【完結】指先が触れる距離

山田森湖

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第26話 揺れる心

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第26話 揺れる心

中村さんとの仕事が続く中、私の心は次第に複雑になっていた。

彼女との会話は刺激的で、一緒にいる時間が自然と長くなっていた。毎日遅くまで仕事をし、その後食事をしながら翌日の打ち合わせをする。そんな日々が続いていた。

「佐藤さん、今日のプレゼンテーション、とても良かったです」

中村さんが嬉しそうに言った。

「中村さんのサポートがあったからです」

「そんなことないです。佐藤さんの企画力があってこそです」

お互いを認め合い、高め合える関係。仕事のパートナーとしては理想的だった。

でも、それ以上の何かを感じ始めている自分がいた。

---

その夜、美咲に電話をかけた。

「お疲れさまです」

「佐藤さん、お疲れさまでした。今日も中村さんと遅くまで?」

美咲の声に、少し棘があった。

「はい。プロジェクトが大詰めで」

「そうですね...」

「美咲さん、機嫌が悪いですか?」

「機嫌が悪いわけじゃないです。ただ...」

「ただ?」

「最近、佐藤さんと話していても、中村さんの話ばかりで」

言われて気づいた。確かに、最近の会話では中村さんのことをよく話していた。

「すみません。気をつけます」

「気をつけるって...」

美咲の声が少し震えていた。

「佐藤さん、中村さんのことを好きになってしまったんじゃないですか?」

その質問に、私は答えられなかった。

「佐藤さん?」

「...分からないです」

正直な気持ちだった。中村さんに対して何の感情もないかと言えば、嘘になる。でも、それが恋愛感情なのか、単なる仕事上の信頼関係なのか、自分でもよく分からなくなっていた。

「分からないって...」

美咲の声が小さくなった。

「美咲さん、僕は美咲さんを愛しています」

「でも、中村さんも気になるんですよね?」

「それは...」

私は言葉に詰まった。

「正直に言ってください」

美咲の真剣な声に、私は観念した。

「確かに、気になります。でも、それが何を意味するのか分からないんです」

電話の向こうで、美咲が泣いているのが分かった。

「美咲さん...」

「私、どうしたらいいか分からないです」

「僕も分からないです」

私たちは、お互いに混乱していた。

---

翌日、私は中村さんとの関係を見つめ直すことにした。

「中村さん、今日は早めに切り上げませんか?」

「そうですね。でも、この資料の件...」

「明日でも大丈夫です」

中村さんは少し意外そうな顔をした。

「佐藤さん、何かあったんですか?」

「いえ、特には...」

でも、中村さんは察したようだった。

「東京の恋人さんのことですか?」

「え?」

「最近、佐藤さんが悩んでいるのが分かります」

中村さんの洞察力に驚いた。

「中村さん...」

「私のせいですね」

「そんなことありません」

「でも、佐藤さんが迷っているのは事実でしょう?」

私は答えることができなかった。

「佐藤さん、正直に話しませんか?」

中村さんの提案で、私たちは静かなカフェに移った。

「私、佐藤さんに好意を持っています」

中村さんが最初に口を開いた。

「中村さん...」

「でも、佐藤さんには大切な人がいる。それも分かっています」

「すみません...」

「謝らないでください。私も、佐藤さんの気持ちが揺れているのは感じていました」

中村さんの率直さに、私は感動すら覚えた。

「私はどうすればいいんでしょう?」

私が聞くと、中村さんは少し微笑んだ。

「それは佐藤さんが決めることです。でも、一つだけ言えるのは...」

「はい」

「中途半端な気持ちでは、誰も幸せになれません」

その言葉が胸に刺さった。

「私は佐藤さんを諦めます」

「中村さん...」

「佐藤さんの迷いの原因になりたくないから」

中村さんの潔さに、私は頭を下げた。

「申し訳ありませんでした」

「謝らないでください。私も楽しい時間でした」

---

その夜、私は美咲に電話をかけた。

「美咲さん、話があります」

「はい」

「中村さんの件、決着をつけました」

「決着?」

「はい。中村さんとは、仕事以外の関係は持たないことにしました」

美咲は少し沈黙した。

「それで、佐藤さんの気持ちは整理できたんですか?」

「はい。僕が愛しているのは、美咲さんだけです」

「本当ですか?」

「本当です。迷いがあったのは事実ですが、今ははっきりしています」

美咲の安堵のため息が聞こえた。

「ありがとうございます」

「こちらこそ、心配をかけてすみませんでした」

「でも、佐藤さん」

「はい」

「正直に話してくれて、ありがとうございました」

美咲の言葉に、私は救われる思いがした。

遠距離恋愛では、様々な誘惑がある。それは避けられないことかもしれない。でも、大切なのは、その時にどう判断するかということだった。

指先が触れる距離にいた頃は、こんな複雑な選択に迫られることはなかった。でも今の私たちには、それぞれの環境があり、それぞれの誘惑がある。

その中で、お互いを選び続けること。それが、本当の愛なのかもしれない。
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