時の彼女は、とても集中していて美しい。
「お待たせしました」
マスターがコーヒーを運んできた。香り高いコーヒーの匂いが店内に広がる。
「いい香りですね」
美咲が本を閉じて、テーブルに戻ってきた。
「どうでしたか?その本」
「とても面白そうです。今度買って帰ろうかな」
私たちはコーヒーを飲みながら、本の話をした。彼女の読書体験、好きな作家、印象に残った作品。話が弾んで、時間を忘れるほどだった。
「佐藤さんは普段、どんな本を読まれるんですか?」
「恥ずかしながら、ビジネス書が多いんです。でも、たまに小説も読みます」
「どんな小説が好きですか?」
「そうですね...日常を丁寧に描いた作品が好きです。派手な展開よりも、登場人物の心情の変化を追っていく方が」
美咲は興味深そうに聞いてくれる。こんなに深く本の話をしたのは久しぶりだった。
「私も同じです。人の気持ちの微妙な変化を描いた作品が好きなんです」
「共通点がありますね」
「そうですね」
美咲が微笑んだ。その笑顔が、いつもより近くに感じられた。
コーヒーを飲み終わる頃、外はすっかり夕方の色に染まっていた。
「もうこんな時間なんですね」
「時間が経つのが早かったです」
美咲も同じことを感じていたようだった。
「今日は本当にありがとうございました」
帰り道、美咲が言った。
「こちらこそ、楽しい時間でした」
「また、機会があれば...」
「ぜひ。今度は美咲さんのおすすめの場所に連れて行ってください」
「本当ですか?」
「もちろんです」
駅の改札で別れる時、美咲が振り返った。
「今日は本当に楽しかったです。月曜日、またよろしくお願いします」
「こちらこそ。気をつけてお帰りください」
「はい。佐藤さんも」
美咲の姿が改札の向こうに消えてから、私はしばらくその場に立っていた。今日一日を振り返って、胸の奥が温かくなっていた。
職場を離れた美咲は、想像以上に魅力的だった。本を選ぶ時の真剣な表情、コーヒーを飲む時の穏やかな笑顔、話に夢中になった時の輝く瞳。
指先が触れる距離。今日は物理的にはもっと遠くにいたのに、心の距離はずっと近くなったような気がする。
家に帰る電車の中で、私は来週のことを考えた。月曜日にまた彼女に会える。きっと今日のことを思い出して、少し恥ずかしくなったりするかもしれない。でも、それも悪くない。
今度は彼女がおすすめの場所に連れて行ってくれるという。それがどこであれ、美咲と過ごす時間なら、きっと特別なものになるだろう。
窓に映る自分の顔が、いつもより穏やかに笑っているのに気づいた。こんな気持ちになったのは、本当に久しぶりのことだった。
明日は日曜日。そして月曜日には、また新しい一週間が始まる。美咲との関係が、どんな風に変化していくのだろう。
そんなことを考えながら、私は家路に着いた。心地よい疲労感と、温かい満足感を胸に抱いて。
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