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動く時
しおりを挟むこんにちは、安西です
熱は下がりましたか?
もし何か必要な物などあれば、届けに行き
そこまで打って、私は一人首を振りすべてを消した。スマホを手にしたままテーブルに突っ伏す。先ほど買ったばかりのペットボトルのお茶に手が触れ、ごとんと倒れる音がした。
仕事の合間、少し休憩しようと自動販売機でお茶を買い、その近くにある二人掛けの席に腰かけた。ペットボトルを開封するより先にスマホを取り出し、蒼井さんに連絡しようかと唸ったが、どうしても送れなかった。
「だって昨日、いいよって断られたしなあ……」
それに、鈴村さんが差し入れをしたというのなら、もう必要なものは揃っているだろう。私の声掛けは無駄に終わる可能性が非常に高い。
分かっているのに、彼にメッセージを送ろうとしている自分は大馬鹿だ。
「風邪で弱っているところに、昔の幼馴染が現れて看病……」
一人呟いて絶望する。なんてこった、これまた恋が始まる王道展開だ。
考えれば考えるほど自分の立場が危うい気がする。蒼井さんと付き合ってるわけじゃないんだし、ていうかあの公開告白も本気だったのか今思えば分からないし。蒼井さんに直接尋ねて、実は彼の気持ちが私に向いてなかったらどうしよう。
……今まで誰かに『本命』なんていわれたことないから、全然ハッピーエンドが想像できないよ……。
「ああ、くっそーどうしよう」
情けない声をあげながらふと顔をあげると、こちらを覗き込んでいる坂田さんの顔があったので驚きの声を上げた。気配に全く気が付かなかったのだ。
「あ! ごめんなさい驚かせて」
私の悲鳴に少し笑いながら坂田さんが謝る。バクバクしてしまった心臓を押さえつつ、私は答える。
「だ、大丈夫です。ぼーっとしてたのは私です」
彼女は買ったばかりであろうドリンクをテーブルの上に置き、私の向かいに腰かけた。そしてその時、置いてあったスマホの画面を見られてしまう。
「あ……」
私は慌てて画面を消すが、彼女はすでに蒼井さんへメッセージを送ろうとしていたことまで分かってしまったらしい。眉尻を下げて謝る。
「ごめんなさい、見えちゃって」
「いえ、置いといたの自分ですから……」
「連絡、取らないんですか?」
「お見舞いの一言でも送ろうと思ったんですけど、迷惑かなーって」
苦笑しながら言うと、坂田さんが目を真ん丸にして前のめりになった。
「迷惑なわけないじゃないですか!!」
「い、いやあ……鈴村さんが昨日お見舞いに行ったらしいですし」
「幼馴染と好きな人じゃ違います」
「なんかこう……思っちゃうんですよ。昔の幼馴染と再会、その後体調を崩したところを看病、だなんて、まさに恋に落ちる展開だと思いませんか!? 私の立ち位置は完全に邪魔なキャラになっちゃったんじゃないかと……考えれば考えるほどあの二人のハッピーエンドばかり見えてきちゃって」
私が両頬を手で包みながら嘆くと、坂田さんは驚いたように目を丸くさせた。そして、私をじいっと瞬きもせずに長い間見つめた後、真剣な顔をして閉じていた口を開く。
「安西さんは…………漫画の読みすぎだと思います」
……ごもっともだ……
なんだか、坂田さんみたいな真面目な子から言われるとなお響いた。彩とはまた違った説得力がある。私は愕然としながらその言葉を受け入れる。
漫画の読みすぎ、間違いなくそうだ。『当て馬女』という呼び名も、少女漫画から得たようなものだ。よくあるヒロイン像などもそこで培った。だって、今までの自分の人生はヒロインの立ち位置になったことがなかったから、ああ漫画と言えども現実をよく観察して描いてるんだなあって納得してたんだもの。
