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鉢合わせ
しおりを挟むゼリーにプリン、インスタントのおかゆにうどん、ポカリに水。のど飴、冷えピタ……そのほか諸々。
薬局でしこたま購入した私は、両手にビニール袋をぶら下げてあるマンションの一室の前に立っていた。
吉瀬さんが送ってくれた住所は、間違いなくここだ。表札はない。一人暮らしのマンションでは、表札を付けないことも多いから仕方がない。
仕事はまだ少し残っていたが、今日はもう放り投げて定時に上がらせてもらった。まずは一目散に薬局に駆け込み、手あたり次第風邪の時に必要と思われるものを籠に入れ、それを持ってマンションを目指したのだ。
ーー結局、蒼井さんには連絡もせずに。
「しまったなあ、やっぱりラインの一通でも送るべきだったんじゃ……」
そう後悔するも、送ってしまったら彼に断られることが目に見えているので、やはりここは送らなくて正解なのだ、と自分に言い聞かせる。蒼井さんの様子を見て、これを渡して、できたら次に食事に行きませんかと誘う。それが出来れば今日は満点だ。
だが、ここにきて緊張が自分を襲う。そりゃそうだ、好きな人の家に、しかも一度断られているのに訪問して、緊張しないやつはいない。
インターホンに手を伸ばしては引っ込めるを繰り返した。押せば蒼井さんが出てくれる、はず。
「はあ……落ち着け心臓。暴れるな、血圧高くて死んじゃうよ」
一人でぼそぼそ呟いた後、深呼吸をする。
絶対帰らないぞ。ここで帰るわけにはいかない!
とはいえ、指が動いてくれない。あと五センチ、三センチ……あああっ、押せない!
完全に怪しい動きをしながらかれこれ二十分。なんて時間を無駄にしているんだろうと自分でも呆れて泣きたくなる。普段の強気な態度はどうしたんだ。神様、私に勇気を!
「……何してるんですか?」
女性の声がしてびくっと体が跳ねた。しまった、変な動きをしていたから住民の人に怪しまれてしまったのかもしれない。ちゃんと説明せねば。
「すみません、怪しい者では」
そう言って振り返った瞬間、言葉が止まった。そこには鈴村さんが立ってこちらを睨んでいたからだ。
……嘘、こんなところで鉢合わせるなんて。
彼女はつかつかとこちらに歩み寄り、私の持つ袋を見ながら顔を歪めた。
「もしかしてとーまくんに? え、いらないって言われたのに持ってきたの!? ストーカーじゃんやめなよ!」
「あ、いや同僚として差し入れをしようとしただけで」
「なんで家知ってるの?」
「吉瀬さんに聞いたんですが……」
「怖いから! 本人に聞いたわけでもないのに家まで押しかけるって……自分がしてることわかってる?」
嫌悪感に満ちた顔で言われ、青ざめる。確かに、勝手に来るなんて非常識かなって思ってた。でも、蒼井さんと面と向かって話がしたかったのだ。
「渡したらすぐに帰るつもりですから」
「今日職場の人に公開告白の事聞いたんだけど、なんか勘違いしてない? 前いた変態上司に襲われかけたらしいね。それは同情するし、『誘ったからじゃないか』って言われたのは不憫に思うけど、そんな風に立場が悪くなったあなたを何とかしたくて、とーまくんは嘘ついてフォローしてあげただけでしょ? それとも話題を変えたかったのかもしれないね。とーまくんの優しさを鵜呑みにするとか痛いよ。現に付き合ってはないんでしょ?」
「……そう、ですが」
「迷惑だから帰って。とーまくんの看病は私がやるから」
そう言って鈴村さんはあっというまに私の手から荷物を奪ってしまう。すっかり空いてしまった両手が寂しく感じた。掌にビニールが食い込んでいた跡が残っている。
「じゃ、これ以上何かするならストーカーとして通報し」
