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6.彼らの事情
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じめじめとしていて薄暗い地下に、私はいる。
ここはボルガン公爵家の屋敷の地下の一角だ。テレシアさんと一緒にハルベルト様を待っていた私は、ここに連れて来られることになったのである。
「申し訳ありませんね、このような場所で……」
「いえ、それは別に構いません。しかしそろそろ、事情を説明してもらいたい所ですね」
「そうですね。最早隠しておくことができることでもありません」
紅茶を持ってきてくれたハルベルト様は、ゆっくりと首を横に振った。
とりあえず私は、紅茶に口をつける。落ち着きたいという気持ちがあったからだ。
飲んだ後から何か仕込まれているのではないか、という考えが過ったが、特に体に変化は感じていない。ただの紅茶であったようだ。
「父上の横暴な振る舞いは、あなたも知っての通りです。彼は何度も結婚を繰り返しており、妻に迎えた女性以外も含めて多くの隠し子を残しています」
「隠し子……」
「ええ、彼女もその一人ですよ」
ハルベルト様の言葉に、私は近くにいるテレシアさんに目を向けた。
踊り子として活動している彼女だが、その出自はここにあったようだ。彼女が何故ボルガン公爵にあそこまでのことをしたのか、それが理解できたような気がする。
「僕やテレシアも含めて、兄弟達は皆繋がっています。認知された子供もそうではない子供も、皆気持ちは同じでした。父上が許せないと、そう思っているのです」
「それは……」
「父上はこれまで、多くの不幸をばら撒いてきました。僕でも、それは良く知っています。これからも変わらないことでしょう。父上が公爵家の当主である限り、不幸は増え続けます。それを僕達は、許容することはできません」
ハルベルト様の目は、冷たいものへと変わっていた。
それは彼が父親に向ける冷酷な感情を、表しているような気がする。
その気持ちは、理解できないものではない。私も実の父親に対して、何度も冷たい感情を覚えてきたから。
「幸か不幸か、僕達の兄弟は各方面に散らばっていました。僕のような認知された者は貴族の一員として、テレシアは踊り子として、それぞれの方面にある力を合わせれば、困難に立ち向かえると考えたのです」
「ハルベルト様は……いいえ、ご兄弟は協力してボルガン公爵を陥れようとしているのですか?」
「ええ、ボルガン公爵家を改革するというのが、僕達が目指している所です。それを知られる前に、あなたをスウェンリー男爵家に帰したかったのですが……残念ながら、計画とはそう上手くいくものでもないようです」
ハルベルト様達の計画は、当然外部の人間に知られていいものではないだろう。私を強引に帰らせようとしていたのは、それが理由だったらしい。
知られたからには、帰す訳にいかないということだろうか。この地下室に連れて来られたのは、そういうことなのかもしれない。
ただ、ハルベルト様からもテレシアさんからも、悪意や害意は感じられない。私に危害を加える意図は、ないような気がする。
彼らから見れば、私はボルガン公爵家の被害者になりかけた人だ。彼らの思想から、私を傷つけようとするとは思えないし、とりあえず安全なような気がする。
「あなたは僕達がやろうとしていることを、どうお思いですか? 僕達を悪だと思うなら、どうぞこのことを公にしてください。皆、覚悟はできています」
「……私も貴族の端くれですから、こういった時にどうすれば良いのかはわかっているつもりです。あなた達がやることに口を出すつもりはありません。ただスウェンリー男爵家のことをよろしくお願いします」
「あなたは強かな人であるようですね」
ボルガン公爵家の権力を用いれば、私なんて簡単に亡き者にできるだろう。
ただ、少なくともハルベルト様にはそれができない。今までの会話から、私はそれを理解していた。
それに仮に何かあるとしても、この場において危険なのは私の身だけだ。口封じというなら、スウェンリー男爵家に余計な手出しはしないだろう。
それなら、交渉するべきだと思った。家の利益のためなら、情だって利用しなければならない。貴族として生きるということは、そういうことだろう。
ただもちろん、お父様のためにとは思っていない。私が犠牲になれるのは、セフィーナのためだけだ。何れあの家を背負う彼女のためなら、私は何だってできる。
「そういうことなら、スウェンリー男爵家のことは随意します。ただ一つ、お願いしたいことがあります。僕達の行いを最後まで見届けていただけませんか? あなたとしても、全てを知っておいた方が都合が良いはずです」
「そうですね……」
ハルベルト様の言葉に、私はゆっくりと頷いた。
