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明け方の薄曇りの空を背に、王都の広場は人々のざわめきで満ちていた。噂はまるで鱗を剥がすように次々に広がり、石畳に足を踏み出すたびに人々の視線が私たちを追った。
「皆の者、注目せよ! クラウス・エーカー公爵は、その汚職の罪によって爵位を剥奪され、財産を没収、なおかつ王国刑務所に収監されるものといたす!」
重々しい声とともに、評議会書記が掲示板に布告文を貼り付ける。鈍く響く金属の留め具の音に、人々の間から歓声にも似たため息が漏れた。私はディーン卿の腕にそっと寄り添いながら、その光景を見つめる。
「本当に……」
私の声は、震える蚊の羽くらいにか細い。それでも胸の中には、長らく燻っていた怒りと安堵が入り混じった熱い感情が渦巻いていた。
「エマ、大丈夫か?」
ディーンは低く囁き、私の手を優しく握りしめる。その温もりが、まだ眠り続けている私の心を揺り起こす。
「ええ……すべて、あなたのおかげよ」
私は小さく頷き、視線を掲示板から離して向こうの大通りへ向けた。そこには大きな馬車が止まり、鉄格子の中に痩せ細った男が座っている。薄汚れた礼服を身にまとい、かつての高慢な面影は微塵もない。
──クラウス・エーカー。かつては権勢を誇り、私を侮辱し嘲笑した男。今は、これ以上ないほどに無力で醜く傷ついていた。
馬車の側面に寄りかかっていた見張り兵が格子を開けると、クラウスは膝をついて土に手をつき、うめき声を上げた。
「どうか……お許しを……」
その声は聞き覚えがありすぎて、私の胸をギュッと締めつける。しかし私は目を伏せ、小さく首を振った。
(あのときの、あなたの冷たい声と無慈悲な笑みを、私は忘れていない)
兵士に引きずられるクラウスは、必死に手を伸ばし、見下ろす群衆を睨んだ。楼閣のような高い鼻を持ち上げ、いかにも屈辱的な面差しで言い放つ。
「こんな茶番を……王が本気で私を罪人にすると思うのか! 私は信じないぞ!」
しかし誰も耳を貸さない。むしろ静かな嘲笑が返ってくるだけだった。人々はざわつきながらも、遠巻きにしながらその場を後にした。私はクラウスのその膝をつく背中を見ながら、ふと、心の奥が冷たく震えた。
──あの日、私はあなたに婚約破棄を告げられ、ひとり暗闇に放り出された。あなたの言葉は、あまりに理不尽で冷酷だった。
その記憶が、まるで水面に落ちた小石の波紋のように、今も私の胸を揺らしている。
「ここで終わりだ、クラウス・エーカー。これから、刑務所へ送る」
見張り兵の短い号令で、クラウスは無言で馬車に押し込まれた。扉が閉ざされ、車輪が軋み音を立てながら石畳を進む。その様子はかつての威勢や傲慢を微塵も感じさせず、ひどくみじめだった。
「……さあ、行こう」
ディーンが私の腕を引き、広場を後にする。私は小さく息を吐き、足取りを整えた。
──しかし、この破滅劇はまだ終わらなかった。
数日後、再び城下町に戻った私たちの元に、噂よりも残酷な知らせが届いた。クラウスの旧領地は王家の直轄となり、使用人たちは全員解雇。彼を庇う者は誰一人として残らず、家族は手のひらを返したように彼を断絶したという。
「心の準備はできていますか?」
ディーンが静かに尋ねる。私は俯いたまま、深く頷いた。
「ええ……もう、怖くない」
その言葉に、ディーンはそっと私の瞳を覗き込み、満足そうに微笑んだ。
──そしてその夜、私は密かに旧クラウス公爵邸へ足を運んだ。
薄暗い廃墟と化した邸宅の扉は、手入れを放棄された蔦に覆われ、ひび割れた窓越しには冷たい月光だけが差し込んでいた。かつての栄華の残滓が、静寂の中でひっそりと揺れている。
「……ここで、あんなに偉そうにしていたのね」
私は絹のドレスの裾をそっと畳み、廊下を進んだ。ガタガタと床が軋み、埃が舞い上がる。足音を忍ばせながら、奥の書斎へと辿り着く。
中を除くと、得意げに帳面を開いていた頃のクラウスのデスクが、そのまま放置されていた。紙が散乱し、インク壺はひっくり返り、書きかけの手紙が読みかけのままである。
「……もう、誰も使わないのね」
私はそっと手を差し入れ、デスクに残された汚れた指紋を撫でた。そこには、あの日のクラウスの影が焼き付いている。
――私を傷つけ、嘲笑したあなた。
しかし今、その手は何の力も持たない。
私はただため息をつき、広間へ戻る。廊下の先で、ディーンが静かに待っていた。
「行きましょう」
彼は優しく微笑み、私の手を握る。私は頷き、冷えた夜気の中を歩き出した。
──クラウス・エーカー、あなたの破滅は、すべて自業自得よ。