「現実と漫画は違うと思います。特に今回の場合は、漫画の展開だとか全く関係ないです。だって、蒼井さんがみんなの前で怒りながら安西さんを庇って、そして告白までしてくれたのは生半可な気持ちじゃないからです。いくら漫画みたいな運命的な出来事があったとしても、気持ちは揺るぎませんよ」
「……そ、そうなんでしょうか……」
「そんなこと言うなら、ピンチの安西さんに駆けつけた吉瀬さんは安西さんのヒーローになります」
「いやいやいや!!!!」
「ね? 何が起こっても、揺るがないものってあると思うんです。安西さんは可愛くて面白くて仕事が出来て、私は憧れています。鈴村さんは安西さんとはタイプが違うので、蒼井さんの好みじゃないと思いますし」
「え、タイプ違いますか? 私は似てるかな、って思ってたんですが……」
「全然違います」
ボブや吉瀬さん以外からも断言された。そうなのか、周りから見ると違うのか。
「漫画の展開なんかを信じるより、蒼井さんを信じればいいと思います」
坂田さんがまっすぐな目でこちらを見て言ったので、何も言い返せなかった。彼女の言うことは正論で、馬鹿な私の頭を強くぶったほどの衝撃があった。
そうだよなあ、こんな展開初めてだから驚いて自信なくしてるけど、それって蒼井さんに失礼なのかもしれない。
彼はいつもあんなに私をフォローしてくれて、凄く大切にしてくれた。今度こそ私から話をしなきゃって思ってたのに、鈴村さんの登場ですっかり怖気づいてしまっていた。本当に、自分はなんてポンコツなんだ。
「そうですね……ほんと、そうですよね!」
「す、すみません偉そうに……私だって片思い拗らせているからアドバイスなんか出来る立場じゃないというのに」
「いいえ、本当に目が覚めた気がします。ありがとうございます。私、蒼井さんの所に行ってみようと思います!」
意を決してそう言うと、坂田さんは目を細めて笑った。可愛い。私が男なら坂田さんを彼女にする。彩は振り回されそうだから遠慮する。
私は買ったお茶をようやく開封して一口飲むと、声を潜めて坂田さんに言う。
「っていうか、吉瀬さんとはどうなんですか? 私、絶対吉瀬さんと坂田さんは上手く行くと思ってるんですが」
私が言うと、彼女は急に表情を固くさせた。両手で顔を覆い、か細い声を出す。
「うう~安西さんに偉そうなことを言ったくせに、自分は動けないんですよ……」
「ああっ、でもそれは分かります! 他人の事は冷静に見れるし積極的に行けばいいのに、なんて思うけど、自分の事は違いますよね!?」
「情けないです……でも、鈴村さんが凄く吉瀬さんに親し気に話しかけるのを見て、私も見習わないとって思ったんです。いつまでも黙って見てるだけじゃ、何も変わりませんよね。告白とまではいかなくても、もっとアピールしなくちゃ、って」
アピールなどしなくても、吉瀬さんは坂田さんにかなり好印象を抱いていると思うのだが、そこは私が言うべきじゃないと思って言わなかった。本人が頑張る、と言っているのだからとりあえずは見守るべきだろう。もうおせっかいはしないと決めたんだ。
「頑張ってください! 絶対お似合いですから!」
「ど、どうもありがとうございます。それで、安西さんは」
「あ、えーと」
決意したはいいものの、どうしようか。まずはラインを打ってみようか……と考えたところで、ひょいっと知った顔が現れた。それま今さっき噂をしていた吉瀬さんだったので、私と坂田さんは同時に息を呑んだ。
「あれ、お疲れ」
彼は普段のテンションでそう言い、自動販売機に向かう。大丈夫、小さな声だったし聞かれてはいないだろう。
数ある中から甘そうなロイヤルミルクティーを選んで購入し、こちらを振り返った彼は、不思議そうに私たちを見た。
「俺の顔、なんかついてる?」
私と坂田さんがあまりに凝視してしまったからだ。二人して同時に首を横に振り否定した。吉瀬さんは『ならいいけど』と呟き、私たちに特に追及せず、そのまま去ろうとする。