彼の提案は、特に断る理由もない。それ程興味があるという訳でもないが、ボルガン公爵家の行く末を見届けるとしよう。スウェンリー男爵家――セフィーナのためにも。
ここはボルガン公爵家の屋敷の地下の一角だ。テレシアさんと一緒にハルベルト様を待っていた私は、ここに連れて来られることになったのである。
「申し訳ありませんね、このような場所で……」
「いえ、それは別に構いません。しかしそろそろ、事情を説明してもらいたい所ですね」
「そうですね。最早隠しておくことができることでもありません」
紅茶を持ってきてくれたハルベルト様は、ゆっくりと首を横に振った。
とりあえず私は、紅茶に口をつける。落ち着きたいという気持ちがあったからだ。
飲んだ後から何か仕込まれているのではないか、という考えが過ったが、特に体に変化は感じていない。ただの紅茶であったようだ。
「父上の横暴な振る舞いは、あなたも知っての通りです。彼は何度も結婚を繰り返しており、妻に迎えた女性以外も含めて多くの隠し子を残しています」
「隠し子……」
「ええ、彼女もその一人ですよ」
ハルベルト様の言葉に、私は近くにいるテレシアさんに目を向けた。
踊り子として活動している彼女だが、その出自はここにあったようだ。彼女が何故ボルガン公爵にあそこまでのことをしたのか、それが理解できたような気がする。
「僕やテレシアも含めて、兄弟達は皆繋がっています。認知された子供もそうではない子供も、皆気持ちは同じでした。父上が許せないと、そう思っているのです」
「それは……」
「父上はこれまで、多くの不幸をばら撒いてきました。僕でも、それは良く知っています。これからも変わらないことでしょう。父上が公爵家の当主である限り、不幸は増え続けます。それを僕達は、許容することはできません」
ハルベルト様の目は、冷たいものへと変わっていた。
それは彼が父親に向ける冷酷な感情を、表しているような気がする。
その気持ちは、理解できないものではない。私も実の父親に対して、何度も冷たい感情を覚えてきたから。
「幸か不幸か、僕達の兄弟は各方面に散らばっていました。僕のような認知された者は貴族の一員として、テレシアは踊り子として、それぞれの方面にある力を合わせれば、困難に立ち向かえると考えたのです」
「ハルベルト様は……いいえ、ご兄弟は協力してボルガン公爵を陥れようとしているのですか?」
「ええ、ボルガン公爵家を改革するというのが、僕達が目指している所です。それを知られる前に、あなたをスウェンリー男爵家に帰したかったのですが……残念ながら、計画とはそう上手くいくものでもないようです」
ハルベルト様達の計画は、当然外部の人間に知られていいものではないだろう。私を強引に帰らせようとしていたのは、それが理由だったらしい。
知られたからには、帰す訳にいかないということだろうか。この地下室に連れて来られたのは、そういうことなのかもしれない。
ただ、ハルベルト様からもテレシアさんからも、悪意や害意は感じられない。私に危害を加える意図は、ないような気がする。
彼らから見れば、私はボルガン公爵家の被害者になりかけた人だ。彼らの思想から、私を傷つけようとするとは思えないし、とりあえず安全なような気がする。
「あなたは僕達がやろうとしていることを、どうお思いですか? 僕達を悪だと思うなら、どうぞこのことを公にしてください。皆、覚悟はできています」
「……私も貴族の端くれですから、こういった時にどうすれば良いのかはわかっているつもりです。あなた達がやることに口を出すつもりはありません。ただスウェンリー男爵家のことをよろしくお願いします」
「あなたは強かな人であるようですね」
ボルガン公爵家の権力を用いれば、私なんて簡単に亡き者にできるだろう。
ただ、少なくともハルベルト様にはそれができない。今までの会話から、私はそれを理解していた。
それに仮に何かあるとしても、この場において危険なのは私の身だけだ。口封じというなら、スウェンリー男爵家に余計な手出しはしないだろう。
それなら、交渉するべきだと思った。家の利益のためなら、情だって利用しなければならない。貴族として生きるということは、そういうことだろう。
ただもちろん、お父様のためにとは思っていない。私が犠牲になれるのは、セフィーナのためだけだ。何れあの家を背負う彼女のためなら、私は何だってできる。
「そういうことなら、スウェンリー男爵家のことは随意します。ただ一つ、お願いしたいことがあります。僕達の行いを最後まで見届けていただけませんか? あなたとしても、全てを知っておいた方が都合が良いはずです」
「そうですね……」
ハルベルト様の言葉に、私はゆっくりと頷いた。
彼の提案は、特に断る理由もない。それ程興味があるという訳でもないが、ボルガン公爵家の行く末を見届けるとしよう。スウェンリー男爵家――セフィーナのためにも。
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