その敗北の姿を最後に目に焼き付け、私は新たな未来へと――ディーンの暖かな腕の中へと、一歩を踏み出した。
「皆の者、注目せよ! クラウス・エーカー公爵は、その汚職の罪によって爵位を剥奪され、財産を没収、なおかつ王国刑務所に収監されるものといたす!」
重々しい声とともに、評議会書記が掲示板に布告文を貼り付ける。鈍く響く金属の留め具の音に、人々の間から歓声にも似たため息が漏れた。私はディーン卿の腕にそっと寄り添いながら、その光景を見つめる。
「本当に……」
私の声は、震える蚊の羽くらいにか細い。それでも胸の中には、長らく燻っていた怒りと安堵が入り混じった熱い感情が渦巻いていた。
「エマ、大丈夫か?」
ディーンは低く囁き、私の手を優しく握りしめる。その温もりが、まだ眠り続けている私の心を揺り起こす。
「ええ……すべて、あなたのおかげよ」
私は小さく頷き、視線を掲示板から離して向こうの大通りへ向けた。そこには大きな馬車が止まり、鉄格子の中に痩せ細った男が座っている。薄汚れた礼服を身にまとい、かつての高慢な面影は微塵もない。
──クラウス・エーカー。かつては権勢を誇り、私を侮辱し嘲笑した男。今は、これ以上ないほどに無力で醜く傷ついていた。
馬車の側面に寄りかかっていた見張り兵が格子を開けると、クラウスは膝をついて土に手をつき、うめき声を上げた。
「どうか……お許しを……」
その声は聞き覚えがありすぎて、私の胸をギュッと締めつける。しかし私は目を伏せ、小さく首を振った。
(あのときの、あなたの冷たい声と無慈悲な笑みを、私は忘れていない)
兵士に引きずられるクラウスは、必死に手を伸ばし、見下ろす群衆を睨んだ。楼閣のような高い鼻を持ち上げ、いかにも屈辱的な面差しで言い放つ。
「こんな茶番を……王が本気で私を罪人にすると思うのか! 私は信じないぞ!」
しかし誰も耳を貸さない。むしろ静かな嘲笑が返ってくるだけだった。人々はざわつきながらも、遠巻きにしながらその場を後にした。私はクラウスのその膝をつく背中を見ながら、ふと、心の奥が冷たく震えた。
──あの日、私はあなたに婚約破棄を告げられ、ひとり暗闇に放り出された。あなたの言葉は、あまりに理不尽で冷酷だった。
その記憶が、まるで水面に落ちた小石の波紋のように、今も私の胸を揺らしている。
「ここで終わりだ、クラウス・エーカー。これから、刑務所へ送る」
見張り兵の短い号令で、クラウスは無言で馬車に押し込まれた。扉が閉ざされ、車輪が軋み音を立てながら石畳を進む。その様子はかつての威勢や傲慢を微塵も感じさせず、ひどくみじめだった。
「……さあ、行こう」
ディーンが私の腕を引き、広場を後にする。私は小さく息を吐き、足取りを整えた。
──しかし、この破滅劇はまだ終わらなかった。
数日後、再び城下町に戻った私たちの元に、噂よりも残酷な知らせが届いた。クラウスの旧領地は王家の直轄となり、使用人たちは全員解雇。彼を庇う者は誰一人として残らず、家族は手のひらを返したように彼を断絶したという。
「心の準備はできていますか?」
ディーンが静かに尋ねる。私は俯いたまま、深く頷いた。
「ええ……もう、怖くない」
その言葉に、ディーンはそっと私の瞳を覗き込み、満足そうに微笑んだ。
──そしてその夜、私は密かに旧クラウス公爵邸へ足を運んだ。
薄暗い廃墟と化した邸宅の扉は、手入れを放棄された蔦に覆われ、ひび割れた窓越しには冷たい月光だけが差し込んでいた。かつての栄華の残滓が、静寂の中でひっそりと揺れている。
「……ここで、あんなに偉そうにしていたのね」
私は絹のドレスの裾をそっと畳み、廊下を進んだ。ガタガタと床が軋み、埃が舞い上がる。足音を忍ばせながら、奥の書斎へと辿り着く。
中を除くと、得意げに帳面を開いていた頃のクラウスのデスクが、そのまま放置されていた。紙が散乱し、インク壺はひっくり返り、書きかけの手紙が読みかけのままである。
「……もう、誰も使わないのね」
私はそっと手を差し入れ、デスクに残された汚れた指紋を撫でた。そこには、あの日のクラウスの影が焼き付いている。
――私を傷つけ、嘲笑したあなた。
しかし今、その手は何の力も持たない。
私はただため息をつき、広間へ戻る。廊下の先で、ディーンが静かに待っていた。
「行きましょう」
彼は優しく微笑み、私の手を握る。私は頷き、冷えた夜気の中を歩き出した。
──クラウス・エーカー、あなたの破滅は、すべて自業自得よ。
その敗北の姿を最後に目に焼き付け、私は新たな未来へと――ディーンの暖かな腕の中へと、一歩を踏み出した。
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