「あ、吉瀬さん!」
私は立ち上がって慌てて呼び止める。彼が足を止めて振り返ったところで、
「蒼井さんの住んでる場所って知ってますか!?」
聞こうと思っていたことをついに尋ねた。
ラインなんてまどろっこしい事じゃなくて、直接顔を見に行きたかった。差し入れを持って玄関先で少しでも会えたらいい。こうしてじっとしているよりずっとましなはずだ。
私の質問を聞いた吉瀬さんは少し驚いた顔をした後、ふっと表情を緩めた。そして頷く。
「ラインに住所送っとく」
「あ、ありがとうございます!」
勢いよく頭を下げてお礼を言った。それを吉瀬さんが面白そうに笑ったかと思うと、今度は隣の坂田さんが意を決したように立ち上がった。そして、どこか震える声で吉瀬さんに言う。
「そそ、そういえば吉瀬さん、駅の近くに新しいケーキ屋さんが出来たの知ってますか!?」
「え?」
「有名なとこなんですって! ケーキとチョコレートも売ってるらしくて、すごく美味しいみたいで、あの、なのでその……」
坂田さんの顔を見ると完全にパニックに陥っているようだった。顔は真っ赤で視線も焦点が合っていない。勇気を出すと決めたので、吉瀬さんを誘おうとしているのだ。
が、頑張れ坂田さん! 今私が出来ることは空気になることです! 吉瀬さんはきっといいよって言ってくれるよ、二人でケーキを食べに行くデート、いいじゃないですか!
隣でハラハラしつつ見守っていると、坂田さんが声を絞りだした。
「食べに行きませんか! …………みんなで」
ああっ、その最後いらない! 私がくしゃみでもぶちかまして消してあげればよかった!
当の本人もしょんぼりした顔になってしまう。でも、その気持ちは痛いほど分かる。好きな人を誘うのって、すごく勇気がいることなのだ。
少し沈黙が流れた後、吉瀬さんが答える。
「へーいいね。じゃあまた今度行こうか」
「で、ですね……安西さんと蒼井さんも」
「まあ、俺は二人でもいいけどね」
突然放たれたとんでもない一言に、私も坂田さんもただ停止するしかなかった。時が止まったようだ、頭が真っ白になる。
なん、なんですかこれは、目の前でとんでもないシーンが繰り広げらているのですが?
吉瀬さんは一人、余裕のある笑みを浮かべる。こちらの全てを見透かしているような、そんな目。
「じゃ、また今度日程決めよう」
固まっている私たちを面白そうに笑った吉瀬さんは、それだけ言うと去って行ってしまった。まず体の自由がきくようになったのは私で、恐る恐る隣の坂田さんを覗き込む。彼女はやはり、瞬きもせずに呆然としていたかと思うと、次の瞬間へなへなと力が抜けてテーブルに突っ伏してしまった。
私にはようやく興奮が遅れてやってくる。
「きききき聞きましたか坂田さん!? なん、なんですかあれ、さすがヒーローキャラは涼しい顔してああいう、ああ、ああいう、ふおお!! めの、目の前で漫画のような展開がっ! あれがヒーロー属性のやり方か!」
「……私の幻聴じゃなかったですか……?」
「幻聴じゃないです! ああ、録音してあげれたらよかった! デートするんですよ、今度。吉瀬さんと行ってきてくださいね!?」
私がはっきりそう言い聞かせると、坂田さんの目にぶわっと涙が浮かんだ。私が抱きしめてあげたくなるくらい、とても尊い涙に見えた。
戸惑いと驚きと、喜び。そのすべてが詰まってる綺麗な涙だ。ああ、なんて可愛らしいんだろう。吉瀬さんが坂田さんを選んだの、凄く見る目があると思うなあ。お似合いの二人だよ、本当に。
そう喜ぶと同時に、自分の脳裏には蒼井さんの顔が浮かんだ。そして、彼を求める気持ちが強くなっていく。
今動かなくて、どうする。
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