パラレルワールドの世界で俺はあなたに嫌われている

いちみやりょう

文字の大きさ
27 / 36

25 マスクも眼鏡

しおりを挟む
傷もだいぶ癒えて、普通の速度で歩くのも苦じゃなくなった頃から、俺は庭ばかりではなく街を散策し始めた。
先の戦争の勝利で街も潤い、活気づいていて、大通りからそれた道に入ると俺が子供の頃と比べ立ち並ぶ店も変わっているところが多かった。

毎回何か歩きながら食べられるようなものを買って食べていて、今回は野菜を串に刺してごま油と塩で味付けされたものを買ってルノーに渡した。

ルノーは毎回手渡す食べ物を嬉しそうに受け取って食べるのだが、冷やし野菜は受け取るのにほんの一瞬だけ躊躇したのが分かった。

「あれ、野菜嫌いなのか?」
「……いえ、その、得意ではありませんが、ジル隊長にいただけるものは何でも嬉しいです。ありがとうございます」

そう言って受け取った冷やし野菜を食べ始めた。

「その隊長っていうの、やめてくれないか? もう俺は隊長じゃないし」
「分かりました。では、ジル様でよろしいですか」
「いや、それもちょっと。俺は様付けされる程の人間じゃないし」
「では何とお呼びすればよろしいでしょうか」
「まぁ、普通にジルでいいけど」
「俺は護衛兼世話係です。つまり使用人なのですから、主人を呼び捨てには出来ません。なので、ジルさんでよろしいでしょうか」
「なんかそれもムズムズするけど、まぁ、それで妥協しよう」

そう言った俺に、ルノーはニッコリと笑ってお礼を言った。
最近は一緒に食事をするし、こうやって食べ歩きもするようになったので、ルノーは口元を隠すマスクを使用しなくなった。
マスクを着けなくなった最初の頃は、ルノーの顔を見て落ち着かなかったけどそれも毎日続けば嫌でも慣れてしまった。
それどころか、顔は同じに見えてもルノーはエドガーじゃないとはっきり認識できるようになっていた。

「ルノー、マスクを外した顔にも慣れて来たし、そのメガネもそろそろ取って良いぞ。不便な思いをさせてしまって悪かった」
「え……?」

ルノーは俺の言葉に困惑した声で答えた。

「聞いているとは思うが、ルノーのことがずっと俺が好きだった人に見える」
「はい」
「だけど、俺はその人を諦めるとエンバルトリアへ向かう前に決めたんだ」

ルノーは唇をひき結んで黙っていた。

「エンバルトリアへ向かう前に、その人の恋人に言われたんだ。自分なら好きな人に看取らせる生き方はしないと。確かに俺は、そんな生き方は出来ないし、その人を幸せにすることなんて出来ないと諦めてエンバルトリアへ行った」

黙って聞く姿勢のルノーを連れて屋敷への道を歩きながら話した。

「戦果を上げて帰ってくると豪語していたものの、俺は別に死んでもいいと思っていたんだ。なぜだと思う?」
「……好きだった人に傷つけられていたから、でしょう?」

「違う。」

悲痛な声で答えたルノーの答えを否定すると、ルノーが横で息を飲むのが分かった。

「信じてもらえないとは思うが、俺は、どういう原理でそうなったのかは俺にも分からないけど、こことは違う世界線から来たんだ。元の世界では俺はその人の恋人だった。そして元の世界では俺もその人ももう死んでるんだ。だから、死ねばその人に会えると思っていた」
「そんな」

ルノーは俺の話に驚いた声は出したものの、疑っているようでもなくただ声が漏れてしまったと言う感じだった。

「でも、ルノーといるのは楽しくて、死に急ぐのは早いかもなって気がつけたんだ。ありがとう」
「っ、俺は何も」
「いや、俺が前向きに考えらるようになったのもルノーのおかげだ。だから、メガネもマスクももう必要ない。この世界のその人にも、知らぬ間に違う世界の自分と重ねて見てしまって申し訳ないことをしたと今では思っているんだ」
「その人のことを、もう好きではないと言うことですか」
「まぁ、そうなのかもな。この世界のその人にはもう大事な人がいるからな。ほら、メガネ外せよ」

