【完結】指先が触れる距離

山田森湖

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第27話 試練を越えて

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第27話 試練を越えて

中村さんとの件が解決してから一週間が経った。

私たちは仕事上の関係に戻り、プロジェクトは順調に進んでいた。中村さんも以前と変わらず親切で、プロフェッショナルな態度を保ってくれていた。

「佐藤さん、この企画書の最終確認をお願いします」

「ありがとうございます。後で拝見します」

必要最小限の会話で、でも効率的に仕事を進める。それが私たちの新しい関係だった。

美咲との関係も、以前の安定を取り戻していた。

「佐藤さん、お疲れさまです」

「美咲さん、お疲れさまでした。今日はどうでしたか?」

「とても充実していました。新しいプロジェクトが始まって、やりがいがあります」

美咲の声が明るい。以前の不安は消えているようだった。

「良かったです。僕も今日でプロジェクトが一段落しました」

「お疲れさまでした。成功ですね」

「はい。チーム全体で頑張った成果です」

私は意識的に、中村さん個人の貢献について詳しく話すのを避けていた。美咲への配慮だった。

---

翌週、私に嬉しい知らせが届いた。

「佐藤さん、大阪でのプロジェクトが高く評価されました」

上司が笑顔で報告してくれた。

「ありがとうございます」

「それで、来月から東京本社に戻っていただくことになりました」

その瞬間、私の心は躍った。東京に戻れる。美咲に近づける。

「本社のどちらの部署でしょうか?」

「企画部です。田中さんという方がいる部署ですね」

田中さん。それは美咲のことだった。

「田中美咲さんですか?」

「ご存知ですか?」

「はい、以前同じ部署にいました」

上司は意味深な笑顔を見せた。

「それは良い偶然ですね」

---

その夜、私は美咲に報告した。

「美咲さん、素晴らしいニュースがあります」

「どんなニュースですか?」

「来月、東京に戻ることになりました」

電話の向こうで、美咲が息を呑む音が聞こえた。

「本当ですか?」

「本当です。しかも、美咲さんと同じ企画部です」

「それって...」

「はい。また隣の席になるかもしれません」

美咲の嬉しそうな声が聞こえた。

「信じられない...夢みたいです」

「僕も同じ気持ちです」

長い遠距離恋愛がようやく終わる。そう思うだけで、胸が熱くなった。

「佐藤さん、この半年間、本当にお疲れさまでした」

「美咲さんも。一人で大変でしたね」

「でも、乗り越えられました。佐藤さんがいてくれたから」

「僕も美咲さんがいてくれたから頑張れました」

---

大阪での最後の週が始まった。

中村さんには、東京への異動を報告した。

「そうですか。寂しくなります」

「中村さんも、もうすぐ東京に戻られるんですよね?」

「はい。来月末の予定です」

「また東京でお会いすることがあるかもしれませんね」

「そうですね。その時は、よろしくお願いします」

中村さんは笑顔で答えてくれた。あの夜の件以来、彼女は本当に大人な対応をしてくれていた。

「中村さん、この度は色々とすみませんでした」

「謝らないでください。私も良い経験をさせていただきました」

「良い経験?」

「大切なものを守る気持ちを教えていただきました」

中村さんの言葉に、私は深く頭を下げた。

---

金曜日の夜、同僚たちが送別会を開いてくれた。

「佐藤さん、大阪はいかがでしたか?」

「とても勉強になりました。皆さんのおかげで、貴重な経験ができました」

「東京に戻っても、頑張ってください」

「ありがとうございます」

中村さんも参加してくれていた。

「佐藤さん、東京の恋人さんによろしくお伝えください」

「ありがとうございます」

彼女の言葉に、周りの同僚たちも「おお」と盛り上がった。

「佐藤さん、遠距離恋愛を続けてたんですね」

「大変だったでしょう」

「でも、もうすぐ会えるじゃないですか」

みんなの温かい言葉に、私は感謝の気持ちでいっぱいになった。

---

月曜日、私は大阪を後にした。

新幹線の車窓から見える景色が、だんだん見慣れた関東の風景に変わっていく。

携帯電話に美咲からメッセージが入った。

『お疲れさまです。お帰りなさい。明日、お会いできるのを楽しみにしています』

『ただいま。僕も楽しみです』

翌日、久しぶりに東京のオフィスに足を踏み入れた。

「佐藤さん、お帰りなさい!」

山田さんが明るく迎えてくれた。

「山田さん、ただいまです」

「美咲ちゃんも喜んでますよ」

そして、懐かしい企画部のフロアに向かった。

美咲がいつもの席で、私を待っていた。

「お帰りなさい」

「ただいま」

私たちは自然に微笑み合った。

そして、私の新しい席が案内された。美咲の隣の席だった。

「また隣ですね」

「はい。また指先が触れる距離です」

美咲が嬉しそうにつぶやいた。

長い遠距離恋愛を経て、私たちは再び隣に座ることができた。でも、以前とは全く違っていた。

様々な試練を乗り越えて、お互いの大切さを深く理解し合った私たち。今度の「指先が触れる距離」は、以前よりもずっと特別な意味を持っていた。
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