「返して」
私はきっぱりとそう言った。反論してくると思わなかったのか、向こうはぎょっとした顔でこちらを見る。
「人が持ってるものを勝手に奪うなんて非常識ですよ」
「あんただって吉瀬さんへのコーヒー取ったじゃん」
「ぐっ。だからあれはコーヒーが飲めない吉瀬さんが困ってると思って」
「そうやって気遣える女アピールですか~ごくろうさまでーす」
「……とにかく。連絡もなしに訪ねてきたのは確かに非常識だったと思いますが、私はどうしても蒼井さんに伝えたいことがあるので帰りません。公開告白のことは、蒼井さんに直接聞きます。それでフラれたらそれでいいんです。荷物、返して!」
私がきつい口調でそう言ったのを、向こうは黙ってこちらを睨みながら聞いている。しびれを切らした私は彼女の手から荷物を取ろうとするが、嫌がるように体を捻る。私がさらに追いかけようとした時、予想外の声がした。
「安西さん?」
そんな低い声が響いたので恐る恐るそちらを見てみると、なんと蒼井さんが驚いた顔で離れた場所からこちらを見ていたのだ。エレベーターから降りたところらしかった。
まさか蒼井さんが登場するとは思ってもおらず、私たち二人は固まった。
「え、なんで……安西さん?」
「とーまくん!」
何よりも速い動きで、鈴村さんは蒼井さんの元へ駆けていく。半泣きの声を上げながら彼女は蒼井さんに訴える。
「怖かった……なんか、怒鳴られて。アポもとらずに来たっていうから、帰ってくださいってとーまくんの代わりに言ってあげただけなのに! あの人怖いよ……」
こちらをちらりと見ながらそう言った鈴村さんは、どこか勝ち誇ったような顔に見えた。なんということだ、絶妙に間違ったことを言っていないではないか。突然私が来たのは本当だし、さっき大きな声を上げてしまったのも事実だ。
「あ、あの、蒼井さん。これには訳がありまして……」
しどろもどろに説明しようとする私を、彼は呆然としたまま見ていた。
「もしかして……見舞いに来てくれたの?」
「えっ。あ、あの、そうです、すみません突然……」
「来てくれたの……?」
壊れた機械のように蒼井さんが繰り返した。その反応にやや戸惑いつつ、私はこくりと頷いた。
「住所知らないのに、吉瀬さんに聞いてまで来たんだって! アポもとらずにだよ? とーまくん、ストーカーとして通報した方がいいかも!」
「アポを取ってないのは君もでしょ」
蒼井さんはやや冷たい声でそう言うと、初めて鈴村さんを見下ろした。思っていた反応と違ったのか、彼女はたじろぐ。
「だ、だって私は幼馴染だもん」
「そういう問題じゃない。帰って」
「あ、とーまくん!」
鈴村さんの手を払い、蒼井さんがこちらに近づいてくる。そして彼は目を細めて微笑み、私に尋ねる。
「時間ある? よかったら上がってって」
「え、いいんですか……? 体調は」
「熱は昨日下がったんだ。今日出勤できるかなと思ったんだけど、念のため休んでおいただけ。もうほとんど元通りだよ。今も近くのコンビニに行ってたんだ」
そう言いながら鍵を開け、中へと招かれる。玄関が見えてどきりとした。
すっきりした玄関だ。シンプルな靴箱に、三和土にはサンダルを含めて三足並んでいた。蒼井さんがサンダル、って、あまり想像つかない。
「で、ではお邪魔します」
まさか家に上がらせてもらえるとは思っておらず、緊張しながら中に入ると、背後から鈴村さんの声が迫ってくる。
「じゃあ私も──!」
と、蒼井さんは無言で扉を閉め、さらには鍵も掛けた。スムーズな動作に、一瞬何が起こったのか分からない。あの蒼井さんが、締めだした?? 鈴村さんを??
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