【完結】指先が触れる距離

山田森湖

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第28話 新しい日々

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第28話 新しい日々

東京に戻って一週間が経った。

美咲の隣に座る毎日が、まるで夢のように感じられた。朝のコーヒー、昼休みのランチ、仕事の合間の何気ない会話。以前当たり前だったことが、今はとても特別に思える。

「おはようございます」

「おはようございます。今日もいい天気ですね」

朝の挨拶を交わしながら、私は美咲にコーヒーを渡した。久しぶりの朝のルーティンだった。

「ありがとうございます。やっぱり佐藤さんが淹れてくれるコーヒーが一番美味しいです」

「そんなことないですよ」

でも、そう言ってもらえることが嬉しかった。

「佐藤さん、大阪から戻ってきて、何か変わりましたね」

「変わった?」

「なんだか、以前よりも落ち着いているというか...大人になったような気がします」

美咲の言葉を聞いて、自分でも実感していることを確認できた。確かに、大阪での経験は私を変えたと思う。

「美咲さんも変わりましたね」

「私も?」

「はい。以前より自信があるように見えます」

「そうでしょうか」

「本社での仕事が合っているんですね」

美咲は少し照れたような笑顔を見せた。

---

午前中、私は新しいプロジェクトの説明を受けていた。今度は国際展開を視野に入れた大きな企画で、やりがいがありそうだった。

「佐藤さんには、このプロジェクトのメインリーダーをお願いしたいと思います」

課長からの話に、私は少し驚いた。

「ありがとうございます。頑張らせていただきます」

「大阪での実績を評価してのことです。期待しています」

デスクに戻ると、美咲が興味深そうに聞いてきた。

「新しいプロジェクトはどうでしたか?」

「国際展開の企画で、メインリーダーを任されました」

「すごいじゃないですか!おめでとうございます」

美咲の素直な喜びが嬉しかった。

「ありがとうございます。でも、責任重大で少し不安です」

「佐藤さんなら大丈夫ですよ。大阪でも成功されたんですから」

美咲の励ましの言葉に、勇気をもらった。

---

昼休み、私たちはいつものレストランに向かった。久しぶりに二人でのランチだった。

「本当に、夢のようです」

美咲がつぶやいた。

「何がですか?」

「こうして、また一緒にお昼を食べられるなんて」

「僕も同じ気持ちです」

「大阪にいる間、毎日この時間を恋しく思っていました」

「僕もです。一人でお昼を食べるのは寂しかった」

会話をしながら、私は改めて日常の大切さを実感していた。

「佐藤さん、この半年で私たち、すごく成長しましたよね」

「成長?」

「遠距離恋愛を通して、お互いの大切さを学んだし、いろんな試練も乗り越えました」

美咲の言葉に、私は深く頷いた。

「確かに。松田さんのこと、山口さんのこと、中村さんのこと...」

「でも、すべて乗り越えられました」

「美咲さんがいてくれたからです」

「私も佐藤さんがいてくれたから」

そんな会話を交わしながら、私たちの絆がより深くなったことを実感した。

---

午後、私は新しいプロジェクトチームのメンバーと初めての会議を行った。多様なバックグラウンドを持つメンバーたちとの議論は刺激的だった。

「佐藤リーダー、この市場分析についてはいかがですか?」

「とても詳細で素晴らしい分析です。これを基にさらに具体的な戦略を検討しましょう」

大阪での経験が活かされていることを実感した。

会議が終わって自分の席に戻ると、美咲が心配そうに見ていた。

「お疲れさまでした。どうでしたか?」

「とても良いチームです。期待できそうです」

「良かったです。でも、あまり無理しないでくださいね」

美咲の優しい気遣いが心に響いた。

---

夕方、定時になると、美咲が片付けを始めた。

「お疲れさまでした」

「お疲れさまでした。今日も充実した一日でしたね」

「はい。佐藤さんがいてくれるから、毎日が楽しいです」

「僕も同じです」

オフィスを一緒に出て、エレベーターに乗る。以前は当たり前だった光景が、今はとても特別に感じられる。

「佐藤さん」

「はい」

「今度の休日、どこか行きませんか?」

「いいですね。どこに行きたいですか?」

「桜の季節は終わってしまったので、今度は新緑を見に行きませんか?」

「素晴らしいアイデアです」

駅で別れる時、美咲が言った。

「佐藤さん、本当にお帰りなさい」

「ただいま、美咲さん」

電車の中で、私は今日一日を振り返った。新しいプロジェクト、美咲との再会した日常、そして週末の約束。

指先が触れる距離に戻ってきた私たち。でも、以前とは全く違う関係になっていた。

様々な試練を乗り越えて、お互いを深く理解し合った私たち。今度の「指先が触れる距離」は、以前よりもずっと意味深いものになっていた。

そして、この関係がこれからどんな風に発展していくのか、楽しみでならなかった。

窓に映る自分の顔が、穏やかに微笑んでいるのが見えた。本当に、帰ってきたのだと実感した。
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