笑ってそう告げ、ルノーのメガネを取ってやると、ルノーは悲痛な表情をしていた。

「何で悲しそうなんだ?」
「ぁ……いえ……いえ。何でもありません。では、今日からはメガネも外します」

気を取り直したように、そう言った。

しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

ラベンダーに想いを乗せて

光海 流星
BL
付き合っていた彼氏から突然の別れを告げられ ショックなうえにいじめられて精神的に追い詰められる 数年後まさかの再会をし、そしていじめられた真相を知った時

運命のアルファ

猫丸
BL
俺、高木颯人は、幼い頃から亮太が好きだった。亮太はずっと俺のヒーローだ。 亮太がアルファだと知った時、自分の第二の性が不明でも、自分はオメガだから将来は大好きな亮太と番婚するのだと信じて疑わなかった。 だが、検査の結果を見て俺の世界が一変した。 まさか自分もアルファだとは……。 二人で交わした番婚の約束など、とっくに破綻しているというのに亮太を手放せない颯人。 オメガじゃなかったから、颯人は自分を必要としていないのだ、と荒れる亮太。 オメガバース/アルファ同士の恋愛。 CP:相手の前でだけヒーローになるクズアルファ ✕ 甘ったれアルファ ※颯人視点は2024/1/30 21:00完結、亮太視点は1/31 21:00完結です。 ※話の都合上、途中女性やオメガ男性を貶めるような発言が出てきます(特に亮太視点)。地雷がある方、苦手な方は自衛してください。 ※表紙画像は、亮太をイメージして作成したAI画像です。

「じゃあ、別れるか」

万年青二三歳
BL
 三十路を過ぎて未だ恋愛経験なし。平凡な御器谷の生活はひとまわり年下の優秀な部下、黒瀬によって破壊される。勤務中のキス、気を失うほどの快楽、甘やかされる週末。もう離れられない、と御器谷は自覚するが、一時の怒りで「じゃあ、別れるか」と言ってしまう。自分を甘やかし、望むことしかしない部下は別れを選ぶのだろうか。  期待の若手×中間管理職。年齢は一回り違い。年の差ラブ。  ケンカップル好きへ捧げます。  ムーンライトノベルズより転載(「多分、じゃない」より改題)。

「君と番になるつもりはない」と言われたのに記憶喪失の夫から愛情フェロモンが溢れてきます

grotta
BL
【フェロモン過多の記憶喪失アルファ×自己肯定感低め深窓の令息オメガ】 オスカー・ブラントは皇太子との縁談が立ち消えになり別の相手――帝国陸軍近衛騎兵隊長ヘルムート・クラッセン侯爵へ嫁ぐことになる。 以前一度助けてもらった彼にオスカーは好感を持っており、新婚生活に期待を抱く。 しかし結婚早々夫から「つがいにはならない」と宣言されてしまった。 予想外の冷遇に落ち込むオスカーだったが、ある日夫が頭に怪我をして記憶喪失に。 すると今まで抑えられていたαのフェロモンが溢れ、夫に触れると「愛しい」という感情まで漏れ聞こえるように…。 彼の突然の変化に戸惑うが、徐々にヘルムートに惹かれて心を開いていくオスカー。しかし彼の記憶が戻ってまた冷たくされるのが怖くなる。   ある日寝ぼけた夫の口から知らぬ女性の名前が出る。彼には心に秘めた相手がいるのだと悟り、記憶喪失の彼から与えられていたのが偽りの愛だと悟る。 夫とすれ違う中、皇太子がオスカーに強引に復縁を迫ってきて…? 夫ヘルムートが隠している秘密とはなんなのか。傷ついたオスカーは皇太子と夫どちらを選ぶのか? ※以前ショートで書いた話を改変しオメガバースにして公募に出したものになります。(結末や設定は全然違います) ※3万8千字程度の短編です

忘れ物

うりぼう
BL
記憶喪失もの 事故で記憶を失った真樹。 恋人である律は一番傍にいながらも自分が恋人だと言い出せない。 そんな中、真樹が昔から好きだった女性と付き合い始め…… というお話です。

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

彼は罰ゲームでおれと付き合った

和泉奏
BL
「全部嘘だったなんて、知りたくなかった」

処理中です...