平民令嬢、異世界で追放されたけど、妖精契約で元貴族を見返します

タマ マコト

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第19話:恋の輪郭、言葉の少なさと行動の重さ

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改革は、拍手で進まない。

紙が増える。
判が増える。
会議が増える。
そして、敵も増える。

セリアは笑われなくなった。
代わりに、恐れられるようになった。
恐れられるのは、嫌われるよりマシだと思っていた。
でも違う。
恐れられると、近づいてくる人の手が“触れる”手じゃなくなる。
測る手になる。
利用できるか、危険か、得か損か。
そんな目で、世界がセリアを見る。

王城の廊下を歩けば、囁きは途切れる。
その途切れ方が痛い。
囁かれるより、もっと痛い。

「……孤独だね」
胸の奥でルゥシェが言う。
相変わらずの皮肉混じり。
でも、今日は刺さり方が優しい。

「うん」
セリアは小さく返した。
否定しない。
否定すると嘘になる。

改革が進むほど、セリアの居場所は狭くなる。
制度を作るほど、人の暮らしが少しずつ整うほど、
セリアの心の中には空洞が増える。

だって、誰も完全には理解できないから。

妖精側に立ったまま、人間を終わらせない。
その矛盾を、セリアは毎日抱えている。
人間の怒号を聞きながら、妖精の沈黙も聞く。
民の飢えの匂いを嗅ぎながら、境界の音も聞く。

二つの世界の間に立つって、
どちらにも完全には属せないってことだ。

夜。
会議が終わり、文官が紙を抱えて去り、
王が疲れた背中を引きずるように部屋へ戻り、
城がようやく静かになる時間。

セリアは城の塔へ上がった。

塔の階段は冷たい。
石が湿っていて、指先が少し滑る。
窓の隙間から入る風が、頬を撫でる。
森の風とは違う。
乾いていて、どこか尖っている。
王都の風は、いつも急いでいる。

塔の上は広い。
柵が低く、空が近い。
星が見える。
王都でも、星はちゃんとある。
ただ、地上の喧騒がうるさすぎて、星が遠く見えるだけ。

セリアは外套を抱きしめるように腕を組んだ。
寒さより、胸の空洞が冷える。

「……私、何してるんだろ」
声が勝手に漏れた。
誰に向けた言葉でもない。
ただ、夜に落ちる言葉。

返事はない。
その“ない”が、いつもなら落ち着くのに、今日は痛い。

風が吹いた。
髪が頬に張り付く。
セリアは目を閉じ、息を吐いた。

次の瞬間、空気が整った。

整う、というより、
夜が静かに“揃う”。

耳のノイズが消える。
心臓のリズムが落ち着く。
怖さが消えるわけじゃない。
怖さが、正しい位置に座る。

セリアは振り向かなくても分かった。

フィオラル。

足音はない。
でも、隣に立った気配がある。
王としての威光じゃない。
命令の圧でもない。
ただ、個としての静けさ。

フィオラルはセリアの隣に立った。
本当に、ただ立っただけ。
距離は近いのに、押しつけがない。
風を奪わない立ち方。

「……来たんだ」
セリアが言うと、フィオラルは短く返す。

「来た」

甘い台詞はない。
“心配した”とも言わない。
“君は一人じゃない”とも言わない。
でも、その代わりに、時間を差し出す。

同じ星を見る時間。
同じ風を受ける時間。
隣に立つという行動。

言葉より重い行動。

セリアは空を見上げた。
星が瞬いている。
瞬きは静かで、誰にも媚びない。
自分の速度で光っている。

「……ねえ」
セリアはぽつりと言った。
声が小さい。
小さい声ほど、本音になる。

フィオラルは返事をしない。
でも、聞いている。
沈黙が、耳を澄ませている。

セリアは喉の奥が熱くなって、言った。

「私、怖い」

怖い。
こんなに正直に言うのは久しぶりだった。
怖いを言葉にすると、弱くなる気がしていた。
でも今は、言っても崩れない気がした。
隣にいる静けさが、崩れを止めてくれるから。

フィオラルは短く言った。

「怖いままでいい」

それだけで終わらない。
フィオラルはもう一つ、言葉を足した。

「私は離れない」

その一言が、セリアの胸を締めつけた。

愛の言葉じゃない。
好きだとも言わない。
美しいとも言わない。
慰めもしない。

でも、“離れない”は約束だ。
命令でも、保護でもなく、
並ぶと言った者の責任の言葉。

その重さが、愛より重い。
愛は時々、言葉だけになる。
でも“離れない”は、行動を要求する。
明日も、明後日も、揺れる国の中で隣に立つ行動。

セリアは息を吸い込んで、吐く。
吐いた息が白い。
白い息が夜に溶けるのを見て、涙が出そうになった。

でも、泣かない。
泣いたら負けだからじゃない。
泣いたら私が私じゃなくなる気がするからでもない。

今は、泣く必要がない。
怖さが、ひとりの怖さじゃなくなったから。

「……ねえ、フィオラル」
セリアは言った。
「私、ちゃんとできるかな」

フィオラルはすぐ答えない。
星を見たまま、風を聞いたまま、
長い沈黙を置いてから言った。

「できるかどうかではない」
「選び続けるかどうかだ」

セリアは小さく笑った。
笑いは苦い。
でも温度がある。

「それ、ルゥシェみたい」
フィオラルはほんの僅かに目を細めた。
笑ったのかどうかは分からない。
でも、空気が少し柔らかくなった。

遠くで、ひとつの影が揺れた気がした。

ルゥシェだ。
塔の下の屋根の影か、梁の影か。
姿は見えない。
でも、契約の線が遠くで震える。

ルゥシェは何も言わない。
いつもなら皮肉を言うのに、今日は言わない。
その沈黙が、セリアには分かった。

最初の手を取った者として、
最後の隣は譲る覚悟をしている。

ルゥシェの孤独が、少しだけこちらに滲んだ。
寂しさ。
でも、恨みじゃない。
自分が選んだ対等の結果を、受け取る寂しさ。

セリアの胸が痛くなった。
それでも、振り向かない。
振り向いてしまったら、ルゥシェの覚悟を踏みつける気がしたから。

フィオラルは何も言わず、ただ隣に立ち続ける。
風が吹き、二人の髪と外套を同じ方向へ揺らす。
星が瞬き、二人の目に同じ光を落とす。

恋の輪郭は、派手な言葉じゃなくて、
言葉の少なさと行動の重さで形になる。

セリアは、胸の奥の空洞が少しだけ埋まるのを感じた。
完全には埋まらない。
誰も完全には理解できない。
でも、理解できなくても並べる。
離れないと言える。
それが、今のセリアには十分だった。

「……寒いね」
セリアが言うと、フィオラルは短く返す。

「寒い」

その“同じ”が、妙に救いだった。

塔の夜。
甘い台詞のない夜。
でも、愛より重い約束が落ちた夜。

セリアは怖さを胸に抱いたまま、
怖さと一緒に立てる自分を、初めて少しだけ好きになった。
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